2.霊媒事務所「つながり」
「というわけですので、大至急ご遺体を探して頂きたいのです」
深夜零時。葬儀屋の
「ふわぁ……ローソク絶やすだなんて永束さんが珍しい失敗したもんだね」
「なんでもご遺族のお子さんの一人が遊び感覚で吹き消してしまったと。私が所用で持ち場を離れていたほんの数分の出来事でした」
「あーあ、そりゃ大変だ。でも、気持ち分るよ。誕生日ケーキみたいで楽しいもんね」
その向かいで眠そうに何度も欠伸を零しているのがこの事務所の所長、
無造作に撥ねた明るい茶髪。大きな丸眼鏡が印象的で、学生にしか見えない童顔の男である。
「じゃあ、その時棺の周りには誰もいなかったんだ」
「いえ、自分が」
大柄の男、久木が申し訳なさそうに手を挙げた。
「でも、消えたといっても本当に一瞬で。自分はすぐに火をつけたんですけど……そんなにろうそくが消えると不味いことがあるんですか?」
久木が疑問を投げかけた瞬間、室内はしんと静まり返った。
凍り付く空気に久木はおどおどしながら周囲を見回す。
「すみません。彼は新人なもので」
「いーよいーよ。最初は誰だってわからないもんね」
恐縮しきっている久木に紡久が微笑みかける。
「アンタ、葬儀屋のくせにそんなことも知らないのか」
そこにパーカー姿の黒髪の青年、
永束と久木にコーヒーを差し出す手には黒革の手袋がはめられている。
「こら、朔人。口悪すぎ。えーっと、久木くん、だっけ。人が死んで通夜葬式が終わるまで、蝋燭と線香を絶やしちゃいけないって話は聞いたことある?」
「あ、はい。なんとなく」
「寝ずの番、っていうんだよ。死んだ人が迷わずあの世に行けるように……っていう表の理由あるんだけどね」
「表の理由?」
朔人が持つお盆からホットミルクが入ったカップを持ち、紡久はソファにもたれ掛かる。彼の隣に朔人が座ったところで永束は口を開いた。
「久木くん、どうしてそんなことをするのだと思いますか?」
優しく問いかけられた久木は不思議そうに首を傾げる。
「遺体が盗まれるからだよ。本当にアンタ葬儀屋としてやってく気あんの?」
「ひっ、すみません!」
「朔人! 久木くんを怖がらせない!」
朔人が舌打ちすると震え上がる久木。それを紡久が宥める。
「すみません。彼は研修中の身。最悪の状況ですが、この世界のことを知らせるにはよい機会かと思い同行させました」
「確かに、百聞は一見にしかず。またとない機会だね」
紡久はにこりと笑って久木を見る。
「いいかい、新人くん。ローソクの灯りとお線香の煙はご遺体を守る結界なんだ。それが途絶えるとヤツらが現れてしまうんだよ」
「ヤツら?」
「
紡久と朔人が交互に答える。久木は首を傾げながらも、ひとまずという感じで頷いた。
「でも、不注意で事故は起きてしまった。子供に悪意はないからね、怒っても仕方がないし、起きてしまったことは仕方がない。そのために僕らがいるんだからね」
「告別式は朝九時からはじまります。それまでにご遺体を取り返して頂きたい。もちろん、急な事態ですので報酬ははずみます」
「そうこなくっちゃ」
報酬ということばに紡久は頬を綻ばせながら飲んでいたカップを置いた。
「時間もないし、はじめちゃおうか。永束さん、アレ持ってきてくれた?」
「もちろんです」
永束がスーツの胸ポケットから取り出したのは一台のスマホ。証拠品でもいれるように丁寧に密閉袋に入れられていた。
「棺の中にはご遺体の髪も爪も残っておりませんでした。お母様が持っていた遺品になりますが、こちらでも大丈夫でしょうか」
「んー……まあ、なんとかなるでしょう。若い子なら、肌身離さず持ち歩くものだしね」
紡久は眼鏡を外しながら納得するようにうんうん頷いている。
「みんな、机の上から物どけてもらっていい?」
その一言で全員が飲み物を手に持った。
空いたテーブルの上に紡久は丸められた白い敷物を転がす。そこには赤い五芒星が描かれており、その中心に先程のスマホが乗せられた。
「永束さん。その娘の真名と生年月日教えて」
「安城咲良。西暦二○○四年六月十三日生まれの女性です」
「オッケー」
紡久はスマホの上に手をかざした。
それと同時に電気が点滅したかと思えば、ぱちんと消え室内に闇が落ちる。その中で露わになった紡久の緑の瞳が淡く光を放つと同時に五芒星が赤く光を放った。
「――さあて。咲良ちゃん、今君はどこにいるんだい?」
朔人はスマホに向かって話しかけている。
「うん。うん。でもね、このままじゃ君の身体は奪われてしまうよ。そんなの嫌だろう? だからね、僕に力を貸して欲しいんだ。うん。見せてくれるだけでいい。悪いようにはしないから」
誰かを諭すような優しい声は数分経たずでぷつりと止んだ。一瞬の静寂の後、五芒星の光が消え、事務所の電気が灯る。
「えっ――」
久木が思わず立ち上がった。
先程まで陽気に話していた紡久が事切れたようにソファの背もたれに倒れ込んでいたのだ。完全に脱力し、虚ろな瞳は天井を見上げていた。
「ちょっ、大丈夫なんですか!? 救急車を――」
一人取り乱した久木が紡久の肩に触れようとした瞬間、朔人がそれを掴んで止めた。
「うるさい。黙って見てろ」
眼光鋭く睨みつけられ、久木は怯えながら隣を見ると永束も静かに頷いた。
「――うん。わかったよ。どうもありがとう。あとは僕らに任せて」
久木がソファに座った途端、再び紡久が喋りだした。
「見つけたよ」
ゆっくりと起き上がり眼鏡をかけなおした紡久はなにごともなかったように笑う。
「ご遺体はどちらに?」
「横浜の埠頭にいる。行こうか、朔人」
「ああ」
二人は同時に立ち上がる。よろしくお願いしますと頭を下げる永束に対し、久木は理解不能というように目を瞬かせている。
「一体なにが……」
「聞いたんだよ。安城咲良ちゃんに」
「でも彼女は死んで――」
「僕は聞ける。これでも霊媒師だからね」
事務所の名前ちゃんと呼んだ? と紡久は戯けて笑う。
「紡久さん、さっさと行きましょう」
「あーあー、ちょっと待ってよ。君って本当せっかちだよね!」
バイクの鍵を回しながらそそくさと事務所を出ようとする朔人を紡久は慌てて追いかけた。
「じゃ、終わったら連絡するので車の手配だけお願いしますね永束さん! 事務所の鍵は預かっててください~!」
口早に伝言を残し、紡久は朔人の肩を押しながら部屋を出て行った。
「さ、我々も一度式場に戻りましょう」
「先輩。あの二人は一体何者なんですか」
立ち上がった永束は久木を見下ろす。
「祓い屋ですよ」
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