第21話 もう一度あの世界に

完膚なきまでに、図星を突かれる。

だが突いてきたものは、刃のようなものではなく、心を読んだ言透かした言葉だった。


先ほど心理術が一般より技術が高いと、彼女は俺に聞かせてきた。

だがそれは規格外と言わしめるほど、俺からしたら異端すぎるものになっている。

ただ俺は凡人の勘しか、保持していなかった。


「いや、なんでわかるんですか……」


「そりゃあねえ、こういうのに慣れていないと、こんな殺し合いしかできない仕事が務まるわけないでしょ」


息を止めることなく俺に聞かせてきた。

そして俺の疑問は、彼女の数秒か数十秒程度の台詞セリフによって、完全に打ち壊された。

ただの心理術ではない。

素人の俺が言うには難だけど……これって“魔術”の部類に思えてきた。

確定したわけではない、だがこれほどの心を読む力、魔術と言わずしてなんと言おうか。

もしも彼女がこれ以上、ただの心理術と言い張るのなら、信じることはできない。


「あ多分気づいていると思うけど、あと一つ言っておきたいことがある」


「なんですか?」


「私はこの身だけど、別に君たちがあの場所に行くと言うのならば、私は止めないよ」


彼女は次いで程度にしか、思っていないのだろう。

だが俺からすると、今の現状を解決する方法が見つかったのと同じである。

というか、俺はマフユさんは止めるかと思っていたのだが、俺が考えていたこととは全く、正反対の回答が返ってきた。

それと同時に、俺の意識も完全に覚醒した。


「え? あの場所にまた行っていいんですか、てっきり止められるかと思ってたんですけど……」


「止めない止めない、この病室に入った時から思ってたんだけど、君のその様子。誰かにすごく大切なことを、託されたように見えたからさ」


溶けかけの氷のような、みぞれのような物事の核心をつくかの如く、言葉が俺に飛び込んできた。

やっぱりこの人は、カエデ以上に特殊な力を秘めているに違いない。

そして俺の疑問はこの発言によって、確信に限りなく近い推測に、様変わりしたのだった。


「ああ、というかこの子を起こさなくてもいいのかな? 私が来た時からずっと寝ているけど」


俺は彼女がトントンと指で突いたところを、俺は顔を動かしてみた。

そこにはカエデが、小さな吐息を漏らしながら、寝ている光景が広がっていた。

彼女の体勢と吐息は、俺が目覚めた時から全く変わっていなかった。


「マフユさんが来たから、起こそうと思ったんですけど、起こしても起きないかなと思って……」


「あ〜なるほど、じゃあこうしたらいいよ」


すると、マフユが指先をカエデの背中に立てる。

指の本数は5本、全てを使用して彼女を起こそうとしているらしい。

俺はマフユが間もなく起こそうとしてることが、大体予想ができていた。


「していいよね?」


「はぁ……」


俺は“はい“と言おうとしたが、なぜか相手に呆れているような声の、典型的な例がこぼれ落ちてきた。

だがマフユは俺の台詞に、顔一つ変えることなく微笑んでくれた。


すると微笑んだ途端、その顔を崩さずにマフユは突き立てた指を少しずつ動かし始めた。

指を動かす方向は、機械的に単純に上下させるだけだった。

その動かす速度は、少しずつ上がっていく。


それを数十秒間、続けると。

マフユが口を開けて一言、口走った。


「なかなか、起きないなぁ……前はこれをしたらすぐに起きたのに、まぁこれで起きないならこうするしかないか」


すると背中から、突き当てた指を離す。

そして、その指を全てカエデの首元へと持っていった。


「ん〜」


その時、全く乱れなかった、カエデの吐息が一瞬乱れた。

いやどちらかというと、触られたことに対して“微か”に反応しているというのだろうか。

まあ結局、俺からしたらすごく可愛かったので、正直どうでもよかったのだが。


「起きろ〜」


マフユが指先を動かす、その時、この静寂を打ち破るような声が響いた。


「にゃあああああーーーーーーー!!??」


その声は、一瞬を置いていくほどというべき速度で、俺の耳へと駆け抜けていった。

俺の惚けていた意識が、一瞬にして覚めたのである。

それと同時に俺は、大きく目を丸くした。

それはただ単に、驚いただけという簡単な理由である。


「カエデさん!?」


「はい、これで完了」


俺はここで驚きと、何が起きているのか混乱。

そしてマフユは、少し微笑みながら自身がしたことができたことに対して、少しの喜びに浸かっていた。

そしてその当事者のカエデは、何が起きたのか理解できていない様子で、俺よりもさらに数十倍も混乱しているように見える。


「え? 何? え、え!?」


何もわかっていない様子で、ただ混乱しているだけである。

顔だけを動かして、左右を確認している様子が俺の目に映った。

正直、猫みたいだ。

ああ、猫みたいだというのは“可愛い”も含めてだ。


彼女はそれを数十秒間続ける、呼吸も忘れるほど困惑しているみたいだ。


「ちょ、落ち着いて……!」


静止させようと、彼女の混乱に割り込む。

でも、一言の言葉を掛けただけでは、彼女の混乱は収まることはない。

俺は何を考えたのか分からないが、彼女のに触れて”物理的“に止めようと試みた。


「落ち着いてくださいッ!!」


今さっき……いや、今この瞬間でも正しいだろう。

文字通り彼女を“物理的”に止める。

触れた場所は、彼女の手。

と言うのも、他の箇所に触れるのは流石にまずいと思ったからだ。

理由は横に彼女と過ごした時間が俺と比べものにならないほど、非常に長い美少女がいるからである。


「あ、あ、ええ」


すると動きほぼ停止した状態の彼女は、こんな声を俺に出してきた。

俺が手に触れた途端、彼女が混乱していた時に起こした行動が一瞬にして鈍くなる。

鈍くなると、次第に彼女の混乱は消滅していった。

消滅すると、その次に彼女に変化が起きた。

彼女の顔が赤面になる、大体その理由は察せていた。


「恥ずかしいん……ですか?」


「え!?」


彼女が声を出す、俺に図星を突かれたようだ。

すると、取り乱した状態で出した声を濁すかのように、ある言葉を言ってきた。


「あ、あの……叫んだとこ見てた?」


「は、い」


俺は少しカタコトで彼女に回答した。

カタコトにしたのは、彼女の恥ずかしさをもっと濁してやろうという、思考を限界まで使った判断である。


「む、うううううう」


それを言うと彼女は下を向いて、俺の病室の床を見つめる。

彼女が小さな声で、恥ずかしさを誤魔化しているような気がした。

それを俺は、ずっとベッドの上で傍観していた。


その時、空気の流れが乱れたと、俺は肌で直接感じた。


空気の流れが乱れたと感じたのは、俺だけではなかった。

その横にいたマフユも、その流れを感じたらしい。

それは言葉では言わず、仕草で俺に示してきたのである。


するとその状態を、打開するために出したと思う言葉を空間に放ったのである。


「まあ、おはようカエデ」


これと言った特徴も、全くないただの挨拶だった。

とは言っても、この状況を打ち壊すには充分なほどの言葉だと俺は思った。


「え? マフユ?」


カエデは顔を上げて、口を開いた少女の顔を覗き込んだ。

当然、俺はその状況を俺は見る機会が与えられたので、目を逸らさず見た。

一言。

二人の身長差がまぁまぁ、あるということだ。

それ以外は特に言うべきことはない。


「えっとー……まさか、マフユが?」


「……分かっちゃった?」


「ッ!」


カエデが歯を食いしばる。

理由はもちろん、起こされたことだろう。

多分、すごくいい夢を見ていたからだと思う。


「まさか、首触った?」


「よく分かっちゃうね〜」


すると、彼女は唇に力入れる。

その力の入れようは、歯を食いしばる時と同じくらい強いように俺は見えた。

これ以上力を入れたら、顔が歪みそうになるほどに。


「ねぇ、私がそこ弱いって分かって触ったんだよね?」


「やっぱり、その理解力は相変わらずだね」


カエデはその時、マフユに掴みかかりそうになるほどの勢いで睨みつけた。

それを見てマフユは唇を右手で隠して、企みが成功したかのような、少し笑みを浮かべながらカエデを見る。


「むぅぅぅーーーー!」


カエデは怒りの声を、喉から上げる。

俺はそれを聞こえないと言うかのように、何も言わず無言で聞き流す。

目の前で繰り広げられるのは、二人の美少女の手を下さない喧嘩(?)である。


「まあまあ、それより神崎君、そろそろ誰か来るんじゃなかな?」


そう言うとマフユは部屋に投影された、空中ディスプレイの技術を応用した、時計を指差した。

それはAM9:30を示していた。


「あ、確かに」


「むぅぅ……」


俺は自然的にマフユに返答する。

その横では喫した敗北に、不満を抱えたカエデが怒り混じりにマフユを睨む。

すごく空気が気まずい、レベル的に言うとクラスメイト全員の前で話した時に、声が裏返ったレベルだ。


俺はこの時。

誰でもいいから誰かこの空気を、ぶち壊してくれないかなと……その時の蒸発しそうな、頭の中で考えた。


だがその希望は、まるで彗星の如くこの室内に飛んできたのである。


コンコン。


部屋のスライドドアを叩く音がこの室内にピリつくような空気を、防弾ガラスを打ち壊すような感覚で破壊したのであった。

俺の中でバリーンというガラスが砕け散った音が、鳴り響いたのである。


「神崎さん、部屋に入っていいですか?」


そんな声が聞こえてきた。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


ガラガラとアナログな音が鳴らされ、スライドドアが開かれる。

勢いは本当に普通。

爆雷のようにうるさくもなく、忍びの如き小雨のような小さな音でもない。


「おはようございます、早速ですが昨日のことは覚えていますか?」


唐突に質問をされた、俺は質問をされ少し戸惑った。

だが冷静さを発動し、なんとか質問に答えれるような状態にした。


「確か……血が出て、倒れたところまで」


「そこまで覚えているのなら、問題はありませんね」


声は人間性が残っているのに、喋る速度はまるで機械のようだ。

まぁこの人は、ただ必要最低限のことはどうでも良いのだろう。


「今から、先生を呼びますのでお待ちください」


「え、あ、はい」


看護師は室内を貫く風のように颯爽に、スライドドアから去っていった。

それは、非常に自然な出来事のように感じた。

この自然というのは、森などの空気と同じ意味だ。

わかりやすく言うのなら、この看護師は自然の空気が人の形を保って、俺の前に現れたようだった。


「すごい」


横でカエデが声を上げる。


「本当に」


それに続くかのように、マフユも声を上げる。


「何あの人、なんか自然に生きてる人みたい」


「やっぱり、マフユも思った?」


二人で話し合う。

やっぱり、俺以外にも同じ考えを持っている人がいるのだと、この時知ることができた。

なぜかこういう時に出る、謎の安心感が俺を覆った。


そしてそれから特に話すこともなく、俺はずっと空中ディスプレイの時計を見ていた。

大きく現在時刻と小さく書かれた、秒単位で動く60秒経てばリセットされ時刻が1分進む数字。

他には日にちと曜日、湿度と気候が残りのスペースを埋めるかのように書かれていた。 


その時は数分をかけて、俺のところへとやってきた。


数分間、俺が待機しているとノック音すら鳴らさずに、スライドドアが開かれた。


「おはようございます、神崎さん」


その時、病室に看護師が言っていたと思われる、医者が現れた。

見た目は五十代と思わせるほど、老けが進んでいる人物だった。

俺はこの医者が、かなり高度な腕を持っていると直感で理解した。


「えっとーー、どこか痛む場所はありませんか?」


「はい、特に」


俺は普通に答えた。

すると、医者は顔を歪ませて、疑問と驚きが混じったかのような表情を俺に示した。


「どうしたんですか?」


「い、いえ……やはりこの回復能力は」


最初の二文字を言い終わった後に、ものすごく小さな声で、何かを呟いていた。


「あの、神崎さん、驚かずに聞いてください」


「え? は、はい」


「一つ言いたいのですが……貴方もう退院しても大丈夫ですよ」


「は?」


「いや、だって貴方、もう運ばれた時には全く傷も残ってませんでしたよ? 検査をしても、身体には何も異常はなかったですし……なんなら一度確認してみるといいですよ」


そう聞いて、俺は傷があった場所に手を当てた。

そこを触ると、まるで何もなかったかのように、傷は他の肌と同じ感触になっていたのであった。


「?」


俺はこの医者が何を言っているのか、よく理解できなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



それから同じような話をされ、退院の手続きのようなものをされ、ハイスピードで退院することになった。


「よく理解できなかった……」


そして、二人の美少女と共に病院を後にした。



第21話 終


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