無慈悲な理不尽【前編】

五話





視界の暗転が治ると、そこは懐かしい場所だった。


頭には枕の感触が広がり、自身がベットの上で寝ていたということがわかった。


そして、部屋着を着ていたことにも気づいた。


真っ白で殺風景なコンクリートで構成された部屋…


「ここは…アパート?」


自身の住んでいるアパートということを、理解するのに時間はかからなかった。


「というか…今何時だ?」


自身のスマホを確認する、少し驚いてしまったことがあった。


「………待って、昨日はあれから一回も目覚めてない?」


「いや、でも部屋着を着てる……し」


日付が次の日になっていた、それと部屋着を着ていることに疑問を覚えた。


人生で初めての経験だったので、その事実を自覚するのに時間がかかった。


「とりあえず…朝ごはん食べるか…」


ベッドから立ち上がり、この前買った食パンをトースターで焼く。


トースターができた後、コーヒーを沸かした。


そしてカフェオレを作って、配膳をした。


「よし!いただきます!」


昨日、爆破事件(?)のようなものに、巻き込まれているのになぜかテンションが高い。


「はぁ…どうしようか……これから」


唐突に悲観的になる、なぜだと聞かれたら、昨日この国のトップに目を付けられたということと、カエデの傷に関してだ…


すると、嫌な想像が脳全体に広がる。


もし、カエデが死んだら、カエデが目覚めなくなったら。


そんな事ばかりをずっと、繰り返し、繰り返し考える。


「カエデ…お願いだから死なないでくれ…」


皿の上に置かれた、半分くらい食べたトーストに涙がこぼれる。


目の前が霞み、喉に痰が詰まった感覚に陥った。


トーストを一枚食べるのに、こんなに苦しんだこと…そして、急に食べたくなくなったこと。


そんなことは、今まで経験したことがなかった。


「全部食べないとな、せっかく作ったトーストが勿体無い」


その気持ちを押し殺し、手をつける。


涙で少し濡れたトーストを口に入れる、少ししょっぱかった。


「やっと食べ終わった、片付けて学校行くか」


ごくごくと、カフェオレを飲み干した。


そしていつものように鞄を持ち、靴を履いた。


「行ってきます」


誰からも返答はこないが、言っておくと気持ちが少し楽になるからだ。


「今日は、カエデ来てるかな…」


全く意味もないと思う、脆い希望を抱えた言葉を口から出す。


少し早く家から出た、なぜかこのわけのわからない感情を押し潰したい。


少し走ってみようと頭の中で考えた。


「はあはあ…はあ……ははは」


電柱の横を駆け抜ける、人の横を駆け抜ける。


老若男女問わず、俺に視線を浴びせていた。


「ぜぇ……はぁ」


あまり体力に自信はないが楽しかったので、つい走りすぎてしまった、この時は体を動かす事がいつもより楽しかった。


この感覚は、鳥が空を飛ぶ感覚だと、俺は勝手に想像していた。


ーーーーーーーー--------------


そこから、少し走った。


シャツが汗で濡れていた、でもそんなことは全く気にせず、トーストを食べて摂取したエネルギーを大量に無駄遣いする。


「だめだぁ…はぁはぁはぁ…………」


完全に体力がゼロになった。


だが、ちょうど学校の前で体力が切れたのでよかった。



----------------------



「おいおい!!来たぞ!神崎が!」


「来たな…」


周りから、俺の名前が飛び交う。


だが、俺の頭の中はカエデのことでいっぱいだった、彼女の安否以外その時は興味がなかった。


「凄いな……カエデさんがどれほど影響を与えていたかがわかる………」


すると、真正面から一つの大きな影がこちらに走ってくる。


「テメーー!七星ぇぇぇぇ!!」


その影の正体は、昨日の朝に声をかけてきた大柄の男だった。


聞き覚えのある声だったので、脳内にある膨大なメモリーの中から目的のものを探し出す。


「あ……確か、鐘下って名前だったけ…」


その影は休む暇もなく、こちらに向かってくる。


それは完全に、チーターが獲物を捕捉し、捕食しようと大地を駆け抜ける光景そのものだった。


「ちょ…ちょっと…え…あ…」


その状況を理解できずに、立ちすくんでいる。


(コレ詰んだ、アレはやばい)


心の中で呟いた、だってアレだぞ?190cmの男が走ってくるんだぞ?怖いだろぉぉ!!


「オラあ!!」


すると鐘下が、跳躍してこちらに飛び込んできた。


待って…190cmかつ、トレーニングしている奴から押し倒されたら……


「ぎゃああああ!?」


今までで出したことのない声を上げた、押し倒された衝撃は、とんでもない威力だった。


勢いよく地面に叩きつけられた、俺はさながら大の字のように寝転んだ。


その威力が強すぎて、頭がクラクラしてきた…


「ぐぐえええ」


変な声を出す、痛みでロクに意識は保ててなかった。


「少し話があるから来い……」


耳元で、そう言われた…


「鐘下さん離れてください!周りの人が見てますから!!」


すると、彼は周辺を見た。


「すまん、七星…めちゃくちゃ気まずいな」


おいおい、自分で俺のこと押し倒しておいて、それはないと思う……


それから数秒間、鐘下は俺を地面に固定してその場から全く動かなかった、俺はその光景を見つめるだけであった。


「とりあえず来てくれ…もう一度言うがかなり重要な話だからな」


そこで彼が立ち上がる、俺を見下ろすその影はまさに巨人のようだった。


「は、はああ…」


意味がわからぬまま、そこから立って服に付着した汚れを取り除いた。


「すまん急に地面に叩きつけて……痛いとこはないか?」


かなり口調が優しかったような気がする…いやたまたまか。



ーー--------------------



「カエデさん、マフユさん連れてきました」


それから数分間歩かされた、途中で鐘下が女子からずっと見られていた……やっぱイケメンはモテるよな。


俺もモテたかった…でも、今は彼女いるからね……


「おはよう、七星クン」


「来たか、神崎…」


片方はクンを付け、片方は呼び捨てか………


「おはようございます」


挨拶をしておく……いや、カエデに一つ聞かないとな。


「カエデさん…昨日は大丈夫でしたか?」


「………っ」


「神崎、それについて…カエデが言ってくれるよ」


すると、カエデが口を開く…だがそれは、かなり重い決断のようだと、俺は感じた。


「七星クン……これ、見てくれる?」


すると、カエデが制服を少し上げる。


「え…………」


カエデの腹部には、包帯が隙間なく巻かれていた、その様子を見て俺は発言を撤回したくなった。


「見て分かる通り、昨日の傷は治ってないんだ」


彼女の顔は少し悲しそうに見えた、その悲しみは俺から傷を見られたからか…もしくは……


すぐさま、俺は涙ながらに彼女に謝罪した。


「すみません……」


もう少し言葉を長くしようと考えたが無理だった、多分…これ以上言ったら、この場で泣き崩れそうになるからだ。


「でも…カエデさんが生きているだけで…俺は…」


ポタポタと涙が数粒溢れる、落ちた涙は天井に取り付けられた蛍光灯の光を反射していた。


しばしの間、感傷に浸っていると、横からマフユが口を挟んでくる。


いや、感傷とはまた別か…


「神崎、カエデの傷跡には未知の物質が見つかった、心当たりはあるか?」


その言葉を聞いた途端、あの言葉が頭の中を駆け巡った。


その言葉は…ガイアマテリアルという言葉だった。

あの、光をほとんど吸収している見た目をした金属上の物体…まさか…


「はい、その物質の名前はわかります」


言葉を詰まらせることなく、彼女に打ち明けた。


「わかったのか?じゃあ、教えてもらっても構わないか?」


マフユが今すぐにでも聞きたいというので、迷わずに名前を打ち明けた。


「ガイアマテリアル…という名前です、マフユさん」


その言葉をきいた、彼女の表情はもっと困惑した顔になった。


続けて知っている情報を、マフユに話した。


「昨日、ニュースになっていたんです…最近発見された新物質らしいですけど」


そして、最後に最も重要な情報を吐いた。


「最後に言います…カエデさんに傷をつけた張本人のことですが…」


すると、鐘下がこちらに視線を向ける。


その目は完全に、百獣の王の如き目だった。


「名前は……アルベマ・アレイシア=ロドネウスという名前です………」


突如、マフユと鐘下の形相が変わった。


その顔は、焦るというより……恐怖…でもなく……怒りと怨念を込めているようだった。


「おい、七星それは本当か?」


食らいつくように聞いてくる、マフユから体を激しく揺さぶられた。


「はい…そう、名乗っていました」


「困ったな…」


そして、鐘下も口を開いた。


「おい、七星……すまないが…お前が普通に生きることはもうできないかもしれない」


自分が普通に、生きれないことは薄々勘づいていた…。


というか、普通に暮らせるとは言われる前から、全く思っていなかったかもしれない。


「すみません…唐突ですけど、マフユさんと鐘下さんは……この、局長と名乗る人に何か恨みでもあるんですか?」


二人が反応した、答えてくれないかと思ったが、すぐに答えてくれた。


「そいつに恨みを持つ理由?簡単だよ、そいつから、かなり前に殺されかけたからだよ……君とカエデみたいにね……そして、私の知人が半殺しにされたからかな」


「俺もだ、急に目の前に現れたかと思ったら、名乗り出して…その瞬間に急に剣で切りつけてきたからだな…俺も友達をそいつに殺された」


二人の言葉を聞くに、局長と名乗る人物は目の前に現れると、殺してくるらしい。


「まあでも、なんでヤツが殺しに来た理由は少し見当がついている…」


「その理由とは?」


俺が理由を聞いてみた。


「理由はな、魔術を使ったことがあるということ……だな」


魔術……か、昔はたくさん使える人はいたが、今じゃあまり使える人はいないって本で見たことがある。


じゃあ、やっぱり…あいつ…魔術を使っている人たちを…


頭の中で、色々なことを考えた。


「マフユ…やっぱり……」


「そうだろうね……」


なにやら、二人で相談をしていたが…なぜか、聞こうとは思わなかった。


思考を変えるために、壁に取り付けられた、時計を確認した。


時間は、学校が始まる5分前だった。


「時間…大丈夫ですかね?」


俺が口を開くと、三人が反応した。


「お前って、かなり時間に厳しいんだな…」


「ははは……自分こういうのに敏感なんですよ…」


「はあ、やっぱ……お前のことはカエデさんとマフユさんに聞いていたけど……難しいな」


鐘下は腕を組んで、少し困惑した顔をしていた。


「は…はは……」


なにも答えられず、ただ笑っていた。


さっきから普通に会話をしているが、カエデが生きていたことを確認して、半分放心状態になっている。


「とりあえず…戻った方がいいんじゃないかな?七星クンが言っているからさ……」


カエデが提案してくる、どうやら俺の意見に賛同してくれるらしい。


「戻りますか……」


「そうだね、神崎とカエデに従うよ…」


そして全員、自身のクラスに戻った。


帰る途中思ったことがある、それは…自身の出生に関することだった。


「なんで、昔から神崎って名前を特定の人物に言うと、こんな煙たがれているんだろう…」


実際理由は、わかっているのだが、そんなことをする必要があるのかと考えてしまう。


俺の親がよくわからない実験をして、非人道的なことをしたのは聞いている。


でも、それが俺に対して何か怨念や憎悪を持っていい理由になるのか?それは、さすがにおかしいと思う。


"理不尽"に押し潰されている気がする。


「やっぱり、生まれたこと自体が悪かったのかな?」


自身の存在価値を否定する言葉を口にする、もしもカエデがこの場にいたら、泣いてでもこの言葉を訂正させるだろう。


この言葉は、一人だから吐けることだと、自覚しないといけないな…‥。


「すごいことに巻き込まれちまったなー…」


その言葉を使わないと、今の状況を理解することはできなかった。いや…理解しようとすること自体間違いかもしれない……。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「はーーーいい!!おはようございまーーーす!!」


ほらほら来ちゃったよ!うるさいのが!!


どうしてそんな声で喋れるんですかねええ?


「………テンション高いな…」


いつもあんなテンションの教師を、少し羨ましい。


この感じで生きれるのなら……俺の人生も苦労しなかったはず。


「えーーー!!では皆さん!授業頑張ってくださいねーーー!!」


いつもよりうるさい気がするう!!


いや、もう言葉をいちいち伸ばさなくいいからさ!!


頭の中で思ったことを、脳内で叫んだ。


こうして、今日も理不尽と楽しさが溢れる一日が始まるのでした。



第五話 終

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