第29話 小規模地下都市:プリミティヴ・リベリオン
小さな世界が広がっていた。
白い光を通った先には、上空から世界の端まで見下ろせるほどしかなかった。
完全に再現された、綺麗な都市があった。
人が作ったミニチュアとはまた違う、でもそこには小さな世界が広がっていた。
まるで道端の石のように手の中に入りそうだ、でもそれは現実では夢幻の理想で終わる。
そこには巨大な地下の都市があった。
その都市は近代科学が形を持ち闊歩しているような場所ではなく、まるでかなり前に本で見た科学が少しずつ進化している都市だった。
風景はかなりハビタブル・シティ近く、カエデが住んでいるラディアンス・シティとは比較すらできないほど、小規模な世界だった。
目につくものは、いくつかあった。
コンクリートによって作られた、約四階建てのあまり大きくないビル。
赤、青などのカラフルな屋根を持つ、二階建ての大きさを持つ普通すぎる家、それがいくつも群をなすかのように集合し、要塞のように住宅街を作り出している。
そうやってこの小さな世界を、まるで神になったかのように、上空から見下ろし続ける。
その時の目は、空虚でなんの感情もこもっていない、ただ世界を傍観するだけの観測機器のようだった。
誰も俺に目をつけることなく、目がついても話しかけるような、予測の範疇でしかない事象は起こることを知らない。
そのままその場に立ち尽くす、側から見ればただ黄昏ているようにしか見えないが、俺の中では一つの疑問を全力で整理していたのである。
それはすごく単純な疑問で、どんな者でも抱くような内容であった。
“なんで、地下に都市があるんだ?”
この一文字だけが無限に並列し、俺をずっと惑わすかのように混乱させていたのである。
当たり前だ、そもそも地下に都市なんて、存在するわけなどない。
もし存在していたとしても、こんなビルのような縦に長い大型建造物など、人間の手で作れることなど科学的な技術を用いても、身を削るような相当な時間がかかるだろう。
俺が住んでいるロドネウス帝国だとしても、地下に都市を作るなどということは、いくら高度な科学力を持ったとしても、帝国内を大きく揺るがし新聞やテレビ、スマホなどの情報機能を全て埋め尽くすほどの、大ニュースになる。
ロスト・テクノロジーやオーバーテクノロジーなどという、現代では再現することや発明することが不可能な技術でしか、実現可能な範囲ではないのである。
つまり……この世界の人々は、常識外れで規格外をまるで水を飲み空気を吸うかのように、当然だと言うかのように扱っているのだろう。
そう考えながらこのおかしく、それでもありきたりな日常の風景を傍観していると、やはりどの言葉を絞っても異常としか言えない。
「んん……うーー」
急に自身が持っている少女が、寝言かどうかよく分からない言葉をあげた。
ずっと聴きたくなるような、一度聴いたら忘れられないような。
確かにあげかたなど普通そのものだが、それは普通にはしていけないと思ってしまった。
今の疲れ切った身体には、まるで浴槽に入ったかのような、短くも山脈を登らされたような心身には、癒されるほど心地良い声だったのである。
とは言えそれも薄れるモノ、時間が経てば無くなっていくのは必然。
そうやって、時間は俺を置いていくかのように、無常に過ぎていく。
過ぎていく哀愁などを、じっくりと感じる暇などない。
だから……。
「カエデさん、大丈夫ですか?」
だから今できることをしてみた、彼女に対して優しく声をかけること。
彼女の傷がこれで治るわけじゃない、それでもこの行動は適切なんていう言葉で、価値がつけられるようなモノじゃない。
「んーー……」
彼女は言葉にならない、まるで呻きのようなどうやって出しているのか、原理不明の声を喉から発生させる。
それを聞いてもなんとも思わず、それよりも先走るかのような勢いで思ったことが、何もない空虚とも言える俺の中で一つの形を持った。
「カエデさんを早く助けないと」
行き過ぎた思いは今度は物理的な形を持って、喉から抜けて外界に飛び出す。
だがそんなことなんて、彼女の最悪とも言える状況を変える行動からしてみれば、全くの無価値だ。
踵を返し今やるべきことを、本能的にそして自身の意思から行おうとすると、唐突に声をかけられたのである。
その声はまるで語りかけるかのように、もしくは友人に近いような軽口だったか。
だがその声は俺の動きを止める分には、十分すぎるものだったのには違いはない。
「転移は完了したみたいだな、こちらは少しのラグがあったが」
その声には懐かしさという概念は、布切れの端ほどもなかった。
むしろ聴き慣れてきた、とは言い難い……とも言い難いか。
どうとも評価もできず、それでもこの声は忘れ難いものであるのは、いくら人生経験が無い俺でも理解できるものであるのは変わりなかった。
俺はこの時、一つ思ったことがあり、そのことについて聞いてみた。
「なぁ、ここは何なんだ? 一応、都市であるのは確実みたいだけど」
側から見れば一般的で特に変哲もない、普通の質問を相手にぶつける。
俺が聞いているのはただ地下に、なぜこのような小規模の都市があるのか。
これ以外思いつくことはなかった、そしてこれ以上に聞くようなこともなかった。
すると躊躇などせずに、相手は答えてくれたのである。
「ここは地下都市、いや……正式名称は、小規模地下都市:プリミティヴ・リベリオンだ、帝国と戦闘をして敗退した魔術師たちが、郊外から少しずつ素材を集め環境を整備し、それを幾度も繰り返して完成した努力の結晶だ」
手短にそして熱意という概念以外こもっていない、心の底から叫ぶような主張を聞いた。
声の声調も安定して、まるで冷静に聞こえる、それでもそれもギリギリで、今にでも冷静をかき消して荒げそうなほどだった。
その見えない圧に押されそうになり、何も行っていないにも関わらず、唇に力が入り全身の毛穴が開き、クライマックスに固唾を飲んだ。
「そう……か」
息が詰まっているような声で、目の前にいる別の
表情からも冷静沈着さが伺える、だがこの人物を語るには、この四文字だけではどうしても足りることはない。
その裏には人らしく、幾つもの感情がこもっているのは事実である。
「それより、お前の仲間は……ん?」
すると魔術師は俺の後ろの方へと、その碧眼を向けたのである。
その目線、その視線は、まるで自身と対立する者へと向ける、睨んでいるとしか言えないモノであった。
その目が睨む方向へと、俺も体全身をコンパスで半月を描くかのように、半自動的に動かしたのである。
この時までは後ろに何があるのか、少し程度の予想しかついていなかったのである。
その予想も水溜まりのように、見向きできるかどうかぐらいのものであった。
「転移お疲れ様、唐突だけど二人は“私”より先に先に、ココについていたの?」
魔術師の声よりも、懐かしさもない何度も聞いた声が、音が響く耳に入ってきた。
普通のような、透き通るような声だった。
白月マフユの声だった、相変わらず忘れそうで忘れない声だった。
「少し時間がかかった、そっちも大丈夫みたいだな」
もう一つの声が響く、かなり声が低く、こちらも身震いしてしまうほどだった。
だがその声の主に敵対心と言える感情は一切なく、その敵対心の代わりに仲間意識というものだけがこもっている。
同時にその人物は先ほど助け合ったチームかグループ(?)中の、最後の人物だったのである。
総勢五人というあまり多いとは言えない、集団である。
精鋭と呼べるものは……まぁ、俺を除いた四人が強いので九割九部精鋭である。
そもそも個人個人がメンバーという、認識があるかどうかはわからないが。
そうして一時の硬直を、少しだけ満喫すると、魔術師が一つ提案をしてきたのである。
「そろそろ都市に行こうと思っているんだが……お前たちはどうする? 別にもう少しだけ、時間を取ってあげてもいいんだが」
その提案は至極単純なモノで、今ここにいる誰もが思い描いた一つの提案であった。
「俺は……行ってもいい」
一番最初にその提案に、賛同したのはいつも誰かに釣られてばかりの俺であった。
その賛同は自分の意思か……もしくは、反動的だったのか。
それは俺にすらわからない。
すると続けて魔術師が、まるで俺の言葉に連結させるように、口から台詞を吐いたのである。
「一人はそうみたいだが、あと二人はどうするんだ?」
「じゃあ、私も」
「……同意見で」
赤髪の可憐な少女が、そして金色の短髪を持つ背の高い青年が、賛同とも言える答えを出した。
「なら、これで決まりだな、さて早く行くぞ」
魔術師はズッという地面と靴が、擦れる音を鳴らし踵を返した、その音はかなり短くまるでこちらに対し、早く行くぞと言っているように見えたのである。
その音を聞いて呼応するかのように、こちらも急かされたかのように歩き始める。
この瞬間この都市に来て初めて、起こした行動だとなぜか考えた。
そしてコツコツという音を鳴らしながら、コンクリートでできた道路のような場所を歩く。
だが道の真ん中には、一定間隔で限りなく誤差のない白線も敷かれて無ければ、歩行者専用路のある正方形に切り取られた、灰色で少しガサついたタイルもない。
……そう考えると、コレは道路とはいささか言えないかもしれないが、まあとりあえずそういう事にしておこう。
その何もないコンクリートの上を歩きなら、そんなことを考えていると、遠くにこちらへ向かってくる、一つの人影が見えたのである。
その人影は当然のように、近づいていくとその人影を覆う服や顔が見えてくるのは当然。
その近づいてくる影はこちらを見てくるなり、手を振ってきたのである。
「よお! 帰ってきたのか、ジウスヴァルト!」
上げた手を下ろさずに、こちらにいる魔術師へと声をかける。
その声は少し大きく、まるであまり性能が高くない、拡声器を連想させる。
人影の当人は特に印象に残るような見た目ではなく、普通に街を歩いていると見かけるような見た目だった。
特に武器すら持っておらず、本当に“平凡”としか表すことしかできなかった。
「ああ、少し地下鉄に行っていてな、まぁお前の言いたいのはこの後ろにいる四人だろ?」
「お、まさか先を越されるとはなぁ、アレか? 地下鉄で会った感じか?」
「そうだよ、一応司令部に連絡しておいたんだが、お前まさか聞いてないのか?」
「あいにく、街をほっつき歩いてて、見てなかった」
「なるほどな」
「あ、あとこの抱えられている子は、機械兵に切られて傷ができてるんだ」
「そうなのかあの帝国が作りやがった、役目の終えた残骸に……か」
話は円滑に、詰まることなく進められる。
この話の仕方を見る限り、その印象は親しい友人とでしか、表現することができなかった。
この都市の中で初めて見た、一般人の生活だった。
ものすごく普通で外の世界でも、普通にあり得るような光景だった。
その普通の光景ですら、この世界ではどれだけ貴重で、あり得難いモノだったのだろうと、声に出さず考えた。
「じゃ、またあとでな」
「ああ、またあとで」
そして止まっていた時間は、霧散するかのように終了し、先ほどのように足を動かし始めた。
それはまるで先ほどの出来事が、なかったかのように自然的に終わったように。
歩き始めるとコツコツという、無機質な音が響くのが自覚できた。
数分間の時間を歩き続けると、魔術師が声を出したのである。
「こっちだ、もうすぐ着くぞ」
魔術師の指示に従うように、進行方向を魔術師に合わせる。
そのまま特に何も言わずについていくと、何もない道に一つの角が見えた。
その角は空間の屈折のように、空気に紛れるかのように無音で、唐突に現れたのでる。
「曲がるぞ」
すると反動的にその角を曲がると、一つの建物が見えた。
外壁は赤い煉瓦造りで、瓦造りの黒色の屋根、そして特に目立たないガラス窓。
その建物は科学が広がる帝国では、確実に見れないような建造物であった。
その初めて見る建物に惹きつけられてしまい、そのままその建造物を見続ける。
周りの音すらも忘れてしまうほどに、ずっと見続けた。
そのまま見続けていると、忘れていた音を戻すほどのことが起こった。
「おーい!」
耳栓を貫通して耳に響くかのように、大きな声が聞こえてきたのである。
俺の引き疲れていた意識は、水をかけられたかのように一瞬にして引き戻された。
声の印象は力強くもなく、弱くもなく。
それでも普通とは表せないほど、印象には残るほどだった。
「お、来たようだ」
大きな声が聞こえた方に視線を向けると、一人の男性が視界に現れたのである。
黒色の髪に黒色の目、一言で言い表すのならば、先ほど出会った人と変わらず平凡だった。
それでも声の影響かやはり平凡ではない、と言えてしまうのである。
その人物は一直線にこちらへ走ってくる。
止まることなく、尚且つ途中で息が切れるよなこともなかった。
その人物との距離がわずか、一メートルに達した瞬間このようなことを言ってきたのである。
「───君たち! 世界に“反逆”する気はないか!」
第29話 終
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