第16話 災禍の始まり/再来


俺と彼女はかなり冷え切った、 和食モドキ三品を食べ尽くした。

その後も彼女は美味しいと何度も何度も言ってくれたものの、いざ自身が食べてみるとそこら辺の一般家庭の食事と変わりはなかった。


俺は彼女に迷惑をかけてしまったと思い込んだ。

こんな冷え切って、料理もど素人が作ったモノだけど、美味しいと言ってあげないと本人がかわいそうだ。

そう彼女は、内心思っていながら俺が作った食事を食べたと、勝手に思い込み想像した。


当然、彼女の表情からはそのような感情は読み取れない。

というか、そもそも思っているかすらわからない。

ただ単に俺が想像しているだけにすぎないかもしれないし、本当に思っているかもしれない。


俺には、何もかも彼女のことはわからない。


「美味しかったーー。次も作ってくれると嬉しいな! 七星クン!」


健気に可愛く声を喉から出す、彼女は優しさという成分を周囲に撒きちらす。

不要なものは全くなく、ただ優しさというものだけがそこにはあった。


それには魅了されるほど、俺に対する影響は大きかった。

意識が悶えそうになりまた彼女に自身の、精神を侵略され占領されそうになる。


「ありがとうございますカエデさん、次作るときはなんか言ってくれると、自分的には作りやすくなります」


彼女に対して自身の料理を食べてくれたことと、今後は食べたいものを教えてほしいと伝えた。

推測通り彼女は躊躇する猶予もなく、大きく首を縦に振った。


「わかったよ!」


声を上げると、手の親指でグッドをしてくる。

俺も彼女に応答するかのように、自身の手でグッドを作った。


「じゃあ食器は私が洗うから、七星クンはお風呂に入ってていいよ」


「いいんですか? カエデさん」


「いいよいいよ、私だって七星クンからお世話焼かれたから、私にだってお世話焼きたいよ」


顔を赤らめて彼女は言った。

白い肌に、熱を感じさせる。


「そうですか……カエデさんは本当に、優しいですね」


自身の視点を下に向けた。

心から思ったことは口に出して、世界を通して彼女に対して言い放った。

本誌から出た言葉を、独り言以外に使ったのは多分三度目か、四度目ぐらいであった。


「え、えっと」


俺は彼女のことが気になり、目の前を見た。

より一層、肌の赤みが増す。

そこには体全体を揺らして、もぞもぞしている彼女の姿があった。

その姿に悶絶しそうになった。

可愛かった、美しかった。


そして———この世界の全てを敵に回して、反逆しても守りたいと思った。


「カエデさんわかってます、無理しなくていいです」


自身から出た言霊について理解できている。

断然、彼女がこのような感覚に陥る。

この思考に至るまで、数分は掛からなかった。


「ありがとう、気を使わせちゃったね」


本当は相手に失礼なことをした時に使うのだが、それでも彼女が笑顔を絶やさなかった。

むしろ嬉しそうに、俺は見えた。

その心理は俺には全くわからない、でも彼女が笑ってくれるのならばそれでよかった。


「じゃあ自分はお風呂に入りますね、食器が洗い終わったらゆっくりくつろいでて良いですよ」


こう彼女に告げた。

その言葉に対して「うん!」と反応を返してくる、その返事に対して、俺はただ機械のようにうなずくことしかできなかった。

他にも、微笑むとか彼女と同じように“うん”とか言えばいいのだろうが、それは非常に狭い門だ。


わかりやすく例えるなら、自身の歯でヤシの実の皮を引きちぎって、穴を開けろと言われるくらい。


それをまた、ネガティブか冷静かわからない顔で考えるのだから、正直なところ今の自分が気持ち悪い。

脳を取り出して、これを見たモノがいるのならば、多分絶叫して逃げ出すだろう。


「じゃ、私やっておくね!」


俺が浴室へ行こうと背を向けた時、彼女の声が耳元にこだました。

だが俺はその声に対して反応を示すことなく、ただ”聞こえた“という結果だけを脳に留めた。



それから数歩、歩いた。

とはいえさっきの話から、わずか数秒程度しか経っていない。

まあ俺にとっては、

その数秒すら、数分に感じてしまうのだがね。


そして箱庭へやの中を歩くと、目の前に曇りガラスで構築された、スライドドアが目に止まった。

なぜか俺はそこで一呼吸を置き、スライドドアのドアノブと言うべき部位に手をかけた。

勢いよく風が起こるほどの強さで、ドアを開けようとしたその時。


「うわああああァァァァァァァァ!!!」


外から声が響いた。

それは一瞬の出来事に他ならない、ましてや一瞬ですら遅いと感じた。

俺はドアノブから手を離した、それも反射的なものと本能的なものが合わさりながら。


それに伴い、横から大きな足音を箱庭の中に響かせながら、廊下を必死に走る小さなものが眼球の端に映る。

それは一秒も掛けずに、俺の元へと飛び込んできた。


「七星クン……今の聞いたよね!?」


その小さなものの正体は、彼女だった。

それは言うまでもないという、ことなのだろうが。


「は、はい!」


こちらも彼女に対して答えを返す。

それを見ようが、彼女は頷きもせず、ただ俺のことをしみじみと眺めているだけであった。

かなり余裕そうに表しているが、全く余裕など存在しないのである。


それよりも先ほどの男性の叫び声が耳に残留し、その男性を確認するためには、一刻の猶予もない。

今の男性がどういう有様なのか、もしくはどういう状況なのかは大体見当がついている。


俺と彼女は箱庭の出口である、木製で構築されたなんの変哲もない扉へと足を動かして駆ける。

走った時に足に強烈な痛みが走る、普通なら耐えられるがを上げた。

理由はもちろん、この扉の奥で巻き起こされている、男性が無惨にも殺されていることを想像したからである。


確かに彼女に関わってきて血液が漏れ出たり、実際自分が傷つけられて、水溜りではなく血液溜りを作れるほどの、血飛沫ちしぶきを巻き起こしたりすることもあった。

それでもこの先で起こっている、惨劇の悲惨さは今までとは違うレベルのものであると、直感と演算で予測できた。


俺と彼女は特に弊害も起こることはなく、扉を容易に開けることもできた。


「ツッ!!


俺とはこの景色に衝撃を覚えた。


率直に言うと、男性が胸部を貫かれている。

これは想像と予測のうちにあるものであった。

だけどその他に、目を疑うものが男性をまたいで、視線の奥にあったのである。


それは男性以外に、心臓を貫かれた人々だった。

男女関係なく、無惨に心臓を貫かれていたのである。

位置は全て的確な位置に絞られて、血液が勢いよく出た形跡もない。


言えるのは“心臓を貫かれていた”。

これ以上これ以下でもなく、ただ心臓が貫かれた人々が地面や石垣に倒れ、横たわっている。

ただ、それだけが目の前に広がっているのみ。

その光景が、悲惨であるのは聞き飽きるほど、言う必要も全くない。


あえて言うのならば、心臓は貫かれてるのに、全く血液が出ていないとうことである。

地面にこぼれてすらいない、心臓部を剣で貫いた縦型の痕跡しかない。


でも、これは惨劇だ。

目視だけで数十人が命を落とす、もしくは生死の境を彷徨さまよっている。

でも助けたいとは心が思っていても、身体からだがそれに応じることは、微塵もなかった。


“助けないと、助けないと……死んでしまう”


石のように硬直した、腕と足を動かす。

でも生まれたての鹿のように、手はブルブルと震えていた。


「私が行く、七星クンはそこで待ってて」


「あ、は、はい」


俺より先に彼女が動く。

その速度は家の時とは比べものになっておらず、常軌を逸しているとしか表せない。

彼女は風を足に纏ったの如く、負傷した人々の元へと駆けつける。


その行動は俺よりも圧倒的に、このような惨劇と悲劇を目で見てきた彼女にできることである。


彼女は心臓を穿たれた一人の女性へと駆け寄った、そして彼女はその女性の肩に触れる。

目を瞑りただ女性の肩に手を置く、深呼吸のようなモノをした。

すると女性の傷口が、少しずつ塞がっていくのが見える。

糸を縫うかのように傷口は縫われ、ほんの数秒だけで治療らしきものは終了した。


傷口が塞がった女性はゆっくりと途切れそうなほどゆっくりと、呼吸を始めた。

彼女はそれに対して驚きなどは見せず、凛とした表情で女性の前に座っているだけである。

だが俺もこんな不思議でオカルトなことにも慣れ過ぎたせいで、驚くことは決してない。


「大丈夫ですか? 痛い場所はありませんか」


彼女は優しく冷静に声をかける、女性は気づいているのだろうが全く返さなかった。

俺の脳内では、呼吸に専念していると結果を出した。

それは彼女の方が先に気づいている、それを証明するかのようにそれ以上、怪我を負っていた女性に何も言わなかった。


「え、なんで……」


すると女性が口を開く。

第一声は自身が生きていることに対する、異常に近いような、はたまた奇跡のようなモノに対して疑問を抱いているようであった。

俺と彼女はその一部始終を見ていたが、女性にもしそんなことを言っても、全く理解されないだろう。


「大丈夫ですか?」


彼女は先ほどの発言に、似寄った台詞を女性に向けて放った。

それと並列するように、女性は彼女に対して反応を見せた。


「だ、大丈夫です、あなたが助けてくれたんですか?」


「まあ、はい」


彼女は少し言葉を詰まらせながら、女性に回答を返す。

女性はそれを言われると、疑問が晴れたような表情を顕著させた。


「それで、何かあったんですか? できるだけ、詳しく教えて欲しいんですが」


「いえ、何も覚えていません……でも———」


女性は何かを言い出した。

何かを言い出そうとしたが、唐突に女性の形相が一瞬で変化した。

変化した形相は、まるで猛獣か何かに目を合わされたかのよう。


簡略して言うのならば、恐怖という言葉。

それが女性の顔に、大きく書かれているような気がした。


女性は指を震わせながら、彼女の後方を指を差した。

指が示す方角は“上”であった。

上とは言っても真上ではなく、45°の角度。


「あ、あれ」


「あああ、あああああああ!!!!」


女性は悲鳴をあげる、鳥が全力で鳴き声を上げるかのように。

大きいとかではなく、断末魔。

断末魔のような、周囲に助けを求めるような声。


まるで”箱庭の中で聞いた、男性の叫び声と同じだったように“。

残酷で、希望すら打ち砕いてしまうほどに。


地獄だった。


「え?」


彼女は断末魔に対して驚きもせず、女性が指を指した方に、体全体を後方へとくるりと向けた。


そこには一つ、たった一つだけの……影が立っていた。

そこ影はこちらの様子をその真っ黒な体で、動くことすらもせず伺っていた。

その影を見ると正体不明の焦燥感が増してきた、鼓動も少しずつ速くなる。


口から心臓が出てくるような、なんとも言えない吐き気のような感覚に襲われた。

神経を吐き気をおさえることに、全て回した。

その代償にその場から動くこともできず、ただその影を傍観して、災厄に浸るしかなかった。


俺はその影に視線を集中させていると、コツコツという足音が聞こえた。

何を隠そう、その足音を発した者の正体は、有宮 カエデその人だった。

彼女の表情は全く変わっていない、それでも少し怯えているように見えた。


「ねぇ、あなたさっきから私達のことを見てたの? もし喋れるのなら話して欲しいんだけど」


彼女は言葉を口ずさんだ、自身の目の前にいる敵体していると思われる人物に対して。


「…………」


その影は何も言わない。

口すら開かず体すら動かさず、こちらの様子を相も変わらず伺っていた。

見つめるだけ、ただ見つめるだけ、その影の奥にあると思われる”眼“で。


「話す気はない? そう、なら動かずに何でこっちを見る必要があるのかなぁ? ねえ、“対策局の人間さん“」


俺はその影をより一層、大きく目を広げて見た。

すると影は少し体を動かした、確実に動揺している。

焦りではなく、驚きであるような印象を与えてくる。

それもそうだろう、だって自身の正体が、隠せていると思ってたのに相手にバレたから。

こんな単純な理由でも、人間は動揺する。

人間は心理的にも単純な生物と、再認識させられた。


それを口を抑えながら考えている、だがその動揺を見て少しずつ弱まっていく。

緊張が解けたのかそれすらも理解できない、今は吐き気が消失した。

これだけで、さっきのことなどほとんど忘れた。


「推測程度で言っただけだけど……やっぱり正解だったみたいだね」


その瞬間、黒い影が唐突に動き始める。

彼女と同じよに風の如く、ビルの屋上を走り始める。

次に影は周り住宅街の、屋根を走り始めた、猫のように器用に走る。

着実に距離を詰めてくる、少しずつとかの測りではなく、数秒でこちらへ距離を詰めれるぐらいだ。

それほどの速度でこちらへ向かってくるのならば、時間の余裕というものは塵程度もない。


彼女はそれを見ると、その影に向かって歩く。


「……ねぇ七星クン、ちょっとここの人たちを守ってくれない? できれば、守りながら私を援護してほしい、無理ならいいけど」


「いや大丈夫ですよ、俺も少しぐらいカエデさんの役に立ちたいから」


俺は口から手を離して、今横にいる恋人かのじょに誓いのように要望を飲んだ。

彼女はその誓いを聞くと、少し微笑む声を口から漏らす。


影は彼女と少しの余興を過ごしていても、慈悲の心をもって止まることはない。

それよりもその光景を油断していると思ったのか、速度が上がっているように見える。


疾風のようになった影は、俺たちの目の前にあった、灰色塗りの屋根から空中へと体を浮かした。

それは夕陽と対になる、真っ黒な"月"みたいだった。


「来ましたね」


「じゃあ始めようか、血で血を洗う“災厄”をね」


その影は俺と彼女がセリフを言った瞬間、高速で地上に向かってきた。

それはまるで、超音速飛行ソニック・ブームを引き起こした戦闘機のような速度で、こちらを冥界へと墜とさんとばかりに。


影が地上へと着陸する瞬間、赤い線状の光が垣間見えた。

それは俺たちと地上に倒れた人を殺そうとする、影の殺意の代行をしていたように、こちらに姿を現した。


「……来る! 七星クン、撃って!」


「わかりました!!」


懐からこの前から愛用している、外装を光すら弾く麗しき銀色で構成された、ハンドガンを取り出した。

それを影に向けた、途端にプランク時間すら置いていく速度で、銀装を纏う銃のトリガーを引いた。


銀の外装にポッカリと開いた、丸い奈落の穴のような銃口から、鉛の塊が飛び出した。

鉛は空の大気を切り、風を切る。

そしえ影を貫かんとした、だがその使命は一瞬にして抹消された。


影が赤い線状の何かを取り出す、それは明らかに剣だった。

見たこともない、どうやって作られているかのかもわからない、それでも“近代世界の産物”だというのは科学に乏しい俺でも理解できた。


「やっぱり、無理か! クソッ」


「私がやる……七星クンは離れて、周りの人に被害が及ばないようにして」


俺が切った戦陣を彼女が、再度切るかのように俺の前に出た。

前に出ると、空中から影が地面に着地した。

彼女に距離を詰めるのは、着地してから間もなかった。


「シ」


それが聞こえた瞬間、彼女を赤色に光る剣で切りつけようとする。

彼女の体はその剣の必中範囲に入っていた、後ろに回避しても距離を詰められて死ぬ。

一方、反応が遅れても死ぬ……ならば、彼女が死を回避する方法は、たった1つだけに限られる。

彼女は自身が持つ武器、魔剣・カラミティアを赤光せっこうの剣へと振る。


「クッ、あ」


だが影の方が彼女の力量を上回る。

それを見てハンドガンを影に向けて一発、弾丸を撃ち込んだ。

硝煙という超小規模のスモークを纏いながら、鉛が飛ぶ。


「───ッ!?」


影がこちらを向いた、顔と思われる部位の奥が一瞬だけ赤くきらめいた。

片腕を飛んでくる鉛に向ける、その瞬間。

小さな鉛は空中で破裂した、地面に金属音を響かせながら、力無く墜ちる。


だがそれを行うリスクは、逆行するかの如く影に還ってくる。


「そこだッ!」


「ク、ア!?」


彼女がカラミティアを、力を入れて振るった。

それは直撃して影から赤色の鮮血を、溢れ、飛び散らせた。


「あぁクソ油断した、弱体化してるクセになかなかやるな」


初めてはっきりとした言葉を聞く、その声は10代特有の少々の幼さが垣間見える声だった。


「そりゃそうだよ自分が弱くなってるなら、それ相応の"対策"を取るさ……あなた達みたいにねっ!!」


カラミティアの第二の斬撃が影を襲う。

赤色に光る剣を、カラミティアに向けて振った。


その戦いに割り入るかのように、銃弾を三発も撃つ。


「めんどくせえなぁ! 先に殺しておくべきだった」


影が悲痛か、よくわからない声を喉から上げる。

また顔の奥が赤く光る。

だがその赤い光が破裂させた弾は、たった一発しか無かった。


「チッ、あぁぁ!」


残りの二発が、胸部と腕らしい部位に命中してカラミティアの斬撃よりも、圧倒的に少ない鮮血を撒き散らした。


「次!!」


また黒色の剣から、損傷の原因が放たれる。

だが真っ黒な月のような者は、小さな微笑み声を口から漏らした。

凄く、残酷に。


「待って、カエデさ───」


残酷に笑う影は、彼女の斬撃を打ち消した。

いや……正確には、斬撃を体に纏った黒色の吸収させたように見えた。


「終わり《さいご》」


その声と共に、目の前が黒色に染まった。

それはまるで部屋の電気を、消す時が最も近い表現だった。


「見えない」


声を漏らした。

そして、黒色の空間に赤色の光が見えた。

その光は『死』そのモノだった。

それは一瞬で近づいて、俺の心臓部を貫いた。


「お前らの目的は、遂行させない……それが世界に平等という幸せが降り注いでも、その第一関門すら通させない」


自身から出る鮮血を漏らす原因は、そう呟いた。




第16話 終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る