第19話 迫る災厄

ナンケー地方 南西部ヨーリィの都市であるラナは、首都レンヨーから近く 善人を絵に描いたような風貌で ふくよかな体型の筆頭大臣 好翁こうおうが治める地でもあった。


「父上…ご報告が……」


ラナには政庁が存在せず 領主である好翁こうおうは、民にまぎれ町にある邸宅にて政務をこなしていたが 夜半やはんに次男の好殿こうでんが血相を変えて訪ねて来た。


好殿こうでんか?かような時刻にどうした?」

「申し訳ありません…急ぎ伝えたい事が……」


好翁こうおうは 息子のただならぬ気配に 怪訝けげんな顔をして答えた。


「大王の事か?……」

「はい…リョーブとの国境に兵5千を駐留させておりますが、此度こたびは更に兵を増やし3万を派遣すると決定されました……」

「何だと!?我が国の現状も見ずに いくさでも始めるつもりか!!??」


ヨーリィの王 了倶りょうぐは遊侠にふけり政務をかえりみず国は衰退の一途を辿たどっているにも関わらず。先頃さきごろ5千の兵をリョーブとの国境に派遣し城塞を築いていた。


「更に兵を3万も派遣すれば物資の供給だけで、国庫を圧迫あっぱくしてしまいかねません……」

「うむむむ……そのうえ これ以上の挑発行動には、リョーブとて黙ってはおるまい…いくさになれば本格的に国内で民の暴動が起きかねん……」


二人が国の行く末を案じ悩んでいる所に、好翁こうおうの長男である好厳こうげんが書状を持って現れた。


「父上 民氏みんしからの書状が届きました……」

好厳こうげん!?誠か!?ぐに見せなさい!!」


好翁こうおうは ひったくるように書状を受け取り読み上げた。


「あの…父上?民氏みんしは何と?」

「ハハハハ〜!!喜べ息子達よ!!国は救われるぞ!!」


好厳こうげん好殿こうでんは 喜ぶ父を余所よそに事態がつかめず お互い顔を見合わせた。


「父上?国が救われるとは如何いかなる意味でしょうか?」

民氏みんしが あの子が遂に帰って来るのだ!!」

「え!?民氏みんしが!?」


数日後……ナンケー地方 北西部リョーブの首都ルーフェイでは、ヨーリィとの国境に近いクレトに3万の軍勢が迫っているとの報告があり群臣達は騒然となった。


「ヨーリィが3万の兵を……」


報告を聞きリョーブの姫 傾国廉けいこくれんは その真意を計りかねた。


「クレトの守備兵は5千!!大軍を送らねば奪われてしまいます!!」

「これ以上の挑発は捨て置けません!!戦いましょう!!」

「し…しかし……」


群臣達は こぞって大軍を差し向ける様に進言したが、金髪色黒の美女(大人しくしていれば)紀礼女きれいじょは反対した。


「アタイは反対だよ!!敵は城塞に篭っているんだ!!ヨーリィに使者を送り真意を確かめた方が良い!!」

「そ…そうよね…ヨーリィの先王と父上は不戦の約定を交わした仲、話し合いで解決出来れば…」


紀礼女きれいじょの意見に 傾国廉けいこくれんも乗り気であったが、交戦を進める群臣達は皆こぞって反対をした。


「先に兵を出して来たのは向こうだぞ!!」

「先王は賢明でも現王である了倶りょうぐは愚かな俗物!!」

「クレトに救援を送らねば 敵に寝返る者も出ますぞ!!」

「新参者の言などに惑わされてはなりません!!」


新参者扱いをされ 紀礼女きれいじょは声を荒げて群臣達と対立した。


「誰に向かって言ってんだい!?超風ちょうふう呉鋭ごえい!!アンタ達は!?華桃姐かとうねえさんなら同じ事を言うだろう!?」


大男の超風ちょうふうと 目が見えてるのか疑問なほど前髪の長い呉鋭ごえいは、華桃かとうの名前が出てうなずいたが どうにも歯切れが悪かった……


「二人共?どうして黙ってるんだい?」

紀礼女きれいじょよう…確かにあねさんなら そう言うかも知れんが、ここにはいないんだぜ?俺達で考えないと……」

「だよね〜国を背負ってるのは俺ちゃん達なんだもんね〜」

「ちょっ…何 言ってんのさ……だったら こんな馬鹿げた陰謀に乗る方が可笑おかしいじゃないか!!」


助け舟の無い紀礼女きれいじょの言を 群臣達は退しりぞけようと一笑に付した。


「馬鹿げているのは どっちかな?所詮は国に対して思い入れも忠誠も浅い新参者の言、我ら古参こそが誠に国へ忠義を示す者!!」

「新参とか古参とか関係あるか!!アタイだって……」


傾国廉けいこくれん紀礼女きれいじょの意見にかたむきつつも、自分が生まれる前から国に仕える群臣達の意見を無視出来ず 軍備が整い次第出兵する事に決定した。


「そんな……姫様!?」

紀礼女きれいじょ…ごめんなさい……私一人の判断で国を動かすには、まだ力が足りないのよ…(せめて父上がお元気なら……)」

「では…キィドに充分な戦力を回していただけませんか?アタイがサナーガに備えて残ります!!」

「そうね キィドは貴女に任せるわ、サナーガの動きには注意が必要だし充分な兵力を……」


サナーガの警戒を訴えた紀礼女きれいじょを またしても群臣達は一笑に付した。彼らにとって既にサナーガは敵では無く同盟国であり、兵を進めて来たヨーリィこそが敵なのである。


「同盟国を疑うなど言語道断!!キィドに大軍をえ置けば、それこそサナーガの気分を損ねると言うものだ!!駐留している守備隊3千が疑われもせず丁度良い!!」

「アンタ達!!この後に及んで まだサナーガを信用するのかい!?何年殺し合ったと思ってるんだい!?いい加減に目を覚ましな!!」

「目を覚ますのは貴殿の方では?同志を疑い あらぬ嫌疑をかけるのは愚かな考えだ!!」

「なっ!?……」


討論にらちが明かず 興奮する紀礼女きれいじょ超風ちょうふう呉鋭ごえいが押し留めた。


紀礼女きれいじょ…大丈夫だって…速攻で戦って戻って来れば何事もねーよ…」

「このままだと 姫さんの立場も悪くしかねないしね〜」

「くっ!?アタイは キィドに行く!!サナーガに渡すもんか!!」

「…………」


商業都市キィドは サナーガとの国境で、リョーブにとっては喉元のどもととも呼べる物流の拠点でもあった。踊り子風の衣装をまとう美女 華桃かとうは、おかっぱ頭を頭頂部でしばり皮鎧をまとう妹 せいと共に、キィド一の商会と言われるダァル商会の用心棒を引き受けていた。


華桃かとうお姉さん 今日の見回りは終わりだね?」

「うん」

「最近は怖い客も少なくなり平和ですね?」

「そうだね」


せい華桃かとうが 何を話しても うわの空なのが気になった。


「お姉さん?どうしたの?」

「いや…ここ最近 紀礼女きれいじょが来ないなって…」

「あ~…そう言えばここ数日 来ませんね、いつもは大騒ぎで現れるのに」

「まあ 来ないと言う事は平和なんだけどね……」


華桃かとうは いつも騒がしい紀礼女きれいじょが数日来ていない事に、平和だな~と思いつつも 言い知れぬ物足りなさも感じていた。


「どうせ そのうちねえさ~ん!!って騒々そうぞうしく現れますよ~」

「そうかな…そうだよね…アハハハハ~」


ねえさ~ん!!」


まさに二人が言ってるそばから 紀礼女きれいじょが大騒ぎしながら現れた……


「マジか……せい…アンタ予知能力でもあるの?」

「な訳ありませんよ……毎度の事じゃないですか…」

「き…き…聞いて下さいよ!!警戒ヨーリィ3万で群臣達が反対して アタイは姫様が決定していさめたのにクレトにサナーガ!!」


紀礼女きれいじょは 大慌てでしゃべっていたが、華桃かとうには何が言いたいのか良くわからなかった。


「落ち着きなさいよ 一体何があったの?」

「あ…失礼しました……実は………」


落ち着きを取り戻した紀礼女きれいじょは、ヨーリィ軍3万がクレトに迫り迎撃の為 ルーフェイから大軍が送られる事を伝えた。


「大軍って…一体どのくらい送るつもりなの?当然このキィドには充分な守備兵を残すのでしょうね?」

「それが……動員する兵は7万で…キィドには…3千……」

「たったの3千ですって!!??元々の駐留兵だけじゃないの!?姫様は国を守る気が無いの!!??何故なぜ誰も反対しなかったの!!??」


あまりにキィドを軽視するリョーブの者達に対して 華桃かとういきどおり、思わず語気を荒げさけんだ。


「何度も反対しました!!…でも…新参者と言われ…姫様も理解はしてくれたのですが…逆らう事が出来ず……」

「群臣達に押し切られたのね……今のリョーブでは仕方の無い事かも知れないわ…でもサナーガの狡猾こうかつさを知る者も少なからずいたはず、共に戦った陸汎りくはんさんや歩軍ほぐんさんは 反対しなかったの?」

「二人は随分前から クレトの守備に就いているのです…」

「最悪ね…いくさを知らない群臣達がはばかせるなんて……」


華桃かとうは 目をつむしばしの間 思案したが、やがて ちょい悪な顔をしながら目を開いた。


「あの…ねえさん?何か良い方法でも?」

「キィドの守備隊長は?」

「それは…アタイが……」

ずは2千の兵を使って、今すぐに国境を封鎖して密かにサナーガへの情報流出を遮断しゃだんしなさい」

「え?」

「情報は生命線よ サナーガには出来るだけ、こちらの内情を悟られずキィドの守備兵は3万人はいるって情報を流すのよ」

「3万ですか!?…あまりに桁が違い過ぎるのでは……」

「残りの兵で城壁にありったけの旗指物を立て 鎧兜を着せた藁人形を作らせ、食事時には多くの兵が駐留してるかの様に炊煙すいえんを上げさせなさい」

「なるほど……」

「後はダァルさんに相談して商会の資金を借りてでも、とりあえず兵士に見せかけ誤魔化せるくらいの人手をつのりましょう?」

「ハッタリの兵で誤魔化すんですか?上手く行きますかね?」

「援軍無しの偽兵ぎへいの計じゃ だませても二ヶ月…いや…一ヶ月かな…その後は……」

「……………」

「アハハハハ~!!平気平気!!絶対上手く行くよ!!」


隣りで話を聞いていたせいが震えているのに気づき、華桃かとうは悲壮な雰囲気を慌ててつくろったが、紀礼女きれいじょも空気を読み同調した。


「ヨーリィとのいくさなんて、一ヶ月もあれば終わってますよね!?アハハハハ~!!大丈夫だよ せい!!アタイらついてるから!!」

「そ…そうですよね……大丈夫ですよね?負けませんよね?」

「負ける訳が無いじゃん!!「踊り子 華桃かとう」さんに任せなさい!!…って…大将は紀礼女きれいじょか……ダメかも…」

「ちょっと!?ねえさん!?それ酷くないですか!!??」

「アハハハ〜!!」


せいは二人の様子を見て悟っていた…かつてないほどの災厄さいやくがキィドに近づきつつある事を……

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