第28話 反逆起点
駅のホームから、この暗い世界の道とも言える、冷たい鉄が造る線路に降りる。
もちろん靴を履いているため、特徴とも捉えられる冷たさを、肌で感じることは不可能だ。
それでもそれに次ぐほどの、地下鉄の冷たさは感じられる。
線路の上には俺が落下してきた痕跡が、しっかりと残っていた。
線路の上に収束され、ガラスの破片がもう一段階、壊れ少しだけの煌めきを残す白い粒が粉のように落ちていた。
そして俺が落下した影響で、線路が少しだけ曲げられ歪められている。
「こっちだ、ついてきてくれ」
そうやって自身が落ちてきてから今までの、回想に近いモノに浸っていると、俺を含めた四人に声がかかる。
異国の魔術師、ジウスヴァルトだ。
その声から出された内容は非常に単純で、ただ自身についてこいという願いだけだった。
その願いか命令かもわからないモノを聞き、まだ少しだけ足の震えていた、余韻が残る足を進める。
歩き始めると同時に、俺の後ろに三つの足音が共鳴するように響く。
「ああ、一つ忠告しておきたいことがある、結構大事だからしっかり聞いておいてくれ」
その言葉を風のように吹きかけられると、俺はその場で足を、一瞬で壊れた時計の針のように止める。
その時、後ろで聞こえていた三つの足音も、同じように停止という行動をとる。
「よし、まぁ一言で言うと、
長々と言葉を語り語っている間は、一呼吸も置かずまるで音声機能のように無機質に、そして淡々と言葉を並べていた。
その並べ方は、まるでドミノのようであった。
話した内容は簡潔にまとめると、機械兵は情報を共有し、発見した敵を確実に殲滅する……と。
正直なところ、何も汗も表情を浮かべずに、ただ聞いていただけだったが、その内容は心臓の鼓動が外まで聞こえ、今まで体験したことのない震えを、体から呼び起こすほどだった。
だが後ろの四人は、俺の勝手な考えによる結論では、多分だけど少し厄介程度にしか感じてないと思ってしまった。
理由はもちろん、この三人は俺よりも何年も先にこの世界の裏側とも言える異界に入って、戦い続けていたからだ。
それを含めると、この考えが自然的に浮かぶのもも、必然だったと言ってもいい。
「そら、わかったのなら早く行くぞ、もしここで機械兵に見つかれば、この逃げ場の無いトンネルくらい狭い空間で、アサルトライフルで撃たれるぞ?」
そう言われ身震いしそうな体を、鞭を叩きつけるように打ち歩き出す。
歩き出す時の足の重さは、まるで鋼鉄の靴を履いたように、重かった気がする。
とは言っても、足は力を入れずとも普通に動くので実際には鋼鉄の靴など履いてない、それでもそのような感覚があったのは、紛れもない事実であり矛盾だった。
そうやって、真っ白な用紙のような無機質で、変化のない歩行を開始する。
靴で地を踏むと長く計り知れない年月によって、乱雑に作られたコンクリートの亀裂により、こけそうになる。
もちろん整備すら行われていないので、壁に取り付けられている明かりが機能することなどない。
コツコツと黒い靴が、まるで水を弾くかの如く、コンクリートを弾く音を際限なく響かせる。
際限なく響いた音はその短い時を漂うと、この世界から次の出番の為にもう一度、次に起こる現象として戻っていく。
そして一秒の時も要さずに、もう一度世界へと漂着する。
ただ単に地を踏んで、コツコツという弾く音を鳴らしても、それが世界を変えることなどできっこない。
もしもそんなことができるのなら、今すぐ俺たちの目的は完遂して、いつも通りの日常に戻るだろう。
ま、そんなことを考える暇なんて……この時間だけなんだろうけど。
そうやって無駄な時間を耽る。
「おい、少し止まれ……」
目の前の異国の魔術師が、明らかに動揺しているという意思を込めた言葉を起こす。
それに次いで、俺の体も稲妻に打たれたかのように、ビリッと大きく自身の体が揺らぐ。
人に揺さぶられるなどという領域ではなく……まるで
「冗談だろ……まさかこんなところまで、あいつら手を伸ばしてるとはな」
その言葉に自身の直感という名の、不確定な未来を予測する勘が動いた。
「まさか、機械兵?」
「そのまさかだ、なかなかの勘だ」
賞賛かお世辞のどちらかの言葉を、軽口のようにかけられる。
だがそれをじっくりと考える暇など、与えられることなどない。
すると何かが削れるような、ガリっという災禍の音色が耳に響く。
それは何かの初まりだということは、考えなくとも理解できる。
が、それは決して良いことではないのは、明らかである。
「おい、今持ってる中で一番火力が出せる武器を、出してくれないか?」
「分かった」
そうやって、俺は返答を返した。
今持っている中で、一番火力が出る武器は……まぁ、あの電気の塊の矢を飛ばせる銀色のハンドガンしかない。
それだけを知っていた俺は、
機械兵なら吹き飛ばせる火力を持つ、自身の中で秘中の神器と定義づけていたモノが、何度も傷つき傷つけていた、錬磨とは程遠い剣でいえば、無名に等しき手に落ちる。
コツという音が鳴るわけでもなく、無音という無機質の具現化を纏いながら……。
「ねえ……七星クン、ちょっといい?」
「なんですか? カエデさん」
彼女の声が聞こえ、空気が電気を纏ったように張り詰めていた、緊張が相殺されたかのように少し和らぐ。
その少しですら余裕のない俺に、少しの安心と落ち着きを与えてくれる、現状で最高峰の希望であった。
それでもその会話を鋼鉄の剣とも差異がない、機械兵のガシャッという音で切り落とされる。
「ツッ」
「……」
切り落とされた会話は、それ以降動きを見せることなどなく、単に
そうやって時間が止まることなく、引き合うように
それは時計塔のように、重々しい扉を開くような、音が鳴るわけでもない。
「おい、こっちだ」
その時、魔術師は奥の方にある、ちょうど五人くらいが隠れられる場所へと、その足をまるで
そしてその場についた瞬間、次に指でまるで手招きするかのように、こちらに向かって指を動かした。
「行こう」
俺の一声で、その場にいた三人が同時に、そそくさと移動の態勢へと移行した。
その時の体勢は鼬鼠のようだと、なぜか感じてしまった。
そして全員が奥の瓦礫へと、足早に進もうとした瞬間───。
「あ──」
最悪な展開へと、未来が動いてしまった。
その時は世界の終わりに匹敵すると、自身の中で想像してしまうほどであった。
もしくは形状も説明すらできない、色のない……色すらつけることができない、真っ黒で底がない空洞のようだった。
その絶望というのが、機械兵後こちらを向いたということであった。
”それぐらいならどうにかできるだろう“。
だが今回の例は今までの戦闘方法が、無価値とも取れるほどの最悪な例だった。
機械兵の手に握られていた、鋼鉄で傷一つないまるで新品のような、巨大で金剛石よりも鋭利な刃物が、こちらに向けられていたのである。
「え?」
それが先ほどまで見た光景……ならば、次に巻き起こることがどんなことなのか、今までの経験を活かす暇もない。
次に来るのはその死を纏ったような、鋭利な刃物がこちらを仕留めに来るだろう。
そのような出来事は、これを想像した後に来るのが、鉄板であろう。
ああ、それが実現したらよかった。
そう。
その出来事は、俺が想像している間には、もう真正面にその抗うことのできない、脅威は迫っていたのだった。
鋼鉄の刃物は、俺の目の前まで到達していた。
「させないからっ!!」
そして真正面に来た脅威に、真っ先に反応したのは相変わらず、自身が頼ってばかり白髪のお姫様だった。
お姫様はその髪の色に似つかない、真っ黒な剣を脅威に対して振り下ろしていた。
時間にすら換算できるほどの遅さではあるが、人間ができる業とは言えない。
だが人間にできる業ではなくとも脅威の方が、お姫様よりも一歩だけ上を行っていた。
お姫様は脅威が握っていた、鋼鉄の刃物で瓦礫よりも奥にある壁へと飛ばされた。
それはお姫様の速さを遥かに越えており、到底人間には計測不可能なものであった。
「あっ、うあ」
お姫様から痛みに悶え耐える、傷ついたことが理解できた声が漏れる。
その声を聞いた俺は、今までで一番聞きたくなかった言葉だ。
理由なんて単純、彼女のことを傷つけられたことに、血が滲むほどの悲しみを覚えた。
そのまま何もできずに、空っぽとも言える放心状態に陥った。
彼女のことが気にかかるも、絶望感に押し潰されて、立ち上がることすら出ない。
足にも力が入らず、まるで枯れ木の棒になったような気分だった。
放心状態の俺を脅威は、好機だと取ったのだろうか、こちらへと再度刃物を向ける。
動く時にはなんとも機械らしい、鋼鉄が動くガシャという音が鳴り響く。
普通なら不快ともとらないような音も、どうしようもないほどに不快だと感じた。
「なんで……こんな」
“俺が狙われていれば、カエデがこうなることは確実になかった”。
そんな罪悪感が俺のことを、手で掴まれるかのようにずっと包み込む。
黒い布で包まれて、脱出不可能な黒い空間に包まれる。
救われない、彼女が怪我をしたのは自分のせいだ。
俺が狙われていつもの三流みたいに、投げられれば済んだこと。
だけどあんなにも小さい姫様が、なんでこんなことになってしまったんだ。
きっと血も出てる、それは彼女が死ぬと言うこと。
それはダメだ、だから助けないといけない。
それでも重い何かに足を掴まれて、足が自由に動くことがない。
動け動け動け動け動け、そうやって自身に対して唱え続ける。
目の前に敵は来ている、ここで電気の塊で壊せば確実に仕留めることができる。
ほら……だから動け、動けよ。
そうしても動いてくれない。
なんで、だ。
どうしてだ。
「任せろ」
肩を掴まれる、大きくそして固い手に。
祐輔だった。
火の魔術を使う、魔術師かどうかもわからない学生。
そんなこと、今はどうでもいい。
「仲間だろ、カエデさんが切られた時に、動けなくてすまなかった」
そうして小さな声で謝罪と、ここにいる役割を教えてくれた。
そして俺の目の前に、獅子の如く巨大な青年の後ろ姿が立ちはだかる。
青年の手の指先には、蝋燭の火とは比べ物にならない、炎が燃え盛った。
その瞬間、青年の左肩に向けて鋼鉄の刃物が振り落とされているのが、垣間見えたのである。
青年が出す炎によって、鋼鉄の剣の刀身が一瞬というべき時間だけ、白く光り逆光のように煌めいた。
その時、振り下ろされようとした鋼鉄の剣の刀身に、指先に出現した炎を直撃させようとした。
時間という時間を要さずに、鋼鉄の剣に炎が何にも邪魔されずに、直撃したのである。
その時、巨大な爆発が巻き起こったのである。
轟音が鳴り響き、その次に衝撃波のごとき、風が巻き起こった。
その風によって白く光を放つ何かが、俺に向かって飛翔してきたのである。
その光る何かは俺の真横を通って、後ろへと飛んでいった。
その時、ガンッと金属がコンクリートに、突き刺さるような音が聞こえたのである。
目の前をそのまま見ていると、機械兵の鋼鉄の剣が完全に折れていたのである。
当然、青年自体にはかすり傷一つも、全くと言っていいほどついていない。
青年はそのまま仁王立ちと言っていい状態で、機械兵に損傷を与えようとしていた。
だが機械兵の左腕が、唐突に変化した。
変化した左腕はまるでマシンガンのような、形になっていたのである。
その変化した腕の正体に、青年は一瞬で気づき、回避の体勢へと移行した。
だが回避をする時間すら、与えることなどなかった。
次という時。
マシンガンからオレンジ色に光を放つ、弾幕が放たれたのである。
連発する銃声が、俺の耳を穿つ。
一方、青年は大きく後方へのジャンプを繰り出し、向かう無数の銃弾を回避する。
次に機械兵に向けて、その炎を放ったのである。
だがそれだけでは、機械兵の銃撃が止まることなどない。
遂に青年から攻撃手段が失われようとした。
だが、そうはさせまいと青年を手助けするかのように、後ろから水色のような氷が青年に向かって、風のように疾走し始めたのである。
速く、
止まることのない氷が、走り続ける。
「その銃は、もう使えなくなるよ」
そして氷が機械兵の左腕を、まるで鎖のように縛ったのである。
縛られた機械兵の腕は、まるで岩のようにのように動かなくなったのである。
「隙だ、感謝する」
その時、赤色の矢がその混沌に乱入するかのように、機械兵の左腕に放たれたのである。
その本数は三本。
そして刺さった矢は、赤色の電気のようなものを、発散させるように放ったのである。
すると機械兵の腕は、まるで力が抜けたかのように動かなくなったのである。
「行けっ!! 七星!!」
まるで押されるかのように、体が大きく動いたのである。
それは自身の意思ではなく、まるで何か衝動的に動いているようだった。
その瞬間、銀色のハンドガンを取り出し、雷の塊とも言っていい電撃の矢を作り出す。
トリガーを引き、電撃の矢を機械兵に向けて、必殺の一撃を巻き起こした。
機械兵の機体に巨大な、穴を開けたのである。
「おい、早くそこのお嬢さんを連れて行くぞ、じゃないと他のやつに気づかれる」
一瞬にして走り、彼女の元へと駆け寄った。
その言葉に素直に従い、彼女にお姫様抱っこをする。
それが完了すると、三人もそれに気付いたらしく、颯爽と走り始めたのである。
「このまま直進だ、遅れるんじゃないぞ」
そうやって暗いトンネルのような、地下鉄を走り始めた。
走っている時は、ただ地面を踏むだけの、コツコツという音が鳴り響くだけであった。
そこからずっと走り続ける、風景が変わることなど全くない。
ただ真っ黒な空間が続いているだけであった。
途中途中、壊れた電灯らしきものそして駅だったものが見える。
広告も破れており、なぜか線路内に駅にあったと思われる、白色の椅子が落ちていた。
その風景を何度も見て、ようやく魔術師が声を出したのである。
「そろそろか、おい今から目の前に白い光が見える、そのままその光に突っ込んでくれ」
返答はせず、ただ耳に入れる。
それから数十秒間走り続けると、目の前に白い光が唐突に予兆もなく現れたのである。
とはいえそれは光だったが、正確には空間がガラスのように割れた部分に光があったのである。
「よし……入れ!!」
一段とスピードを上げ、その光の中へと入っていった。
光は数十秒間、俺の視界を支配すると、唐突に消滅し目の前にあるものを見せたのである。
「なんだ…………これ?」
そこには───地下都市があったのである。
第28話 終
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