一樹が死んで1ヶ月
放課後の校舎裏、顔を赤らめた後輩が「付き合って下さい!」と頭を下げる。俺は心のどこかでまたかと呆れた。
「一樹と近づくつもりなら俺は宛になんねぇぞ」
「へ?違います!私は...」
「違うなら話しかけないでくれる?時間の無駄。じゃ」
「あ...」
その場を離れると、赤茶色の長い髪が俺を呼び止めた。
「ちょっと晶!」
活発な声に振り返ると、満月彩(みつきいろは)が居た。赤茶の長い髪に童顔の大きな瞳。赤みがかった茶色い目は身長は小柄で、性格は明るいのに、何処か儚げな奴。一樹の大ファンで、俺に毎日一樹のサインをねだってくる腹立つ迷惑女だ。
「なんだよ」
「なんだよじゃないよ!あの振り方は酷いよ!女の子泣いてたし!」
「うるせぇな。いちいち意見してくんなよ」
「ちょっと!」
彩を通り過ぎて、そのまま俺は帰る。
「お、晶じゃーん!おっひさ〜!」
「グッ!...一樹」
帰り道、明るい声で俺の肩にのしかかって来たのは双子の兄の一樹だ。
一樹は最近巷を騒がせている四人アイドルグループ『ho-ri-do-nattu』略してホリドの末っ子担当。昔から子役をやっていたからその繋がりらしい。癖毛の金髪に長い睫毛。緑青の瞳は俺と違って活発的でいつものほほんとして何も考えてないようなのに実はよく周りを見て細かい現金なヤツ。
(末っ子とか言ってる割に俺の兄貴じゃねぇかよ)
言っとくが俺は金髪じゃなくて青髪だし、癖毛じゃねぇし。多分少し俺方がつり目だ。
コイツと違って人が周りにい無いし、俺は大体教室の隅で本を読んで、一人孤島を貫いている。
「なになに〜?久しぶりのお兄ちゃんを睨まないでよぉー二へ!」
「ウザイ」
「そんなこと言って〜俺に会えて嬉しいでしょ?」
「嬉しくない。てかテレビで死ぬほど見てる。近づくな。目立つ」
「なんだよ〜」
「毎朝お前のサインねだられるこっちの身にもなれよ」
「あ〜!あの、彩ちゃん?だっけ?」
「そう」
「え〜、直接来てくれればいつでも書いてあげるのに〜」
「直接もらう心臓ないんだと」
「あはは!あの子ほんと面白いね〜でも、サイン会とか握手会にはよく来てるよ?あの子」
「俺から貰う必要ないじゃねぇか」
「きっと、晶と喋りたいんだよその子」
「どうだか」
「あはは〜あの子と一度くらいはクラスメイトとして話したかったな〜」
「?、明日とか話せばいいだろ。仕事午後からなんだし」
「あ〜ね。確かに.........なぁ、お前学校楽しい?」
「は?何?キモイ」
「ひっどーお兄ちゃんが心配してんのに〜」
「はぁ、楽しいよ。お前が居ないからな」
一樹は立ち止まって、泣きそうな声で言う。
「晶…そんなに俺が嫌いか?」
俺は振り返ってしっかりと樹の緑青の目を見て言う。
「…嫌いだよ。心から」
「そっか...」
一樹は泣きそうな顔で苦しそうに笑って答えた。
その酷い顔に、自分の喉が締められた気がした。でも、嘘だと決めてつけて帰路に顔を戻した。
次の日
その次の日
その次の日のその次の日
その次の日もそのその次の日も
その次の日もその次の日もそのその次の日も
その次の日は一樹が居なかった。
一樹が自殺した。学校の屋上から飛び降りた。遺書もあった。原因は、メンバー内の虐めとプロデューサーのパワハラらしい。
両親は事務所と管理が甘かったと学校を訴えた。ニュースは一樹の報道でもちきりになった。
でも、それはほんの一瞬だけだ。
一ヶ月経てば、もうそんな話題は売れないネット記事の片隅にしか出ない。
薄暗い、カーテンの締切ったリビングで、それを携帯で見ながら何事もなく、何も感じないように過ごしていた。
「晶」
ぞっとする様な低い声で母に肩が上がる。
「あ、えっと、何?母さん?」
母はボロボロで亡霊の様な足取りでこちらに近づく。
「ねぇ、なんで一樹が死んだと思う?」
「え?......えっと」
「なんで答えられないの?」
「こ、答えられないとかじゃ...無いよ...」
俺は、胸元まであげた視線を隣の家具に逸らす。
「じゃあ、何?」
「な、なにって...えっと...母さん、寝た方がいいよ。さ、最近、裁判とかで疲れてるんじゃない?」
「疲れてるって何?私、みすぼらしいの?アンタから見て」
「そんなこと一言も言ってないだろ」
「言ってるじゃん!そういう風に!そういう事でしょ?!」
「...お、落ち着けよ…本当に」
母は俺の胸ぐらを掴んで八つ当たりのように怒鳴り散らす。
「落ち着けって何?!アンタは気楽でイイわよね!嫌いなお兄ちゃん死んだから清々してるんでしょ?!ずっと一樹の事悪く思っていたものね!良かったわね!」
「...」
「なんで黙ってるのよ」
「...ごめん」
「なんで謝るの?謝るような事したの?」
「...」
「何で?ねぇ?何で!答えなさいよ!」
「...」
「ハァハァ、アンタが一樹殺したんじゃないの?」
「え?」
「晶が一樹を殺したんじゃないの?」
「...ち、ちが...」
「返してよ」
「一樹を返してよ!」
「...っ」
フローリングの床に数滴水が母から溢れた。きっと涙だ。
なぁ、一樹、なんでお前は死んだんだ?こんなに執拗とされてるのに。
『...嫌いだよ。心から』
『そっか...』
っ、あ...あぁ。違う、違う!俺は、俺は!!
頭の中に映るのは一樹の苦しそうに無理に笑った顔。
「ッ...」
「なんでアンタが傷付いた顔すんの?辛いのは私でしょ!」
下唇を噛んで喉から出そうな言いたいことを全て飲み込む。母が俺に飽きたように手を離し、よたよたとリビングを出る。
残された俺は部屋着のまま家を飛び出した。
あの家に居たくなかった。
一樹が残るあの家に、一樹の残像を見る、一樹に縋る母がいるあの家に。居たくなかった。
空が嘲笑う様に太陽を覆い隠して薄暗い曇天へと変えて、俯いて歩いていた足がだんだん早くなっていく。
「ハァハァ、はぁ!」
足が痛い、肺が痛い、喉が痛い。
当てもなく、追いついていられない。ひたすら足を動かして走る。
雨がポツポツとふりはじめても、引き返す気に離れない。足を止められない。
一樹が死んで、今日で一ヶ月。
ちゃんと分かってる。数えてる。
俺は昔一樹とよく遊んだ稲荷神社に来ていた。小さくて、鳥居がいくつも並んでいて…空っぽと憎悪か分からない感情がぐるぐるする中、小さな賽銭箱を掴んだ。
一樹が死んだのは、いじめじゃない学校のせいじゃない。
…...俺だ。
俺が一樹を殺した。あの帰り道、一樹は俺に助けを求めたんだ。助けるどころか、俺は縋られた手を振り払った。最悪な方法で。
「なぁ、神様。なんで一樹なんだ?なんで俺じゃないんだ?要らないのは、俺なんじゃないのか?」
時折暖かい粒が頬を伝う。
「悪かったよ。一樹が嫌いなんて言って。頼むよ、一樹と俺を取り換えてくれよ!!」
『それは、嫌です。ですが、あの方がなくなっているのはとても悲しゅうございます』
社から高い声が聞こえた。
「は?誰だ?」
『何時だかの狐で御座います。私には命を吹き返すことは出来ませんが、戻す事なら出来ます。ですが...貴方次第に御座います』
「何言…て…」
視界が眩しくなって、意識が途切れた。
『健闘を祈ります』
目を覚まして、携帯を見ると土曜日を指していた。昨日だ。
「時間が戻ってのか?」
「ゴハンゴハン!ハヤク!!!おきろっ!!!!」
ヒステリックな母の声。俺は急いでリビングに向かった。リビングの真ん中で裁判資料を撒いてひたすら書類に書き込みをする。
「ごはん、はやくごはん。おかあさんやりたくない」
「う、うん」と蚊の鳴くような声で返事をしてそそくさと昼ご飯を作り始める。
「ねぇなんであんたがしななかったの?わたしにとっはいつきのほうがだいじなのに」
一樹が死んでからの母の小言だ。いつもの事だ。そう流して心に波を立てないようにする。
鍋に入れた水が少しずつお湯になっていく。
『貴方次第御座います』
そうか。俺次第か。ならやるよ。俺は一樹の生きた未来を作る。俺が代わりになったとしても
それが俺の償いだ。
沸騰した鍋の火を叩きつけるように消した。
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