第21話 武神

ナンケー地方 北西部のリョーブと南西部のヨーリィの軍が国境で対峙たいじしている頃、同じくナンケー地方の北東部にあるサナーガの首都チョーセーの政庁では、太い眉で大きな鼻をした目つきの悪い小太りの男 サナーガ王 沙馬駄しゃばだが、20代前半かと思われる妖艶な美女の報告を受けていた。


「お兄様 ヨーリィの馬鹿をき付け少なくとも3万は動いたはずですわよ、ウフフフ」

「グフフフ、出来したぞ 老婆心ろうばしん!!それで?リョーブの小娘はどの程度兵を差し向けたのだ?」


沙馬駄しゃばだの問いに 側近が恐る恐る答えた。


「そ…それが…大王……リョーブからの情報が入りにくくなっておりまして…」

「なんだと?情報が入らん?……この役立たずが!!!!」


側近の首をねようとする沙馬駄しゃばだに 陰険で陰湿な顔をした比羅津ひらつが答えた。


「ウヒヒヒ、大王 キィドには兵が3万おると言う噂を聞きますぞ、リョーブの国力から考え出兵したのは恐らく4万ほどでしょうな?」

「チッ…小娘め…3万も戦力を残しおったか……」


キィドの兵が3万いると言う情報を聞き 老婆心ろうばしんは不信感を覚えた。


「ろくに情報が入らないのに キィドには兵が3万いると?妙ですわね?」

老婆心ろうばしん様 国境が封鎖され情報は得にくくなっておりますが、間諜の報告ですと キィドの城壁には多くの兵とおびただしい炊煙が上がるのを確認しましたぞ」

「……………」


沙馬駄しゃばだは 玉座に座り怒りをあらわにした。


「ならば 余はいつリョーブを手にする事が出来るのだ!!??」

「ウヒヒヒ、じきにリョーブもヨーリィも共倒れになりますぞ、その時こそ大王が動く時ですぞ、今動けば万が一 傾国廉けいこくれんめが戻り挟み撃ちでもされれば厄介やっかいですぞ」

「チッ……」


リョーブ軍が首都ルーフェイを出陣して5日目 ヨーリィとの国境である自由都市クレトに到着し 敵の城塞を遠目に眺めつつ、美しく長い髪の美女 傾国廉けいこくれんは 敵の守りが予想以上に固い事を知り迂闊うかつに攻める事が出来ないと判断した。


厄介やっかいな場所に城塞を築いたわね……」

「姫!!敵は3万5千 我が方はクレトの守備隊を合わせて7万5千!!数では圧倒的に有利です!!即断即決で打ち破りましょう!!」


しかし 河を挟んだ敵側てきがわには小高い山に森があり 伏兵に高所からの攻撃が予想される為、城塞に籠る敵が河を越えて出て来ない限りは圧倒的に不利だった。


「このまま攻めては我が方は不利…無駄な被害は避けるべきよ……」


傾国廉けいこくれんは軍議を開き敵を打ち破る策を考えたが、誰もが正面から戦う事ばかりを考えて有効な作戦は決まらず時だけが経過した。


「姫様 敵の内部に大きな動きがあり 司令官が更迭こうてつされました」

「え?敵の司令官が??……」

「それと 敵は城塞から出て河向こうに軍勢を展開しております!!」

「敵が城塞から出て来たの!?」


対陣中に突然司令官が代わり 守りの固い城塞から出て来たと知り、将軍である孟威もういが前に出て主張した。


「姫!!司令官が代わったのであれば、足並みは揃わぬはず!!先陣をお命じ下さい!!私が打ち破ってご覧にいれます!!」

「姫さん!!俺様も行かせてくれ!!暴れてやるぜ!!!!」


先陣を願い出る孟威もうい追随ついずいし 身長2メートルを越す大男でハゲ頭の超風ちょうふうも前に出た。


「わかったわ…孟威もうい超風ちょうふう 決して深追いをせずに」


ヨーリィ軍の動きを見て クレトのリョーブ軍は迎え撃つ為に出撃し、両軍は河を挟みにらみ合う状態となった。


義姉ねえさん 敵はおよそ7万…我が方より多く、まだ赴任ふにんしたばかりで足並みは揃いません…やはり城塞内に籠るべきだったのでは?」


ヨーリィ軍では司令官の軍旗をかかげる部隊で、燃える様な赤い髪に赤い鎧をまとう女性が目の前にいる司令官であろう女性に具申ぐしんしていた。


「お前は私が負けると思ってるの?」

「いえ……」

「お前はここで待機してなさい 命令無しに兵を動かしてはダメよ」

「え?義姉ねえさん!?何を!?」


膠着こうちゃく状態でにらみ合う戦場にヨーリィの軍勢からただ一騎 河を越えリョーブ軍に望む将がいた…左手に槍を持ち右手には剣、左肩を露出した衣装をまとい派手な髪飾りに 両腕には輝く金の腕輪をした美女だった。


「リョーブの男共!!我はヨーリィ軍司令 好民氏こうみんし!!勇気があるなら戦え!!!!」


好民氏こうみんしの怒号は戦場を震わせ リョーブ軍の先陣を務める孟威もうい超風ちょうふうは激怒して飛び出した。


「小娘が!!我が刃を受けよ!!」

「ヌルいわね」

「がはっ!!」


孟威もういは剣を振り下ろす間も無く瞬時に斬り倒され、その姿を見た超風ちょうふうが間髪入れず巨大なつち(ハンマーみたいな武器?)を振り下ろした。


「俺様が相手だ!!!!」

「ウフフ、何処どこかで見た顔ね?」

「なっ!?俺様の大槌おおづちを!?」


好民氏こうみんしは 大男の超風ちょうふうが振り下ろす大槌おおづちを剣で受け止め余裕の表情を見せた。


「ウフフフ、残念ね 貴方趣味じゃ無いのよ」

「ぐふっ!!」


超風ちょうふうは 顔面に蹴りを入れられ吹っ飛ばされ 好民氏こうみんしは剣をリョーブ軍に向け更に挑発した。


「アハハハハ~!!リョーブの男は腰抜けしかいないのかしら!!??」


その挑発に激怒した前線部隊の将は次々と戦いを挑んだが、誰一人として好民氏こうみんしの相手にはならず周囲にしかばねが増えるばかりだった。


「何だ…あの女は……」

「矢を射かけろ!!放て!!」


業を煮やしたリョーブ軍の将は 弓隊に大量の矢を放たせるも、左手の槍を巧みに旋回して全く当たらず 余裕の表情で笑みすら浮かべるその姿に戦慄せんりつすら覚えた。


「なっ!?奴は…化け物か!?……」

「あ…あんなの…相手に出来るのか!?」


恐れおののくリョーブ軍に対し ヨーリィ軍の兵士達は歓声を上げた。


「うお〜!!凄いぜ!!俺達の大将は!!」

「負ける訳がねー!!」


その歓声を聞き 好民氏こうみんしは剣を高々とかかさけんだ。


「我こそは!!「天下の女傑」好民氏こうみんし!!!!」


「天下の女傑」と聞き ヨーリィ軍の歓声はより一層大きくなり リョーブ軍の兵達は恐れ戦意を失った。


「姫様!!このままではいくさになりませんぞ!?」

「なんて人なの…仕方ないわ 一旦クレトに退きなさい……」


傾国廉けいこくれんは 戦意を削がれた感じでクレトへ兵を撤収させたが、好民氏こうみんし何故なぜか追撃をしなかった。


流石さすが義姉ねえさんですね?見事に兵の心を掌握しょうあくしました」

「さて 次は敵の大将に会って来ようかしら?」

「敵の大将?傾国廉けいこくれんにですか!?それは無謀なのでは!?」

「平気よ 女同士で腹を割って話して来るわ」

「…………」


その夜…傾国廉けいこくれん好民氏こうみんしが追撃をしなかった理由が気になり眠れなかった。


「あれだけの人が追撃をしないなんて……彼女の真意が知りたい…」


「教えてあげるわ」

「誰!!??…貴女は…まさか!?」


傾国廉けいこくれんの前には、武器も携帯せず丸腰のまま腕組みをして立っている好民氏こうみんしがいた。


「なんて大胆な…」

「妙な真似まねはしない事ね 私は素手でも簡単に貴女をあやめる事が出来るわ」

「くっ…何をしに……」

「先ほど貴女が言ってたでしょう?真意を知りたいって」

「わざわざ敵地に一人で?…正気じゃないわ……」

「どうとでも言いなさい 教えてあげるわ、このいくさは馬鹿により仕組まれたものよ」

「仕組まれた?…まさか…」

「私にも事情があって この馬鹿ないくさを利用させて貰ったけど、もう戦う理由が無いのよ こっちも馬鹿な王の命令で出張でばっただけだからね」

「どう言う事!?」

「撤退するなら追撃しないし クレトにも手を出さず我々もヨーリィに戻るわ」

「信じろと言うの!?」

「信じる信じないは勝手になさい 私にもやる事があるのよ、貴女は馬鹿じゃないし早くリョーブに戻った方が良いわよ?」


それだけ言うと 好民氏こうみんしは闇に消えた。


「仕組まれた戦?早く戻れ?……まさか…サナーガ…」


その頃 キィドには長いセンタランド大陸の歴史でも、史上稀に見る大災厄が迫りつつあった。

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