1.葬儀場での奇妙な珍事


 線香の香りが充満する小さなホール。祭壇では若くして亡くなった女性が笑っている。

 時刻は深夜二十三時を過ぎていた。通夜が終わり、翌日の告別式に供え隣の部屋で遺族たちが泊まっていた。先程まで騒いでいた子供たちも寝静まり、穏やかな静寂が訪れた。


「お休みになられたほうが良いですよ」


 喪服姿の葬儀屋の男が喪主に声をかけた。

 最前列の椅子に座り、疲れた顔でぼんやりと遺影を眺めているのは故人の母だ。


「葬儀が終わるまではお線香と蝋燭を絶やしちゃいけないって聞きますから、見張りをしようと思って」

「我々でも見回りをしているので大丈夫ですよ。明日も早いですし、少しでもお休みになられたほうが……」

「明日、娘とお別れだと思うとなんだか寂しくて。少しでも傍にいたいな、と」

「お顔、ご覧になられますか?」

 

 それは男の気遣いだった。母親は寂しそうに頷いて二人で棺に歩み寄る。

 男は両手に白い手袋をはめ、棺の小窓をそっと開き、固まった。


「――――」

「どうしたんですか?」


 母親が背後から棺を覗き込もうとした瞬間、男は慌てて小窓を閉じた。

 そのままくるりと向き返り、笑顔を張りつけ彼女を見据える。


「――少々問題が発生しました」

「問題?」

「開けない方が、よろしいかと」


 開けるなといわれれば尚のこと開けたくなるのが人間だ。

 棺の小窓を開けてしまった母親は次の瞬間悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった。

 故人・安城咲良あんじょうさらが眠っていたはずの棺の中は空っぽになっていたのだ。

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