記憶の欠片──1

───回想


そこは地獄だった。


断末魔を上げながら逃げ惑う人々。


逃げることを諦め、上を見ている者たち。


誰も彼もがその状況に絶望していた…。


それでも共通してたモノがある。


それは──絶対に助からないということだけだった。


「イヤだ…死にたくない」


私はずっとその言葉を、壊れた機械のように言い続けた。


それでも、頭の中には死ぬ未来しか存在しなかった。


周りは私のことを優秀な人物と言っているが、それでも人間であることには変わりがない…死ぬのは怖いし、生きたいと願うのも当たり前だ。


「お願いだから、助けて…誰でもいいから助けてよ!」


大声で懇願する、誰も来るはずがないと思った。


ガタガタと震えた、まるで四方八方を敵に囲まれた動物みたいに。


「ううっ…誰か」


部屋の端っこで止まることなく燃え盛る、火の海を直視する。


涙が出だした、その一粒一粒は木製の床を湿らせる。


すると、バキッ…という音が聞こえた。


「あ…」


木の柱が落下してくる、それを見て避けようとしたが…それは、まだ幼い私が避けれるような速度ではなかった。


「ヤ……だ…」


願う言葉が終わった…柱が命中し、私の意識は闇に落ちていった。


その時…想像を絶する痛みが襲いかかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ん…」


開口一言めは、衝動的に出た言葉だった。


白色の天井が見える───この部屋を照らす光源が見えた。


蛍光灯の光が目の網膜を刺激した、目を閉じたくなるが…本能的に閉じたくなかった。


後ろからは、心電図特有の電子音が聞こえた。


「病院?」


酸素マスクを、付けられた口を開いた。


すると横から、部屋のドアを開ける音が聞こえた。


音のした方向に開けたばかりの目を向けた、そしてドアを開けた人物の顔を見た。


ドアを開けた者の正体は看護師だった。


数秒間、目を合わせると手に持っていた、物を落下させ口を手で隠し涙を流していた。


その程度では済まず、地面に崩れ落ちて涙を流した。


私はそれをやめさせようと、目覚めたばかりの体を起き上がらせた。


短い手を伸ばして、泣くのをやめるよう指示しようとした。


「あの…泣かなくていいですよ…」


酸素マスク越しに言ったので相手に聞こえているかは分からないが、私が出せる限界に近い声を出した。


「………!?」


看護師は泣くことをやめ、私を少しの時間、見るとすぐに部屋を飛び出して、どこかに行ってしまった。


その状況を理解できず、ただただ呆然と部屋中を見渡していた。


部屋を見渡しても、医療器具程度しかなく。


他には洗面所と机などしかなかった。


それから数分間、特にやることもなかったので、ベットに寝転がった。


何分間も蛍光灯以外、見当るものが無い天井を見ていた。


微小の睡魔が私を襲い微睡んでいると、大きな音が聞こえた。


その音はドアを強く開けた音だと、脳内で処理した。


私は体を起こし、またもや虚な目でドアの方向を確認した。


「は…はは…はは……生きてた…」


それは、汚れ一つない白衣を着た医師だった。


医師は涙ぐんで「生きてる」という、単語を連呼していた。私はなぜ、言っているのか意味が分からなかった。


「良かった…本当に……」


途端に医師が走ってきた、そして私を抱きしめた。


「良かった……良かったよ……」


私の白い髪を撫でてきた、私の赤色の瞳孔を見て笑顔になった。


それは完全に、自分の子供のような扱いだった。


「えっと、あなたは?」


混乱した中で唯一、口にできた言葉を発した。


医師は慌てて私から離れて、白衣のシワを整えて口を開いた。


「私は神崎 秋隆───君の主治医をすることになった今日からよろしくね、有宮 カエデちゃん」


その声は淡々として冷静だったが…その中には、優しさが詰まっていると直感した。


これが"彼"との出会いだった。



記憶の欠片───001















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る