第22話 キィドの悲劇・前編

国境でにらみ合うリョーブとヨーリィの戦いは、新たにヨーリィの司令官となった好民氏こうみんしの規格外の武力でヨーリィ優勢のまま膠着状態となっていた。


畜生ちくしょうめ!!あのクソ女!!!!」


身長2メートルを越す大男でハゲの超風ちょうふうは、前日の戦いで好民氏こうみんしに顔面を蹴られ包帯がグルグル巻きになっていた。


超風ちょうふう お前その顔しまらないね~」


目が見えているのか疑問なほど前髪の長い呉鋭ごえいは、その痛々しい姿を見てあきれていた。


「今度会ったら絶対に ただじゃおかねー!!」

「次も やられんじゃね~?」

「うるせーぞ!!姫さんに呼ばれてんだ!!早く行くぞ!!」


二人が総大将の天幕に入ると 傾国廉けいこくれんが神妙な顔で考え事をしていた。昨夜 好民氏こうみんしが言った言葉「早くリョーブに戻れ」が気になって仕方がなかった……


「姫さん?どうしたんすか?」

「いや…何でも…超風ちょうふう??その顔??」

「お陰さんで 男前が台無しっすよ…クソったれ好民氏こうみんしめ!!」

「しっかし な~んで追い打ちしてこなかったんすかね~?」

「その件だけど…二人に聞きたい事があって呼んだのよ……」

「え?なんすか?」

「二人は以前 あの好民氏こうみんしと同じ戦場せんじょうで戦ったのよね?彼女は どんな人なのかしら?」


傾国廉けいこくれんの問いに 二人は顔を見合わせ考えた…以前リョーブとサナーガの戦いで傭兵として同じ砦にいたものの、正確に言うと直接接触したのは傭兵団の団長だった華桃かとうと その妹であるせいなのである。


「見ての通りっすよ…偉そうで いけ好かない女っす…今度 会ったら絶対に負けねー!!ズタボロにしてやりますよ!!」


超風ちょうふうは 己の包帯がグルグル巻かれた顔を指さし答えた。


「いや…聞きたいのは…そう言う事じゃなくてね……」

「オメー 逆にズタボロにされんじゃね~?」

「うるせーぞ!!呉鋭ごえい!!」

「…………」


ヨーリィは 更に城塞から出て来ようとはせず5日が経過した。


「姫様 今日も連中は出て来ませんぞ?」

「それどころか 城塞内では楽しげに笑い声が聞こえ戦う気すら感じられません」


(あの人は本当に戦うつもりは無いのかしら?)


「こちらから戦を仕掛けますか?」

「いえ…それよりも国内の事が心配です…何か報告は来てませんか?」

「今の所は ございませんが…」


そして更に5日後 白昼堂々と好民氏こうみんしが河を越え、大胆にも姿が目視出来る距離からクレトの様子をうかがっていた。


「あのクソ女!!今度出て来やがったらたたき潰してやる!!!!」

超風ちょうふうよ~?逆に潰されんじゃね~?鼻をさ」

「うるせーぞ!!呉鋭ごえい!!!!」


(アレは早く戻れと言う警告かしら……)


そして2日後…傾国廉けいこくれんの元に、疲れ果ててボロボロになった伝令の兵が駆け込んで来た。


「ひ…姫様…さ…サナーガ……き…キィドに……」

「どうしたの!?しっかりしなさい!!」


伝令の兵はキィドから昼夜を駆けて来たらしく、書状を傾国廉けいこくれんに手渡すと気を失い 周囲は騒然となり事態をみ込めずにいた。


「なっ!?……」

「姫様?」

「姫さん?そいつには なんて?」

「サナーガが…裏切り…を……」

「何だって!!??」

「裏切り……おいおい 洒落しゃれになんないよ~」

「この日付は…3日前……」


傾国廉けいこくれんひざを落とした。


「なんて事…あれだけ警戒する様に言われていたのに…私はなんて愚かな……」

「姫様!!早急に手を打たねば!!」

「そうです!!直ぐに戻りましょう!!」

「まだ間に合うかも知れません!!」


紀礼女きれいじょが記したであろう書状には、殴り書きで日付と「サナーガ裏切る」とだけ書かれていた。その急を要する書き方に絶望的な状況である事は間違いない……しかし 傾国廉けいこくれん一縷いちるの望みにけ 立ち上がり指示を出した。


「直ぐに撤退を!!卑劣なサナーガを…沙馬駄しゃばだを討つ!!」

「しかし…目の前のヨーリィは……」

「クレトを奪われ追撃を受けるのでは!?」

「捨て置きなさい!!キィドとルーフェイを守るのが先よ!!」

「ハッ!!」


リョーブ軍の物々ものものしさはヨーリィ軍にも伝わった。


好指令こうしれい!!クレトのリョーブ軍が撤退を開始いたしました!!」

「フフフ、やっと帰る気になったのね」

義姉ねえさん クレトを奪う好機では?」

「その必要は無いわ 私達もヨーリィに戻る」

「え?どうしてですか!?」

「あの姫様には必要かも知れないからよ 生きていたらの話だけどね」

「必要?」


3日前 リョーブの商業都市キィドにて……

ダァル商会で用心棒の仕事をしている 踊り子風の衣装をまとう美女 華桃かとうは ここ数日 嫌な予感がしていた。


「今日で25日目か…どうにも胸騒ぎがするわね……」


空を見つめて神妙な顔をする姉 華桃かとうせいは心配そうに見つめていた。


華桃かとうお姉さん…空が何か?」

「東の空がざわついて見えるのよ 何か良くない事が起きる気がする……」

「東…」

「どうしても嫌な予感がするのよ 紀礼女きれいじょの所へ行って来るわ」

「あ…わたしも行きますよ」


華桃かとうせいは 金髪色黒の美女(大人しくしていれば)紀礼女のいる東門の城壁の上に立ったが、やはり東の空は異様な雰囲気に包まれていた。


「あれ?華桃姐かとうねえさん どうしたのですか?」

紀礼女きれいじょ 何か変わった事は?」

「変わった事?…いえ…特に報告は……」


不意に東の空を見つめるせいの目には、遥か彼方から飛び交う鳥の群れが見えた…まるで何者かにおびえて飛び立つかのような……


「お姉さん…東で鳥の群れが…普通はあんな飛び方しませんよね?」

「え?あれは……まさか!!??」

ねえさん?どうしたんです?鳥がどうしたって?」

紀礼女きれいじょ!!サナーガが裏切った!!姫様に伝えるのよ!!」

「え!?サナーガが!!??」


周囲の者達は騒然となり逃げ出し始めた。無理も無い…この場には3万人近い鎧兜をまとう者達がいるものの、守備兵3千人以外は敵の目をあざむく為に雇われた普通の民間人ばかりなのだ。


「そんな…どうすれば……」

「門を固く閉じてルーフェイとオタウに救援を求めなさい!!ここからクレトまで往復で6日、耐えれば姫様の援軍が来る!!」

「そ…それは…無理です……」

「どうして!?キィドが落ちればルーフェイもオタウも守るのは無理なのよ!?」

「ルーフェイとオタウには、ほとんど守備兵が残って無いのです……」

「なんですって!!??」


ふと華桃かとうの頭には最悪のシナリオが浮かぶ、あの卑劣で残虐な男 沙馬駄しゃばだの事…キィドを占領した後は民に危害を加えるはず、数え切れないほどの命がこの場で失われるのだ…ここで世話になった人達まで……


「お姉さん?」


心配そうに見つめるせい華桃かとうきしめ、頭を撫でながら紀礼女きれいじょを見つめて言った。


せいの事を頼むわね……」

「どうするんですか!?まさか……」

沙馬駄しゃばだにキィドは渡せない…刺し違えてでも討つ!!」


そう二人に言い残すと華桃かとうは飛び出した。


「待って!!お姉さん!!置いて行かないで!!待ってよ!!」

華桃姐かとうねえさんが…サナーガ軍に……アタイはどうすれば良いのさ!!クソッ!!」

紀礼女きれいじょさん!!お姉さんを助けてよ!!」

「わかったわよ…こうなったら…やるだけやってやるよ!!」


紀礼女きれいじょの中で何かが吹っ切れ 城兵3千を至急その場に集めた。


「お前達!!良く聞きな!!ここにサナーガの裏切り者が迫ってる!!」


サナーガとの同盟に安心していた兵達は 突然の宣言に騒然となった。


「見ての通りアタイらの力じゃキィドは守りきれない!!」

「じゃあ…どうするんですか!?」

「援軍を!!」

「戦っても勝てない!!援軍なんか間に合わない!!だったら一つしかないだろう!!??」


紀礼女きれいじょは兵士達一人一人の顔を見る様に言った。


「玉砕覚悟で沙馬駄しゃばだを討つんだよ!!!!」

「我々3千で!?」

「敵はどれだけいるのですか!?」

「知るか!!10万だろうと20万だろうと変わりは無い!!たった一人でいい!!沙馬駄しゃばだの所へたどり着け!!死んでもアタイらは英雄だ!!アンタら男だろう!!??」


死んでも英雄 その言葉に城兵3千は心を打たれた。


「そうだ!!俺は裏切り者を殺すぞ!!」

「国の為に戦うぞ!!」

「うお~!!やってやる!!」


紀礼女きれいじょは 一人の兵士に殴り書きで書いた書状を持たせ、せいの頭を撫でながら言った。


「こっからはアタイら大人の仕事だ…アンタはここにいるんだ…」

紀礼女きれいじょさん!!わたしも戦い…ぐふっ!!き…れい…じ……」

「ちょっと力が入りすぎたかな…」


紀礼女きれいじょせいを気絶させた。


「良し!!行くよ!!華桃姐かとうねえさんが先行してる!!続け!!」


兵達は全員死ぬ覚悟で口々にさけんだ「沙馬駄しゃばだを討て!!」「裏切り者サナーガを討て!!」と…その雄々おおしい声をせいは薄れく意識の中で聞いた。

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