第10話 具申の餌

国境の戦いに敗れたものの 砦には5千の敗残兵がつどい未だ交戦の構えを崩してはいないリョーブ軍だが、刻々とサナーガの軍勢が迫りつつあった。


「姫!!急ぎ守りを固め援軍の要請を!!」

「そうです!!ルーフェイには1万の兵がございます。大王に救援を!!」

「…………」


深手を負い満足に動かぬ体で傾国廉けいこくれんは軍議の席に座ったものの、武将達の相も変らぬ守備固め援軍待ちの具申ぐしんに対し有効な策を見いだせず、自慢の長く美しい髪を指でくるくるいじり ある者の献策を待った。


「この場で守りを固め援軍を待つなど下策です!!私はキィドへの撤退を具申ぐしんいたします!!」


末席から踊り子風の衣装をまとう美女が、周囲の武将が訴える守備固め援軍待ちの具申ぐしんに対し真っ向から対立した。


「貴様は華烈団かれつだん華桃かとうとか言う傭兵だな!?口を慎め!!」

華桃かとう殿 キィドに退けば、敵を国内に引き入れる事になりますぞ?それこそ下策なのでは?」


陸汎りくはん歩軍ほぐん 周囲の武将達は皆 華桃かとう具申ぐしんを傭兵の戯言ざれごと退しりぞけようとしたが、傾国廉けいこくれんは待っていたとばかりに聞き入れようとした。


「姫様!?話を聞くのですか!!??」

陸汎りくはん 有効な策があるのであれば聞くのは当然でしょう?」

「しかし……くっ…良いでしょう…聞くだけ聞きましょう……」


傾国廉けいこくれんは、華桃かとうを自身の元に手招き献策を聞いた。


「事ここにいたっては この地を守るのは最早もはや下策げさく、キィドをえさに敵を引きつけ撃退すべきです」

「生意気な戦人いくさびとめ!!キィドに籠城だと!?馬鹿は休み休み言え!!」


無駄に立派な髭を持つ陸汎りくはんは声を荒げて否定した。


「籠城とは申しておりませぬ、えさと申しました」

えさ?どう言う事かしら?詳しく話して下さい」

「姫!?世迷言よまいごとに耳を貸すのですか??」

「不利な場所で援軍を待つ以外に道があるなら、聞くべきです」

「むぐぐぐ……」


納得のいかない陸汎りくはん傾国廉けいこくれんが制止して、華桃かとうの話を聞く事になった。


「あくまでキィドはおとりです」

おとり?」

「キィドに攻撃をさせ、その背後を狙うのです」

「ほう?なるほど……」


華桃かとうげんに関心を示した歩軍ほぐん陸汎りくはんにらみつけた。


「我が軍は負傷兵が多く数は2千人ほどと思われます。戦える兵は3千…元よりこの地での勝機は既にありません」

「なればこそ援軍を!!」

「間に合いません。無駄に兵を死なせるくらいなら、キィドで戦う方が勝つ見込みはあります」

一理いちりあるわね……」

「姫まで!?」

ずは負傷兵2千と姫様をキィドに退かせ、残りの3千の兵はキィドの南東にある深い森の中にひそませます」

「その兵で敵の背後を?」

「それだけでは見破られます。他にも一手必要なのです」

「その一手とは?」

「キィドの南西にある城塞都市オタウから援軍を出し、サナーガ軍の後方側面から攻撃を加えるのです」

「上手く行けば三方向からの挟撃が可能と言う訳ですな?」

「ただし敵を南門に引きつけねば策は成功しません」


南門と聞き 陸汎りくはんは声を荒げた。


「ふん!!やはり戦人いくさびと戯言ざれごとだな!?キィドの南門は他の門よりも立派で硬いのだ!!何処どこの誰が好き好んで守りの硬い場所を攻めると言うのだ!!」

「確かに…キィドの南門は城壁も高く正門であるゆえ 堅固…」

「私が指揮官でも攻撃は避けるわね……」


陸汎りくはんは それ見た事かと勝ち誇り 傾国廉けいこくれん歩軍ほぐんも策に二の足を踏み始めたが、華桃かとうは余裕の表情で答えた。


「守りの硬い場所ほど油断を誘えると言うもの、敵にはあなどれない軍師がおりますゆえ 常識通りの策は見破られる危険があります」

「どう言う意味ですか?」

「守りの硬さを過信していると装い あらかじめ門を少々破壊して、南門は老朽化が激しく見た目よりは遥かにもろくなっていると言う噂でも流しましょう」

「門を破壊するだと!?馬鹿馬鹿しい、左様な事をすれば姫の身が危険であろう!?怪我をした兵が姫を守れるか!!却下だ!!却下!!」


門を破壊すると聞き 陸汎りくはんはすかさず猛反対した。


「それくらい派手なえさかねば 敵の目をひく事は出来ません」

「またえさか!!ふざけるな!!」

「キィドには守備兵2千がいるのです。簡単に落ちる事はありません、姫様が指揮するキィドとオタウからの援軍に目が行けば背後の3千の兵は大いにきょけるでしょう」


傾国廉けいこくれんは、話を聞き終えると立ち上がった。


「わかりました…私も戦います!!その策で行きましょう!!」

「姫!?左様なお体で無茶を??」

「リョーブの王女として民を守る為に戦うのは当然、そなたはどうですか?リョーブの将軍として共に戦う気がありますか?」

「うぐぐぐ…無論あります!!姫と共に戦いますぞ!!」

「姫様 オタウの主将は我が息子です!!急ぎ援軍を連れて参ります!!」

「頼みますよ 歩軍ほぐん…」

「では 我ら華烈団かれつだんは撤退の時間稼ぎに残ります」


リョーブ軍は急ぎ砦から引き揚げ、華烈団かれつだんの数十名だけがその場に残った。


あねさん、こいつでどうですかい?」

「上出来よ、関単数かんたんすう 流石に立派なものね?」

「こいつも裏方の仕事でさあ」


垂れ目でシャクレあご関単数かんたんすうは、わらで作った精巧な人形を作りあげた。


「後は鎧兜を着せて、弓を持たせて立たせまさあ」


関単数かんたんすうわら人形に鎧兜を着せ始めると、おかっぱ頭を頭頂部でしばり革鎧をまとせいが、砦中に旗指物を立て終えた。


華桃かとうお姉さん、全部立てたよ」

「さてと…それじゃあ行きますか 呉鋭ごえいはここで待機、合図をしたら矢を放ってね」

「あいよ~」

せいは一緒に来なさい」

「え?……(嫌な予感…)」


数時間後 赤い派手な鎧をまとう大将を先頭に、サナーガ軍が砦の前に到着した。


「フフフ、撤退せぬとは見上げた根性だな?」

沙阿しゃあ様 敵陣には多くの旗指物と弓を構える兵の影が見受けられますね?」


羽根付き三角帽をかぶり銀髪で目つきの鋭い美女が、沙阿しゃあに対して神妙な面持ちで言った。


「それがどうした羅裸亜ららあ?」

「敵は負傷兵も多いはず 僅かな兵でこの地を守る理由がわかりません」

「察するに手負いの狼の意地と言う奴だろう?心配無いさ」


「申し上げます!!敵本陣は門を開け放ち、敵将とおぼしき者が二人おります!!」

「ほう?二人だと?」

「あの者達は……」


華桃かとうは本陣の門を開け放ち、せいと二人で本陣前に腕を組んで立っていた。


せい…偉そうに腕を組んでなさい…」

「わ…わかってますよ…で…でも…怖いです…」

「まあ…はたから見たら、1万人対2人だもんね?」

「辞めて下さいよ…ただでさえ怖いのに……」

「プッ!せいったら、足が震えてるわよ?アハハハハ~!!」

「か…からかわないで下さい!!」


二人の様子を見てサナーガの兵は不気味ぶきみさを感じた。


「何だ?あの女と小僧の余裕は?」

「あいつ 笑ってるぞ?」

「門を開け放ち罠でもあるんじゃないか?」


困惑する兵達に 沙阿しゃあは命令した。


「何をしている!?進め!!」

「し…しかし……敵には罠が…」

「このまま進むのは危険では?」

「ここは…慎重に……」

「ならば私が手本を見せて…」


沙阿しゃあが前に出た瞬間 華桃かとう沙阿しゃあ手招てまねいたが、それを合図に砦から沙阿しゃあの足元に矢が放たれた。


「くっ!?これは警告と言う事か??我が軍を一網打尽にするという魂胆だな!?その手に乗るか!退くぞ!!」


罠を恐れた沙阿しゃあは 全軍を一時撤退させた。


「見たか!!これぞ華桃かとう空城くうじょうの計!!」

「もう…嫌です……」

せい!!腰抜かしてる暇は無いわよ!!次よ!!今度は紀礼女きれいじょ達の所に行くわよ!!」

「あ~!!待って下さいよ~!!」


翌日 敵本陣には旗指物とわらで作った精巧な人形兵だけだったのを知り、沙阿しゃあは激怒して追撃に出た。


「私をたばかるとは 許せん!!」


華桃かとうせいは 深い谷の中腹辺りでまたしても腕組して待っていた。


「お…お姉さん…あの人凄く怒ってますよ!?どうするんですか!?」

「う~ん…困ったわね、怒れる兵1万対 姉弟きょうだい2人よね?」

「ちょっ!?お姉さん?今なんと?姉弟きょうだいと?それってが入ってる方ですよね??」

「気のせいよ ちゃんと姉妹きょうだいって言ったわよ?が入ってる方よ?」

「嘘つき!!」

「嘘じゃ無いわよ?大体同じ読み方なのがいけないのよ?」

「え?そう言われてみれば…」

「そう言う事よ~」

「でも普通に姉妹しまいとも読めますよね?やっぱり嘘つき!!」

「気のせいよ 小さい事を気にしちゃダメ」

「これ 小さい事ですか??」


相変わらずバカ話をする二人だが谷である為、二人の声はやたらと響きその異様さにまたしても兵の歩みは止まった。


「進め!!馬鹿者!!ただのこけおどしにすぎん!!」

「し…しかし……」


迷っている兵達を見て華桃かとうが手を上げると、ドスン!ドスン!と言う音を立てて 上から巨大な岩が次々と落ちて来た。よく見たら谷の両脇から金髪色黒の美女(大人しくしていれば)紀礼女きれいじょと、ハゲで大男の超風ちょうふうが巨大な岩を持ち上げ下に放り投げている。


「うわ~っ!?何だ!?この岩!?」

「空から降って来るぞ!?」

「あの女は魔女か!?」

「くっ!?これではまともに戦えん…退くぞ!!」


沙阿しゃあは再び撤退した。


「見たか!!これぞ華桃かとう版……今のは何の計にしようかな?」

華桃姐かとうねえさん、ただの落石でいいのでは?」


華桃かとう紀礼女きれいじょの顔を見つめた。


「え?…あの…何ですか?そ…そんなに見つめられると……」

「決めた!!紀礼女きれいじょの計にするわ!!」

「はあ!?紀礼女きれいじょの計!?って…超風ちょうふうも岩を投げてましたけど!?」

「いや…オメー、あのデカい岩を俺様の倍の数は余裕でぶん投げてたぜ…オメーにしか出来ねー芸当だ……」

「アタイ普通に投げてただけだけど、アンタは手を抜いてたんでしょう?」

「普通にこのデカい岩を軽々とぶん投げるのは普通じゃねー!!!!」


その後も迫り来る沙阿しゃあの軍を 華桃かとうは並外れた胆力と地形を使った罠で振り回し、四日目…全身黒ずくめの衣装で猫耳フードをかぶ燕姫えんきからの報告を受けた。


「姫…キィド…入った…兵…森の中……」

「計画通りね 私達も森に行くわよ!!」

「お姉さん…少し休もうよ…待ってよ~…」


今まさにキィド攻防戦が始まろうとしていた。

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