0.全てが壊れる音がした
大切なものが壊れる音がした。
それは雨音。それは衝突音。あるいは途切れた悲鳴。
目の前の水たまりは赤く染まり、その中心に姉が倒れている。
手足は拉げているが、まだ微かに呼吸はあった。
薄く開いた目がこちらを静かに見つめていた。
すぐに駆け寄ろうとしたが、身体が動かない。
身体に伝わるアスファルトの感触。そこでようやく自分も倒れていることに気がついた。
暗い空に微かに見える赤い光。
遠くから聞こえるサイレンの音。誰かが通報してくれたのだろう。
意識が遠くなりかけたとき、姉の上に影が降りた。
今は夜だ。影なんてできないはずなのに、目に前に現れたそれはどんな闇よりも暗かった。
よく目をこらすと、それは人の形をしていた。
「……や、めろ」
青年は動けなかった。
それは彼を嘲笑い、まるで見せつけるかのように姉に顔を近づけた。
すると彼女の口から白い煙が出てきた。
ソレは舌なめずりをしながら一息でそれを吸い込んだのだ。
「あ――」
その瞬間、姉の目から光が消えた。微かに上下していた胸がぴたりと泊まった。
ソレは姉の魂を喰らったのだ。
「姉さん……」
青年はそれを黙って見ていることしかできなかった。
ソレはにたりと笑い、黒い煙となって姉の口の中に入っていく。
「きし、きしきし……」
目を覚ました『姉』はきしきしと笑っていた。
人形が糸でつり上げられるように、ねじ曲がった手足を気にもとめずそれは立ち上がる。
『姉』はそのまま足を引きずり夜の闇に消えていく。
青年は近づいてくるサイレンの音を聞きながら、ただ去っていく姉だったモノの背中を目に焼き付けることしかできなかった。
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