第18話 侠客

帝都センタリオから近い場所にあるグァヴィの町……

別名 光と影の町と呼ばれ、帝都の混乱を避け移り住んだ商人や職人達により作られ多くの民に支えられた町ではあるが、それらを食い物にしようと暗躍あんやくするやからも決して少なくは無かった。


「女傑様……どうか息子のかたきを討って下さい…うぐっ……」


町の中心部にある大きく立派な邸宅で、一人の老婆がひざまずき涙ながらに目の前の、左肩を露出した衣装をまとい派手な髪飾りに両腕に輝く金の腕輪した美女にうったえていた。


不呼ふこばあさん 貴女の願いはこの「天下の女傑」が聞き届けたわ、息子さんのかたきは私が取ってあげるから安心して墓前に報告してあげると良いわ」


「うう…ありがとうございます……」


不呼ふこと呼ばれた老婆は大粒の涙を流し なけなしの金が入った袋を差し出しその場を去った。ここは「天下の女傑」好民氏こうみんしの住まいであると同時に、裏社会で暗躍あんやくする為の連絡所でもある。


ねえさん 差し出がましい事ですが、成敗する相手に対して見合った報酬とは思えないのですが……」


燃えるような赤い髪で赤い鎧をまとう女性が 気乗りしない表情で意見した。


桂氏けいしこれは お金の問題じゃ無いのよ、民を苦しめる悪徳官吏あくとくかんりを野放しにして置けば、不呼ふこばあさんだけじゃなく国が不幸になる」

「はあ…わかりました……」

「ファルは?」

あるじ ファルはここにいるぞ」


不意に好民氏こうみんしの後ろから 桃色の着物を着た笛を持つ少女が現れた。


「報告を」

「今夜中に帝都へ移動するぞ ファルの知ってる奴らに守られている」

「暗殺者共か…きっと民からしぼり取った金で雇われた連中ね、やはり捨て置けないわ……」

「では…今夜決行するのですね?」

「民を苦しめる悪人には この世から早々に退場して貰わないとね、フフフフ」


その夜半…グァヴィの町を一団が出たが、中央の無駄に立派な馬車の中には悪人面あくにんづらをした小太りで目の細い男と、そばには 眼帯をした片目の男が控えていた。


「女傑だか何だか知らんが このワシを狙うやからがおるらしいのう?」


悪人面あくにんづらをした小太りで目の細い男が 眼帯をした片目の男に話しかけた。


あるじよ 心配はご無用、周囲には手慣てだれの暗殺者も多く控えておりますれば 安心して帝都まで行けますぞ」


面倒臭そうな顔をしながら 小太りの男はめ息をいた。


「やれやれ…帝都に兵を連れて行くのは ご法度はっとだからのう、供周りの数名のみが従者とは心許こころもとない事よ……せめて暗殺者共を雇う金は民からしぼり取らねばならんな…ヌフフフ」


突然 御者ぎょしゃが馬車を止めたので 眼帯をした片目の男は何事かととがめたが、返事が無く不穏ふおんな空気を感じた。


「何だ?何が起きている!?」

「どうやらくだんの女傑とやらが現れたようですな…」

「な…何だと!!??ま…守れ!!ワシを守るのだ!!」


目の前には不敵な笑みを浮かべ腕組みをする好民氏こうみんしと、足元には供周りのしかばねが転がっていたが、眼帯をした片目の男が合図をすると黒い服を着た者達が現れ好民氏こうみんしを取り囲んだ。


「ヌハハハ〜!!このワシが護衛も無く外に出ると思ったか!!小娘をれ!!報酬は弾むぞ!!」


小太りの男は勝ちほこった様にさけぶと、眼帯をした片目の男はうなずき黒い服を着た者達は一斉に 好民氏こうみんしに襲いかかった。


「報酬とやらは民からしぼり取った金!!下衆げす俗物ぞくぶつめ!!!!」


好民氏こうみんしは そうさけび剣を一閃いっせんさせると周囲の黒い服を着た者達はままたく間に斬り伏せられ、眼帯をした片目の男との間合いを一気に詰めた。


「ぬぐっ!?…つ…強い!!??」


ガキン!!と言う鈍い金属音と共に眼帯をした片目の男を吹き飛ばし、小太りの男の首筋に剣を突きつけた。


「ひ〜っ!!た…た…助けてくれ〜!!か…金はいくらでも払うぞ!!」

「見下げ果てた下衆げすだ!!その金は苦しむ民からしぼり取り多くの善人をあやめて得た金だろう!!成敗する!!不呼ふこばあさんの息子さんにもびて来い!!!!」

「ひ〜〜っ!!!!」

「む!?」


不意に好民氏こうみんしの側面から、何者かが攻撃を加えたが 左腕の金の腕輪で弾き素早く腹に蹴りをびせ退しりぞかせた。


「ほう?一人生きていたの?運が良い…ん?見覚えがあるわね?」


腹に蹴りを浴びた者は 全身黒い衣装で猫耳フードをかぶる少女で、小太りの男を守らず 眼帯をした片目の男を守る様に立っていた。


燕姫えんき!!何をしている!?あるじを守れ!!」


眼帯をした片目の男の呼びかけに対し 燕姫えんきと呼ばれた少女は寡黙に答えた。


あるじ…ここにはいない…いるのは師匠……」

「ぬなっ!?何を言っておるのだ!!ワシを守らんか!!このれ者の暗殺者風情が!!!!」


燕姫えんきは 小太りの男がそしるのを無視し、眼帯をした片目の男の前から動こうとはしなかった。


「フフフフ、何やら面白い子がいるわね?片目の男はその場を動けないし年貢の納め時みたいね?」

「ひ〜〜〜〜っ!!辞めろ!!辞め…ぐへっ!!!!」


小太りの悪徳官吏あくとくかんりは血をき地に伏ししかばねと成り果てたが、好民氏こうみんしは剣を納め燕姫えんきに背を向けたので、眼帯をした片目の男はヨロヨロと立ち上がり声を発した。


「ま…待て…何故なぜ…見逃す……」

「依頼は悪徳官吏あくとくかんりの成敗、暗殺者の始末は仕事じゃ無いわ…戦うと言うのなら相手になるけど、ウフフフ」

「ぬぐっ…ま…待て!!見逃せば痛い目を見るぞ!!」


眼帯をした片目の男は剣を構え前に出た。


「勝手になさい 私は逃げも隠れもしないし挑戦はいつでも受けて立つわ」

「くっ…その自信…いつか必ず後悔するぞ!!」

「フフフフ、貴方もそこそこ腕は立つみたいだけど こんな汚れ仕事はしまいにして、天下の為に腕を振るったらどうかしら?」


好民氏こうみんしがその場を去った後 眼帯をした片目の男は地にひざをついた。


「天下だと…馬鹿も休み休み言え……この稼業に身を落とした時、そんな甘い夢はとうに捨てたわ…」

「師匠……」


寄り添おうと近づく燕姫えんきを 眼帯をした片目の男はにらみ付けなぐった。


「傭兵を辞めて戻ったと思ったら、つまらん私情を挟み目の前で対象を殺される失態をしおって!!この愚か者!!もう弟子では無い!!何処どこへなりとも行け!!」

「…………」


ナンケー地方 北東部サナーガの首都チョーセーの政庁では、太い眉で大きな鼻をした目つきの悪い小太りの男 サナーガの王である沙馬駄しゃばだに、20代前半であろう妖艶ようえんな美女がっていた。


「お兄様〜聞けば馬鹿への投資に失敗したとか?おいたわしいですわ〜」

「チッ!!その話か…金を無駄にしたわ!!5千しか兵を出さん愚か者だ!!全く腹立たしい!!」

「ウフフフ、この私がお兄様の損を取り返してご覧にいれますわよ〜」

「何を考えておる?」


妖艶ようえんな美女は 沙馬駄しゃばだひざの上に座りささやいた。


「たかが馬鹿一人ですわ…この私の手にかかれば操り人形も同然です、ウフフフ」


サナーガの陰謀が再びナンケー地方に影を落とそうとしていた……

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