第4話

 しかし、2人の幸せはすぐに終わりを迎えます。夫が不治の病にかかったのです。


 夫はとても苦しみました。

 自分の痛みにではありません。

 妻が悲しむことにです。


 久しぶりに、ことを思い出しました。

「ああ、私が全能だったら、妻を悲しませることを今すぐやめさせるのに」

 そう思った瞬間、別のことも思い出しました。


 ——「人間モード」は、有効。


 激しい誘惑にかられました。

 

 私がこのまま死んでしまえば、人間モードは解除になる。全能になって、妻が悲しむのをやめさせることなど、簡単にできる。


 でも、それでいいのだろうか。

 私が自ら死を選んだとなれば、妻の悲しみはいかばかりか。全能の神といえど、それを癒えさせることなど、できるのだろうか。


 夫の葛藤は、声に出ていました。……全能、……人間、……神、……死、うわごとのようなうめき声は、妻の声にも届いていました。


「やっぱり、そうだったのね」

「……やっぱり?」

「あなた、あの時の神様でしょ?」

「……!!」


 妻は「あの時」のことを話し始めました。

 父親のもとで不本意な仕事をさせられていて「神などいるものか」と疑っていたこと。

 全能の神がいる、と言われる神殿に向かい、神を困らせようと「大きな岩」のパラドックスを持ち出したこと。

 その後、岩の下から見つかった青年。彼があの神様ではないかと思ったこと。


「君の問いに……答えなきゃいけないな」

「問いって、何?」

「全能の神でも……できないこと」


 それから、夫婦は語り合いました。


 全能に戻るどころか間違えて、死ぬまで全能に戻れなくなったこと。

 助けてくれた人が見つからず、見つからなければ見つからないほど想いが強くなったこと。

 力づくでねじ伏せられたこと。

 理不尽な親の心を変えられないと嘆いたこと。

 過酷な仕事をさせられたこと。

 陰で支えてくれた人のおかげで、過酷な仕事に耐えられたこと。

 あらぬ疑いをかけられたこと。

 あらぬ疑いを晴らしてくれた人がいたこと。

 あらぬ疑いがもとで、自分が輝ける場所を見つけてくれた人がいたこと。

 変えられないと思っていた親の心を、変えることができたこと。

 2人で幸せをつかんだこと。

 幸せが長く続かなかったこと。

 死ぬ誘惑にかられたこと。

 それでも、死を選ぶことなく生きようとしたこと。

 最期まで、愛する人とともにいられること。


「全能の神、できないこと……」

 そういいながら、夫は意識が遠くなり、亡くなりました。


 全能の神が作成した機械は、間違いなく、仕様通り、死んだ時点で「人間モード」を解除しました。

 再び全能になった神は、こう言いました。

「私は、これまで何もできていなかった」

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全能のパラドックス @hoge1e3

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