第8話 手負いの姫

長い黒髪の美女がただ一騎 戦場を逃げ回っていた……


「追え!!あの長い髪の女が傾国廉けいこくれんよ!!」


羽根付き三角帽をかぶり銀髪で目つきの鋭い美女は、声高に兵達に命じた。


羅裸亜ららあ様!!いました!!」

「追え!!」


リョーブ、サナーガ国境の戦いに敗れた傾国廉けいこくれんは、サナーガ軍の激しい追撃を受け戦場を《せんじょう》を逃げていた。周囲に味方は一人もおらず絶体絶命である……


「捕らえよ!!傾国進けいこくしんの娘だ!!」

「向こうに行ったぞ!!追え!!」


サナーガの追撃部隊は執拗に傾国廉れいこくれんを追い続け、大量の矢が放たれた。


「馬鹿者!!矢を放つな!!生捕りにするのだ!!」

「ハッ!!…申し訳ありません……」


やがて大量の矢が刺さり倒れた馬と、大量の血痕が森の方に続いていた。


「森に逃げたわね…捜索隊を!!草の根分けても探すのよ!!」


傾国廉けいこくれんは傷の痛みと失血で気が遠くなっていた。


「こっちだ!!いたぞ!!」


「も…最早もはや…ここまで…私はリョーブの王女…生きはじをさらせない…」

「お姫様!!」

「お…お前は……よ…傭兵の…」


自害しようとする傾国廉けいこくれんの前に、おかっぱ頭を頭頂部でしばり皮鎧をまとせいが現れ 敵兵に向かって剣を構えていたが、プルプル震えていた。


「小僧!!その女を引き渡せ!!さもなくば…」

「辞めなさい!!」


せいに向って槍を突き付ける兵士を制して、羽根付き三角帽をかぶり銀髪で目つきの鋭い美女が前に出た。


「坊や 私はサナーガ軍 副官の羅裸亜ららあ、その人をこちらに引き渡しなさい 我が名にかけて子供の命は奪いたくないわ」


警告をする目の前の羅裸亜ららあせいは 精一杯の虚勢きょせいを張った。


「わ…わ…わたしだって…や…やる時は…やりますよ…」

「震えてるじゃないの?無理よ 捕らえなさい!!」

「ハッ!!」


サナーガ軍の兵がせい傾国廉けいこくれんを包囲し 徐々に距離を詰めて来たが、不意を突いて現れた踊り子風の衣装をまとう美女が敵兵達を斬り倒した。


華桃かとうお姉さん!!」

せい!!無事!?姫…は…無事じゃないみたいですね?アハハハ~!」

「き…貴様……私を…愚弄ぐろうする気……」

「お姉さん!!笑ってる場合じゃないでしょう??お姫様 怪我してるんですよ!?」

「うわ~痛そうですね?しかし姫様も大概たいがいにしぶとい」

「くっ…貴様……」

「お姉さん!!」

「だって 軍議で馬鹿にされたし作戦も全然教えて貰えなかったでしょう?それって なんかムカつかない?」

「気にして無いって言ってた癖に 嘘つき!!」

「そうですよ~お姉さんは嘘つきで~す!!」

「うぐっ……」


傾国廉けいこくれんは気絶して倒れたが、せい華桃かとうの話を聞いていた敵兵はあきれて呆然ぼうぜんとしていた。


「お…お前達!?何をぼさっとしてるの!?捕らえなさい!!」

「え?あ…はい…ぐふぉっ!!」

「ぐはっ!!」


不意に敵兵がバタバタと倒れ 背後から全身黒ずくめの衣装で猫耳フードをかぶった女の子が現れた。


「殺す……」

「ナイス!!燕姫えんき!!」

「お前達!?わざと馬鹿話で時間を…うっ!?」


羅裸亜ららあの三角帽の羽根を射抜き、前が見えているのか疑問になるほど長い前髪の男が弓を構えて現れた。


「俺ちゃん 次は外さないよ~」

呉鋭ごえい!!彼女を殺さないで!!」

「あいよ〜あねさん」


茂みからはハゲの大男がさけび声と共に現れ、兵達は驚愕きょうがくした。


「うお~!!!!俺様が相手だ!!!!」

「ひ〜っ!?ば…化け物!?」

「何だと!!??この野郎!!??こんな色男を化け物だと!!??」

超風ちょうふう!!姫を運んで!!」

「そりゃねーぜ…あねさん…俺様も暴れてーぞ……」


周囲を敵兵で囲まれたが 呉鋭ごえいの弓も羅裸亜ららあに狙いを定めていたので、華桃かとうは取り引きを持ち掛けた。


「どう?お互い退くって事で手を打たない?」

「何ですって!?」

「貴女だってまだ死ねないでしょう?」

「ふん!!甘いわね、直ぐに追撃をするかも知れないわよ!?」

「勝手になさい その時は本気でるわ!!」


華桃かとうは剣を羅裸亜ららあに向け威嚇いかくした。


「くっ…退くぞ!!」

「は…はっ!!」


追撃隊が去った後 超風ちょうふうの巨体の影に隠れていた垂れ目でしゃくれあごの男が、傾国廉れいこくれんの応急処置をした。


「どう?関単数かんたんすう?」

あねさん かなりヤバいでさあ、早く医者に見せた方がいいでさあな」

「医者…確か本陣に軍医がいたわね……」


華桃かとう華烈団かれつだんは、傾国廉けいこくれんを運び急ぎ本陣に戻ったが かなり危険な容体だった。


歩軍ほぐん殿 姫様は?」

「軍医によれば肩の傷は大した事ないが、背に受けた傷が少々厄介かも知れん…それと…失血がかなり多く……」

「そうですか……私の部下の報告ですと 敗残兵をまとめた陸汎りくはん殿は、沙阿しゃあの追撃を受けましたが何とか逃れたそうです」


リョーブ軍を追撃し打撃を与えた沙阿しゃあは、本陣に戻り羅裸亜ららあの報告を聞いていた。


「そうか 傾国廉けいこくれんを逃がしたか?」


羅裸亜ららあ沙阿しゃあの前にひざまずき答えた。


沙阿しゃあ様…申し訳ありません……」

「気にするな羅裸亜ららあよ 情けをくれてやったと思え」

「ですが 敵の大将は手負いです!!今一度 本陣を攻め今度こそ!!」

「慌てるな お前も怪我をしているではないか、攻撃は明後日みょうごにちまで様子を見る。撤退するかも知れん」

「はっ!!」

「フフフフ、見せて貰おうか?手負いの狼の選択とやらを…」


翌日 傾国廉けいこくれんは目覚めた。


「おー!?姫!!」

「ようやく お目覚めに!!」

「こ…こ…は…本陣?戦は!?」


傾国廉けいこくれんは我に返り起き上がったが、肩と背中の痛みと血の気の無さから気を失いそうになった。


「ご無理をなさらないで下さい!!」

「姫は失血も多く しばらくは安静なのです」

「くっ……」


華烈団かれつだんの陣営では 今後どうするのかが話し合われていた。


「考えるまでも無い!!アタイは別の戦場せんじょうに行く事を提案するよ!!こんな人を馬鹿にした所で戦うなんて真っ平だ!!」


金髪色黒の美女(大人しくしていれば)の紀礼女きれいじょが 拳を突き上げ声を大にして言った。


「俺様は戦えるなら何処どこでもいいぜ」

超風ちょうふう!!アンタには信念ってもんが無いのかい!?」

「戦いだけが俺様の生きがいだぜ 他はどうでもいい」

「聞いたアタイが馬鹿だったよ 呉鋭ごえい燕姫えんきは!?」

「俺ちゃん あねさんの決定に従う」

「勝手に決めろ……」

「ぬぐぐぐ……せいは!?どう思ってるの!!??」


団員達がえ切らないのに剛を煮やした紀礼女きれいじょは、せいにまで意見を求めた。


「え!?わたしですか!?わたしは……その…お姫様が心配です…怪我をしてるし…戦にも負けたから…落ち込んでるんじゃ無いかと……」

「ぬなっ!?せい!!アンタの考えは甘いわよ!!アタイらは命を賭けた生き方を馬鹿にされたんだよ!?」

「でも…紀礼女きれいじょさん…もう一度お会いしてからでも…その…お見舞いだってしてないし…」

「お…お見舞い!?アンタどんだけお花畑なのよ!?」


話を聞いていた華桃かとうが 興奮する紀礼女きれいじょを制して口を開いた。


「お見舞いか…まあ離れるにしろ残るにしろ、何の挨拶も無しに去るのは確かに失礼よね?会ってから決めるわ」

「会って来るんですか!?門前払いかも知れませんよ!!??」

「その時はその時よ いさぎよくここを去るわ」


翌日 華桃かとうせいを連れ、傾国廉けいこくれんに会う事にした。

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