4.逝くべき場所へ

 数時間後、安城咲良の葬儀は無事執り行なわれた。

 紡久と朔人の二人は葬儀場の前にバイクを止め、ぼんやりと空を眺めている。


「無事、火葬できたみたいですね」

「うん。もうこれで咲良ちゃんの身体は誰に奪われることもないよ」

 

 ヘルメットを被りなおし、帰ろうとしていたところで永束と久木が歩み寄ってきた。


「渡引さん、藤波さん、ありがとうございました。お陰で無事にご遺体を火葬することができました」


 頭を下げる永束に紡久たちは笑顔で手を振った。

 皆が安堵の表情を浮かべている中、久木は一人腑に落ちない表情をしていた。


「久木君、どうかしましたか?」

「いえ……どうして、そんなにご遺体を守ることにこだわるんですか?」


 あ、単純な疑問ですよ。と久木は慌てて付けたして疑問を投げかけた。

 永束はそれを咎めることもなく優しく言葉を発す。


「なんで日本ではご遺体を火葬すると思いますか?」

「……ゾンビにならないため?」

「あはは、他の国ではそういう考え方もあるだろうね。自分の肉体に、他の魂が入らないようにするために、さっさとこの世から消し去ってしまうんだよ。仮に土葬だとしてもしっかり亡骸は守る。お墓は結界みたいなものだからね」


 紡久の話に久木はへぇ、と相づちを打った。


「肉体を奪われた魂は、自分の身体を求めて彷徨い歩くからな。成仏できないんだよ。だけど、この子はもう……逝くべき場所に逝けるだろう」


 複雑な表情で朔人は拳を握った。

 それを隣で見ていた紡久は、彼の肩にそっと手をのせる。


「あれ、でも……咲良さんの身体は魂が空っぽだから肉体を奪われたんですよね? 彼女の魂は今どこにいるんです」


 久木の疑問に一瞬の沈黙が訪れた。

 冷たい風が吹き付け、紡久たちの髪を靡かせる。その中で紡久はひとりにこりと笑う。


「大丈夫。彼女の魂は、僕が守っているから」


眼鏡の奥に覗く瞳が怪しく光る。


「守ってるってどういう――」

「紡久さん、帰りましょう。腹減った」


 久木の言葉を遮るように、朔人がバイクのエンジンをかけた。


「そうだね、僕も眠いし。じゃあ、永束さんまたなにかあったらいつでも連絡下さい!」

「ありがとうございました」

「ちょっと!?」


 久木が止める間もなく、紡久たちはそのままバイクで走り去ってしまった。

 遠くなるエンジン音を聞きながら、久木は伸ばした手のやり場もなくゆっくりと降ろす。


「不思議な人たちですね……先輩はあの人たちのことよく知ってるんですか?」

「ええ、まあ。付き合いは長いですから」

「渡引さんが魂を守っているってどういうことですか?」

「……渡引さんは特別なんですよ。さあ、私たちも仕事に戻りますよ。もう間もなく、収骨がはじまりますから」


 永束も久木の疑問をさらりと流し、足早に葬儀場の中に戻っていく。


「ちょっと待って下さいよ!」


 慌てて永束の後を追う久木。

 横浜の空は雲一つない晴れ模様。故人を見送るにはうってつけの美しい景色が広がっていた。

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