第36話 創世銀河
足元が青色の光を放つと、その光は光度を少しずつ増していく。
両足を中心軸にして、光と同じほどの明るさを持つ、魔法陣が展開されたのである。
すると魔法陣の内部から、まるで雷の稲妻のような、ピリッという電撃が一瞬現れ手は消える。
その時を経て、青色の光度は最高潮に増したのである。
その光は体全身を包もうと、俺の体を這い上がってくるかのように、足から上半身にかけてその青色の光を伝わせたのである。
終いには目の前にあった、木材が彩る空間を見えなくなるほど、ほぼ完全に視界を覆ったのである。
そして……視界は青色から、白色へと変貌してしまったのである。
「つっ……」
唇を噛み締めて、先ほどの話を思い出し、この後起こる場面に対しての、鋼鉄のような覚悟を決める。
手をまるでハンドガンを持つかのような、形に変形させたのである。
だって今から行く場所は、人が行くべきところではないと理解しているからだ。
逆説的にいうと理解した上で、対策さえ取ればいいということである。
瞼の裏は白いままから、動くことはない。
などと言うことはなく数秒後、目を覆っていた白い光は、真っ黒の虚空へと姿を転じた。
その真っ黒は意味がないものではないと感じ取り、重々しく瞼を開ける。
開けた途端、目の中に先ほどとは感触が違う白い光と、網膜を焼くかのような熱が差し込んできたのである。
その焼くような熱は痛みを、引き起こすことはなかった。
目を服の袖で擦り目の前が見えるように、些細な画策を行う。
それでも背景が変わることなどなく、相変わらずの白い光が視覚を満たしていた。
力を込めて瞼を閉じる、数十秒の間目を瞑る、そしてまるで猫に触れるかのようにゆっくりと開く。
すると霧のような白光りの先に、見慣れてしまった景色が開かれようとしていた。
「ああ……そうか」
白い光が無くなって、見てしまった景色は壊れていた。
工業地帯も車も建造物もバス停も電柱も、そしてある筈だった文明も。
それが全て壊れきって残るものは、見放されてしまった残り物の集まりだけである。
それを監視カメラのように傍観する俺の後ろに、何かの気配を感じ取ったのである。
だがその気配に恐怖感を抱くことなどなく、逆に少し嬉しいという感情が湧き出てきたのである。
そしてその感情を身の内に秘めながら、背後に目をやったのである。
後ろには相変わらずの、人物たちが揃っていたのである。
「無事、着いたみたいだね……キミは、少し座標を間違っちゃたみたいだけど、あぁ別に謝る必要はないよ、これは私の責任だからね」
最初の部分を聞いただけでは、まるで相手に責任を押し付けるような、無責任すぎる言葉に聞こえてしまうかもしれない。
が、それは全く違った。
と、アスーガルで意外に目を向けると、カエデ含めた三人がそこに立っていたのである。
転送による容姿に突出した変化はないが、一人だけ様子が少しおかしかったのである。
ソレはカエデの左斜めにいる、もう一人の美少女であるマフユだった。
俺はその様子のおかしさに気づき、彼女に話しかけようとしたのである。
「どうしたんですか? マフユさん、何か見つけたんですか……?」
そうして彼女に問いを投げかける。
だが質問をされた彼女は首を左右に数度、震えるかのように小さく振ったのである。
その姿はいつもの可憐さからは表現できないような、冬の紺碧の海に独りでに浮かぶ氷山のように冷たかったのである。
そして彼女はその質問のあとに、少しだけ目を細めたのである。
その視線に少しの違和感を覚えたが、別に気に留めるものでもなかった。
そうして、”行きましょうか“と、ほぼ毎回使うような言葉を出そうとした。
ソレを連なる言葉の基盤とし、着々と言葉を自身の内部で構成する。
数秒もせずに言葉は完成し、いつでも放つことが可能になっていた。
そして全ての準備が整い、マフユに言葉を放とうとした途端……。
彼女の瞳孔が通常とは思えないほどに、一気に開いたのである。
彼女が放った剣幕は常人のソレではなく、まるで怪物や別次元の█のようであった。
すると彼女は俺の方へと光のような速度で、駆け寄り俺の目の前に立ちはだかったのである。
その突如、俺を地面へと乱雑に扱うよに、勢いよく倒したのである。
当然のことだろうが、俺はその行動の意味もわからず、彼女が理解できないことをしているようにしか見えなかった。
その時だった、彼女は俺を庇うかのように、身を屈めたのである。
ソレはまるで、自身を犠牲にして盾になっているかの……いや、ソレそのものだったのである。
「ウッ……」
彼女が苦悶混じりの声を上げる。
だがソレでも彼女は動くことはなかった、ずっと俺の前に立ち塞がったままだったのである。
この間も彼女は時折、声を吐息のように漏らしていた。
彼女の身に何が起きたかなど、これまでの行動を回想すれば、いくら嫌悪しても“必然的”に理解できてしまうだろう。
俺はもう理解してその時が過ぎてしまったので、わざとそれの深層まで考えなかった。
いわゆる、現実逃避そのものであろう。
すると足元に何かが触れた感覚が、疾風の如く駆け抜けたのである。
俺は足元に当たった何かを使命に、包まれたかのように確認したのである。
目線を下方へと、ゆっくりゆっくり下げる。
すると視界に現れたのは、衝撃的すぎるものであった。
それは彼女の髪よりも赤く、そしてどんな夜よりも暗い赤い液体だったのである。
ソレは際限なく灰色の壊れた文明の、道路という痕跡を喰らっていく。
その液体は俺の手にも触れる。
出て時間が経った影響なのか、手に少しの温かい感触が巡る。
俺はソレを一方的に受け入れ得るしか、他なかったのである。
先程まで冷えた背がより一層、凍結していく。
その冷えは限界点を迎え、決して温まることのない絶対零度へと変わり果てたのである。
俺は何もすることができずに、ただ自身の手を彼女から滴り落ちる、“紅”で染めるしかなかったのである。
「コレ……見た目地味だし、あまり高く見えないけどさ…………私の大切な人から、貰った物だからあまり傷つけたくなかっただけれど、まぁ人守るには背に腹は変えられないからね」
彼女は常人とは思えないほどの、痩せ我慢の言葉を放ったのである。
彼女は自身の手を背後へと持っていき背中に刺さったものを、無理やり引き抜こうとしていたのである。
ソレは単なる粗治療や、自傷そのものにしか見えない、ソレは見ているこちらも痛みを訴えそうになるほどであった。
彼女は背後に刺さった物体を抜くごとに、苦悶に耐える声を漏らしたのである。
それと共に滴る紅色も多くなり、どんどんと灰の地面を液状で満たしていく。
彼女の紅はひどいくらいの惨状を、生み出しそうなほどに増えていっている。
眼にも入れたくないほどの量へと、昇華していくの嫌でも目の
……捉えたものは視界を満たした。
「ッッ……っと」
彼女を貫き根深く刺さったものが、小さじ程度の困難を経て抜ける。
それは彼女の血液をほぼ全身に纏っており、その上かなり細長かったのである。
一部は紅色に染まっており、先端からは彼女の血液がポタポタと、水滴のように地面へと落ち続けていたのである。
一部には俺の目を焦がすほどの、光沢を放っていたのである。
「うわぁ……いくらなんでも、命を刈ることに気合いを入れすぎでしょ……」
彼女は自身に刺さっていたものを、目の前へ持ってきて眺めていたのでる。
その棒にべっとりと付着した血液を、自身が着ている白い服の裾で拭いていたのである。
白布の裾が紅い血で汚れるがそれを代償として、その手に持つものが隠されていた、本来の姿を表したのである。
その正体はまだ新しい、鉄の棒であった。
彼女の台詞を思い出す。
確かにこのような非常に硬く、刃物にすれば鋭利な物を使用しているとなれば、殺傷力が高いという台詞にも頷ける。
すると彼女はその身を、後方へと向ける。
当然のことならば、彼女の後方にはただ破棄されていった灰色の寂れて荒んだビルが、今も誰かを受け入れるかのように建っている。
だが受け入れる体制をとっていたとしても、誰もそこに永住の根を下ろすことなどない。
ましてや倒壊などのことを考えると、一日たりとも住み着くこともあり得るかどうか、全くの不明である。
と、ここまで言っておいたが、これを無に返すことをいおう。
だが彼女には明らかに人の手によって、そして人に造られたものが、兵装として利用されたのである。
詰まるところ、ここには誰かが住んでいるか、利用しているかという案が出てくる。
そういう考察もどきの思考を、巡らせていると彼女が何かをし始めたのである。
彼女が腕を寂れたビル群に合わせるかのように、限界まで伸ばしていたのである。
次の瞬間、彼女の手から白い霧のようなものが、自然的に溢れる。
そしてその濃霧にすらなりえる白霧から、青と白で彩られた魔法陣が出てきたのである。
彼女はそれを形成した途端、氷のように冷たく無機質な台詞を放ったのである。
「氷結魔術機動」
その声が響き、終わりを迎えると、魔法陣の中心から先ほどの鉄棒のような長さを持つ、氷が放たれたのである。
その氷は目で追っても止まらぬ速さで、灰色のビル群へと突っ込む。
彼女が放つ氷を観客のように眺めていると、目の端で黒い影が跳躍したような気がした。
だが彼女が放つ氷に魅了され、それを気にすることは一切なかった。
そのうちに彼女の氷はビル群に直撃した途端、巨大な爆発を起こしたのである。
その爆発の規模は凄まじく、ビル群を抉るなど生優しいと言わんばかりに生まれた衝撃は、下に落ちた瓦礫すら宙に吹き飛ばしたのである。
それを起こし一部始終を見た彼女は、一切表情を変えずポーカーフェイスに……などということではなく、少しがっかりしたような顔をこちらに見せていたのである。
「逃げられたかー……いいや、とりあえず追うかー」
すると彼女はこちらに顔を向け、こう言い放ったのである。
「追うよ、ここで逃げられたら……またアレをされるかもだし」
彼女は癒えていない傷に耐えながら、疾走のように走り始めたのである。
そして全員が彼女を追い始めたのである。
ちなみにこの時、俺は少し放心状態だったので、
“そこそこ”この世界に慣れたという、成長の証だったのだろうか。
俺はこの時、視界に収めたのは、灰色の壊れたビル群だったのである。
それを全員が駆け抜ける。
その速度は人のソレとはいえず、車と同等の速度を叩き出したのである。
ありえないくらい速い速度で、文明の跡を駆け抜け、蹂躙していく。
その末、途方もない時間を過ぎていくと、あるものが目に映ったのである。
そして立て続けに、その目に映ったものへと、入っていったのである。
目に映ったものというのは、この都市を囲むように作られている、巨大な灰色の盤石の如き壁であった。
ソレを目の当たりにした途端、全員が走る足を即座に止める。
先ほどまで舞っていた獅子のような気迫は、まるで万年生きたような亀のような気迫へと変わった。
そこには古びた静寂だけが、その場に残り続けたのである。
時折、ゴオオっとう重々しく割れるような音が、響いたのである。
だがソレ以外、特筆すべきものは起きず、何も気に留めるようなことはなかった。
そうやってしばしの警戒体制を込め、その場で周囲を見ていると空間に大きな揺れが生まれる。
「なっ……!?」
全員がその現象に対して、有り余るほどの驚愕を示す。
まるで地面が息をしているか、もしくは何か巨大な生物が地下を走っているかのような、巨大な揺れが巻き起きる。
その時、マフユがこの世の終わりのような、声を空間に吐き出したのである。
「は……なにアレ、本当に……なんで……?」
先程までの余裕が彼女から完全に、途絶えて消え失せたのである。
俺は彼女の方に、視線を預ける。
彼女は上空を魔物に睨まれたかのような目で、見つめ続けていた。
当然のことであるが、彼女が見ている方向に俺も、視線を向けたのである。
「は……? なんだ、コレ……?」
俺も同時に、彼女のような顔へと変化した。
彼女がなぜこんな顔をしたのかも、そしてこんな声を出したのかも……俺は全て察することが、できたのである。
上空には理解不能なものが、渦を描くように舞っていた。
だが……唯一、理解できたことがあった。
その渦の形は。
───宇宙に根付いた、銀河そのものであった。
第36話 終
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