第38話 彷徨銀河

「ん……うう? どうなったんだ、一応生きてるのは確実みたいだけど……流石に、まだここが死後の世界だなんて、信じたくもないぞ……」


独り言を少々、長々と言い放つ。

もちろんのことだがコレは、誰にも聞こえることもない。


ここで光に飲み込まれて、なんらかの方法で体が世界から消されて終わり……。

と、言うテンプレートに従ったような展開が、起きることはなかった。

白い光の波は背中を伝って、奥の建造物へと向かっていった。

別にその光の行く末を見届けたわけではないが、その波の如き白い光には人肌で感じ取れる、若干の熱があったのだ。

その熱さは人間そのもののようであり、肌に染み付くような暖かさが、最もこの印象を根付かせたのである。

それが頭の奥の方へと進む感覚が、しっかりと感じ取れただけという、単純明快で子供にもわかるようなモノであった。


そして目をお試しにという軽い感覚で、パチっという効果音が響きそうな感じに開いた。

目の前には白髪赤目の美少女である彼女が、地面に蹲っていた。

彼女の今の状態に心配の気を配るも、少し先に確認と称し見ないといけないものがった。

それは自身の背の後ろにある、不可思議で不自然な銀河である。

確認する理由など、分かりきっていると思うが言わせてほしい、先ほどの白い光の放出(?)のようなもので、何か銀河に変わったところはないかということ。 

例えば……何か出てきたりとか、それこそアスーガルドの姉という人物か、はたまた銀河自体がそこで消滅しきっているか……はたまた、変わらない形相でそこに浮かんで、回り続けているか……。


などと言う推測止まりの考えを持ちつつ、おかしな銀河がある場所へと、全身と視線を向けた。

そこにはかなりとまではいかないが……先ほどの現象を加味して考えるのならば、意外と言うべき姿がそこにあったのである。


なんと公転する銀河には、何も変化がなかったのである。

先ほどの状態と全く変わらず、ただそこに浮いてただそこで回って、そして灰燼の地上を見下すかのように、人の身では無限とも言える天を仰いでいたのである。

俺は、ついその意外と奇怪な光景に自身の息を呑み、そして黒の瞳孔をを震わせながらソレを実見していたのである。

手自体ではなくそれに付いた手の指すら震わせ、その目の前にある異常を、目をずっと丸くしていた。

俺の中ではこの二つの考えが、まるで原子のぶつかり合いのように、巡っていたのである。

なんで変わっていないのか、なぜ先ほど爆発のようなものが起きたのか。

コレが疑問になり俺に考えることを、無理やり押し付けていたのである。


「どう言うことなんだ……? さっきの現象は、なんだったんだ?」


俺はまたもや独り言のように、虚空に消えゆく台詞を、機械のように吐き続けたのである。

もちろんコレにも、誰もヒントや的確な解答をくれるはずもなく、ただ灰燼まみれの世界で独り言を言い続けたのである。

額から少し暖かい汗が溢れる、それはこの謎めいた状況を理解しようとする焦りと、この状況に対する恐怖を、具現化しているように見えた。

その汗はポツポツと、まるで目から溢れる涙のように、地面へと止まることなく落ちてゆく。

それを見るとなぜだか呼吸が少しずつ、荒くなり一段と速くなったような気がする。

脈も心臓が口から出そうなほど、ドクドクと変化したのである。


「いや……とりあえず、カエデさんを起こさないと、そしてアスーガルドとか……」


そして彼女を起こすために、その小さな体に無許可に触れる。

俺はなぜかこの事に暫しの罪悪感を、抱く意味がないのに抱いたのである。

確かに彼女とは恋人……関係ではあるが、彼女が美少女の中の美少女であることに、その罪悪感が作り出されているのかもしれない。


と、先ほどまでの身震いするほどの焦燥感と、恐怖を無理やり小さく、押し込むような考えを流す。

もちろんであるが、これを考えている間にも、その焦燥感と恐怖感はまるで、病原菌が免疫を殺し体を蝕んでいくかのように、俺の冷静さを蝕んでいっているのである。

その場に蹲るかのような体制を取る彼女に、触れて数秒間が経つ。

これから彼女の顔を拝もうと、しようとしていたところだった。

だが俺の視界にはその結果を見透かせるモノが、垂れていたのである。

それは彼女の髪に紛れて、モノクロのような灰色の地面へと流れていく、赤き液体であった。


「コレって……」


俺はそれ以降のことは口から出さなかった。

口に出せば同時に脳内で最悪の推測かいとうが生まれると、恐怖を抱いてしまったからである。

それに一瞬、彼女の惨状を理解して息を呑んだが、すぐさま彼女の顔を見る。

焦燥感と少しの絶望感に体が駆られた俺は、少し粗く彼女の体を自身へと向ける。

彼女の体を向けている途中、彼女から溢れた赤い液体が、宙を舞って周辺に少量の絵の具をぶち撒けたかのように、周辺へと飛び散ったのである。


その視界に映ったコマを見て目を丸くした。

ソレは彼女の身に起きた惨状の規模を、数倍に加速させたのである。

ゆっくりと彼女の顔を見る。

まるで受験の結果発表を待ち望む、堅くそして穏やかでは無い、緊張感を纏う学生のような表情そのものであった。

彼女の目を瞑った表情は、天使のようであったがその額から漏れるものは、幸せを運ぶ天使とは百八十度、反するものであった。


彼女の額から漏れる█の発生源を、確認するために彼女の額に被った、雪よりも白い髪を懸命にどかしていった。

彼女の白い髪は量が多く、どかすのに数十秒という、しばしの時間をかけてしまったのである。

どかすまでは冷静に対処をできていたものの、俺の頬や鼻、そして凡俗で退廃的な黒髪には焦りの証として、気持ち悪くなるほど生暖かい汗が浮かび上がったのである。


「カエ……デさ」


彼女の額に触れ、赤い液体の源泉のように出てくる傷に、手を全て使い液体の流れを無理やりに止めようとする。

粗治療や民間治療の類いにしか該当しない、破綻した方法であるのは変わりない。

彼女の額を抑える右手には、べっとりと温かい赤い液体が、コレでもかというくらい付着する。

左手に異界幻像を使用し、ガーゼや医療用テープなど何もない空間から、取り出すかのように作り出し、その二つの物資を持った左手を、物資を落とさぬよう彼女の額へと持っていく。


その固唾を飲み脂汗が頬を伝い、余裕のない間でも額から赤い液体が漏れ続ける。

金属質の不快な匂いが俺の鼻をつく、自身の心に刻まれるほど強く、彼女から出ているということを実感すると、刻まれた跡はもっと深度を深めていく。


「無くなってくれ、本当にお願いだから、カエデさんをこれ以上傷つけないで……」


弱々しく声を言い放ちながら、彼女から溢れる液体を乱雑に拭き取る。

そしてもう一度、彼女の額に刻まれた傷と、邂逅を果たした。

だが彼女の白い髪に隠れているので、彼女の傷は完全には見えない、その白い髪には彼女から出た赤色の液体は、雪原で力尽きた銀狼から漏れた血汐のようであった。


ソレがこれ以上彼女の炉心しんぞうを壊すのを、止めようと四肢のうちの、二つである右腕の手と左腕の手を動かした。

その片である右手は先ほど作り出した、医療セットを握っていた。

左手は彼女の白い髪をどかし、額が見えるよう調整する。

右手は彼女を治療するための、ガーゼや医療用テープなどを、五つの指を器用に使い持つ。


「これで、止まってくれたらいいけど……いいや、絶対に止まってくれるはず」


増量した赤い液体を見ながら、彼女の命が終わっていくのを、実感してしまった。

それに追いつくかのように、出てきた赤い液体を懸命に拭き取り、ガーゼを張れる空間を確保する。

空間を確保し治療に至ろうとした途端、考えの片隅で予測していた問題が、自身の目の前で発生してしまったのである。


彼女から出てくる液体は、全く止まらなかった。


「どういうことなんだ……勢いがおかしすぎる、さっき拭いたのに、また"さっきと同じ量"に戻ってる……? なら……」


彼女から液体のこれ以上の流出を止めるために、白い髪をどかしながら彼女の額に開いた傷口を、同時に強く抑える。


「これでもダメか……早くしないと」


だが傷口を無理やり抑えたところで、肌と手のひらにある少しの間からでも、縦方向の影響を受けない、赤い液体は彼女の白い肌を汚しながら漏れ続ける。

今すぐにでも彼女の傷口に、ガーゼを貼りたいところではあるが、赤い液体が傷口を手のひらで塞ぐという、簡単な対応策を喰らい突破し妨害を行ってくる。


「っち……何がなんでもダメなら、こうなったら、容赦なく無理やり突破する……!!」


側からではただの独り言にしか、ならない言葉を外へと漏らし、そして自身に対する激励の言葉とする。


途端に彼女の額を強く抑える、肌の奥にある骨が痛くなるほどに。

そして先ほどよりも一段強く肌を押さえつけ、肌に付着した赤い液体を摩擦を利用して、半無理やりに拭き取っていく。


「っ……!」


すると拭き取った瞬間に、彼女につけられた傷口がはっきりと視認できた。

だが見つけた途端に、まるで自意識を持ったかのように、傷口を彼女から先ほどまで止まることなく、漏れ続けていた赤い液体で隠そうとする。

それでも先ほどのように踊らされるか、という意思によりその少ない隙を突いた。


彼女の傷口にガーゼを付ける、絶対に外れないようにと、腕に万力を入れ強く押さえつける。

そして次の瞬間、医療用テープを二枚必要な長さまで切り取り、先ほど貼り付けたガーゼへと持っていく。


「よし、これで……! ある程度の出血は、止められるはず……」


ゆっくりと芸術作品を扱うように彼女の額から、手を離し施した処置の痕跡を、しっかりと確認する。

まるで映画のワンシーンかのように、静止したまま視界に映し出す。


「良かった……たった数分ぐらいしかなかったのに、数時間ぐらい経過したかと思った……」


肩にかかった重みのような力を一気に抜き、自身の背後にあった灰色の瓦礫に、背中を粘着させるかのように付ける。

目に映るはまたもや、俺に何時間という幻想を見せた、海よりも青く、雲ひとつない空に浮かぶ満天星よりも明るい銀河であった。

それを黒い目の視線で捉え睨みながら、彼女を力の抜けた腕で抱き抱える。


彼女の体相変わらず重みはないが、明らかに違和感があったのである。

重みはないのに彼女を持つことはできなかった、いつもであれば簡単に持てて、ベッドに運んだりもしていた。

だが今回はその期待と経験と結果を、大きく逆の方向へと反き、完全に裏切ってしまったのである。


というよりも……いや、そもそもだが……。


思うように腕には力が入らない。

まるで傷ついた風船に、入れても抜けるだけで全く膨らまない、空気を入れているようであった。


「行こ……う、まずはここから逃げないと、確実に野垂れ死んでしまう」


わざと最悪な未来を想像し、ソレを回避しなければという意志に喝を入れ、”逃げなければ“という考えをガスのように頭に充満させる。

抱き抱えるのは無理だと判断し、背中に彼女を乗せようという方針へ切り替えた。


彼女をもう一度、灰色のベッドに降ろし、背中へと乗せようとした時。

まるでその瞬間を餌と捉え、狙っていたかのようなタイミングで、銀河の方向から獣の唸るような声が響いた。


「っっ……なんだよ、もう少しだけ待ってくれてもいいじゃんか」


弱々しく声を張り上げる。

もう銀河本体がどんな行動を起こしても、オーバーリアクションに近い反応すらも、全くできなくなっていたのである。

ただ彼女を助けられたという現実を見て、完全に安心しきっていた。


そして銀河の方向を見る。

“どうせ何も変わっていないのだろう”。

そんな甘ったれた考えを持ちながら、俺は睨んでしまった。


だがその形相は先ほどとは、比べモノにならないほどに、変わりきってしまっていたのである。

主軸のような青色だった場所は赤色へと変色し、飛び散る血汐のように、変わり果ててしまっていた。

その青色の中を異端に泳いでいた、黄色の雲のような煙のようなものは白く変色しており、まるで青色から赤色へと変化した場所の”天衣“のように、渦を舞っていたのである。


そのあまりに規格外すぎる変化に、喉から言葉が出ず、視界を奪われてしまい口をあんぐり開き、まるで銅像かのようにその場に立ち尽くしソレをずっと見つめていた。


「ダメだ……ここから逃げないと、本当にカエデさんごと、ここで確実に殺される……」


足を無理やり動かそうとする。

だが鎖に縛られてしまったかのように、両足は全くの反応を示さない。

ピクリとも動かず、まるで先ほど腕で経験したかのような、力が抜けていく感覚が走り続けたのである。

最初は少しだけ入っても、ソレ以降はまるで空気になったかのように、爪先から抜けてくように駆け抜けていくのである。


額から汗が大量に出てくる、手もソレに呼応するかのように、衣服にすら滲むような汗を大量に出し始めた。

ソレは時間経過とともに出てくるではなく、コンマすら置かない一瞬で出始めたのである。


そして次の瞬間。

赤い光の周りを渦巻いていた宙に浮いていた、白い煙が動きを見せたのである。

その動きは自然と風に乗る雲のようではなく、”人為的に動かされた“としか表現できない、奇怪すぎる動きをしたのである。

そして焦って絶望的状況に置かれた俺を、嘲笑うかのように白い天衣のような煙が降りてきた。

その状況に新たな絶望が、重ねられると知った途端、自身の膝を地面へと落としてしまいそうになった。

そして白い煙は俺の周りを囲み、周りの灰色と赤い光が作り出した、地獄にも等しき世界を消していく。


その状況が数十秒間続き、完全に包まれてしまった時……地面へと倒れ伏せてしまったのである。


第38話 終

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