第15話 家族

ナンケー地方北東部 サナーガの首都チョーセーにある大きな商会の立派な部屋で、年の頃は20代前半くらいに見える美女が目つきの悪い男と話をしていた。


「それで?キィドの件は?」


「利権を得る為に一番の商会を潰すはずが 少々邪魔が入り…リョーブの姫が出張でばって来たので 証拠が残らぬ様に引き上げを……」


美女は後ろ向きで煙管きせるをから口を離し、め息をくように煙をいた。


「随分と下手へたを打ったわね?慎重にやれと命じたのに幼稚で姑息こそくな手を使うからよ」


美女は 目つきの悪い男を自分の近くに来るように手招き、手にした煙管きせるで殴りつけたが鋼鉄製らしく かなり痛そうだ……


「うぐっ…叔母上おばうえ…も…申し訳ありません……」

「英雄姫なんてはやされている小娘を出張でばらせるなんて……」


踊り子風の衣装をまとう美女 華桃かとうは、おかっぱ頭を頭頂部でしばり革鎧をまとせいと共に、商業都市キィドにあるダァル商会で用心棒の仕事を請け負っていた。用心棒と言っても仕事は様々で普段は商会の見回りをしているが、必要なら商隊の護衛に別の町や村に商品を届ける仕事もこなしていた。


華桃姐かとうねえさ〜ん!!会いたかったよ〜!!」

「ゲッ!?紀礼女きれいじょ…ぐふっ!!痛たたた!!離して!!この馬鹿力!!」


華烈団かれつだんの団員で今はリョーブの姫 傾国廉けいこくれんの側近の一人となった金髪色黒の美女(黙っていれば)の紀礼女きれいじょが 猛烈な勢いで華桃かとうきしめた。


紀礼女きれいじょさん!?どうしてここに!?あの兵は??」


せい紀礼女きれいじょの来訪と商会を囲むように配置されている兵をいぶかしんだ


せい 元気にしてた?あれは私の部下だよ、姫様の護衛をおおせつかったんだ」

「え!?部下??お姫様がここに!!??」

「ぎ・れ・い・じょ…ぐるじい…はなじて…」

「アハハハ〜久しぶりでつい」

「ケホッ!ケホッ!久しぶりって言っても…ほんの一ヶ月くらいでしょう?相変わらず馬鹿力なんだから……」


紀礼女きれいじょの無自覚な馬鹿力にきしめられた華桃かとうの前に、長い黒髪で細身の美女が現れた…リョーブの姫 傾国廉けいこくれんその人である。


華桃かとうさん ご機嫌よう」

「姫様!?」

「こ…これは…姫様!!良くぞ起こし下さいました!!」


傾国廉けいこくれんの訪問に驚いたダァルが ひざまずき拝礼をして店内の奥にある立派な応接室に案内したが、自分の隣でボケっと突っ立っている紀礼女きれいじょ華桃かとうは指摘した。


「ちょっと…紀礼女きれいじょ?アンタ何をしに来たのよ?姫様の護衛ならそばにいないとダメでしょう?」

「え〜!?つれない事 言わないで下さいよ〜アタイはねえさんに会いたくて会いたくて仕方がなかったのに〜!!」


そう言うと 紀礼女きれいじょは、再び華桃かとうを馬鹿力できしめた。


「ぐはっ!?痛たたたた!!はなじで(離して)〜!!…じごどじなざいよ(仕事しなさいよ)〜!!」

「アハハハ、紀礼女きれいじょさんってば、華桃かとうお姉さんの事 好きすぎだよね?」


紀礼女きれいじょは 腕組みをしてドヤ顔をしながら言い放った。


「あったり前じゃない!!離れていて気づいたのよ!!アタイにはねえさんが必要だって事を!!この愛を奪ったら承知しないんだから!!」

「私は嫌よ…勘弁して……」

「え!?ナゼ!?」


傾国廉けいこくれんと ダァルは、老商会ろうしょうかいの営業妨害事件について話し合っていた。


老商会ろうしょうかいは 商業区での利権を得ようとしてたみたいよ」

「利権を?それで我が商会に営業妨害を?」

「商売の認可が降りたばかりなのに、キィドで一番のダァル商会と肩を並べる規模を持つなんて変だとは思ってたけど…」

「あの…サナーガと繋がりがあると言う話ですが、政治的な理由で利権を?」

「それはわからないけど サナーガでは一番大きな商会だから、王室と関係があるのなら可能性は無くも無いわね」

くだんの商会は既に引き上げております……」


自慢の美しく長い髪を指でクルクルしながら、傾国廉けいこくれんめ息をいた。


「はあ……それよね…悪人達は私の名前を出した途端に尻尾を巻いて逃げ、次の日には跡形もなく商会はキィドから引き上げた…怪しいわね…」

「サナーガとは同盟を組まれたのですよね?追求してみては?」

「難しいわね…同盟国という立場から、証拠も無いのに追求したらそれこそ再びいくさになりかねないわ……今はまだ刺激したく無いのよ…」

「大王のお加減は それほど?」

「まだ一部の大臣しか知らない事だけど……」

「……………」


紀礼女きれいじょはダァル商会の店先で 仁王立ちする華桃かとうを不思議そうに眺めていた。


「何?紀礼女きれいじょ?」

「いや…ねえさんってば…本当に傭兵辞めて商会の用心棒に?」

「まあね 私には戦いしか取り柄が無いし、用心棒がお似合いと言う訳よ」


その話を聞き紀礼女きれいじょは 満面の笑みで華桃かとうに迫った。


「だったら一緒に仕官しましょうよ!?また皆で…」

「それは断ったはずよ 私達は戦いの世界から身を引いたの」

「そんな……」


私達と聞き紀礼女きれいじょそばにいるせいを見つめた……


(私達…つまり…せいの為か……)


他に身寄りの無い 紀礼女きれいじょは、華桃かとうと言う家族のいるせいを少しうらやましく感じ肩車をした。


「うわっ!?紀礼女きれいじょさん!?どうしたんですか!?」

「アハハハ〜アンタ全然大きくならないわね〜」

「ば…馬鹿にしないで下さい!!コレでも1センチは背が伸びましたよ!!多分……」

「1センチか〜アタイもせいの1センチくらいは前に進まなきゃね〜」

紀礼女きれいじょさん…寂しいんですか?」

「ちょっとね…(家族だと思ってたから……)」


華桃かとうは そんな紀礼女きれいじょの姿を見て苦笑しながら言った。


「ウフフ、ずっとそばにはいられないけど、私達は家族なんだからたまに愚痴ぐちくらいは聞くわよ」

「か…家族…ね…ねえさ〜ん!!」

「うわ〜っ!!紀礼女きれいじょさん!!落ちる!!落ちる!!」


家族と聞き紀礼女きれいじょは目をうるませ華桃かとうきついたが、手を離した為 肩車されたせいが落ちそうになり三人共ズッこけて大笑いした。


「貴女達…店先で何をしているのですか?」

「アハハハ……姫様…お話はお済みで?」

「ええ…終わったわ……」


ダァルとの話が終わり背後に立つ傾国廉けいこくれんは、機嫌が悪そうに三人を見つめていた。


「あの…姫様?怒ってます?」

「ええ…怒ってますわよ…とっても……」


華桃かとう紀礼女きれいじょに小声で言った。


(ちゃんと護衛しなかったから怒ってるのよ…謝りなさい…)

「も…申し訳ありません!!護衛をおこたったアタイの落ち度です!!」

「気に入らないわね……」

「姫様!!申し訳ありません!!私がなつかしくて誘ったのです!!紀礼女きれいじょは悪くありません!!」

「ふ〜ん…じゃあ今度は私も誘ってくれるかしら?」

「え?」


傾国廉けいこくれんは、腕組みをしながら華桃かとうせまり言った。


「三人共 随分と楽しそうだったじゃない?今度は私も誘ってください!!約束ですよ!?」

「あの…その…はい……」


せいは その姿を見ながら紀礼女きれいじょに言った。


「お姫様も寂しいんですかね?」

「そうね…城に女の士官しかんはアタイしかいないしね……」

「あれ?燕姫えんきさんは?」

何処どこにもいないのよ、元々何考えてるんだか わからない子だったけど…」

「そうなんですか……」


華烈団かれつだんでは寡黙かもくとらえどころの無い存在だったが、一番 歳が近く親近感を覚えていた燕姫えんきの行方が、せいは気になって仕方がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る