全能のパラドックス

@hoge1e3

第1話

 その昔、全能の神がいました。その名の通り、できないことは何もない神様でした。

 ところが、あるとき、一人の女性が神の前に立ち、こう言いました。

「全能の神でもできないことが、あります」

「何だと!?」

 この小娘、神を冒涜する気か、と内心思って言葉を荒らげる神に、女性は落ち着いた様子で続けました。

「まず、誰も持ち上げることのできない岩を作りだしてください」

「ふん、そんなの容易たやすいことだ」

 そう言うと、神様はいとも簡単にそれはそれは大きい岩を作りだし、女性の前に置きました。

 すると、女性はさらに言いました。

「そうしたら、この岩を持ち上げてください」

「何言っている。私は全能の神だ。こんな岩を持ち上げるのは、米粒1つ拾うのと同じだ」

 神様はその岩を軽々と持ち上げました。すると彼女は

「やっぱり、あなたにはできないことがありますね」

「何!?」

「だって、その岩は『誰も持ち上げられない』岩なのですよ? それなのに、なぜ持ち上げられたのですか? もしかして『誰も持ち上げられない』岩を作ることができないとでも?」

「そ、そんなことはない!」

 そう言うと、神様はむきになって、もっと大きい岩を作りだしては、それを持ち上げようとしますが、

「何でだ! 何でなんだ! なぜんだ!」

 いくら大きい岩を作っても、どうしても。なにしろ、全能の神なのですから。

 途方に暮れた神様は、あることを思いつきました。

「そうだ。できてしまうのなら、すでばいいんだ。」

 それから、神様はある機械を作りだしました。「人間モード」と名付けられたその機械は、一定時間、自分が人間のように、状態にする機械でした。もちろん、全能の神にかかれば、そんな機械はすぐに作れたのです。

 神様は改めて、「誰も持ち上げられない岩」を作りました。そして、くだんの「人間モード」を起動したのです。

 神様はみるみる普通の人間の青年のようなようになりました。

「よし! これでこの岩を、私の全能は揺らがないぞ!」

 神様だった青年は、岩に向かって全力で腕を押しますが、びくともしません。

「やった! どうだ小娘! これで私の全能は…… あれ?」 

 彼女は、持論を披露してすぐ、神様の前からいなくなっていました。何度も岩を作りなおしている時点からもういなかったのです。青年が辺りを見回しても、全然見つけることができません。全能ではないので。

「何という不届き者! こうなったら、一旦全能に戻って、あやつを探してやる!」

 青年は大急ぎで、「人間モード」を操作します。

「よし、これをこうしてこうやって……あれ? あれあれ? あああ、あああーーーー! しまったー!」

 なんと、青年は操作を間違えて「全能モードに戻る」をする代わりに「人間モードをロックする」操作をしてしまいました。その人間たる青年が死ぬまで、全能モードには戻れなくなったのです。

 全能だった神様は、などできたためしがないので、とてもがっくりきました。しゃがみこみ、何かにもたれかかったと思ったら、それは全能だった自分が生み出した大きな岩でした。大きい岩はバランスを崩して、こちらに倒れてきます。

「し、しまった!」

 慌てて逃げだした若者の真上に岩が覆いかぶさろうとする刹那、地面に空いた小さい穴の間にもぐりこみ、なんとかプレスされるのは免れました。しかし、穴と岩の間にはわずかな隙間しかなく、脱出することなどできそうにありません。


「助けてくれー!」

 大きな声を出しても、周りにはだれもいません。やがて声は枯れ、疲れ果てたころ、外で人の気配がしました。

「誰かいるのか!?」青年が呼ぶと、隙間から見えたのは、そう、あの女性でした。  

彼女は穴の中に人がいると気づき、周りに向かって叫びました。

「大変! みんな来てください!」

 すると、岩の周りに屈強な男たちがたくさん集まってきて、穴と岩の隙間を掘り始めました。掘った勢いで岩がくずれないよう慎重に、しかし迅速に穴が掘られました。青年は助け出されたのです。

 岩が倒れてきたときの衝撃で、青年は傷を負っていました。男たちはすぐに青年を担いで、病院まで運んで行きました。

 病院で寝ていると、助けを呼んでくれたあの女性が見舞いに来てくれました。

「君は……」

「よかった。無事だった……

ところが、彼女がそう言いかけたと同時に、後ろから大きな男が来て、「何をしている! 早く仕事に戻れ」と言って、連れ去っていってしまいました。

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