一樹が死んで五日後
『晶〜!スマホで!配信できるらしいんだよ!』
『あ?うん。知ってる』
『え?まじ??』
『うん。割と前からあるぞ』
『へ〜。じゃあ一緒にやらね?』
『何でそうなる。やだ』
『え〜言いじゃん!俺晶と一緒がいい〜!晶、俺とほぼ同じ顔してるし、イケメンだし。売れるっしょ!』
『絶対やだ』
『まず、やり方教えて?お兄ちゃんのお願い!』
『それが理由じゃねえかよ。たく、自分で調べろよ』
『めんどくさい☆』
『自分でやれ』
一樹が自殺した五日後
学校へ行くと、聞き慣れた明るい声が近づいてきた。
「晶〜!やっほ〜!」
赤茶の長い降ろされた髪。赤い瞳。彩だ。
「おう。おはよう」
「あれ?無視じゃないなんて珍しいね!」
「よく明るいな。みんな地獄のそこみたいな顔してんのに」
「無理やりあげてるに決まってるじゃん!しんみりし過ぎても一樹君に悪いじゃん?」
「別に。アイツはそんなこと気にするようなやつじゃ無いだろ。人の事をよく置いていく勝手な奴なんだから」
「まぁ、そうかもだけどさ、みんなクラスメイトが居なくなることに驚いてるんだよ」
周りを見渡す。普通に喋っているやつもいれば机に座って本を広げる奴もいる。それでも、一樹の机に置いてある菊の花を誰も見ようとしない。
誰も口にも態度にも示さないが、気まずい雰囲気が流れている。その上で俺に同情の視線が寄せられる。
周りを気まずく感じながら、『スマホで配信』について調べていた。
「何で私を無視するわけ!」
「だったら俺に話しかけない方がいいんじゃないのか?」
「それはいや!」
「あっそ」
「はぁ...一樹くん、なんで自殺したんだろ...」
あ、そうか。明日一樹の自殺で母親が訴訟を起こすから、遺書の内容が一部出るのか。
そうか。
すっかり忘れてた。
「さぁな」
「自殺する前に、相談して欲しかった...」
心底悲しそうに目を伏せる彩。
「...。彩、一樹の事好きなのか?」
「は?」
「え?あ、いや、なんでもない。変なこと言った」
(変な事で妬いた)
彩は俺の頬をつねり上げた。
「いてて!」
「どういう事よ!確かに私は一樹くんの大ファンだけど!好きなのは...」
彩はそこで口を噤んだ。頬から手を離して儚げな雰囲気が増した。
「悪い。忘れてくれ」
彩は、一樹の机に置かれている菊の花を見た。何かが込み上げてきたのか、目に涙を溜めて
「...ねぇ、私っ、なにか出来たかな?」
「...」
「ずっとぐるぐる考えてるの。平気って思ったり、やっぱダメだってなったり...わ、たし、ほんの一回でも勇気が出れてばなにか変えることが出来たんじゃないかってっ、どんな気持ちでいればいいかわかんなくて、ずっと胸が苦しくて、凄く、痛いのっ...」
彩の赤い瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。
「...」
「ごめんねっ...、私がッ泣いたってッ!何にもならないのにっ」
彩は崩れ落ちるように俺の膝に額を擦り付ける。
「別に」
俺は、彩の肩甲骨あたりを摩って答える。彩の涙を見たのはこれが初めてだ。前の1ヶ月でも泣かず、二回ぐらいしか話しかけてこなかった。話しかけても無視をしてたというのもあるだろうが。
でも、ちゃんと応対をすれば感情を見せてくれる。
きっと、一樹も、そうだった。誰でもこうだった。
...
彩が泣いたあと、他の女子も泣き始めてホームルームが潰れて、その後の授業も、女子を始め、クラス全員が半泣きで授業するという、少しカオスな状態で一日を終えた。
家に帰って、玄関を開けると、革靴で玄関が埋めつくされていた。
「あなた方が一樹の命を奪ったんです!」
「お母さん、落ち着いて...」
「五月蝿い!」
言い争いとも言えない会話を聞いて俺と大きくため息を漏らす。「はぁ」
今日は一樹の事務所の人や、グループが家にして全員で頭を下げたんだった。前は邪魔だと自分の部屋に押し込められたんだ。
(やってやるか。小さいが...)
足の踏み場もない玄関の靴を置いて、一樹のスマホを取り出した。カメラをつけて足早でリビングに向かう。
スーツの男が六人ほどいて、装置の四人神妙な面持ちで俯いて、あと二人は暴れる母をなだめながら抑えていた。
「何してるんですか?」
俺が声を出すと、母はピタリと止まり、俺を睨みつけた。
「晶、何してるの?なんでただいまの前にこの人達に話しかけてるの?何で?帰ってきたらまず私にただいまでしょ!晶でお母さんを無視しないでよ!!」
と暴れる母に一歩足を近づけて、
「...、ごめんね母さん。ただいま」
母親の首元を見た。顔が見れない。服も、よく分からない。でも、精一杯声を出した。
「...、晶、一樹に似てきたわね…一樹になろうとしてるの?」
「は?何言ってんだよ...俺は...」
「ふははは!馬鹿みたい!私が産んだのに、一樹になろうとするなんてはははっ!」
と高笑いする母が魔女や化け物のように見えた。母フラフラしながら椅子に座り、死んだ目でギロリとメンバーを見た。メンバービックリと体を揺らして口を噤んで俯く。
「ねぇ、あなた方?私の息子を弄んで楽しかったですか?悪口を言って、体を押したり、わざとミスさせたり、物を隠すのは楽しかったですか?心をから絞め殺すのは楽しかったですか?笑っているから許されているように思いましたか?」
「「「...」」」
俺は自分のスマホをよく見えるようにテーブルに置く。
「母さん、やめろ」
「晶、どうして?聞きたいでしょ?」
「いや、聞きたくない。聞いたって出てくるのは言い訳だけだよ」
「一樹がならいいじゃない!少しでも一樹が死んだ理由になるなら!そんな理由があるなら!いいじゃない!ねぇ、あなた達、そうなんでしょ?一樹が悪い事したか、憎かったからいじめたんでしょ?!そうなんでしょ?だとしたら謝るからそうだと言ってちょうだい!ねぇ!」
「母さん!!」
「お願いよォ、ねぇ...ひっぐ、ねぇえぇええ!うわあああぁぁぁん!」
泣きじゃくる母を横目に俺はメンバーとプロデューサーと思われる人に視線を送って、
「すみません、今日はもう帰ってください」
「分かりました。詳細に関しては後日にします」
一番歳が高そうな人がそう言って頭を下げると、メンバーとプロデューサーと思われる人が、続けて頭を下げる。
「本当に、申し訳ありませんでした」
「...もういいですから、帰って下さい」
「...はい」
メンバー達は頭を上げて、荷物を持って足早に玄関に急ぐ。靴を履いている後ろから、俺はメンバー達に話しかけた。
「あの、聞いていいか?」
「はい」
プロデューサーが顔をこちらに向ける。
「あんたらか見て、一樹は優しかったか?」
メンバー達は少し固まって、そのうちの一人が顔を上げて、俺を見定めるように下から上へと見る。
「何で、そんなこと聞くのかな?僕ら、君からしたら憎い相手でしょ?」
「憎い相手だったら兄弟のこと聞いちゃいけないのかよ」
「...、優しかったよ。凄く」
「だから調子乗った。と?」
「そう、だね。反省してる」
「反省してアイツが帰ってくんなら苦労しねぇんだよ」
「うん...」
メンバーがドアをかけると、プロデューサーが囁いてきた。
「本当に一樹くんにそっくりだね。笑顔になれば可愛いのに」
口元を見ると、煙草だかで黄ばんだ見せて笑っている。肌荒れしてる頬を上げて、楽しそうに。
「...」
「顔いいんだが、一樹後釜としてうちに来ない?」
「...はぁ」
俺は一歩下がって拳を力いっぱい握りしめて、プロデューサーの顔面にねじ込んだ。
「ぐぁあ!」
プロデューサーがその勢いで、空いたドアの外に倒れた。
「あ、悪いな。不審者が居たからつい」
「お、お前!こんなことしてタダで済むと思うなよ!」
「あっっっっっそ。地べた這いつくばって喚いてた方がお似合いだよ。セクハラパワハラゲテモノ野郎」
「ふふ」と横から小さく笑い声が聞こえそちらを見ると、さっき受け答えたやつが笑っていた。
俺はソイツも胸ぐらも掴んで、顔面に一番強い力で頭突きを食らわせた。
アイドルとか知るか。
「いっだぁ!てめぇ、アイドルだぞ!なに商売道具傷つけてんだゴラァ!」
「はっ!そっちが本性かよ。いいじゃねぇの?馬鹿面がよく見えるぜ?」
「んだとてめぇ!」
「いい面だな、携帯に残しといて正解だった」
「はっ!お前の携帯はリビングだろ」
俺は一樹のスマホを見せた。
「あるけど?」
「てめっ!」
俺の手から一樹のスマホを取ると、画面を見て一瞬で青ざめる。そしてそのまま座り込んだ。
「嘘だろ、何で配信して…なんでこんなに見て!」
「一樹のアカウントだからな。つか、いじめの主犯お前だな」
「うるせぇ!なんで、そこまでして!お前の人生も終わるぞ!」
俺はもう一度主犯の胸ぐらを掴んで
「だから?一樹が死んだ時点で俺の人生終わってんだよ」
一発また顔面を殴りつける。
「ガッ!」
「コレ、さっきの見定め料な」
「テメェ…」
俺は動かなくなっているプロデューサーの胸ぐらを掴んで、
「さっきのセクハラ発言もちゃんと流れてますからね?」
「そ、そんなっ!俺は、俺はなんにもして…グアッ!」
さっきより的確に顔面を殴る。
「さっきのは俺、今のは一樹です。んじゃ」
一樹のスマホを取って、主犯を追い出す。残った二人を掴む。
「お前ら、黙ってれば済むとこもうなよ。止めなかった時点で動かなかった時点でテメェ等も立派なクソ野郎だよ」
そのまま放り出して、玄関のドアを閉める。そのままドアに背中をつけて、体が玄関でズルズル崩れた。
「はぁ。終わった…」
スマホの配信を切って、立ち上がる。
「はぁ」
「晶」
「うおぉお!びっくりした。母さん」
「どうしたの?」
「な、なんでもない」
「事務所の人達、帰った?」
「うん…」
疲れたのか、母は眠そうに目を擦る。
「今日はもう寝た方がいいよ」
「そうする」
母は踵を返して、ノロノロと二階へ上がっていくのを見届けて、俺はリビングに戻る。力がどっと抜けて強い眠気が襲ってきた。
「ハハッ、やった。やってやったぞ。一樹確かに、彼奴らキメーワ」
視界がだんだん暗くなって、瞼が閉じていく。
「一樹…早く、会いてぇな」
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