第24話 鉄路迷宮Ⅱ

俺は壁に叩きつけられ、意識を保ったまま、体全体に痛みが叩きつけられる。

その痛みで、意識を完全に仕留めるのは、できるほどだった。

だがその、俺を完全に迎撃する魔の手からも、完全に逃れることができた。


「ツーっあ」


呼吸をしようとすると、またもやか変な音か声のようなものが出た。

それは駅構内に響くほど、大きものではなかった。

だがソレは人に伝わるほど、大きなものであるのは変わらなかった。


「マジか……こいつまだ気絶してねえのか? いや、壁が割れるくらいの威力で叩きつけたんだぞ、流石におかしいだろ」


俺を迎撃した者が、疑問と不信感を混じえた言霊を発した。

俺はこの時まだ気絶していないことが、バレたかと思い咄嗟に息を飲み、コンマ1秒のズレもなく全身の毛穴が開いた。


鳥肌も立ったし正直、体の感覚はほぼ消滅していたと思った。

ただ俺にできるのは、相手にバレずに息を潜めることだけだった。


「いや、そんなわけないか、さてと……そろそろ連れて行くか、とりあえず“アイツら”を呼ぶとするかね」


ソレを息継ぎなく言い終わったあと、電子音が響いた。

とはいえ俺は今、全く目の前が見えないので、どんなことをしようとしているのか、どんな操作を行おうとしているのか、ソレは全く見当がつかないのである。


電子音が一定ではなく、全くタイミングなどが定ってない、静寂の地下世界に響く音だけが俺の耳を刺す。

体も動かない、何かも見えない。

それでも唯一、残っている聴覚だけが、この世界を生き抜く方法として残っていた。


数分間、電子の音が聞こえ、俺の耳をずっと刺激し続けた。

乾いているようにも聞こえた、もしくは死の音のようにも聞こえた。

ピコピコとスムーズに操作しているという、音がずっと聞こえ続ける。


「とりあえず“アイツら”に、連絡はできたな。 と、コイツはどうなんだ?」


コツコツとコンクリートを踏む、乾きすぎた足音が聞こえる。

その音には、無機質以外何も……いや、もう空っぽのようだった、無機質すら存在できないくらいの空。


「よし、こうなったら直接触るしかないな」


その時、俺の頬に感触が走る。

その触れたものは、手だということが理解できた。

触れてきた手には、その手を覆う真っ黒でこの空間の一部かと思わせる手袋が、装着されていることが認識して理解できた。


「少し痛くなるぞ」


それは忠告かどうかわからない、ただの独り言なのだろうか。

合っていたとしても、俺に推理する時間なんで全くないのは変わらない。

その時、唐突に力強く頬を掴まれる。

掴まれる瞬間は、少しづつ痛くなるという余興はなく、本当に一瞬の出来事であった。


だがその痛みは、唐突に訪れるのが定めだ。


「っ」


「お?」


出したくないような声が漏れた、俺の願望などロクに通るものでは無かった。

もう終わったとここで感じた、このまま起きていると勘づかれて終わるのが宿命だと思った。

とはいえ”死“という、最悪な結果おわりは起きないと、なぜか普通であるかのように感じてしまった。


息をまた飲む、一秒が数分か数時間にすら、感じるほど長く感じた。

それの影響かどうかわからないが、昔見たアナログ時計のカチカチという音が、水面に落ちる水滴のように耳に響いた気がする。


「いや、ただ息が乱れただけか?」


奇跡というのが舞い降りたという、夢にすら見たことない斜め上の出来事が起きたのだった。

だがソレと同時に、この奇跡を逃したら、本当に何が起こるかわからないという、一瞬にして生まれた恐怖を抱いた。


動くこともできない俺は、この奇跡が終わらないよう祈るばかりだった。

このまま気づかれたくないという願いを。

誰にも見えない奇跡を、ずっとずっと願い続けた。

決して脆く細い糸のように途切れないように、頭の中でねがいながら。


「いや、威力が低すぎたか? 流石に死んではない……というか、死なれたら困る」


俺を壁に叩きつけた誰かは、俺の前から一向に離れようとしない。

ずっと探っており、まるで獲物を“確実”に仕留めたか確認しているようだ。

その状況はとても、絶望的としか表すことができなかったのである。


それから数十秒か数分間かわからなくなるほど、状況を探られた。

その時には、鼓動が外に聞こえると想うほど、響き大きくなっていた。


「いや! やっぱりただの、呼吸の乱れだぁ!」


口から心臓が出てきそうなほど、大きな声を地下鉄の構内で上げた。

本来こんな大きな声をあげたら、周りからびっくりされて通報されているだろう。

だがこの崩壊した世界には、文明の跡を遺した世界が、誰からも見放されて残っているだけである。


その声は構内に響くと、波のように少しずつ小さくなっていった。

そして、数秒間で意味のない過去の功績となり、跡形もなく完全に消滅した。

その時、俺の前にいる誰かが声をあげた。


「さて、じゃあ……そろそろ行くか、誰かが来たら流石に困るからなぁ」


途端に、服の襟元を掴まれる、心臓の脈動が体験したことない速さに変化した。

体を持ち上げられ、ファイヤーマンズキャリーの形で担ぎ上げられる。

俺は何をされるか理解できずに、また恐怖に襲われた。

奇跡が完全に終わったと思い、生存不可能な底なしの絶望の海に落とされた。

これ以上、救いはないと確信し、このまま身を任せようと思った。


何をしても助からない、もし動けても確実に負ける。

願いはこれ以上意味を成さない、いや意味すら作ることはできないだろう。

これ以上明るさも、蝋燭ろうそくの灯火程度の明るさを纏った希望みらいも、絶対に無いと思った。


「あ? 何だこの音?」


その時、唐突に声を上げた。

どうやらこの人物が言うには、何か意味不明かつ正体不明の音が聞こえたらしい。

だが俺には、何も音が聞こえなかったのである。

状況が整理できない俺には、音も匂いすらも全く感じなかったのである。


だが、少しずつ耳に触れてくる、音が聞こえてくる。

ピキピキという何かがひび割れる音が、耳に響いて聞こえてきた。


俺は嫌な予感と、微かな希望を同時に手にすることができた。

前者は、この地下鉄が崩壊して巻き込まれ死ぬ予感。

後者は、この崩壊と同時にあの三人が助けに来てくれる予感。

俺にはこの二つだけが、今この目の前にあった。


それを考えている間にも、音は大きくなる。

すると、ほおに少し感触がった。

何か粒状のものが落ちてくる感覚が。


……その時、背筋に冷たい感触が走った。

これは俺の上で、最悪なことが起きようとしているとが、直感で理解できた。

ピキピキという音が、ビキという鈍く、非常に乾いた音が呻いた。

そして、急激に音が巨大化していった。


ガシャやガリという、おかしく聞きたくない音が俺を萎縮させる。


「クソが! お前はあっちにいってろ!!」


その時、俺の体が空中を舞った。

それは急激に訪れ、そして高速で俺を飛ばした。


「あ」


声が漏れるが、非常に小さかった。

そして、唐突に俺の体を痛みが襲った。


それは床に叩きつけられた、痛みだと理解できた。

すると視界が少し冴えた。

だがそれは非常に、曇っていた。


その曇った視界には、目を覆いたくなることが目に映った。


それは───爆音を鳴らしながら、天井が崩壊する光景だった。

崩壊した天井の上には、小さい空が見えた。



第24話 終

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