第20話 好家の道

ナンケー地方 北西部リョーブは 隣国の南西部ヨーリィが突如国境に迫って来た為、父である王に代わり国を治める姫 傾国廉けいこくれんは、同盟国である北東部の隣国サナーガの動向が気になりつつも大軍を差し向ける事になった。


陸汎りくはん殿 姫様が7万の兵を率い ルーフェイを出陣したと報告が来ておりますぞ」


ヨーリィとの国境であるクレトにて防衛の任に就く歩軍ほぐんは、主将である無駄に立派な髭の将軍 陸汎りくはんに報告をしたが どうにもに落ちなかった。


「どうした歩軍ほぐん殿?姫様が援軍を送ってくれるのだろう?こんな馬鹿げたいくさは早く終わらせて酒でも飲もうではないか?」

「しかし…7万と言えばルーフェイは ほぼ空…心配ではありませんか?」

「うむ…確かにのう……同盟を組んだとはいえ、我らは長くサナーガといくさを交えたゆえあの狡猾こうかつさは身に染みておる……」


その3日後 傾国廉けいこくれん率いるリョーブ軍7万はクレトに到着したが、城塞に籠るヨーリィ軍3万5千が微動だにしなかった為、真意を計りかね 膠着状態が続いていたが、ヨーリィの首都レンヨーから近い位置にある都市ラナを治める筆頭大臣の好翁こうおうは、この愚かな出兵に頭を悩ませていた。


「国は衰退し 無駄に物資と敵の不信感をあおるだけ…なんと愚かな行為だ…このままでは国内で暴動が起きかねん……」


善人を絵に描いたような風貌で ふくよかな体型の好翁こうおうは、 国の行く末を案じ 娘である好民氏こうみんしを呼び戻す手筈てはずを整えていたが、当人が未だ現れず 心が落ち着かない日々を過ごしていた。


「はあ……民氏みんしからの便りが来て 幾日いくにち経過した事か…国は今、お前の力を最も必要としているのだぞ!!」


「私の力が左様に必要なのですか?」


悲痛なさけび声を口にする好翁こうおうの背後から 不意に声が聞こえ振り返ると、左肩を露出した衣装をまとい 派手な髪飾りに両腕には輝く金の腕輪を付けた女性が立っていた。


「お前…民氏みんしか!?」

「父上 不肖ふしょうの娘 好民氏こうみんし只今ただいま戻りました…長きに渡る親不孝をお許し下さい……」

「待っておったぞ!!さあこっちに来なさい!!」

「ハッ!!……」


好民氏こうみんいしが故郷の実家を出て5年…侠客きょうかくとして名声を得た今、ちまたでは「天下の女傑」と呼ばれ裏社会では その名を知らぬほどとどろかせていた。


「ここに至るまで町や村を見ましたが 酷い有様です…何処どこも貧しく民の表情は落ち込み、国境ではいくさを?とても正気の沙汰さたとは思えません」

「情けない限りだ…」

「しかし このラナは別格です。別天地かと思えるくらいさかえ、民は明るく豊かです。父上と兄上の努力の賜物たまものでしょうね?」

「だが ここだけ豊かでも意味が無い…国中が……」

「手紙を拝見しましたが今の王は それほどひどい治世を?」

「実際 目で見て判断して欲しい その為にそなたを呼んだのだ……」

「わかりました。では明日 王に謁見えっけんさせて下さい」

「うむ……」


「姉上!!」


突然 好民氏こうみんしに良く似た女の子が現れ 勢いよくきついて来た。


英主えいしゅ!?大きくなったわね?あんなに小さかったのに」

「姉上ったら 私も13歳になるのですよ?もう子供ではありません!!」

「そう?…もう5年になるのね……」

「もう何処どこにも行きませんよね??」

「ええ…ずっと一緒よ…」

「うわ~い!!私 お料理も出来る様になったんですよ!!」

英主えいしゅが料理を??大丈夫なの?…」

「馬鹿にしないで下さい!!今夜は私が作ります!!」

「アハハハハ…」


翌日……父 好翁こうおうと共に首都レンヨーに向かったが、ここも変わり果てた有様に好民氏こうみんし愕然がくぜんとした。


(これが…本当に…あのレンヨー……)


先王が心血を注ぎ帝都を模したと言う華やかな町並みは見る影も無く荒れ、町の隅には飢民きみんおぼしき民がうずくまっていた……


(まるで荒廃した帝都……)


好民氏こうみんしは 王に謁見えっけんし更に衝撃を受けた。


好翁こうおうが 大王に拝礼いたします」

「フォッフォッフォ~何じゃ?余はたのしんでおる邪魔をいたすな」


(昼間から酒を飲み 美女とたわむれるとは…それにあの体…相当長い事 贅沢三昧の日々を送っているのね……民は苦しんでると言うのに…)


「ウフォッ?好翁こうおうよ?その美女は?余への献上品か?」

「いいえ 大王…我が娘です…仕官させるゆえ 謁見えっけんを…」

「ムフォッ?良きおなごよのう?こちらへ参れ」

好民氏こうみんしと申します…大王のそばに寄るなど恐れ多い事です…ご容赦下さい……」


好民氏こうみんしは 父の横できざまずき拝礼をした。


「フォッフォッ、父娘おやこそろって生真面目きまじめよのう?下がれ」

「ハッ!!」


(これが…我が国の王か……先が知れる…)


宮殿の庭では 好民氏こうみんしの下の兄である好殿こうでんが待っていた。


民氏みんし!!戻ったと聞いたが本当に!?」

殿でん兄上?何故なにゆえここに?」

好殿こうでんは 大王の側近として仕えておるのだ」

「なるほど 大王の見張りと言う訳ですね?流石さすがは父上です。中々そつのない」

「それで?民氏みんしよ?今の大王をどう見る?」

「見ての通りかと 父上は私に大王のとぎをさせる為に呼んだのですか?」

「バッ!?と…と…とぎ!?左様な事をさせるか!!強要されようものなら反旗…むぐぐっ」


好民氏こうみんしは父の口を塞いだ。


「冗談ですよ こちらから願い下げです。その先はラナでしましょう?そうですよね?殿でん兄上?」

「そうだな 久し振りに家族が集まったのだ。積もる話も今後の話もある」

「で?まだ会っていない私の可愛い弟は?」

きょうか?あいつならラナにいるぞ?まだ会ってないのか?」

「あやつは町に工房を持ちたいと言いおってのう、毎日妙な物を作っておるぞ?最近は やたら巨大な物を作りおる」

「ウフフフ、そうですか…楽しみですね」


その夜 ラナの好家こうけでは家族が集まり共に食事を済ませ 家族で積もる話をしていたが、遅れて現れた好民氏こうみんしの弟である好興こうきょうが 姉の姿を見るなり駆け込んで来た。


「お〜!!我が愛する姉上〜!!お会いしとうございました!!」

「ぶっ!?き…きょう??貴方そう言うキャラだった!?」

きょう兄上は姉上が旅立ってから…その…変わったと言うか…」

「うむ…どうも工房を持たせてから 妙な言動に走る様になってのう…」

「変人の弟を持つと言われて困っておるのだ…」

「そ…そうなの?ですか……」

「ご覧ください!!愛しの姉上!!約束通り発明家として、愛しの姉上の為にかような物を作っておりました!!」


好興こうきょうは 設計図と思われる紙を手渡した。


「これは…攻城兵器なの?」

「左様でございます!!巨大な石を飛ばす兵器と、こちらは城門を打ち砕く車です!!姉上との誓いを果たし遂に先頃 試作品が完成したのです!!」

民氏みんしよ?左様な約束をしておったのか?」

「まあ…したような…しなかったような……」

きょう兄上?これは?」

「お〜!!愛する妹よ!?良くぞ聞いてくれたな!?コレは高い所から宙を舞い空から敵の城に入る翼だ!!」

「空から!?矢で射かけられたら死ぬでしょう!?きょう!!コレは却下よ!!」


好翁こうおうは オホン!!と咳払いをして子供達に語り始めた。


「この場にそなたらの母 施氏女せしじょがおらぬ事は残念でならんが、妻は私にかように立派な子を5人も遺してくれた…感謝しか無いのう」

「父上 いよいよ本題ですね?」

「うむ…何故なにゆえ 民氏みんしを呼び戻したかわかるな?」

「国を変える為ですね?」

如何いかにも 今の大王では民が苦しみ他国に飲み込まれるであろう」

「私に変えよと?根底から変えてしまうかも知れませんよ?」

「構わん 我が好家は先代 先先代から受けた恩を返さねばならんが、それが今の王を除き新たな英雄を立てる事だと信じておる」


好民氏こうみんしは 父の前でひざまずいた。


「ならばお願いがございます」

「申してみよ」

「私を現在リョーブといくさを構える我が軍の司令官にしていただく事は可能ですか?」

「それは…大金を積めば あの大王なら嫌とは言うまい…しかし 頭をすげ替えるだけで兵は意のままにはならぬぞ?」

「その点は ご安心ください…それと大王と共に遊侠にふける無能な大臣達をき付け、大王を外に連れ出せますか?狩りにでも誘えば遊び好きの大王なら乗るでしょう」

「やってみよう…」

「後は…」


好民氏こうみんしが指をひと鳴らしすると 背後から桃色の着物を着て笛を持つ少女が現れた。


殿でん兄上 この子は私の子猫です。大王と宮殿内の動きを逐一この子に知らせて下さい、この子の足なら一日で私に報告出来ます」

「わかった…任せよ…」

「うわ〜っ!!可愛い女の子ですね!?」

「…………」

英主えいしゅ その子は元 暗殺者よ?」

「え?…あ…暗殺……」

「我が好家こうけの家名をかけた方針が決まったな?子達よ 国に尽くすのだ!!」


好民氏こうみんし以下 好翁こうおうの子達はうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る