第33話 地下世界での黎明
瞼の裏に白い光が広がった、同時に焼かれたかのような感触が走る。
朝だ……そう気付いたのは、起きてから間もないこの瞬間だった。
だが、昨日は戦闘だらけで疲れた故か、体が思うように起きてくれなかったのである。
もう一度寝たい、もう少しだけ眠っていたい。
そんな幼稚な考えがいつしか、睡魔を起こそうと
俺の体全体を伝った。
そうして体全身の力がしぼむ風船のように、ゆっくりと自然的に抜けていった。
“待て……今日って確か……!!”
忘れていたことを押し入れの奥から取り出すかのように、突如として思い出したのである。
思い出した記憶というのは……今日”国を一つ壊せるくらいの奴“を、殺しに行くという。
昨日、白衣を着た医師に言われた、静寂のような短い言葉だった。
当然この言葉は俺にとって、他人事のように聞き流せるような言葉ではない。
即座に体に縋り付く睡魔を、無理やり振りはらい体を起こそうとする。
だが現実というのは、フィクションの様にそう上手くいくようなモノでは無かった。
体は思うように命令を聞いてくれず、微動だにしなかったのである。
微動だにしない体を無理やり起こそうとしても、それはただの無意味な行動であった。
無意味な行動は体力の、無駄な消耗に他ならない。
力を入れる毎に額や髪から、汗が何粒も何滴も漏れ出てくる。
その汗は止まることなく溢れ出てき遂には目頭や頬にも、その汗の予感が出てきたのであった。
額からはその一粒の汗が、頬を伝って首を伝って寝ていた真っ白な布へと落ちていく。
それは一度起きれば何度も続き、真っ白な布は俺の汗で濡れていく。
「はぁはあはぁ」
やかんの湯気のように熱い吐息が、喉の奥から口を通って漏れる。
顔から漏れるごとに汗の量も、刻々と少しずつ増えていった。
そうやって増えていく汗に焦りを表すと、いつしか……もしくは最初からだろうか、身体の全身から制御不能の汗が漏れている。
その度に身体は限界を迎える。
今更だが言わせて欲しい、これは異常だ。
まぁ微動だにしない時点でおかしい、体が寝ているだけだと信じたい。
だが……ここまで続くなど、不思議とか異常としか言えない。
だがここで目が一度だけ開く。
それは自力ではなく、強制的に開いた。
シャッターが開けられるかのように、機械的に瞼が開かれていく。
開かれた目の先に見えたのは、一つの黒い影だった。
目の前が霧のように、ぼやけて霞んでいる。
水面下の水中から見る、青の色が塗りたくられた
だがそのぼやけは少しずつだが、俺の目から拭かれていったのである。
「…………ッ!?」
目の前には衝撃的すぎるものがあった。
口には出せないほどの衝撃的すぎること、声に出そうにも口が塞がれたように声が出ない。
俺の前にいたのは、████だった。
ソレは、██の█をしていて、██の██のような█をしていた。
ソレは俺に手を伸ばした。
██なものを取るように、手を伸ばした。
ソレは俺の耳に近づき、こう言った。
「───待ってる」
そう言われて、俺はこう言おうとした。
「█████……!!」
出ない声を張り上げようとしたが、出ないものが出るなどありえない。
そうして……消え去ったはずの睡魔が、もう一度俺の体に縋り付いてくる。
眠気は体の力を吸収するかのように、少しずつ意識を彼方へと連れていっていく。
彼方へと連れていかれる意識を、無理やり体に戻そうとする。
だが彼方へと消えていく意識は……踵を返すかのように簡単に戻ることはない。
そうして彼方へと意識は消えていった、それはまるで水の中に沈む────。
ここで意識は遮断された。
「────きて」
誰かの声が聞こえる、遠く遠いどこかから聞こえてくる。
どこか懐かしくもあるし……懐かしくないといえば、懐かしくもないかもしれない。
だけど、この声には聞き覚えしかない。
なんだろう……この声を聞いたら、この眠りから覚めそうな予感がしてくる。
だから……この声は絶対に、忘れてはいけないと直感で感じとった。
「────起……きて」
さっきより近くで、懐かしい声が響いたのだ。
耳元で囁くように響いてるのではなく、数メートル先で言っているように認識した。
その声は相変わらず、どこかで聞き覚えがある声だった。
だが……その人物の名前も思い出したような気がしてきた、そして容姿や顔も薄らとだが思い出してきたのだ。
カエ……。
ソレを考えようとすると、霧がかかったかのように思い出すのが難しくなる。
「ねぇ、おきて……七星クン……もう朝だよ?」
その声は、はっきりと聞こえた。
名前も容姿も……全て端から端まで、まるで晴天の空のようにはっきりと思い出した。
カエデ……名前も思い出した。
白い髪、そして赤色の目、そして……俺のただ一人の“大切な恋人”ということ。
するとその
ソレは重くもなく、さりとて軽くはなかった。
一言で言うのならば、空気のように感じ取れないほどの…………理解不能な重さだった。
ソレと同時に瞼にひとつの、糸のように細い光の線ができた。
その光の線は細いまま動かないと思っていたが……その想像は全く違ったみたいだ。
徐々に、その光の線は太さを増していく。
それと共同しながら、光の線が作り出していく光量も、太さに合わせてその光量を増していった。
目の前が見えなくなるほどの光が、俺の目の角膜を容赦なく焼いていく。
目覚めたばかりの目にはその光は、致命的とも言える物だったのである。
そうして瞼によって出来た、真っ黒な部分が完全に消滅していった。
それと入れ替わり俺の視界を満たすのは、真っ白な何も映らない煩わしい光だけだった。
光は晴れることがなくただ俺の不満を、その身に溜め込むだけであった。
“晴れないのか?”
そうやって疑問混じりの不満を、意思の内でぶち撒けるように垂れ流した。
数秒間がその間で経過した、だがその間で何か行動を起こす暇などない。
だって……その暇は、すぐに終わりを迎えてしまったのだから。
「なーなーせークーン」
覚えのある声が気だるそうに、俺の耳へと注がれていく。
視界を満たす光はその声に、共鳴するかのように霞のように晴れた。
“晴れた”とは言ってもソレは一瞬ではなく、緩やかに降るかのようにゆっくりと晴れたのである。
そうして目の前に出てきたのは…………知らない人ではなかった。
「あ! やっと気づいてくれた?」
目の前には白い何かがまるで、白煙のようにユラユラと揺らいでいた。
そのユラユラと動くものは、間際を作ることなく瞬時に動かなくなった。
それはまるで力無く落ちる、白い大鳥のように見えた。
それと同じくらい真っ白なフリルのないブラウスを着ており、“彼女”の中にある無垢や純粋さなどを表していたように見えた。
そして目の前には、
次にはその赤い目を含め白い肌をした整った、絶世の美少女と思わせる顔立ち。
それともう一つ、俺を拘束するかのように、白い腕と手が俺の肩の真横に置かれる。
傷はひとつもなくそして細かった、俺がどかそうと思えば簡単にできるぐらいだった。
だがその腕にはその細さからは、想像すらできないほどの力があるのだ。
それを基にして俺はどかすと言う判断を、自身の腕と手に下さなかったのである。
「───カエデさん?」
「そうだよ〜、七星クンが大好き有宮カエデです!! さっきはすごい汗かいてたけど……本当に大丈夫?」
「あ、汗?」
「そうだよぉ? 私が使ってたベッドの布団で、拭いたけど……」
反射的に俺は自身の背中を密着させている、白い布団がわりの布を、探るように触れたのだった。
そこにはしっとりとした、ほのかに感じる水滴の跡と、そのしっとりとした感触の後に来る、手の全体に染みるなんとも言えない不快感だけであった。
その水滴の染みる不快感はいつしか、冷たさへと変わっていったのである。
だが当然の通り、不快感が消滅したという話は、出るわけないのである。
ここで、ふと嫌な予感がした。
その予感というのは、この不快感が布団全てに広がっているのではないかという、思いたくもないモノであった。
俺は目を丸くし、この世の終わりのような顔になった。
そして……まるでトランポリンに乗ったかの如く、布団から飛び上がったのである。
「んんん??」
その光景を見た彼女は、白い布団の上に立ち上った俺を見て、白い髪を持つ頭の上にクエスチョンマークが浮かび踊っていた。
目も丸くなっており眼前にある状況を、理解できていないようであった。
今ここで言うべきことではないかもしれないが、正直めちゃくちゃ可愛い。
「どうしたの〜?七星クぅン?」
彼女の上にあるクエスチョンマークが、彼女の声を真似て声を出しているかのように聞こえた。
だがそんなことは無く、声を出しているのは他でもない彼女自身である。
そして惚けたような声を出す彼女に、俺はこう返したのである。
激しくもしくは冷たく言うのでもなく……ただ冷静に、かつ優しく彼女に口から出る言霊を語ったのである。
「いや何も、少し布団の汗の濡れが気になっただけです」
「なるほど〜〜……?」
そうやって彼女は理解したか、理解していないかわからないような、物体で表すのならばスライムのようなトロんとした声を上げた。
耳に残る声であった為、もう一度聞きたいという自分が形成された。
そんな考えはすぐに捨て、決して口にも出すことはしなかった。
「というか……カエデさんこそ大丈夫なんですか? 昨日は、怪我してましたけど……」
「大丈夫だよ〜? 別に大きな怪我を負ったわけじゃないし」
なるほど。
俺の頭にこの何気ない四文字が、どこからか湧いて出てきたのである。
何気なく這い出てきたその文字たちは、ひとときの出現を終えた瞬間、煙のようにどこかへと消えていった。
そうして目の前には、丸い目をした彼女だけであった。
「七星クンは大丈夫なのかなぁ?」
「大丈夫ですよ、もう何も心配しなくて大丈夫ですよ」
「そーかー」
気が抜けたというべきか、もしくは単純に邪気というものが感じられないのか。
まぁそのどちらの可能性も、この声に混じることはできない。
全くの重圧もない声が俺の耳に、ずっとこだまし続けるのである
そのこだまは最初からずっと、そして今この瞬間も変わらずに続いていくのである。
そうして彼女の優しく柔らかい声に、心と耳に釘が打たれていると、あることが頭に浮かんだのである。
「あの、カエデさん……今日のことって聞いてますよね?」
「ん? ああ、アレのことでしょ? 当然、知ってるに決まってる」
突如として彼女の声調が、変化したのである。
その変化した後の声は、気が抜けたような柔らかい声ではなかった。
その声の色は、一言で言うのならば……冷たく感じた、冷静沈着で身に余っていた慈悲など過去に捨てたような。
そうして冷たい感触のする、静寂が木造の
その間は両者とも無駄な声は出さず、ただ見合っていただけであった。
その間も彼女の紅い目は、ずっと俺を覗いていたのである。
俺はこの間、彼女から声が出ないのかな……と、ずっと考え込んでいた。
そうやって意味のありかもわからない考え事をしていると、俺の期待に応える出来事が起きたのである。
「じゃ、もう行っちゃう? 心の準備はできてるかな?」
「……ええ、もちろん」
彼女の発言の意図は、聞いた時から理解していた。
何をやるのか、何が始まるのか……その全ても、俺は掌握済みだった。
静寂はその瞬間、完全に食い破られた。
存在が消された静寂は、冷たさごとどこかへ消えていった。
その後に入れ替わるのは、表現することができない不明の空気へと切り替わった。
彼女はその瞬間、俺と同じように木の床に足だけをつけた。
彼女は同時に俺の手を右手だけでギュッと力強く掴み、いまにでもどこかへと連れて行こうしてるように見えた。
だがどこかへでは無くとも、連れて行くのは確実である。
彼女はその掴んだ手を、引っ張り始めたのである。
同時に俺の体も彼女の引っ張る力によって、少しずつ動かされていく。
動かされているのを理解した途端、俺も足を動かし始めた。
その様子は端から見れば、まるで赤いカーペットの上を、歩いているかのように見える。
木の床踏む途端に響く独特な音が、不明な空気が渦巻く部屋に拡散されていく。
その音はその部屋にあるドアの前まで、止まることなく続いたのである。
時間と共に俺と彼女は足を進め、そして一つの扉の直前で、足を硬直させるかの如く止めたのである。
そして彼女は純粋無垢な優しく、そして柔らかすぎる声で、こう言ったのである。
「じゃ、行こっか! 私の理解者さん!!」
第33話 終
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