12話 白月/白露Ⅱ

 


その青年は先ほど死んだ。

…正確には、致命傷絵を負ったと言った方が、正しい表現かと思う。

そして今この瞬間、生き返った…。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



致命傷を負わせたはずの、青年が立ち上がった。

私は即刻、自身が置かれている状況を察して、手前にある刀…幽閉世界を手にしようと試みた。


だが…意識が朦朧として手にすることができない。

近くにあるはずなのに取れない。

目も霞んで上手く視認することができない、戦わなといけない状況なのに…体は戦える状態に移行してくれない。


その間にも、青年は私の方へと近寄ってくる。

私に対して殺意が溢れている目で、私を見つめる…目の前が霞んで、前が思うように見えないのに…その瞳だけはなぜか視認できる。

来ないで、来るな…私を見るな、来るな来るな来るな来るな来るな。


───叶うはずのない願いを、頭の中で巡らせ続けた。


青年との距離が徐々に縮んだ、この距離ならば私のことを確実に殺せることができるだろう。

だが、青年は私を殺さず…ゆっくりと口を開くと、この様なことを言ってきた。


「なあ?マフユぅ?お前、俺のことを殺せたと思ってたよな」


「でも、この状況を見てみろ…俺は“全く損傷がない状態”で生き返っている、お前はこれを見てどう思う?殺したはずの相手が、生き返って自分を殺そうとしてきている…これ以上の“絶望”は類を見ないだろ?」


青年は私の前に立ち何を言うかと思えば、自身のことについての自慢と言っても良いぐらいの、言葉を私に投げかけている。


それと同時に…私の精神を破壊しようと、感じる様な単語を言葉の間に組み込んでいる。

すると、幽閉世界が声を出し始める。

その口調は、必死と疑問と言う言葉でしか表せなかった。


『…なぜだ?確かに、マフユは先ほど君に致命傷を与えたはず……なのに、なんで生きているんだ?』


少女が使う刀が発した言葉に青年は、考える時間などは全く必要とせずに答えた。


「ん?理由か?俺の魔術と、また対になる魔術の…まあ、行使を見たからだよ」


『どういうことだ…?異界魔術アナザー・マジックは、対になる特性は全くないという情報を聞いたが?』


「ああ、その情報は嘘だ…というのもまた違うなただ単に俺とあいつらの魔術の特性が、対になる様な特性を有していた……ということだ」


この会話を聞いても私には、何言っているかは理解することができない。

…あの二人の魔術の特性は…確か。

[不可能を可能にする]っていう、特性だった気がするけど。

それと対になる特性…。


「あと、ついでに言っておいてやるよ…俺が見た魔術は…資料によると異界幻像アナザー・ファントムという名前だったな、特性は────」


すると、話している途中に…幽閉世界が口を挟み、青年の話を強制的に中断させた。

幽閉世界は、青年が言うとした答えを言った。


『[不可能を可能にする]だな?私は、それ程度なら聞いたことがある』


口挟まれ青年は少々イライラした様な口調で、再度口を開き語り出す。

私はそれを見て、殺されるのかと思ってしまった、やっぱりこの人は……今でも怖い。


「ああ、そうだよ…で、あいつらの魔術の特性がわかったのなら…俺の魔術の特性も…既にわかっているはずだろ?」


その言葉を言い終わった頃には、イライラ開いた口調ではなくなる。

どちらかといえば、試していると言った方が正しいだろうか…。


『[可能を不可能にする]ということか?」


「大正解〜」


イライラした口調から、真反対のゆるゆるな口調に変わった。

幽閉世界は、その質問に対して…答えを難なく出すことができた。

そういえば……私の魔術を破ったことと、何が関係あるんだろ。


「そういえば…おマフユ、確か…アイツらと話したことがあるんだよな?なら、アイツらの情報を少しぐらい、教えてくれねーか?」


暗黒に包まれた部屋の壁に横たわる私を見て、青年はゆっくりと口を開いた。

だが…意識がまだ朦朧としていたので、返答することができなかった。

………いや、そもそも声を出すことすら難しかった。


「おい、話せよ…なあ?また“あの時”と同じことをされたのか?」


あの時のこと?あの時っていつだっけ?

…あの時?


私は脳内の記憶を一気に引き出して、該当する記憶を見つけようとした。

その時は、意識が朦朧しているなど関係なく…ただただ思考を巡らせることだけに集中した。


だけど…そんな記憶は見つからなかった。


「はあ…もう…こうするしかねえか?」


背中から再度、白色の物体が再出現した。

白い物体は、相変わらず…空中をウネウネ舞っている。

一コマ一コマの動きですら、吐き気を催すぐらいの、気持ち悪さを感じるほどの動きだった。


「さあ、どうするマフユ?このままに死ぬか…もしくは情報を吐いて罪悪感を抱くか…どっちがいい?」


…どちらも嫌だ…2人を裏切りたくはない。

もし裏切って…この人がもし2人を殺しに行ったら?

裏切って…裏切って……もし、二人が私が情報を吐いて全く知らずに、この世界からいなくなったらどうするの?


あまり、良いとはいえない思考が回り続ける。

この思考すら、考えることが苦痛である。

いや…そもそも私の考えていることが、あの2人を裏切りになるかもしれない。


「どうしたいんだぁ、お前は?」


私は?何をしたいんだろ?

いや、私がやるべきことは何?


『マフユ…答…えるな、その青年が言っていることは…君を…』


「うるせーな……お前は部外者だろ、今はお前が出てきていい場面じゃねえんだよ…少し黙ってろ!!」


すると幽閉世界が白色の何かに掴まれ、部屋の隅に投げられた。

投げられた途端、金属音が部屋全体に敷き詰められている、静寂を打ち消すほど大きな音を発生させた。


意識は戻ってくれない、いまだに視界には靄がかかっている。

手も腕も足も動いてくれない、それもまた同じ理由である。

息もしずらい、喉に異物が詰まっている気分。

吐き気もする、だが胃からは何も出てくるはずがない。


────でも……あの二人を守るためなら…私の“命”ぐらい、二人の目標のためなら…すごく安いモノ。


「…………な、んで…言、わないと………いけないの?」


そう決心して私は、今出せる限界の声を出した。

私にとっては…その声を出すのも、命懸けであった。

すると、青年は…こちらを見て、目を丸くした。


「…喋れるのか?てっきり、声も出すことすらできないと思っていたが……で、情報は吐けるのかぁ?」


腰を低くして、虚な目をした私を…ずっと、私の嫌いな目で見てくる。

正直見てほしくない……だって、せっかく出た声も出なくなりそうだから…。

でも……それでも、私は…。


「いや…あの二人のことは絶対に言わないよ…」


「は?」


「言う…わけないじゃん…だって、私の友達なんだから…さ…」


「…ッチ、ふざけやがって…」


その言葉を聞いて、私の体は強張り…毛穴がまた開いた。

怖い…怖さなんて、短時間で克服できるわけない…。

……逃げたいよ…私だって“人間”なんだから…。


「はぁぁ…どうするんだこれ…もう、、どうにもできねえなあ」


青年はそう言うと腰を低くするのをやめ、私の前で立ち上がった。

これから何をされるの?殺される?殴られる?

それとも…放置?


私は恐怖に怯えながら、上を見て顔を伺った。

…彼は髪と頭を押さえながら、何かを口ずさんでいた。

その言葉に私は耳を傾け、その小さな声で何を言っているのか理解しようとした。


聞きたくは無かったけど、本能的に聞いてみたいという好奇心…欲求に私は負けてしまった。


「…はあ、どうするんだよ…これじゃなかなか手が回らねえ…アイツらさえどうすれば“アレ”が、手に入る可能性もあるというのにな……」


「とは言っても…アレが手に入ったとこっろで、俺に使いこなせるかどうかの話だが…まあ、そこら辺は後々、考えるとするか…今は、マフユをどうにかしないとだなぁ…」


……と言うわけだけど…実際この後も何か言っていたけど、私が聞こえる範囲と理解できる範囲はこれぐらいしか無かった。

いや、聞こうと思えばきたけど…この人の気分を害したら、どうなるか分かったものじゃないから…。


そして、青年はまた座り直し…再度私に聞いた。

声も穏やかなものでは無く、おぞましさを具現化しているような声だった。


怯える私を見ながら…あることを言ってきた……。


「なあ…本当に言いたくないのか?」


「…さっきも言ったけど……なんでそんなに、あの子たちのことについて聞きたいの?」


こんな意味のない無理やり引き出した、ことを相手に言ったところで意味なんてない。

答えはわかっている、だけど少しの時間稼ぎのつもりで聞いてみただけ……。

むしろ怒らせて、暴れ出す危険性すらあるかもしれない。

怖い、助けて、嫌だ、怖い、怖い…………そんなことを考えながら、彼の返答を待った。


…その間は、軽く数秒しかない…だが私は数百秒…数千秒と言っていいほどの、時間を味わった気がする。

長い時間を味わった後、彼から返答が返ってきた。


「………ただ殺すだけ、それ以外に言うことは全くない」


その言葉に私は違和感を感じた、なんというか…あの二人を殺す以外に…。

なんだろう………まだ他に目的がある気がする。

直感した私は、静寂を作る間も与えず…質問を切り出した。


「…嘘…絶対他に目的があるでしょ?例えば……あの二人の異界魔術アナザー・マジックを─────」


「……………ッ!?」


その言葉に反応したのか、青年は大きく目を見開き驚きを露わにしている。

予想だが、図星を突かれ……少しながらも焦っていると言うことだ。

なら……もう目的は理解できた気がする…いや、確実に理解できた…。


「なんつった……?」


          ・・・・

「…だからさ、二人の異界魔術を使って何かしたいんでしょ?」


「────なんで……そのことを……知ってるんだよ………?」


先ほどの暴言のようなものは全くと言っていいほどなくなり、まるで恐怖に近いものに怯えているように見えた。

当たり前だろう……だって、自身より格下だと思っている相手に…目的を言い当てられたからだろう。


「あたりまでしょ…だって、君………昔から怒った時の喋り方が変わってないから…怒ったらいつも焦りが混じってるからね………そこから君の…したいことを予想しただけだよ……」


…ははは、また怒らせちゃったな。

次はきっと殺される、だってこのこの子は、容赦ってものを知らない時があるから。


さて…どうやって殺されるんだろう…その白色のヤツで刺し殺す?もしくは、首を絞めてできるだけ苦しませて殺すのかな?まぁ、どちらにしろ私は絶対に死ぬんだけどね……。


どう殺されるんだろうなぁ、私的には一瞬で殺してほしいけど…。

とは言っても、この人の性格上…楽には殺させてくれないと思うね。

……今思えばつまらない人生だった、それでもカエデと出会えたのはすごく嬉しかった。


────ごめんね、さよならも言えなくて。



そして私は自身の世界から脱却し、再度現実を確認した。

案の定、彼は白色の物体を背中から生やしている。

それを出しながら、ゆっくりと私の方へと近寄ってくる。

コツコツと部屋の静寂を打ち消す足音は、私にとっての死神の足音である。


それは止まらない、静寂を破壊して近づいてくる、もう死ぬことは分かりきっているのに、また恐怖が心の中から湧き上がってくる。


「もう、これで終わりでしょ?国幡クン……」


「その名前で呼ぶな────もう、あの日のことは思い出したくねえんだよ………じゃあなマフユ、次はもっとマトモな人生を送れるといいな…」


「…君らしいね───相変わらず」


その言葉に反応して感情的になるかと思った…だが彼はそんなこと、全く気にしていない様子であった………。


…おしまい。


目の前にアレが近寄ってくる、なるほど…刺殺か…。


私は目を瞑り、暗黒の中で最後を迎えようと考えた、これの方がなぜか楽にあいねると思ってしまったから。


死ぬと確信して、痛みが来るのを待った。

誰もいない暗くて、静かなところで。


……………?


…………?


あれ、痛くない?

なんで…?


ちょっと目を開けてみるか……そしてら痛くない原因が分かるかもしれないし。


私はゆっくりと目を開いた、そして目を開けてその先にあった、光景に私は思わず声を出してしまった。


「……………な、んで?」


そこには……涙を流しながら、私の眼前で白い物体を浮かばせている国幡がいたのだ。


「…クソ───殺せねえじゃねえかよ…」


「……そのつら一生見せんじゃねえぞ…俺はもう行く…」


「は?」と言う言葉を私は出して、私は彼が部屋から去っていくのを見届けた。

その状況に私は到底理解できるわけがない、そもそも…なんで彼は私のことを殺すのを躊躇ためらったのだろうか。


私は思考を巡らせるが、殺さなかった理由が理解できない。

どう考えても、彼との思い出を振り返っても…理由となるものは全く見つからなかった。


「…なんで?」


声を上げると、幽閉世界が声をかけてきた。

すると…少し、解決できるようなことを告げてきたのである。


『それは…彼だけが覚えている記憶があるんじゃないかな』


「あの人だけが覚えている記憶?」


『ああ、記憶の中にはね……絶対に忘れることのできない、記憶というものがあるんだよ……』


「…そうですか」


彼が忘れることの出来あない記憶か…何があるんだろう…。


『まあ、それはゆっくり考えるといい…それよりもマフユ…あの二人に謝罪するのはいつにするかね?』



「あ………どうしましょうか、一応明日は予定がないので…明日行こうかと思ったんですけど…」


『そうするといいよ…私がアドバイスできるのは、戦闘のことぐらいだからね…』


「じゃあ…明日行きます、とりあえず…シャワー浴びないと…」


こうして…私はなんとか、死ぬことを回避できたのでした。





第12話 終









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