第26話 再開

第26話 再開


相対した者の目は皿のように丸くし、俺が手に汗混じりに握っている赤い剣に集中していた。

まるで予測すら全くしていなかった、出来事が目の前で起きたかのようであった。

先ほどの一言から全く口を開けない、いや口自体は丸くして開けている。


「なんで、お前がその剣を持っているんだ……ソレは、アイツの物だ……なのに、なんでお前が、お前がその手に握っているんだ?」


何も前座がなく、唐突に口を開けたかと思えば、先ほど言ったことと、ほぼ意味が変わらないようなことを、俺に提言してくる。

だが俺はその言葉に対する、答えが見つからなかった、昨日起こった出来事を教えれば済むのだろうがそう簡単に、信じてくれないと主観で考えてしまった。



「いや、今は……話している場合じゃないな、とりあえず続ける……が、次からは少し本気で行くぞ」


「ああ」


俺は同じ文字を二つ並べ、相手に短く承諾を返した。

だがそれを返答したからと言って、すぐに戦いが再開されるわけではなかった。

また最初みたいに、いつ終わるか不明の短いよう な、自分にとってかなり特徴的な待機時間があった。


両者は武器を構え、いつでも戦えるという事を、言葉を介さず伝播した。

当然、どちらも理解しており、同時に自分が先に致命傷を、喰らい喰らわせる可能性があるという、覚悟も自覚していた。


「だが……やっぱり気にかかるな、その剣をどこで入手したか、教えてくれないか? 先ほどの発言は、撤回させてもらうが」


打って変わって、俺が思いがけない質問が、意識と脳を刺激した。

予測していないモノが来訪し、どうすればいいか身振りで示さず、脳内で混乱する。

と、同時になぜか理由もわからず、全身から潜んでいた汗が出始めた。


「え、え?」


脳内の処理コップが混乱という液体を、限度以上に注がれすぎたせいか、溢れ言葉に変わり出してしまった。

いつもなら時間を要さず、すぐに正常に戻るが、予想にも無く対処すらわからないモノに対しては、そう簡単に対応を取れるはずがない。


それを考え、思考を処理している間も、傍若無人に世界は時間を動かす。

俺は音のように止まらない時間に、全く気づくことなく、ただ一秒一秒を蛇口から出しっぱなしの水のように、無駄に食い潰していく。

もちろん目の前の状況に集中している俺は、その理不尽な自然の摂理に気づくことは絶対にない。

そもそも、忘れているだろう。


「ま、別にゆっくりでもいいが……まぁ、大体予想はついているし、その予想が当たっても“素直”とは言わないが、受け止めるつもりだ」


俺はその言葉を聞いて、やっと正常を取り戻すことができた。

俺は途端に、固唾を飲む。

同時に昨日の戦いの出来事が、嵐が如く脳裏を走り駆け巡った。


「話すよ、だけど……考えているものとは、少し違うかもしれないぞ」


「別にいい、予想外の出来事も全て“予想外の出来事”という枠組みに入れておけば、問題はない」


「じゃあ話すぞ───」


そして俺はそこから昨日の戦闘のことを、時折息継ぎをしながら、包み隠さず嘘偽りなく全て漏らした。


冒頭の中年の男性が刺されたこと、その後に続くかのように他の人々も刺されたこと。

謎の黒ローブの人物のこと、そして真っ黒な空間で戦ったこと。


そして……相手は既に知っているであろう、この赤く光る剣の所有者、最後にその人物の名前について。


もう一度言おう、俺は嘘や偽りは全く持って話していない。

まぁ、信じられない部分は、あっただろうけど。


「なるほど……まあ確かに、アイツならやりかねないな、だが最後の行動は……想像もつかなかったが」


「一つ聞くが、悲しくないのか?」


「悲しいさ、だが何度も同じことを経験して涙を出す気力が、全くないだけ……だ」


声は微かに、感じ取ることが難しいぐらい、弱々しく震えていた。

それは確実に、悲しみを言葉で俺に伝えていると、しっかり理解した。


だが俺には仲間を失った痛みは、どんな手を使っても感じ取ることはできない、ただ俺はその見えないし感じることもできない傷を、ただ察して伺うことだけしかできない。


「だが……最後が少し気になるな、もう少し詳しく教えて欲しい」


最後というのは、赤色の剣を渡された時のことだろうか。

俺はもう全てを話したつもりだが、相手は少し納得いかなかったか、少し気にかかるのか。

どちらが正解か、俺は突き詰めた後に究明するつもりは、毛頭と言っていいほどない。


「望むなら」


俺はこの言葉を言い終わった後、もう一度長々と舌を器用に動かしながら、喉の渇きが消滅したのかと疑われるくらい口を動かす。

本当に時たま息継ぎをするだけでも、止めずに話し続けると疲れるはずなのだろうが、その来るはずの疲れが、一向に片鱗すら寄せてこない。


と、話した内容は……言いたいところだが、正直頭が沸騰していたような状態で話していたので、あまり話した内容は覚えていない。

それでも、相手には通じていたということは、なぜか覚えている。


「なるほど、よくわかった……そして、君の見解も聞かせてくれたこと、本当に感謝する」


相手から感謝の言葉が、俺自身に与えられた。

だが、俺は目の前にいる相手の、年月を共にした人物を殺害してしまったことには、決して変わりはない。

それにより素直にその言葉を、受け入れることはできなかったのである。


その様子を俺は仕草で示そうとはせず、ただ身の内に留めておくことにしたのである。

俺は相手の顔を見た、すると相手の眉間に眉がより小さく歪んだ。

その表情は一見、怒りのようにも捉えられるが、それは相手の気を使ったと、俺に示していたように感じた。


そしてかもう一度か……右手で数えるほどの回数しかないが、数十秒の猶予という言葉すら似合わない、空虚で白紙のような時間ができた。

互いの目を見合い、いつでも剣を合わせる準備が整っていると言っているかのように。


「じゃあ、話の時間は終わりだ……そちらも、今から起こることは理解している、というかそちらもそのつもりみたいだな」


俺はこの瞬間もう一度、自身が使用している剣を握った。

そして構え空間を裂くかのような剣を、相手に重ねた。


ここから不意を打てば、相手を空間と同じような切り殺すことができるだろう。

だがそれは、戦闘経験がない者のみ。

今目の前にいるのは、俺よりもこの世界を見てきた者、そして仲間を失いながらも、折れずに生きている歴戦の勇士だ。


「では、もう一度始めるか。できれば死なずに、降参して欲しいがね」



「ッ……」


息を一瞬だけ口から漏らし、狼煙のようなものをあげた。

相手は俺のような行動を取らず、ただ俺を見ていた。


「……なんだ?」


目の前の討つべき者が、俺とは関係ない声を漏らした。

それと同時に俺とは違う方向を見た。

その方向とは少し前にできた、一つの積もった瓦礫の上空にある、穴の形に沿って切り取られた、青く海原の如き空である。

その海原には太陽という、太陽系の王が顕現していた。

そして王は切り取られた空の原因である、瓦礫すらも明るく照らしていた。


「なんだこの音は、足音? いや、誰かいるのか、こんな危険地帯にか?」


このような独白と、推測を並べた言霊を、口から吐き出していた。

俺はその音が聞こえない、というか今この瞬間に出された足音というもの以外も、俺には耳の内部に侵入してこない、鼓膜も微動だにしなかった。


「100? いや、50……まさか!?」


唐突に声をマイクで話しているかのように、傍聴させ俺の耳を刺激する。

俺にはその言葉の真意が、理解できなかった。

……いやちょっと待て、今さっき誰かいると言ったが、待て待てまさか!


その瞬間、俺の脳裏に先程の出来事が雷に打たれたかのように、記憶をリモコンを押すかのように呼び戻した。

俺も切り取られた空に強制的に、釘付けにされてしまった。


相変わらず足音と言うべき、特有のリズムを纏った音は聞こえることはない。

釘付けになっていると、小さな音が響いた。

その音は早く、そして特有で整っていたリズムが、耳の中の鼓膜をついた。


すると足音は、唐突に掃滅した。

だがその消滅はまもなく始まる、白髪の小さな悪魔が剣を向けると言うことを、空間を通し俺たちに伝播していた。


その瞬間、切り取られた空に小さく、見覚えのある影が現れた。

その影は少しだけ長い白い髪を持ち、赤色の目を俺に向ける少女が地下の世界に、夜よりも真っ黒の剣を持って降り立とうとしてきた。


「はぁぁっっ!!!」


「チッ!」


敵がその手に持つ黒き弓に対し、その白い髪を持つ、悪魔とも天使にもとれる少女が剣を振り落とした。

夜のように黒き弓に、夜よりも黒い剣がまるで喰らうかのように、衝撃波にも等しく最も近い、一瞬だけの非常に強い風が吹く。


その衝撃波から生まれた、風という余波は俺に届き髪を揺らし、服を揺らした。


「くうッ!」


両腕を交互にし、顔を守る。


「飛んで!!」


その時、白い髪を揺らす少女は、黒い弓の使い手を蹴り壁に叩きつけるように飛ばす。

同時に壁のある方角から、盤石を砕き破壊する音が、地下世界に荒波のように波及した。

非常に力強く相手を仕留めようとする、決心のようなモノが感じられた。


コンクリートの煙が空間を泳ぎ漂い、その場を支配し尽くした。

煙は水に入れたばかりの墨のように濃く、目の前は全く見えなくなった。

視界は間接的に機能せず、その予兆も一切見られることはない。


「七星クン!」


そうやって理解している間に、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

叫ぶように、もしくは泣くかのように……どちらにも聞こえる声だった。


そして石の地を踏み、こちらに必死に走ってくる音が、俺に空気に乗って届けられた。


「大丈夫!? 怪我してない?」


俺の体に少し重たいような、何かが飛び込んできた。

それは煙に支配された空間でも、自覚できるほど、存在感を空間に注いでいる。

その存在感の正体は、相も変わらず、白髪の少女であることは、俺も気づいていた。


「ごめんね……本当にごめんね……」


そうやってその少女はその瞬間から、俺にずっと抱きついていた。

縋るように、それとも自身を虐げるかのように……その真意は予想以外、俺にできることはない。


そして俺は、喉に鞭を打った。

彼女に反応するだけに、彼女のためだけに鞭を打つ。


「ありがとうございます……そして、謝らなくていいですよ……」


彼女にそう告げると、白髪を小さく歪みのように動かしながら、俺に顔を向けてきた。

その顔にある紅の目には、彼女の目を間接的に歪める涙が浮かんでいた。

雪のように白い肌、そして白い肌に涙が垂れ、肌の白さを加速させる。


「ちっっ……やっぱり、予想が当たったみたいだな」


彼女との再開の一時に割り込むかのように、壁の方から声が聞こえてきた。

それが聞こえると煙は晴れ、同時に赤色の光が俺と彼女の目に、視認できたのである。


その赤い光は俺と彼女に、数発も飛んできたのである。

それは止まらず飛翔し、直撃寸前まで来たところで、その赤色の光を彼女が真っ黒の剣で撃ち落とした。


「言っておくけど、七星クンは絶対に渡さないからね」


「それは、恋人を持ったな」


その言葉は彼女に向けてではない、俺に対してだ。


「ではこれで舞台せんじょうの登場は揃ったかな? ならば———始めるとしよう」


すると黒い弓を下に向いて引き、赤色の光の矢尻も下に向く。


“何をやっているんだ?”


そんな言葉が俺の脳内に、言葉のタイプライターを通して打たれた。


黒い弓から赤色の矢が放たれると、その矢は地面に突き刺さることはなかった。

その赤色の矢は地面を反射し、壁に向かって飛び出した。

空を飛ぶ鳥のように、複雑に空間を飛び続けた。

それはスーパーボールのように、障害物にあたれば跳ね返り、俺たちは動けない状況に陥ってしまった。


「よそ見は戦いにおいては、隙を作る“致命的な瞬間”だぞ」


赤い弓が俺たちに向け、掃射される。

数発だけだったが、もし命中すれば、確実に戦闘不可能になることは確定する。


「させないから……!!!」


黒い剣が俺の視界の垣間から、唐突に現れ赤色の矢を弾く。


「無駄だ!!」


その時、赤く目が見えなくなるほどの、大きな光が俺の視界を包み尽くす。

四方八方、何も見えず、動けば何が起こるか分からない恐怖心に狩られる。


「クソっ!!」


俺はもう一度、赤色に光る剣を取り出し、それに対抗しようと試みる。

それは若干遅く、間に合わないと、自覚させられたのであった。


「間に合わな……!」


その時、俺が何かをしようとするのを、別の意味で妨害するようなことが起こる。

その赤い光が一瞬にして、俺の視覚から完全に跡形もなく消滅した。


「七星クンは、絶対に傷つけさせない———」


「なっ!」


黒い弓を持つ者は、その瞬間、俺たちから一瞬にして距離を取る。

彼女の声のする方を見ると、黒い剣を片手に持ちその剣からは、ポタポタと赤い血が垂れていた。


「ここまでとは、さすがに防御が薄すぎたか……そろそろ、終わらせるとするか」


黒い弓をもう一度、俺たちの方に向け、赤色の矢を数発装填する。

そしてその赤い矢を乱射し、全て俺と彼女には当たらない。

だがその手はもう読めてある。


咄嗟に後ろに振り向き、数発のうちの三発を弾き壊した。

同時に彼女も、それに集中していた。

だがそれしか考えないでいると、後ろの脅威に気づかない。


「ぐあっ!」


背中に痛みが走る、何かが刺さったような痛みが。

それに気づき、後ろを向くと、今まで見た中で一番強い赤い光が俺に照射されていた。


それを考える時間すら必要とせず、これが相手の必殺だと看破する。

それを防ごうと、俺は赤い剣一つで身を投げ出し、無力化を図ろうとする。


「遅い」


無機質な声が俺の耳を刺し、残酷に仕留めようとする。

最も赤い光が俺に向かって、飛来してくる。

俺は何を思ったのか、迎え撃とうとし、その場で立ち止まる。


「それは……絶対に、壊す!!」


そういう台詞を口から漏らし、接近してきた赤色の光を同じ赤色の剣で防ぐ。

その瞬間、赤い刀身に赤い光が巨大な重量とともに、俺を仕留めようとする。


だが。


「重すぎるっ……」


後ろに後ずさるほどの大きな重量が、体にかかり不利な状況に陥る。


「私も!!」


すると小さな足音とともに、俺を助ける白い髪の少女が現れる。

そして、赤い光に黒い影が、無理やり介入してくる。


それでもまだ足りない。


「ッ!!」


「くうっ!!」


着々と押され、敗北の予兆しか見られないくなった。

後ろの壁との距離がもうなくなった瞬間、赤色の光が赤い剣のとある部分を照らす。


それは持ち手の真っ黒な部分に、一つの出っ張りがあることに気づく。

何気ないような、誰も気づかないような。

ただの装飾ともとれるが、絶対に違うと確信した。


そして、その赤い部分を、左手の親指で無理やり押し込んだ。

何も変わることはない、そうやって思うだろうが……。

全く違った。


瞬間、刀身が今まで見せることない光を。

強力な、この目の前にある脅威ひかりと同じくらい、目が見えなくなるほど明るくなった。


「カエデさん!!」


そうやって彼女の目を見る。

アイサインというやつだろうか。


それを送ると、彼女の目は大きく見開き、理解したような目に変化する。


「うん!!」


そしてもう一度、力を入れる。

今までで、一番大きく、そして限界を超えるほどの大きな力を。


「うおおおおおおおおっっ!!!」


「はあああああっっ!!」


拮抗する。

目の前の赤い光は光量が少しずつ、小さくなることに気づく。

だが俺の剣も、今まで見せなかった光量を、少しずつ失っていく。


その時、小さくガラスにヒビが入るような、音が聞こえた。

そして、赤い光も光量が弱まっていく。


その瞬間……。

バリンっ!! と、ありえないほど大きな音をだし、最後の最後で空間を覆ってしまうほどの、大きな光を撒き散らしながら……完全に消滅した。


「なん……だと!!!」


目の前の黒い弓を持つ人物は、明らかに動揺を隠せていなかった。


「うおおおおっ!!」


「終われ!!」


赤い矢がこちらに向けて、発射される。

十発ほどは、確実にあったことは視認できた。


「うああああああっっ!!」


だがその赤い矢を弾きながら、最速で嵐のような速度で黒い弓を持つ人物に接近する。

その間に何発もの、赤い矢が体に命中するも、それを打ち壊すような速度で、接近する。


「これで……終わりだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


そして、剣を振り下ろした。


第26話 終

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