第7話 危うさ

ナンケー地方北東部のサナーガは人口も多く大河を利用した貿易で栄えていたが、沙馬駄しゃばだが王位に就くと恐怖による民の支配をし進め ナンケー地方統一の野望をいだき始めた。


惨業何ざんごうかめ!!くたばりおって!!あの役立たずが!!奴の家族の首をねよ!!」


サナーガの首都チョーセーの政庁では、太い眉で大きな鼻をした目つきの悪い小太りの男がえていた。サナーガの王 沙馬駄しゃばだその人である。


「ウヒヒヒ、大王 心配には及びませんぞ」


陰険で陰湿な痩せこけた男が 沙馬駄しゃばだにゴマをするかの様にり寄り話した。


比羅津ひらつか!?何だ!?くだらぬ話なら首をねるぞ!!」

「ウヒヒヒ、惨業何ざんごうかは死にましたが愚かなリョーブの将軍は追撃をしなかった為 我が軍はいささかも兵を失ってはおりませんぞ」

「ふん!!ならば今一度リョーブを攻めよ!!次は誰が大将になる!?前へ出よ!!!!」


周囲の将軍達は誰も志願しなかった。負ければ家族もろとも首をねられると恐れていた……


「チッ!!この臆病者共が!!貴様ら全員首をねるぞ!!!!」


沙馬駄しゃばだは剣を抜き群臣達に対して振り回したが、その様子を見た赤く派手な鎧をまとう灰色の髪の色をした男が名乗り出た。


「兄上!!いや…大王!!私が戦います!!」

「ん?貴様は沙阿しゃあか?ふん!!良かろう!!負けて帰ったら弟でも首をねるぞ!!!!」

「ハッ!!勝利の栄光を大王に!!」


サナーガ軍が再び攻め寄せて来ると聞き リョーブ軍は前回と同じく国境に砦を築き守りを固めて援軍を待った。


「フフフ、おろかだな?」

沙阿しゃあ何故なにゆえお笑いに?」


先発隊を率い サナーガ軍の大将 沙阿しゃあは敵の動きを見て笑いながら、羽根付き三角帽をかぶり銀髪で目つきの鋭い美女に言った。


羅裸亜ららあよ これが笑わずにいられるか?リョーブの将軍はおろかだ」

「確かにおろかです。地の利がありながら守りを固めるのみ 我らが着陣する前に何の手も打たぬとは、いささ稚拙ちせつな考えと言わざるを得ません」

「全くだ。あんな敵 麾下きかの騎馬隊だけで充分だな」


沙阿しゃあの言葉を聞き部下の一人が聞いた。


「恐れながら…よもや…騎馬隊で砦に攻撃をなさるおつもりですか?」

「ああその通りだ。見せて貰おうか!?守りを固めただけのおろかさとやらを!!」


周囲の部下達は その発言に唖然あぜんとした。砦で守りを固めている敵に騎馬隊で突っ込もうと言うのだから正気じゃない……


「お辞め下さい!!あんな所に騎馬隊で突撃すれば矢の的になるだけです!!」

「矢など当たらなければ意味が無い!!我が真紅の騎馬隊の速さで全てかわすだけだ!!勝利の栄光は我にあり!!」

「え!?…し…しかし……」


部下達は皆 思った(逆に当たりに行くだけなのでは?)と……


沙阿しゃあ様 アホな事はお辞め下さい 死んでしまえば勝利の栄光もクソもありません、派手な鎧のしかばねを野にさらすだけです」

「…………」


さり気なく冷静にキツい言葉を浴びせる羅裸亜ららあに部下達は焦った。何と言っても相手はあの沙馬駄しゃばだの弟である。下手をすれば皆 首をねられるかも……


「フフフフ…ハハハハッ!!ならば私が手本を見せよう!!出るぞ!!」


ただ一騎 猛烈な速さで敵陣に突撃する沙阿しゃあを見て部下達は「出るんかい!!??」と…思い仕方なく突撃をした。


「フッ…それでこそ我が麾下 真紅の騎馬隊だ!!」


副官の羅裸亜ららあは毎度の事だと思い冷静に対処した。


「やれやれ…仕方ありませんね……皆 騎乗しながらありったけの矢を放ちなさい!!ここからならギリギリ敵に届きます!!」


リョーブ軍の弓隊は先頭を走る沙阿しゃあに狙いを定めたが、動きが速すぎて不思議と当たらなかった…が…しかし……敵の矢玉を受けながら沙阿しゃあは思った(ちょっとヤバいかも)と……


「何?あの赤い派手な鎧の大将……」


その様子を砦の中で見ていたのは、踊り子風の衣装をまとう美女で傭兵集団 華烈団かれつだんの団長 華桃かとうだった。


「本当ですよね?あの赤い大将は何がしたかったんすかね?結局退却しちゃいましたよ?誰も死んで無いけど……」


そう華桃かとうに言ったのは、同じく華烈団かれつだんの団員である金髪色黒の美女(大人しくしていれば)の紀礼女きれいじょ華桃かとうの妹 せいを肩車しながら様子を眺めていた。


「でも凄い速さでしたよね?矢だって全然当たりませんでしたよ?」

「あのね…せい 確かに速いけど大将が前線で目立ちすぎだし前に出すぎで後ろにいる部下は気が気でないわ……」

「そうっすよね?ありゃ一人で突っ込んで死ぬタイプだわ」


華桃かとうは敵が退しりぞいた事に安心している味方を見て溜め息をついた。


「はあ……我が軍は相変わらず援軍を待って攻撃か…軍議に加わって良いと言われてるけど、いつになったら戦うのやら…」

華桃姐かとうねえさん?誰が援軍に来るんですかね?」

「まともな人なら良いんだけどね…」


数日後 リョーブ軍にようやく援軍が到着し作戦会議に入った。


「私が全軍の指揮を任された傾国廉けいこくれんよ」


援軍に来たのは リョーブの王 傾国進けいこくしんの娘 傾国廉けいこくれんで美しく長い黒髪に細身で整った容姿の美女だが、とても気が強そうな姫だった。


「姫様が いくさの指揮を?」

歩軍ほぐん 何か問題でも?」

「いえ…御意ぎょいに従います…」

「では作戦を…その前に…何故なにゆえここに傭兵がいるのですか?」


傾国廉けいこくれん華桃かとう指差ゆびさして言った。


「軍議の参加を認めました」

「私は傭兵など信用しておりませぬ!!彼らは己の気分で敵に回る浅ましい戦人いくさびと!!即刻ここから退出なさい!!」


あからさまに傭兵を毛嫌いする傾国廉けいこくれんに対し、華桃かとうはヤレヤレといった口調で答えた。


「お言葉には従いますが 遊びに来た訳では無く戦働いくさばたらきの報酬を得る身ですので戦いには加わります」

「貴様!!姫様に何たる不遜ふそんな!!」


姫の側近の一人であろう無駄に立派な髭の男が剣を抜いてすごんだ。


陸汎りくはん おやめなさい!!華桃かとうとやら、戦いたければ勝手になさい 我らの足を引っ張らぬように」


(勇猛かもしれないけど危うい姫様ね…)


華桃かとう華烈団かれつだんの陣営に戻り団員達は姫の言葉に驚いた。


「何だそりゃ!?馬鹿にしやがって!!抗議してくるぜ!!!!」


ハゲで大男の超風ちょふうは 大きな声を荒げて陣幕を出ようとした。


「よしなさいよ こんなの大した事じゃ無いわ、もっと酷い事を言われた事だってあるんだから」

華桃姐かとうあねさん!!悔しく無いんですかい!!??」

「そうですよ!!馬鹿にしてますよ!!アタイも抗議すべきだと思います!!」


紀礼女きれいじょ超風ちょうふうの意見に賛成だった。


「馬鹿ね 抗議したって聞く耳なんて持つ訳ないわよ 事を荒立てるだけ損」

華桃かとうお姉さん…大丈夫ですか?」

「私は大丈夫よせい それに…あの姫様の様子じゃ私達の力も必要になると思うわ 皆はいつでも戦える準備をしなさい」

「やれやれ…華桃姐かとうねえさんのふところの広さには恐れいるわ……」

「チッ!!しゃくだけど いくさの準備でもおっぱじめるか…」


翌日 傾国廉けいこくれん率いるリョーブ軍8千は、沙阿しゃあ率いるサナーガ軍1万との野戦やせんに望んだ。


「ほう?大将は傾国進けいこくしんの娘か 勇猛な姫だな?」

沙阿しゃあ様 くれぐれも自重して下さい」

「心配するな羅裸亜ららあよ 私は冷静だ。勝利の栄光は我にあり!!開戦だ!!我に続け!!」

「ああ…やはり 準備しておいて良かった……」


華烈団かれつだんは命令も作戦も全く伝えられていなかった為 華桃かとうは隠密行動が得意な、全身黒ずくめの衣装で猫耳フードをかぶるる元暗殺者の燕姫えんきに戦況を探らせていた。


燕姫えんき どうだった?」

「両軍…正面から…姫…先陣……」

「無謀ね 焦ってるのかしら?敵の布陣はどう?」

「全軍…足並み…揃ってた…赤い大将…後ろ……」


サナーガ軍の赤い鎧の派手な大将が前線に突進せず後ろに控えてると聞き、華桃かとうは嫌な予感がした。


「へ〜 あの派手な大将も空気は読むんですね?」

「違うと思うわ紀礼女きれいじょ あの隣にいた女性が何か手を打ったのよ…何だか軍師っぽかったし…危ういわね……」

華桃姐かとうあねさん!!俺達も出ようぜ!!!!」

超風ちょうふう 俺ちゃん達は命令も作戦も知らないんだぞ?」

「馬鹿野郎!!呉鋭ごえい!!戦がおっぱじまってるのに、こんな所でのんびりしてられるか!!!!」

「う〜ん…でも…勝手に動いて良いものか……」


傭兵とはいえ 命令も無しに勝手に戦うべきか華桃かとうは悩んだが、せいは姫の言った一言に気付いた。


華桃かとうお姉さん、確かお姫様には勝手に戦えと言われてるんですよね?だったら命令なんか無しに戦っても良いのでは?」

「あ?そう言えばそうね、あの時そう言われたわ」

「でかしたぞせい!!戦いましょうぜ!!!!」

「そうね、華烈団かれつだん!!出るわよ!!」


その頃 戦場せんじょうでは不思議なほど足並みの揃うサナーガ軍の騎馬隊を前にリョーブ軍は苦戦を強いられていた。


「姫!!前線が崩れております!!」

陸汎りくはん!!敵は足並みが揃わないと報告があったはず!!」

「わ…私もそう聞いておりました…あそこにいる派手な大将は一人で突進しては後続部隊が混乱すると……」


沙阿しゃあは自らの馬の脚が思った以上に遅く苛立いらだっていたが、逆に部下達はいつも遥か目の前を突進する大将が後ろにいたので安心して戦う事が出来た。


「え〜い!!何だ!?この馬の速度は??いつもの倍以下だぞ!?」


副官の羅裸亜ららあは苦笑して答えた。


「ウフフフ、そのお陰で沙阿しゃあ様を中心に我が軍は敵を圧倒していますよ?」

「チッ…羅裸亜ららあよ、速さこそ私の真骨頂だぞ!!」


(いえ それは最大の欠点…こっそり馬を遅いのに変えて正解……)


やがてリョーブ軍の前線部隊は次々と倒れ 遂には傾国廉けいこくれんの部隊を残し後退し始めた。


「申し上げます!!敵は前線部隊を残し撤退しております!!」

「大将を残して逃げるとは見下げ果てた敵だな」


絶好の勝機に羅裸亜ららあは、沙阿しゃあに進言した。


沙阿しゃあ様 情けをかけず追撃し敵将 傾国廉けいこくれんを捕らえる事を具申ぐしんいたします」

「フフ、羅裸亜ららあよ、哀れな将には情けをかけるべきではないのか?」

「いいえ 完全なる勝利の為です。あの者の身柄と引き換えにキィドを手に入れましょう?」


沙阿しゃあは 戦況を冷静に対処する羅裸亜ららあに苦笑しながら答えた。


「フフフ、非情だな?ならば軍を二手に、お前は4千で傾国廉けいこくれんを追え 私は6千で敵の敗残兵を追撃してそのまま敵本陣の砦を攻める!!」


サナーガ軍による傾国廉けいこくれん追撃戦が始まろうとしていた。

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