第23話 キィドの悲劇・後編

ナンケー地方 北西部のリョーブと南西部のヨーリィは国境で対峙たいじしていたが、そのすきを突き北東部のサナーガはリョーブとの同盟を突如破り進軍して来た…踊り子風の衣装をまとう美女 華桃かとうは、敵の大将であるサナーガ王 沙馬駄しゃばだを討つ為に単身で乾坤一擲けんこんいってきの勝負に出た。


「グフフフ、お人好し共めが 余の大軍を見れば さぞ青ざめる事であろうな?」


大軍を率い 太い眉で大きな鼻をした目つきの悪い小太りの男 沙馬駄しゃばだは、ひと際目立つ馬車に乗りつつ そばにいた陰湿で陰険な顔をした男 比羅津ひらに上機嫌で尋ねた。


「ウヒヒヒ、キィドの兵は見せかけだけの こけ脅しですぞ、半日もかからず陥落するでしょうな?」

「余を何年もてこずらせおって、キィドを落としたらどうしてくれようかのう?」


(あの悪魔め…遂に見つけたわ……)


単身 沙馬駄しゃばだを討つ為にひそんでいた華桃かとうは、沙馬駄しゃばだの部隊を補足したが 思いのほか守りが厳重で機会を得る事が出来ずにいた。死を覚悟の特攻だが確実に仕留めないと意味が無い……


(くっ…せめて援護があれば……)


しかし 華桃かとう同様に死を覚悟した金髪色黒の美女(大人しくしていれば)紀礼女きれいじょが率いるキィド守備隊3千も、捨て身の特攻でサナーガ軍に襲いかかった。


「かかれ!!アタイらが国を守るんだ!!誰でもいい!!沙馬駄しゃばだに刃を突き立てろ!!」

沙馬駄しゃばだを殺せ!!」

「裏切り者を殺せ!!」


紀礼女きれいじょとキィド守備隊3千の鬼気迫る玉砕攻撃に、サナーガ軍もひるみ大混乱を起こした。


「あの将は…見た事があるな……」


前線で兵を率いる赤い派手な鎧をまとい灰色の髪をした男が、隣にいた羽根付き三角帽をかぶり銀色の髪をした目つきの鋭い女性につぶやいた。


「我らも味方に加勢しますか?」

「辞めておけ…捨て身の攻撃ほど厄介やっかいなものは無い、どのみち誰一人として兄上の元には届かんよ…なにしろ兄上は…」


前線での騒ぎを耳にした沙馬駄しゃばだは、比羅津ひらつに兵を率いさせ視察に向かわせた。華桃かとうにとって待ちに待った千載一遇せんざいいちぐうの好機が訪れたのだ……


(奴の警備が薄くなった!!)


「チッ!!兵達め 騒ぎおって……ん?」


沙馬駄しゃばだが前線の方向を見る為に立ち上がった瞬間を華桃かとうは逃さず動いた。


「悪魔め!!覚悟!!」

「ぬおっ!?何奴なにやつだ!!??ギャー!!!!」

「取った!!」


一瞬の出来事に周囲の兵達は驚き戸惑った。


「だ…だ…大王が!!」

「大王が…られた!!」

沙馬駄しゃばだ 討ち取ったり!!!!」


華桃かとうさけび声は 紀礼女きれいじょ達の元にも聞こえた。


ねえさんがったんだ!?」

「うお~!!沙馬駄しゃばだを討ったぞ!!」

「国は救われるぞ!!」


大喜びで歓声を上げるキィド守備隊の3千ではあるが、彼らの前に太い眉で大きな鼻をした目つきの悪い小太りの男が現れた。


「グフフフ、それはどうかな?」

「なっ!?お前は…まさか!?」

沙馬駄しゃばだが……生きている…」


その頃 華桃かとうの前にも 討ったはず沙馬駄しゃばだが現れた。


「グフフフ、余はここだぞ」

「くっ…まさか…影武者!?」

「ご名答!!はてさて本物の余はどこにおるのかのう?」

「ならば全員殺すまで!!」

「グフフフ、こやつを殺せ!!」


数時間後…キィドは陥落し 沿道には恐怖におびえながら平伏する民が列を成して出迎えていたが、いくさに敗れ支配されたがわの民はいつの時代や場所でも支配者に従うしか道は無かった……


「チッ!!4人もられおったわ…忌々いまいましい小娘が!!」


立派な馬車でキィドに入城する沙馬駄しゃばだの後ろには、3人の沙馬駄しゃばだが控え沿道の民は恐れつつも戸惑っていた。


「大王 ともあれキィドを手に入れましたな?」

「おめでとうございます!!」

「グフフフ、次はルーフェイを落とすぞ リョーブの小娘の青ざめる顔が楽しみじゃわい」


3人の沙馬駄しゃばだが同じ顔と声で目の前の立派な馬車で進む沙馬駄しゃばだを讃えると言う光景に、沿道で平伏する民は より一層恐怖を感じ誰もが震えていた。


「ウヒヒヒ、して大王?このキィドの処遇は如何いかに?」


ご満悦の沙馬駄しゃばだに 陰険で陰湿な男がり寄り尋ねた。


比羅津ひらつよ 決まっておろう?グフフフ」


沙馬駄しゃばだは馬車を止め 軍を制止させると立ち上がり剣を抜いた。


「城市10万の民をことごく殺せ!!余の支配に対する見せしめだ!!」


その非道な命令に周囲の兵達は戸惑い、沿道に平伏ひれふす民も青ざめ震え悲鳴を上げる者すらいた。


「大王!!それはあまりに無慈悲な…ぐわっ!!」


沙馬駄しゃばだは 意見をする側近を問答無用で斬り捨て再び命令を下した。


「余の厳命である!!殺せ!!従わぬ者はサナーガにおる家族共々、首をねる!!日暮れまでにらねば皆 同罪とみなす!!」

「は…ハッ!御意に!!」


キィドの東門城壁の上で倒れていた おかっぱ頭を頭頂部でしばり革鎧をまとせいは、町の異様な雰囲気に目覚めた……


「くっ……はっ!?華桃かとうお姉さん??紀礼女きれいじょさん??」


キィドの町の喧騒がいつもと違う事に気付きせいは走り出したが、そこで見たものは地獄と化した町だった。町中に悲鳴が聞こえ 逃げ惑う民を追いかける兵士…沿道の至る所には民のしかばねが横たわり おびただしい血の河が流れていた。


「ど…どうして……何が……酷い……」


せいは 町で一体何が起こっているのか事態を呑み込めず混乱したが、不意に聞き覚えのある声に呼び止められた。


せいちゃん!!アンタ無事だったのかい!?」

女将おかみさん!!??」

「シッ…こっちに来な……」


普段世話になっている「飢えた狼亭」の女将おかみさんにいざなわれ、宿屋の地下室に入ると そこには多くの怪我をした人達がいた。


「これは…一体……」

「外の地獄を見ただろう?みんな沙馬駄しゃばだの命令さ…奴はキィドの民全てを殺せと命じたのさ……」

「そ…そんな……じゃあ…ヴァルは!?ダァルさんは!?お姉さんは!?紀礼女きれいじょさんは!?城の兵隊さん達は!?皆 何処どこに!!??」


女将おかみさんは 目をつむり答えた。


「金髪色黒の嬢ちゃんが兵を率いて沙馬駄しゃばだを討てとさけんでたが…戻っては来なかったよ……ダァルの旦那も華桃かとうちゃんも見ていない……」


せいは思い出した…姉 華桃かとうが城外に飛び出し、紀礼女きれいじょが自分を眠らせ 薄れく意識の中で兵士達の雄叫おたけびを聞いた事を……


「わたし…行かなきゃ……ヴァルや お姉さんの所へ…」

何処どこに行こうって言うんだい!?」


女将おかみさんは止めようとしたが せいはその手を振り払い、地獄と化した町の中へ走り去った。


「皆!!何処どこ!!??」


沿道では至る所に民のしかばねあふれ、目の前で繰り広げられる殺戮さつりくを尻目にせいはヴァルの元へ急いだが、邸宅では使用人達のしかばねが横たわっていた……


「ヴァル!?何処どこ!?返事して!!」


邸宅は静まり返り 外から聞こえる民の悲鳴だけが聞こえて来たが、部屋の奥で横たわりかすかに動く恰幅かっぷくの良い中年男性を発見した。


「ダァルさん!?…まだ生きてる!!??しっかり!!ヴァルは!!??」

「せ…せい…さん…サナーガの兵が……ヴァルを…た…頼…む……」

「ダァルさん!!ダァルさん!!!!」


ダァルが再び返事をする事は無かった……


「おい!!まだ誰かこの家にいるぞ!!」

「さっき逃げたガキじゃないのか!?」

「殺せ!!大王の命令だ!!」


「こいつらが…ダァルさんを…ヴァルを……」


せいの中で怒りと悲しみがぶつかり合い 何かが弾けた気がした。


「小僧!!恨みは無いが これも命令…ぐわっ!!」

「こいつ!?抵抗を…げふっ!!」

「うぎゃー!!」


せいは 初めて人をあやめ我に返ったが、怒りと憎しみは消えなかった……何故なぜこんな事が平気で出来るんだ?命令だからって殺せるんだ……どうして仲良く出来ないんだ……せいは その後も迫り来る兵士を何人もその手であやめながら ヴァルを探し続けたが遂に見つかる事は無かった。


そして…同胞達が 命令とはいえ非道に走る姿をながめながら、赤い派手な鎧をまとう男が そばにいる細身で穏やかな表情の男につぶやいた。


「地獄だな…なんと無慈悲な……」

「民が逃げて行きますが………」


逃げ惑う民を派手な鎧の男は 見て見ぬふりをして見逃した。


「友よ…私は何も見ていない……」

「はい……(大王は大事な事がわかっていない…恐怖で支配力を強めようとしているが 国の根幹は民の力…支配するがわは されるがわに支えられてこそ成り立つと言う事を……)」


サナーガの王 沙馬駄しゃばだが同盟国リョーブを裏切り商業都市キィドの民10万を虐殺したこの事件は、後に「キィドの悲劇」としてセンタランド大陸中に知れ渡った。この不義理で無慈悲な残虐行為を命じた沙馬駄しゃばだは「残虐王」と呼ばれ恐れられた。

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