第19話 勝利からの絶望

俺はそのまま遺体を抱き抱えたまま、道の中心に座り続けた。

静寂だけがこの道に残留する、漂うのはただの哀愁と何とも言えない空気だけ。

何も違わないのに、俺にとっては何もかもが異質に見えた。


俺の手も先ほど起こった出来事も、何もかもがおかしく異質だった。

あり得ない、普通ならあり得ない。

心臓を貫く技量があるか。

影が空間せかいを作り出すか。

雑音ノイズ混じりに嘆き、叫ぶ生き物がいるか。


「うっ、ああ」


体力を消耗し過ぎて、唐突に大きな疲れがどっと波のよう襲ってくる。


「これ、どうしたらいいんだ? ここに放置しちゃダメだろうし、ましてやこのまま持っていったら、確実に通報されるだろうしー」


「というか捕まったら絶対、対策局に渡されて殺されるだろうし……」


悩む。

この遺体をどうしたらいいのか、俺はずっと悩み続けた。

決断はできない、頭に電撃が走って何かを思いつくわけでもない。


「今の俺で出来るか?」


俺は遺体にゆっくりと触れた、優しく出来るだけ皮膚に触れないように。

そのため、黒色の衣服に触れる。


そして、その服を触れる時よりも少しだけ強く抑える。

グッと力を入れると、黒いはずなのに大きなしわができたのが確認できた。

俺は皺ができたのが確認できると、ある事を行おうとした。

そしてある事を、俺は時間を要する事なくすぐに実行に移した。


その時、黒い衣服を力一杯掴んで皺すら作り出すほどの右手にある異変が起きる。

もちろんこれは不測に事態ではなく、俺が起こしたことに関係する事である。

その右手に起きていた異変とは、金色と白色に包まれたという事である。


その光は段々と光度を増していき、黒色の衣服を金白の光で侵食していった。

黒衣の表面を水のように、落ち着いたかのようにゆるやかに流れていった。

そして、全身を侵食し尽くした。

それは体全体に及んだ。


その光は、数分間をかけて粒子状に変化した。

その粒子状に変化した光は、夕陽にかき消されるかのように世界から消滅した。

その消えた先は……薄い雲一つ無き、オレンジの文月の空へと消えていった。


「お疲れ様、本当に……ありがとう、貴方の名前は忘れないよ」


そう言って俺は遺体があった虚空を、数十秒間身振り手振り触った。

何もそこにあるわけではない、だけど俺からしたそんなどうでもいいアスファルトの道は、死なない限り一生記憶に残るものだった。

自然と涙が出てくる、咄嗟に自身の目を線にする。


閉じても陽は容赦なく、瞼を貫通して眼球を照射する。

眩しいと感じた頃には、俺は目を見開いていた。

再度、アスファルトを見て、少しの哀愁に深く深く浸った。

まるで、花瓶に入れられた花みたいに。


「行くか、あの人のところに」


夏の風が頬を刺した、冷たくない、そして暖かくもない。

だが、この風は俺の背中を押してくれた。

突き飛ばすようにではなく、優しく撫でるかのよう。

それを支えに、そして糧にして残酷な世界を少しずつ歩いた。

途端にシューズのコツコツという、全く懐かしくもない音だけが耳に響いた。


「これから、こんなことが毎日続くのかな……はぁ」


でも、すぐに歩くのを止めた。

世界に対する嫌味を漏らす、それを言ったところでまあ現状が変わるわけでもない。

結局は行動、行動が一番効率的かつ重要なことだ、うん。


自分に言い聞かせ、また懐かしくないシューズの音を響かせた。

普通に歩いて、住宅街を歩み続ける。


そして、さっきまでいた場所へと向かった。

急足にはせず、何もなかったかのように、彼女がいた場所へ。 


ーー---------------------


それから数分をかけて、住宅街という小さな迷宮を歩いた。

その間、何かトラブルなどに巻き込まれる事がなかったので、安心に浸り少し胸を撫で下ろした。

それに次いで、息を大きく吸って強く吐いて、深呼吸をする。


「確か、ここら辺で合ってるよな? ここで影に飲み込まれたはずだし……」


そう考え石垣から顔を出し、先ほどまでいた場所を視認した。

案の定、そこに彼女はいた。

白い艶やかな髪、赤い目を持つ、いたって普通ではない可憐な少女が。


「カエデ、さん!」


彼女を見て、一瞬だけ息が詰まった。

だがそれには、目に見えるように反応はせず、何事もなかったかのように治した。


「七星クン?」


こちらへと振り向く、その顔には驚きの一言が書かれていたように見えた。

彼女は不意にか、もしくは意識的に俺の名前を言った。


俺は彼女へと近づく、俺が近づいても彼女はそこから動かない。

容赦なく彼女へと接近する、距離は2メートルも無くなった。

1メートルを切った瞬間、彼女に向けて手を伸ばす、周りくどい言い方をしないとなると、彼女に抱きつこうとした。


だが事の一部始終を見ていた彼女は俺の行動を、完全に理解できていたようであった。


「カエデさん、大丈夫でし────」


彼女に言葉を投げかける。

いつもみたいに、優しく。


だが、その行動はすぐに阻まれた。


「あ、い、あァ!?」


痛みがまた身体を蝕んだ、それと共に地面に両膝……いや、全身ごと地面に倒れこむ。

倒れ込んだ瞬間、目の前に見たくないものが目の前にあることに気づく。

それは……赤色の鮮血であった。



「七星クン、どうしたの!? 待って、血が出て……」


彼女は絶叫をあげながら、俺に向かって体全身を使ってしゃがんだ。

そして、傷口に彼女が触れる。

痛みがなぜか無かった、触れられる痛みよりも傷の痛みの方が、圧倒的に激しく強いのだろう。


「今、治すからね大人しくしててね!」


彼女は少し前に心臓を貫かれた女性に施した、治療のようなものを俺に対して行使した。

もちろんこの間合いも、激痛は絶え間なく少しでも弱まることなく続いた。

足を少しユラユラさせる、こうしたら紛らわすことはできるだろうと、思っているからである。


「待って、血が止まらない? 絶対に治療はできているのに」


そう彼女から言葉が聞こえた。


“ああ、そうか、無理なのか……これで“。


頭で言っていた台詞セリフを、途中で止める。

こう思うと、“誰か”を騙したような気がしたからだ。


さっきまでギリギリ耐えれていた、ヒビがついた壊れかけのステンドグラスのような、脆い意識が遠のいていく。


そして、最後に耳に入ってきた情報は、必死に俺を治療している彼女だった。




第19話 終







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