逃走成功


死んでしまう。

カエデをこの世界に置いて死ぬ。

これは免れない結果だ───。

すまない。


「ははは!!これで終わりだなあ!お前が大好きだった、彼女とはここでお別れ───」


「あ…ああ…」


そんな声しか出せなかった、そして…白色の何かという俺から見たら”死の具現化“としか思えないものが、刻一刻とこちらに向かってくる。


「七星…クン…助け…るから………」


カエデが苦しそうに、それでも大切な物を守ろうとしているのが伝わってくる。

彼女にとっては使命だったのだろうが、俺はただただ罪悪感を突きつけられているだけ……。


「もう助からねえな、内臓のほぼ全てが破壊され尽くされてる…助かったとしても機能不全は確実」


何かを言っているが、よく聞き取れなかった。

その間にも、何かは俺に這い寄ってくる。

ゆっくりと空中を漂いながら……。

俺はここで、最後の抵抗…いや、最後の思いを告げようとした。


彼女の美しすぎて、目に入れることが困難な顔を見ながら……。

──手を伸ばした。

その頰には涙が数粒、地面へこぼれ落ちているのが見えた。

彼女の赤い瞳は相変わらず、宝石にも劣らない輝きを放っている。

その赤い瞳はずっと、大切な物を見ている。


「カ…エ………デ」


その後に"ありがとう"と言おうとしたが、痛みに負けてしまった。

なんとも情けない人間であるとこの時、実感することになった。


「じゃあお嬢さん、お前の王子様はここで死ぬ。それが……運命だ」


その瞬間、何かはスピードを急速に上げる。

眼前にその光景が映しだされる、意識は遠のきそうなのに……。


そして30センチぐらいの距離になった途端、何かは上に昇っていった。


「え?」


疑問を抱いた俺を覚ますかのように……。

背中に強烈な痛みが走り、絶叫してしまった。


「がァァァがァァァ………!?」


痛い痛い痛い痛い痛い……………。

いやだいやだいやだいやだ。

全神経、全細胞を焼かれるような痛み。

口から血がダラダラ出てくる、意識せずとも大量に口から滝のように流れる。

鉄の味が口の中に広がる。


「こりゃいいなあ…!!じゃ”本当“に終わらせるか」


そのような台詞を言いながら、刺した部位を抉ってくる。

俺が叫び声を上げると、青年の笑い声は非常に大きくなる、そして彼女はその光景を涙を流しながら見ている。


すると刺さっていた何かは、体から抜ける。

次に俺の頭部を捕捉した、ウネウネと空中で動いている。

何かからは俺から出た血液が、ポタポタと地面に向かって垂れているのが見える。


───そして銀髪の青年が、何かを俺の頭部に刺そうとした。


一直線に向かってきた瞬間───。 


突然、白い何かが………破裂した。

だが…彼女から切られた時とは違って、破裂した何かはゼリー状になって地面へと落下した。

数秒間の体験では、到底片付けられないものだと思った。


「オイオイ、お前…ちょっと大人しくなったらどうだ?この前、反逆者共を殺して少し調子に乗ってるみたいだが……」


絶体絶命と思った瞬間とき、老婆の声が後方から聞こえた。

なぜかその声には、聞き覚えのあるような気がした、懐かしいというよりも、威厳に近いものを感じる。


「………ッ!!?」


青年の形相は一瞬にして変化した、その表情は…驚き?…いや…怯えている?

どう説明すればいいか分からない、青年がこの声に対してどう感じているのかは、全く理解することはできない。

ただ………その声に対して何らかの、感情を抱いていることは分かった。


そして、数分間の思考を巡らせていた。

すると…また先ほどの声が響いた。


「ああ、すまんすまん…まずはお前ら2人の治療からしないとだな、てか…ここまで酷くできる技術を知りてーよ」


何も分からないまま、話が進められていく。

地面に緑色の魔法陣が展開された途端、身体中に出来た傷が、みるみる塞がっていくことにすぐ気づいた。

痛みも無くなり青年に付けられた傷は、幻だと思わせるほど痛みは無くなった。


「助かった…?」


小さく独り言を呟いた、第一に思いついたのは自身は助かったという事だった。

彼女も同じように傷が治っていたことが、目視で確認することができた。


そして青年は声のする方向を見た後、俺と彼女を目を見開きながら睨んできた。

すかさず攻撃が来ていいように、臨戦待機状態へと移行する、先ほど戦った…というよりか、攻撃を受けた感じでは…。


普通の反射能力じゃ避けきれないほどの、速度を誇る上に超高威力の攻撃力…圧倒的な速度と圧倒的な強さを体現している。

まさに“無敵”としか表すことができない、実力をヤツは保有している。


「おい!なんで、お前が生きてやがる!先日殺したはずだろ!!」


「おいおい国幡、あんな攻撃程度で“有宮”の人間が死ぬとでも、思っているのならお前の欠点は

人のことを舐めすぎるとこだな!」


「そうだろ?第七の異界魔術アナザー・マジック十羅針レイ・システムの使い手さん?」


老婆と青年が口論のようなものを始めている、どちらかといえば、老婆が青年をあしらっているような状況だろうか。


というか…今、国幡って…まさかこの青年の本名なのだろうか?

あともう一つ、有宮って言っていたけど、カエデの家族の人だと予想した。


現在───二つの因果が俺の、脳内を止まることなく駆け巡っている。


そんなことに感心していると、彼女が口を開いた。

その声は驚きなどの、感情が入り混じっていた。


大叔母様おおおばさま………ですか?」


彼女がその人物に問いを、投げかける。


「んん?ああ、カエデか…こんなところに来た理由は、大体理解できているから…とりあえず…」


「おい七星!とりあえず、そこのお姫様と家に帰っとけ!!」


その言葉を聞くが老婆のことが、少し心配になり戸惑った。


「あの、大丈夫なんですか?」


すると声を、これでもかというくらい張り上げた。


「いいから、そんなことより!早く行け!でないと…また“死んじまうぞ”」


その言葉が原動力になったのか、少しずつ身体が動くようになった。


同時に……あの日のことを思い出した。

初めて対策局の、人を殺した日のことを……。


────またあの感覚を思い出した。


「ああ、あと……ガイアマテリアルの傷は、修復するのは無理だった…だから、できるだけ慎重に動けよ」


老婆が小さく、助言をしてきた。


「は?」


だが……唐突に言われて何が何だか、理解することはできなかった。

脳が発熱して言葉を理解はできない。

だけど彼女を助けれるのは───今しかない!


俺は満身創痍から、五体満足になった体を急激に動かす。

損傷した時とは違って、体が驚くほど軽くなった。


そして───彼女に向かって、一直線に疾走する。

足を動かす、風をも置き去りにするほどの速度で、走る。

銀髪の青年の横を通過した…。

刹那───白色の何かが飛んでくる…もろともせずソレを二つに切り裂く。


「カエデッ!!」


彼女は老婆に対して釘付けになっていた、その釘付けになった彼女の手を握る。

そして…。

付き合った時とは逆に───彼女をお姫様抱っこをした。


「きゃっ!?ちょっと何してるの?そんな…ことしたら、ダメ……」


催眠のようなものが解けた彼女は、かなりの焦りを露わにしていた。

…だが彼女の顔を見ると赤面化していたので、焦りというより…緊張とかそういうのに近いのだろうか。


「もう一回…行けるか!飛行!!」


2、3、4歩地面を踏み…疾走する、足に力を入れる…そして、ジャンプをする。

ジャンプをした途端、体が天空へと飛翔し始める、その間…数十秒にも満たない時間だった。

たったの数秒間で、これほどのオカルトチックなことを成し遂げた。


こんなことを考えている間も体は空中へと、止まることなく飛び続ける。

風を裂き、雲をも裂いた。


ふと下の様子が気になり確認した、都市の様子が映し出される。

ようやく逃げ切れたと、少しの安堵に浸っていた。

そして再度、異界幻像アナザー・ファントムを利用して飛行を開始した。

あの老婆のことを少々心配したが……まあさっきの青年をあしらっていたから大丈夫だろう。


だが、その安堵が…一瞬で自身に刃を向けた。


上空700メートル…ぐらいの地点に、俺と彼女は到達した、下層雲かそううんを越す高度になった。

寒さを感じる圏内だがもちろん異界幻像を利用して、寒さが自身に干渉させないようにしておいた。


現在どこへ向かっているかと聞かれれば…もちろん、ハビタブル・シティである。

ちなみにハビタブル・シティまでは、片道30から50分という、まあまあな長旅になるのである。

 

「…ねえ、七星クン…あれ何かわかる?」


「はい?」


飛んでから全く口を開かず無言だった彼女が、唐突に口を開いた。

どうやら彼女曰く飛翔体を確認したらしい…。

少々困惑したが、彼女は俺を見て気遣ってくれたのか、その飛翔体があると言った地点を指差しをして教えてもらった。


その飛翔体は空にポツンといくつも浮いていた、飛翔体をよく確認すると、とあることを思い出した。


「……ちょっと待て……まさかあれって…」


目視で説明できる特徴は、高速で動いていること確実にこちらへ向かっているということ…そして…。


────その体を覆うものは…金属だということだ。


機械兵…アレはその特徴に完全に合致していた。


俺は固唾を飲んで、彼女に問いかけた。

それに呼応するように、すんなりと答えてくれた。

その答え方はもはや…これから起こることを既に予期していたかのように…。


「カエデさん…空中戦って得意ですか?」


「……もちろん」


「じゃあ…少し離しますね」


「わかった…」


単調な会話だった、静寂にすら匹敵するほど静かな会話だった。

いや…会話と言えるほどのものだったのだろうか……。


そんなことを考えていると、飛翔体のシルエットが少しずつ明らかになっていった。

…大体予想ができているモノだったので、そこまで驚く必要はなかった。


「───準備はいいですか?カエデさん」


「いいよ…いつでも」


彼女はいつも出している剣…カラミティアを片手に持った。

陽が一番近くで照らしている天空でも、その漆黒の刀身は光すら寄せ付けない。

黒色空洞ブラックホールのように、光を完全に吸収している。


瞬間…その飛翔体から、発光するものが発射される。

光は何個も何個も発射される。

彼女は空中で、旋回しながら避けた。

俺も彼女と同じように、旋回しながら避ける。


「どう接近します?このまま直接、突撃しても自分はいいですけど…」


「…とりあえず七星クンは、ここから狙撃することはできないかな?」


ニヤリと口角を少し上げて、狙撃銃を作り出す。

作り出された狙撃銃は、黒色のコーティングを施されていた。

カラミティアほどは黒くはないが、最低でも夜闇よやみに紛れるほどの黒さはあった。


「…じゃあ、早速だけど…あの内の3機を落としてくれないかな?」


「…了解」


狙撃銃を構える少し重い上に、初めて使用するので照準がブレるので、なかなか相手を狙うのが難しい。


だが…自身を落ち着かせれば、少しぐらいならうまく狙えるようになるはず!!


…深呼吸をする心臓の脈拍が落ちつてきて、少しずつブレも軽減されてくる。

再度スコープを覗きその先にいる機械兵に、狙いを定める。

機械兵は前と同じく、なかなかそそられるフォルムをしている。


───機械兵を観察して、ある部位を見つけた。

人間でいう心臓部が、赤色に発光しているのが確認できた。

その部位を確認した瞬間、全てを理解することができた…その部位は確実に心臓に値する箇所だと。


だが…機械兵の弱点はかなり小さく、ここからでもかろうじて確認できるほどであった。

狙撃銃の射程距離圏内に入っていることは確実、あとは自身の精度の問題…。


「コレ…行けるか?」


小さく呟いた。

周りに聞こえないほど小さい。


そんなことを考えていると、機械兵との距離がどんどん縮む。

その距離は…500メートルと言っていいほど。


「そろそろ……か?」


機械兵をまだ撃たない。

距離は300、250メートル……どんどん距離は狭まっていく。


そして200メートルの距離になった途端、機械兵は腕に装着された機関銃の銃口をこちらに向けて照準を合わせる。

先ほどとは違って機関銃からは、赤色のレーザーサイトが光っている。


そして───機械兵が銃の、トリガーを引こうとした。

それと同時に機械兵の動きも、完全に止まった。


────今だ!


機械兵の赤色の光が漏れている、胸部装甲を捉えた。

照準を合わせ、トリガーに手を付ける。

この二つの工程が終了した瞬間。


トリガーを引いた。


銃口から一発の鉛玉が発射される、その鉛玉は止まることなく進む。

そして、機械兵の胸部装甲にある赤い光に直撃した。


直撃した途端、機械兵の動きが徐々に遅くなった。

機械兵は最後の抵抗なのか、腰に帯刀してある銀色の剣を抜こうしたが……鞘に手をかけた瞬間、力なく地上に落下していった。


落下していく光景は、コップからこぼした水のようだった。

音などは鳴らずただただ、地上に落ちていくだけだった───その光景にはなぜか、少しだけ罪悪感を覚えた。


数秒間の沈黙の後、自身に向かってくる2機を撃墜しようとする。

残る2機にもやはり、赤色に光る心臓のようなものがあった。

それを的確に打ち抜こうとした…その瞬間、2機のうちの1機が、帯刀してあった銀色の剣を引き抜きた。


「え…待って……」


認識した時には既に遅かった、剣は確実に命中する。

今更、回避態勢に移行しても、全く意味をなさない。


「はぁぁぁ!」


銀色の剣が首筋に切れ目を入れようとした…。

一瞬の出来事だった、唐突に機械兵が動きを止めた。


動きを止めた機械兵は、力なく地上に落下した。

落ち方は先ほどの機械兵と、全く変わりは無かった。


「カエデ…さん?」


彼女がカラミティアで、機械兵を撃ち落としたとこの時、理解することができた。



「大丈夫?……うっ…!」


彼女が腹部を抑えた。

腹部からは血がこれでもかというほど、出ており彼女の服は赤く染まっていた。


一刻も早く彼女の止血をしようと、近づいた。


その時、もう一機の駆動音が耳に響いた、落ち着く暇も無くなった。


「カエデさん、避けて!」


「大丈夫、分か……ってる!」


無理やり体を動かす彼女を見て、強い不安感を覚えた。

彼女は機械兵の、一振りめは避けることはできた……。

だが、もう一振りが彼女に接近しようとした。

もちろん彼女はそのことに気付いており、もう一振りも避けようと試みていた。

だが、手負いの彼女は、思うように体が動いていなかった。


「今だ───!!」


俺は狙撃銃ではなく、ハンドガンを構えた。


だが……ただ撃つだけではない、このハンドガンに装着された、小さなレバーを引く。


ハンドガンを構えると同時にレバーを引く、引いた瞬間、鼻に激痛が走った。


激痛が走る瞬間ハンドガン自体が、電撃を纏った。

ビリビリという音とともに、銃口に電撃が収束する。


収束した電撃は小さな球状の形態をとった、鼻だけではなく腕にも激痛が走った。

その痛みの正体は、電撃から来ているものだと、時間も全くかからず理解した。


「くつ…あああ!!」


痛みに耐えながら、トリガーに指を掛ける。

指を掛けるときも、電撃から発生する痛みが走る。


「────堕ちて…消えろ!!」


耐えられなくなる直前で、トリガーを引いた。

球状に変化した電撃は矢のような形に、一瞬で変化した。


その矢は光のような速度で、機械兵に射出された。


機械兵はその矢を感知したのか、ターゲットを彼女から、矢に変更した。

銀色の剣で電撃の矢を弾こうとするも……矢は機械兵の反応速度をもろともしなかった。


文字通り機械兵は電撃の矢に貫かれた、貫かれた時、機械兵の機体には巨大としか表すことができない穴が一瞬で形成された。


その矢の威力は狙撃銃とは、比べ物にならないほどの威力を誇っていた。


機械兵はその場から落下せずに…空中で轟音を天空に響かせながら爆発した。


「…はあ…はあ…大丈夫ですか?」


俺は彼女に戦闘が終了したという、意味を込めながら彼女に話しかけた。


「…大丈夫…だよ」


彼女の反応はかなり暗いものだった、喜びではなく悲しみそのものだった。


「ごめんね…」


彼女が言った。


そして────空には…静寂という残り香だけが残っていた。





10話 終























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