第17話 悲劇の予兆

華桃かとうせいが商業都市キィドに滞在して一ヶ月……傭兵の集まる宿「飢えた狼亭」の女将おかみさんの温情で宿屋の世話になりつつ、ダァル商会の用心棒としての報酬がようやく支給された。


「やっとお返しする事が出来ます」


踊り子風の衣装をまとう美女 華桃かとうは、滞納していた宿賃を報酬から支払ったが 女将おかみさんは受け取りを固辞しながら言った。


「手伝いだって充分してくれたし、これは受け取れないよ…ねえ?アンタ?」


女将おかみさんにうながされ、奥で仕込みをしている宿屋の主人もうなずき親指を立てた。


「こんなにお世話になりながら…そう言う訳には……」

「私にはわかるのさ アンタは用心棒なんかに収まる女じゃ無い」

「そ…それは…かぶりすぎです……私は…」

「コレでも荒くれ者を多く見て来たからね、アンタには光るものがあるって見たらわかるよ」

女将おかみさん……」


華桃かとう女将おかみさんにきついた…仲間の為に傭兵団を率い妹のせいを育てる為に頑張って来た自分にも、母親と呼べる人に出会えた気がしたのだ。


「おやおや…まるで娘が出来ちまったみたいだね……」


長い髪で赤い着物を着た美少女 ヴァルは、おかっぱ頭を頭頂部でしばり革鎧をまとう 見た目は男の子の様だが実は女の子のせいに、崩落する荷物から自分を助けてくれた黒い服を着た少女の事を話した。


「あ〜あ…こないだの黒い人 格好かっこ 良かったな〜」

「またその話?アンタはいつも上から荷物が落ちて来るよね?」


せいは初めて会った時も、人夫の落とした荷物からヴァルを救った事を思い出した。


「お姉ちゃんの場合は頭に落ちて来たけど、その人は颯爽さっそうと助けてくれたんだよ」

「あのね…あれでも結構 頭痛かったんだよ?」

格好かっこ 良かったな〜また会えないかな?」


まるで恋する乙女みたいなヴァルに、せいあきれ顔で言った。


「そんな黒い服の女の人なんか、そうそういるはずが……」


不意にせいの見つめる先に 黒い服を着た人物が見えた。


「ん?…黒い服…に猫耳?…まさか!?」

「あ!?お姉ちゃん!?」


せいは思わず飛び出したが そこには既に誰もいなかった。


「もう…どうしたの?当然走り出したりして?」

「あの特徴的な服装は…間違いない……」


数日後「飢えた狼亭」には 久しぶりに傭兵達が多く集まっていた。


「おやおや?最近顔を見ないと思ったら宿屋で給仕なんてしてるのかい?」

「チッ…「ソバカス万示威ばんしい」か……」


宿屋で給仕の手伝いをする華桃かとうに絡んで来たのは、黒い鉄鎧の肩を外し両肩を露出した茶色い髪をした女 万示威ばんしいだった。


「キ〜ッ!!その名で呼ぶな!!」

「アンタこそ最近見ないから とっくに死んだのかと思ってたわよ」

「ふん!!相変わらず可愛げの無い女 これで給仕なんて笑わせるわね?」

「せいぜいごゆっくり〜冥土めいど土産みやげ一杯奢いっぱいおごろうか?」

「むぐぐ!!……いや…傭兵辞めた女に目くじらを立てるなんて馬鹿馬鹿しいわ…仕事の前に酒が不味まずくなる」

「仕事?キィドはいくさなんてしばらく無縁でしょう?」


万示威ばんしいは 手にした杯を置き あきれた口調で答えた。


「やれやれ…戦いから身を引くとこんなに世情にうとくなるもんかね?「踊り子 華桃かとう」もヤキが回ったのかい?」

「どう言う意味よ?」

「ヨーリィがいくさの準備をしてるのさ」

「え?ヨーリィが?まさか…いくさの相手と言うのは……」


ナンケー地方 南西部を治めるヨーリィは、南東部のヨーケーとの間に険しい山脈が連なる為 通行は困難だが、北西部のリョーブとは川を隔てた地続きなので通行は極めて容易なのである。


「リョーブだろうね……国境のクレトあたりが戦場せんじょうになるって噂よ、まあ戦いから身を引いたアンタには関係の無い話さ」


(リョーブとヨーリィがいくさを?両国は比較的仲が良かったはず……今になって何故なぜ?姫様はどうするのかしら?)


翌日 ダァル商会が休業日だった為、華桃かとうせいに連れられヴァルの家に来たが 想像以上に立派な邸に驚いた。


「ちょっと…ヴァルちゃんって 凄く金持ちなんじゃないの?」

「お父さんが商会やってるって聞きましたけど」

「そうなの……(嫌な予感…)」


邸の中に入ると 赤い着物の美少女が二人を出迎えたが、華桃かとうには その少女の可愛さがまぶしく 隣にいる実の妹を差し置ききしめたくなる衝動に駆られた。


「いらっしゃ〜い!!お姉ちゃんのお姉ちゃんだね!?凄く綺麗!!」

「え!?あ…ど…どうも……(何この子??可愛すぎ…天使か??)」

「お姉さん その手は?」


華桃かとうはヴァルのあまりの可愛さに、思わず両手を差し出す様な格好かっこうをしてしまった……


「これは…その…何でもないよ…アハハハハ〜」

「今日は珍しくお父さんもいるんだよ?」

「ヴァルのお父さん?まだ会った事が無いな」


「おや?お客さんかい?」


不意に奥の部屋から聞き覚えのある声がして出て来たのは、恰幅かっぷくの良い立派な服装で善人そうな顔をした中年男性だった。


「え!?ダァルさん!!??」

「おや?華桃かとうさんに せいさんではないですか?」

「ヴァルのお父さんって ダァルさんだったの!!??」

「お姉ちゃん達 お父さんを知ってるの?」

「知ってるも何も……」


それから一ヶ月……リョーブとサナーガは同盟が締結して以来 両国は数年来の衝突が嘘の様に歩み寄っていたが、ここ最近リョーブの南を治めるヨーリィの軍が国境に現れたと言う噂が国内で持ち切りだった。


紀礼女きれいじょ また来たの?」


ダァル商会の用心棒として働く華桃かとうの元に、金髪色黒の美女(大人しくしていれば)紀礼女きれいじょが訪れた。


「また来たとは失礼ですね?アタイはコレでもリョーブの将軍ですよ?このキィドだって守る義務があるんです」

「ふ~ん…で?何しに来たの?」

ねえさん?話 聞いてました?仕事ですよ、守る義務が…」


華桃かとう紀礼女きれいじょにデコピンをした。


「あ痛っ!!何するんすか!?」

「ヨーリィの件で来たんでしょう?素直におっしゃい」

「アハハハ…バレたか…どう思います?」

「民間人の意見なんかより、あるじの考えを聞いた方が良いんじゃないの?」


紀礼女きれいじょは 頭をポリポリきながら困り顔で言った。


「それがですね……姫様は軍備が整い次第 国境のクレトに向い、ヨーリィの軍と戦うつもりらしいですが…その…」

「なるほど…貴女は戦いに反対なのね?」

「え…いや…まあ…どうにもヨーリィが不可解で……」

「ウフフフ」


困り顔の紀礼女きれいじょを見て、華桃かとうは突然 微笑ほほえみ頭を撫でた。


「え?あ…あの…ねえさん?……どうしたんすか?」

「ちゃんと兵法書を読んでるのね?偉いわよ 紀礼女きれいじょ

「まあ…理解は出来ませんが……」

「立派よ 偉い偉い!!」


紀礼女きれいじょは 顔を赤くして照れたが、傭兵時代からその背を見て戦った彼女にとって華桃かとうに褒められる事は何よりの喜びなのである。


「私も軽率な出兵は控えるべきだと思うわ ヨーリィの軍は大した数じゃ無いんでしょう?」

「報告では5千と聞きますが 川を隔てたヨーリィがわに城塞を築いてるらしいです」


華桃かとうしばし難しい顔で思案したが、紀礼女きれいじょは傭兵時代に見たその姿に見惚みとれた。


「明らかに陽動ようどうね……やっぱり誰かに動かされてるのよ、誘いに乗って大軍なんか絶対に送っちゃダメよ?クレトには数千の守備兵がいるんだし周囲の警戒をおこたらず手出しをしないように姫様に具申ぐしんしなさい、こちらから手を出さない限りは どうこうなるような兵力じゃないわ」

「…………」

紀礼女きれいじょ?聞いてる?」

「え?あ…はい!!具申ぐしんですね!?わかりました……」

「どうしたの?赤い顔して?風邪でもひいたの?」


不意に熱を確かめる為に オデコをくっ付けて来る華桃かとうに、紀礼女きれいじょは焦り大慌おおあわてで離れた。


「近い!!近いです!!平気です!!この赤いのは別件です!!」

「そうなの?」

「あ…アタイはもう行きます!!」

「?」


紀礼女きれいじょは大慌てでルーフェイに戻ったが、二人のやりとりを何気なにげに見ていたダァル商会の従業員の人達は、華桃かとうを罪な事をする人だな…と思った……

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