第35話 █████銀河

「───え?」


唐突に意味不明なことを言われて、疑問の具現化とも言える一言をあげる。

その言葉に反応する者は、数秒間はいなかったがある一人だけが反応した。

それはもちろん、この言葉を部屋の中に広げた、声の主であった。


「え?」


だが当人も俺が発した言葉に、疑問の言霊をあげたのである。

その反応は俺と同じ何もわかっていない、意味不明なことを言われたような顔であった。


そう……どちらも “こいつは何を言っているんだ?“ という状況に陥っていたのである。


そうして何も存在しない、空白の静寂が始まったのである。

部屋中の空気が固まり氷河時代のように、場を完全に止めた。

俺はソレを自身のこえで、溶かそうと口を動かし言葉を零した。


「あの……”姉“って、どういうことなんですか?」


そうして凍った空気を溶かすも、結局は疑問の言葉でなのであった。

ソレに答えを誰も告げない……なんて考えていると、様子以上に早くその答えが返ってきたのである。


「アレ……? 言ってなかったけ?」


「言ってないぞ」


アスーガルドが自身が間違っているのか、と同等の言葉を俺か自分自身かに対して発した。

そしてその言葉に対して間違っていると、ジウスヴァルドが告げたのである。

その告げられた言葉を感知するとアスーガルドの目が、コンパスで描いた円のように丸くなった。

顔も同時に混乱を示すように、一気に硬くように見えた。


「えっとじゃあ、一から話すね……混乱させてごめんね?」


「大丈夫です、こちらこそすみません」


俺はペコリとお辞儀のように、頭を一度下げる。

するとアスーガルドも俺と同じように、ペコリと頭を下げた。

それはまるで、普通のことのようだが……状況は全く普通ではない。

それを強調するかのように、瞬時に話が始まったのである。


「まぁ簡単に言うと、国一つ壊せるレベルの奴っていうのは……私の姉だよ、名前はフィリア・ジンギオネウス=ソンブレロっていう名前なんだ」


「そしてもう一つ、言わなければいけないことがある……」


アスーガルドが一呼吸置き、次の言葉を口から出そうとしていた。

俺はなぜなのかそのただの呼吸を、嵐の前の静けさだと感じてしまったのである。

普通ならばただ会話の息継ぎを、行なっているだけだと処理できるのだろう。

だがこれはどうしてもこのまま切り捨てては、いけないものだとまたもや直感が発動した。

それを考えながら俺はこのまま、話すことを聞き入れるということを決めたのである。


「分かっていただろうけど、私は……今回の戦いでほぼ百パーセントの確率で、死ぬかもしれないんだ、少し……悲しいけどね」


「……は?」


一瞬ドーナツの穴のように、目を丸くした。

いくらどんな言葉を言われようとも、受け入れることはできる……と、息巻いていた俺に、落雷のような衝撃が走った。

頭の片隅にすらなかった、考えることもできないことを、真正面で長槍のように突きつけられ後ずさってしまった。

頭の中に”唖然“や“理解不能”という言葉が、埋め尽くすように溢れかえったのである。


口が開きっぱなしになり、ただ空気を吐いて吸うだけの状態になってしまった。

フーフーという空気を吸って吐く音が、耳にこだました。

目の前の一人の人物と、水のように交流が薄いとはいえ、頭の片隅で無意識下か意識的か……どこか純粋な善人だと感じていたのだ。

確かに“世界への反逆”というのが、今この瞬間も俺が生きている世界にとってどれだけの悪を生み出すかは、そんな経験が全くない測ることなどできない。

ソレ……だから…………だからこそ、俺には言葉と言うべき言葉が出てこなくなったのである。


この言葉というのはどんな幼い子供でも、理解できるような初歩的すぎる言葉モノである。

────どんな言葉を、今目の前に立っている人にかければいいのだろう。

という一種の言葉。

その相手に“かける”言葉が、今の俺は思い当たらなかった。

もう一度言おう、ソレだから口から何も出てこない。


「なんで……ですか?」


飲み込もうと思った声が、俺の操作を無視して飛ぶ。

飲み込もうとしたことはそれについて、聞こうとしないのと同義である。

つまり……今から、ソノ理由について、聞かされるということである。


という未来を反射的に悟り、唇を血を出るかのように強く噛みしめる。

それを数十秒間続け、噛み締めるのをやめた。

俺に残されたのはヒリヒリと、血液が滲むような痛みを残す唇だけであった。

最後の最後に瞳孔を震わせながら、そして唇を震わせながら固唾を飲んだ。


それを機にアスーガルドが神妙な顔を露わにしながら、重々しく口を開いたのである。


「簡単に言えば私の姉が、血縁者が破滅する“因果魔術”っていうのをかけられてるんだよね……」


因果という言葉に少しの反応を示すが、俺は行動や言動にソレを表すことはなかった。

………………少しだけ、異界現像アナザー・ファントムに似ているなと、少し思い立ってしまっただけである。

まぁこの考えに意味なんて、これぽっちもないんだけどね。



“────そうあればよかったな。”



「血縁者が破滅する……それって、対処法が決して無いってことですか?」


少し視線を茶色の床に落とし、頭を傾げ顎に指を当てる。

まさに小説やテレビドラマの中にいる、探偵そのもののようであった。

周囲に冷静沈着を感じらせながら、アスーガルドに言葉をかけたのである。

本人に言葉をかけるとそれに対しすぐに反応し、求めていたであろう回答が返ってくる。


「あるよ、だけどね…………それなりに難易度が高いっていうか……まぁ、常人にはめちゃくちゃ困難なモノ……かな?」


俺は何故か誘われたかのように、視線をアスーガルドに向けたのである。


曖昧に、そして言葉を濁すかのような片鱗を、会話に時折見せつけてくる。

その左右対称の黒い目も回すかのように、特段激しく泳いでいたのである。

本人は気づいてはいないようであるが、こちらからは嫌でもはっきり見えている。


俺は特大の何かを隠していると、瞬時に勘付いたのである。

自身が持つ慎重を尖最大限に使い、尖った刃のような言葉を出さないように、きちんと隅から隅まで言葉を選定する。

まるで食材を選ぶかのように、きちんと良質で良識的なものを用意する。

そして全ての工程が終了し、混ぜ合わせた料理ことばを相手に捧げたのである。


「……そうですか、分かりました」


俺が出せるものは、単に相手の中に触れないという、普通すぎるものであったのである。

相手の気も不快にさせず、出来るだけ優しく返す方法。

そして、良質で良識的なモノ。

正直……俺は所詮、まだ完全に自身が確立できていない、思春期の終わり頃の男子高校生だ。

コレでいいんじゃないか、これも確立できていない、”甘え“だろうけどさ。


「うん、ありがとうね」


相手から感謝の言葉が返る。

だがその声には最初から濁りを垣間見せ、相手の隠している感情がもっと露わになったのである。

それでも俺は何も、相手に何かを告げ口することは、決してなかったのである。


誰もが言葉という弾を無くしまるで舞台裏で待っていたかのように、飛び出すかのように静寂が舞台に躍り出たのである。

それは舞台の登場人物たち一人一人に、“無音”という形のない小道具が渡される。

が、その小道具は、一人の魔術師に捨てられたのである。


「さて……と、そろそろ行かないか? こうやって、時間を持て余している暇はないんだろ、こうやって話している間にも、“アレ”が行動を始めるかもしれないだろう?」


アレという言葉に反応し、ピクリと眉を動かす。

その形に出た些細な行動に、誰も反応することはない。

とは言えその様子を、まなこで見られていたのは確実だろうけど。

まぁ別にそこまで気にすることではないと、認識されているはずだろうけど。


するとアスーガルドが上唇と下唇を、グネグネと数回擦らせる。

それを終わらせると途端に口を開き、つらつらと言葉を話し始めたのである。


「そうだね……そろそろ、行かないと時間がなくなるよね」


それは今までの彼からは想像も、思いがけることもでいないような、暗く困り果てたような……それとも、悲しみに塗れたような顔をしている。

俺はもう一度、顔を伏せる。

俺はその顔を見て、あることを確信した。

だがここでは伏せておくことにする、まぁその理由はすでに今までの、彼の発言を見ていると理解できるだろうが。


そうやって表情を見て彼の心境を考察していると、不意にもう一度顔を確認しようと、理由もなく思ってしまったのである。

顔を上げたり下げたり、忙しいな……と、自分で起こした行動を自嘲する。


そんなことも考えながら、アスーガルドの顔を見る。

だが意外なことにその表情は、まるで過去の因縁を完全に断ち切ったような表情。

つまり……”折れることのない決心“を宿した表情であった。


「そうだ……行こう! もう、大丈夫だから」


空間にいる全員に話しかけているのか、それとも単なる大声での独り言か……はたまた、二つを掛け合わせたものなのか。

それはもう個々人の判断に委ねられるだろうが、俺はどちらとも捉える気は無かったのである。


するとその運命さだめから生まれていない台詞の後に、部屋にいる全員にこう言ったのである。


「皆、もう行ける? 私は行けるけど、皆の意見も聞いておこうってね、チームワークってこういう些細なことも大事でしょ?」


声高らかに意見を聞き入れる、言葉を空間に流し込んだのである。

そして沈黙が文末の、句読点の代わりを成すかのように、空間を漂っていたのである。

だがそれも無かったかのように、木っ端微塵に壊されたのである。                                             


俺を含めた全員が、こう言ったのである。


『もちろん』


と。


するとアスーガルドの両端の口角が、一瞬にして情報に歪む。


「なら……やろう、世界に反逆するための、最世の戦いをね!!」


その言葉が終わると同時に、足元が淡く青色の……まるで、スカイブルーのように煌めいたのである。



第35話 終

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