3.魂喰-たまくい-
「朔人、ここだよ!」
朔人が運転するバイクで二人は横浜の埠頭にやってきた。
潮風が吹き付け肌寒い深夜。周囲には夜釣りをしている人間がちらほらと見える。
「なんでこんなところに」
「さあ、なにか海に思い入れでもあったんじゃない?」
「恨みがあった、の間違いでしょう」
二人は寒そうに身体を縮ませながら歩く。辺りを探すが、女性らしき姿はない。
「本当にいるんすか?」
「……いるよ。ほら」
白い息を吐きながら紡久は指さした。その先には桟橋の端にぽつんと立っている女がいた。
夜の闇に浮かぶ白い死装束姿。見ているだけで凍えそうな姿で、それはじっと海を見つめている。
「ねぇ、彼女。そんな恰好してて寒くないの?」
異様なのは明らかだ。だが、そんな女に声をかけた猛者たちがいた。
男が三人。どれも派手な恰好をしている。紡久たちから少し離れた場所に音漏れさせたうるさいワゴン車が一台。恐らく彼らの車だろう。
「アイツらバカなのか?」
「恨み……ね。朔人の考え、当たってるかも」
「は?」
車と男たちを交互に見据え紡久は肩を竦めた。
怪訝な表情をしている朔人の肩を叩きながら紡久は「早く行ったほうがいいかも」と笑った。
「俺たちの車暖かいから入りなよ」
「そーそー、どこか行きたいなら送っていってあげるからさ」
視線を男たちに戻すと彼らいやらしくにやけながら女を取り囲んでいた。
だが、女は海を見つめたまま動かない。
「無視すんなって」
痺れを切らした男がひとり、女の腕を掴んだ。
「うわっ、冷た。そんな薄着してるから冷え切ってんじゃん」
「なになに誘ってんの? 俺たちが暖めてあげるからさー」
もうひとりは女の肩に腕を回す。そのとき、最後の一人が一歩後退した。
「あ? どうしたんだよ、お前もこいよ」
「いや、ちょっと待てよ……その女の恰好、おかしいだろ……」
「やーっと気付いたか。遅いんだよ、このバカ」
すっと幽霊のように朔人が男の背後に立ったので、三人はひっと息を飲んだ。
「コイツのいうとおり。お二人さん、さっさと離れたほうが身のためだぜ?」
「何なんだテメェは! この子の彼氏か!?」
突然現れた朔人に狼狽えながらも男たちは喚き散らす。
「女の子集団で取り囲んで犯すなんて酷いことするなぁ。そりゃ恨まれるわけだ、クソ野郎。そりゃあ、人の身体奪ってまでも復讐したいと思うはずだわ」
「なんだテメェ、正義のヒーロー気取りか!? ああ!?」
女の肩に腕を回していたリーダー格の男が朔人の胸ぐらを掴みあげる。
それでも朔人は怯むことなく男を睨んだ。
「オマエら本当バカだな。バカにつける薬はないとはよくいったもんだ」
「ぶっ殺すぞテメェ!」
「ははっ、死ぬのはオマエらのほうだよ」
触るなよ気持ち悪ぃ、と男を押しのけた朔人は笑う。
「お、おい……」
その時、朔人の背後にいた男が震えた声で前方を指さした。
「あ!?」
あまりの狼狽えかたにリーダー格の男は振り返る。そして息を飲んだ。
「お前……なにしてんだよ……」
女の腕を掴んでいた男は女に抱きしめられていた。
口づけでもするように抱きすくめられているが、男の表情は怯えている。
「うご、動けねぇ……」
「……ユルさ、なイ」
女の周囲から黒い靄が漂い、男をがっしりと押さえつけている。
「ソノ、魂……クワセろ。キキキキキッ」
女が不気味に笑った瞬間、男の口から白い靄が出てきた。
その瞬間、朔人は動いた。男を女から引き剥がすと、回し蹴りで女を蹴り飛ばした。
「ひいっ!」
「はいはい、逃がさないよ!」
その隙をついて逃げだそうとした男たち三人は見えない壁に阻まれた。
尻餅をつく男たちを現れた紡久が笑顔で見下ろしている。
「どうして逃げられねえ!」
「んー、だって結界張ったもの。他の人たちに見られるわけにはいかないからね」
君らは見るべきだけど、と紡久は笑顔のまま壁に手を触れる。
男たちの前にはなにも変わらない景色が広がっているはずだというのに、硝子の壁で塞がれているように閉じ込められていた。
「と、いうわけだから……目隠しはすんだことだし好きに暴れていいよ。朔人」
「ねぇ、紡久さん。こんなクズたち放っておいてもいいんじゃないっすか? 自業自得でしょ」
「気持ちは分るけど、駄目だよ。だって、中身はそうかもしれないけれど、器にされた子には何の罪もないんだから。僕らの目的は、あくまでもその身体を取り戻すことだからね」
「だとよ。俺個人としては、その身体の中から出ていけばこのクズ共は好きにすればいいと思ってるんだけど……どうする?」
朔人は笑いながら倒れている女を見た。
彼女は地面に両手をつくことなく有り得ない身体の動きで起き上がってくる。
「イヤだねェ」
女の声は黒板を爪で引っ掻いたような深いな音がした。
「そっかそっか。まあそうだよな。折角手に入れた身体は手放したくないもんなぁ」
朔人は頷きながら準備運動をしていた。
「じゃあ、悪いけどさ……力尽くで取りかえさせてもらうぜ」
朔人はするりと手袋を脱ぎ、ポケットの中に入れる。
露わになった手は白く、両手の甲には五芒星の模様が赤く光を放っていた。
「ねぇ、君たちちゃんと見ておきなよ。これは君たちのせいなんだ」
紡久はくすりと笑い、男たちの顔を掴むと無理矢理女の方へ向かせた。
「君たち、女の人を強姦して回っていた強姦魔だろ? アレは、君たちへの恨みで死んでも死にきれずこの世を彷徨ってしまった哀れな魂なんだよ。こんなことになったのは全部君たちのせいだ」
冷たい瞳で紡久は男たちを睨む。
「アレはなんなんだ……」
「アレは
朔人と対峙する女は人間とは思えない身体へと変わっていく。
全身が黒く染まり、目は赤く変化し、髪を逆立たせ、歯や手足の爪が鋭く伸びていく。そこに立つのは化け物だった。
「本当に、この世で最も恐ろしいのは人間だよ。自分たちの罪を直視しな」
「ほら、かかってこいよ!」
「邪魔をスルなぁああああああ!」
目を血走らせ、化け物は朔人に襲いかかる。
化け物は鋭い爪で朔人を切り裂こうとするがそれは簡単に躱された。
「まだ奪ったばっかで身体が馴染んでないんだろ。弱いな、お前」
「魂ヲ喰えば、もっと力がつく!」
「あんなクズの魂なんか喰ったって美味しくないと思うけどなぁ……」
化け物は口から影を吐いた。それは朔人の身体を包み、身動きを取れなくする。
大きな影の両手で朔人の身体は拘束された。化け物が手に力を込めると、ぎぎぎと鈍い音がして彼の身体が軋んでいく。
「……っ」
「動けナイだろう! 苦しいだろう! オマエのタマシイから、喰らってやろう!」
化け物は笑い声をあげながら朔人に顔を近づける。
その口からは黒い影と一緒に鼻が曲がるほどの悪臭が漂っていた。
「残念だな。効かねえんだよ……俺には」
その瞬間、朔人を拘束していた手が煙となって離散した。
掌を前に出し、印を結ぶと足元に五芒星の円陣が現れた。
「今の攻撃、そのまま返してやるよ」
「ぐっ……」
足元の円陣から白い無数の手が伸び、化け物の手足を拘束する。
身動きが取れなくなったソレを睨みながら朔人は近づいた。
「俺を喰うだって? ソレは無理な話だだってお前は今ここで死ぬんだから」
朔人は化け物の背後に回ると抱きしめるように腕を回す。
「はい、掴まえた」
そして、背中を思い切り押すと女は吐いた。その吐瀉物は黒い液体で、その中で毛虫のようにびちびちと何かが蠢いている。
「お……の、れ」
朔人の腕の中にいた女は白目をむき、そして力を失った。
「……っ、と。紡久さん、そっちいったぞ!」
倒れた女を抱き留めながら、朔人は紡久を見た。
朔人の前に広がる黒い吐瀉物の水たまりはじわりじわりと広がる。そしてそれは真っ黒な影の球体となり紡久のほうへ一直線へ向かっていく。
「さぁ、おいで」
動揺することなく紡久は影を向かえるように、両手を広げて微笑んだ。
影が紡久に当たる瞬間、それは結界のような見えない壁に弾かれた。ふわりと煙のように逃げようとするソレを集めるように紡久が手を動かす。
すると一つの黒い球体が紡久の手の中で作られていく。
「僕はね、朔人のような力はないんだ。だから、僕の中に入れて君を浄化する」
テニスボールくらいの大きさの玉を紡久はひと飲みした。すると彼の周りを黒い影が覆い尽くしていく。その光景を朔人は眉を顰め眺めていた。
「恨むことがあったんだろう。身体を失っても彷徨い続けるほどの苦しみがあったんだろう。でもね、だからって……人の身体を勝手に奪ってはいけないよ」
自分の腹に手を当て、紡久はいい聞かせるように言葉を紡ぐ。
彼の身体を纏っていた黒い影は少しずつ白く、美しいものへと変わっていき、そして消えた。
「大丈夫っすか」
「ん、なんとかね」
女を横抱きにした朔人が紡久に近づいた。彼はふう、と息をついて微笑む。
事態が収拾し、二人は思い出したように男達に視線を向けた。
彼らは紡久が張った結界を破ろうと必死に体当たりをしたり拳で叩いたりしているではないか。
「あ、忘れてた――解」
「うわあっ!」
紡久が思い出したように結界を解くと、彼らは前のめりに地面に倒れ込んだ。
腰を抜かす彼らに朔人と紡久が詰め寄る。
「だから逃がさねぇっていってるだろ」
「君らは人に恨みを買ってしまった。これからも君たちを狙ってたくさんの悪霊たちが襲ってくるかもしれないね。今回はたまたま助けてあげられたけど、次はどうなるかわからない」
「助け……」
泣きべそをかきながら男たちは二人を見上げた。
「残念ながらそれは専門外だ」
「僕たちの仕事はあくまでも魂喰退治だからね」
にこりと笑うと遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてくる。
「警察がくると面倒だから僕らは行こう。永束さん達が来てるみたいだし」
「精々怯えて生きろ、クズども」
紡久と朔人は遺体を抱え、その場を歩き去る。
地平線の向こうから太陽が顔を出し美しい朝日が昇る。
「もう朝か」
「……最後に君に綺麗な景色を見せられてよかった。おはよう、そして……おやすみ」
紡久は朔人の腕の中にいる咲良の頬をそっと撫でる。
朝日が彼女の顔を照らす。既に息絶えているはずのその表情はどことなく微笑んでいるように見えた。
話はさておき、置き去りにされた男達は間もなくして到着した警察によって、男たちは保護。その後、強姦の余罪で逮捕されることとなった。
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