第16話 暗躍

ナンケー地方では北東部のサナーガと北西部のリョーブが、長く刃を交えていたが同盟交渉が進み両国は歩み寄ったかに見えた。


比羅津ひらつ殿ですね?此度こたび如何いかなるご用向きでしょうか?」


リョーブの首都ルーフェイでは、美しく長い髪の美女 傾国廉けいこくれんが陰湿で陰険な顔をしたサナーガの使者 比羅津ひらつと対面していた。


「ウヒヒヒ、此度こたびは 両国の修交の使者として参りました次第ですぞ、我が王は末永すえながい関係をお望みです」

「わざわざのお越し痛みいります……くれぐれも沙馬駄しゃばだ殿によろしくお伝え下さい」


比羅津ひらつは 下品な笑みを浮かべつつ周囲の様子を確認していた。


「あの?何か?」

「いえいえ、ウヒヒヒ、では姫様 私はこれにて失礼を……(やはり王である傾国進けいこくしんは この場にはおらぬか…)」

「歓待の宴を開きますゆえ 今宵はごゆっくりお休み下さい」

「ウヒヒヒ、感謝いたしますぞ」

「…………」


商業都市キィドのダァル商会では、踊り子風の衣装をまとう美女 華桃かとうが用心棒として店舗の見回りをしていたが、金髪色黒の美女(大人しくしていれば)紀礼女きれいじょ度々たびたび訪れていた。


「ってな訳で サナーガの気持ち悪い男が使者として様子をうかがってたんですよ、宴まで開いてましたけど嫌な感じでした」

紀礼女きれいじょ 国の機密を私みたいな民間人に教えちゃダメでしょう?」

「え?何で?華桃姐かとうねえさんになら良くないですか?」


華桃かとうはヤレヤレと言った感じで頭をかかえ、紀礼女きれいじょの口の軽さが心配になった。


「で?何をしに来たの?ちゃんと仕事してるの?」

「し…してますよ…馬鹿にしないで下さい……」

「おしゃべりしに来てるとしか思えないけどね」

「うぐっ…ねえさん…そんなにアタイが邪魔ですか?」

「うん 邪魔」

「ガ~ン…こ…こんなに愛しているのに……」

「き…気持ち悪い事 言わないでよ!!」


紀礼女きれいじょねながら言った。


「良いですよ~だ…せいと遊んでますから」

「あの子 今日はいないわよ?…って言うか、遊んでる暇があるならルーフェイに戻って仕事しなさいよ」

せいいないんですか?わかりましたよ…ねえさんが意地悪だからルーフェイで仕事でもします」


華桃かとう紀礼女きれいじょに冷たくし過ぎたのではないかと思い、少し助言をする事にした。


「待ちなさい サナーガの動向がどうにも怪しいわよ、充分 気を付けなさい」

「え?同盟関係ですよ?」

「一ヶ月ちょっと前まで殺し合ってた事を忘れたの?その比羅津ひらつって使者の行動も引っかかるわ 何か感づいてるのかも知れない…」

「はあ……感づくって何の事でしょうか?」

「リョーブには秘密にしている事があるでしょう?」

「秘密に?……」

「王様の事よ!!」


リョーブの王 傾国進けいこくしんは重い病で、他国からあなどられない為に一部の大臣達以外にはその事をせていた。


「あ~そう言えばそうですね、アハハハ~」

「あ…アンタねえ……それで良く側近が勤まるわね…コレをあげるから読みなさい」


華桃かとうふところから書物を取り出し(どうやって収めてたのかは聞かないで…)紀礼女きれいじょに渡した。


「あの…この本は?」

「兵法書よ いくさだけじゃ無くまつりごとにも応用出来るから 良く読んで学びなさい」

「え!?アタイが兵法を!?」

「側近になったんだから、姫様に助言出来た方が良いでしょう?」

「はあ…そ…そうですね…って…クンクン」

「な…何…本をいでるのよ?」

「いや~ねえさんのにおいがするな~って」


紀礼女きれいじょの変態っぷりに 華桃かとうは少し引いた……


「やっぱり…返して……」

「いやいやいや~学びますよ、へーほーとやらを」

「本当に?」

「ホントにホント…クンクン」

「だから!!においをぐな!!」

「アハハハハ~」


数日後 サナーガの首都チョーセーにリョーブへ使者として訪れていた比羅津ひらつが帰還した。


「大王 リョーブの件でお話が……」

「リョーブの件だと?何だ?つまらん報告なら首をねるぞ」


比羅津ひらつは陰湿で陰険な笑みを浮かべながら、太い眉で大きな鼻をした目つきの悪い小太りの男に近づいた…サナーガの王 沙馬駄しゃばだその人である。


「ウヒヒヒ、少々 妙だとは思いませんか?国の大事に何故なにゆえ 姫があれほど出張でばるのか…先の戦の件にしても……」

「王女であるからには 国の大事に口を出すのは当然では無いのか?」

「しかしながら 交渉の席では未だ一度として傾国進けいこくしんの姿は確認出来ておりませぬ……今回もですぞ」

「つまり貴様は何が言いたいのだ?」

傾国進けいこくしんには おおやけの場に出られぬ訳があるのかと、ウヒヒヒ…」

「ほう?例えば?」


商業都市キィドは多くの商家が立ち並び他国との取引も盛んだった。リョーブの先王が物流の拠点として心血をそそいだ都市は、今や10万の民が住まう国内随一の大都市として栄えていた。


「平和……」


キィドの町の華やかな喧騒けんそうを聞きながら、全身黒ずくめの衣装で猫耳フードをかぶる少女が宛も無く彷徨さまよっていた。


「どけどけ〜い!!邪魔だ!!」

「おいおい!?そんなデケー荷物で道をふさぐんじゃねーよ!!」

「往来はごった返してるのよ!!迷惑よ!!」


商家が立ち並び多くの人が行き交う町の中心部で騒ぎが起きた…どうやら港から荷物を運ぶ人夫が、あまりの荷物の多さに道をふさいでしまったようだ。


「馬鹿野郎!!こんなに荷物を置きやがって!!」

「落ちて来たらどうすんだよ!?」

「そ…そんな事 言ってもよ…重くて動かねーんだよ……」


荷物を運ぶ人夫が往来の町人達に文句を言われ大騒ぎをしている最中、山のように積まれた荷物の一部が崩れ始めた。


「おい!!崩れるぞ!!??」

「危ない!!そこの嬢ちゃん!!」

「キャ〜ッ!!」


荷物が大崩落を起こしそばにいた 小さな女の子が巻き込まれそうになり、周囲の誰もが荷物の下敷きになったかに思えたが……間一髪 猫耳フードの少女が救い出した。


「おー!!何て神業かみわざだ!!」

「凄いぞあの黒い嬢ちゃん!!」

「すまねえ!!嬢ちゃん達!!怪我は無いか!!??」


周囲の賞賛と注目を浴び、猫耳フードの少女は 照れながらその場を走り去った。


「あ!?待って!!お姉さん!!??」


救われた小さな女の子は礼を言う間も無く、風のように走り去る猫耳フードの少女を追って路地裏に足を運んだが既に姿を消していた。


「あれ?いない…」

「ヴァル!?何してるの?」


周囲をキョロキョロと見回す女の子に話しかけて来たのは、おかっぱ頭を頭頂部でしばり革鎧をまとったパッと見は男の子だが、正真正銘の女の子であるせいだった。


「お姉ちゃん?さっき黒い人に助けられて…」

「黒い人?誰もいないじゃない」

「おかしいな……」


数日後 ナンケー地方南西部ヨーリィの首都レンヨー

国王である了俱りょうぐは 数年前に病死した兄から位を継いだものの、生来せいらい遊興癖ゆうきょうへきから日々贅沢三昧な暮らしで政務をかえりみず 民をしいたげ国は徐々に荒廃しつつあった。


「フォッフォッフォ~我がヨーリィは至って平和、まさに我が世の春じゃのう?」

「いや~ん 王様ったらくすぐったいです~」

「良いではないか?ウヒョヒョ~」


昼間から酒を飲み美女とたわむれる毎日は、およそ乱世に国を治める者とは思えぬ醜悪ぶりだった……


「大王…お聞き下さい……」


遊侠贅沢にふけ了俱りょうぐの元に 善人を絵に描いたような風貌で、ふくよかな体型の壮年男性が現れた。


「ムフォッ?何じゃ?好翁こうおう?余は楽しんでおるゆえ 邪魔をいたすな」

「しかし…大王…目の前の美女ばかりでは無く 少しは国の事にも目を向けていただかねば、美女とたわむれる金も無くなりますぞ?」

「フォッフォッフォ~好翁こうおうよ お主にしては上手い事を言うのう?そうであろう?」

「ウフフフ、誠にその通りですわね~王様~」

「余の楽しみをさまたげるな 下がれ」


(このままでは我が国は滅びる……)


「大王!!」

「今度は誰じゃ?余の楽しみを邪魔いたすな」

「その…サナーガからの親書が……」

「あん?親書じゃと?その辺に置いておけ 下がれ!!」

「は…ハッ!!……」


「全くどいつもこいつも むさ苦しいのう、ムフォフォフォ~」

「王様~サナーガの王様って~とっても怖いと聞きますわよ~」

「ムフォ?そなたは気になるのか?仕方が無いのう 読んでやるかのう」


「王様~何て~?」

「ウフォッ?金の話じゃ、そう言えば好翁こうおうの奴も金の話をしておったのう?兵を出せば金がのう、フォッフォッフォ~」


ヨーリィの大臣である好翁こうおうは、自領ラナの邸宅に戻ると悲痛な思いで一通の手紙をしたためた。


「やはり…あの子の力を借りねばならん……国を救う為か…それとも…」


後年…この一通の手紙が ヨーリィの…いや…センタランド大陸の命運を変える事になるとは誰も予想だにしていなかった……

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