第2話
その晩、青年は病室で思いを馳せました。あの女性のことです。今どこにいるんだろう。また会えるんだろうか。そんなことは全部わかりません。全能ではないので。
やがて、怪我は治って、病院を出ることになりました。出たらすぐしたかったのはもちろん、彼女を探すこと。とはいえ、どこに住んでいるかも聞き出せなかった青年は、やみくもに探しました。見つからない。なぜだ、なぜ見つからない。私は全能の神……じゃなかったか。今は。
見つからなければ見つからないほど、彼女への想いが膨らむばかりです。これが恋なのだとは、このとき彼は知りませんでした。全能ではないので……?
ところがある日、家を建てている現場を通りすぎると、そこにいた大工たちが妙に気になりました。見るからに屈強な男たち……何か見覚えがありました。あの、岩から自分を掘り出した人たちでした。そうだ! 彼らなら彼女を知っているかも、と思った瞬間、怒号が聞こえてきました。
「何やってる! この程度も運べないのか!」
「申し訳ございません……
場違いなか弱い、高い声。そこにいたのは紛れもなく彼女でした。なぜか、男たちに混ざって大工仕事をしていたのです。
「いくら親方の頼みだからって、こんな女を置いとけるか!」
なおも問い詰めようとしていた男たちを見て、青年はたまらず駆け寄り、彼女の前に立ち叫びました。
「やめろ!」
すると、男たちがこちらをにらんで口々に言ってきました。
「……なんだ? お前」
「あ、あの時、デカイ岩に埋まってたヤツじゃねぇか」
「助けてやったというのに、生意気なこといいやがって」
「やっちまえ!」
こんな荒くれども、私の力があれば、どうとでも……と思った瞬間、殴り飛ばされていました。どうも、全能でないことをすぐ忘れるようです。全能ではないので。
朦朧とする意識の中、ひときわ大きい声が聞こえました。
「納期が近いというのに、何騒いでいる!」
「あ! 親方!」
親方と呼ばれたのは、病室で彼女を連れ戻しに来た男でした。
話を聞くと、彼女の父親がこの大工たちの親方でした。
父親は、自分の跡継ぎ欲しさに、年頃になった娘に「そろそろ結婚したらどうだ」と度々お見合いの場を作りました。相手は決まって、自分の部下である屈強な大工たちでしたが、彼女は彼らの誰とも結婚する気はありませんでした。
「女は嫁に入って、子を作って、夫を陰で支えるものだ、なんて決めつけないでください。私はしばらく自分で働きたいのです」
そうやってお見合いを断る彼女に対して、父親は、
「そうか、そこまで言うなら仕方ない。いい仕事を紹介してやる」
と聞こえのよさそうなことを言って、自分の職場で無理やり大工として働かせたのです。もちろん、力仕事が無理だとわかっていての嫌がらせでした。
それを聞いた青年は、何てひどい父親だ、そんな親の態度は、私が変えてみせる! と思ったのですが、父親の態度は変わりません。全能ではないので。
すると、青年はとっさにこんなことを父親に言ったのです。
「私が、彼女の代わりに働きます!」
「ほう、面白い。やってみるか?」
「はい! それともう一つお願いがあります……私が、ここで立派に働けたら……娘さんと……娘さんと、結婚させてください!」
「よいだろう」
父親はそう返してきましたが、さっきみたいにすぐ殴られてしまうような奴に、この仕事が務まるわけがない。と高をくくっていたからでした。
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