第236話 死霊作戦
「公! 蛮族の別部隊が突入してきます!」
「そのままでよい。戦術など考えるな、とにかく蛮族の数を減らすのだ」
「ハッ!」
打って出た八百の騎士は、蛮族軍の前衛を散々に打ちのめした。
しかし対する蛮族軍は正確な数を掴めないほどの大軍である。
崩壊した前衛に直ちに別の部隊が入って来て、騎士たちは終わりの見えない持久戦の様相を呈していた。
「公!」
首吊り公の元へ、リセがやってきた。
彼女自身は手傷を負っていないが、返り血で血みどろである。
「ヴァイルが押されています! このままでは全体が崩れかねません!」
ヴァイルは中指筆頭の女騎士だ。
身長二メートル余ありながら均整のとれた肉体を誇る
好戦的な性格で、最近では「ヴァイルは巨人の末裔」と揶揄った騎士を半殺しにした事があった。
そんなヴァイルが押されるのだから、リセは
「崩れるな。耐えられぬなら後ろに下がってよい」
「後ろといっても! もはや自軍は後衛も何もない状態です!」
すると首吊り公は片眉を上げてリセを見つめた。
「私の後ろに下がれと言っておるのだ。お前たちの主人は絶対に崩れないからな?」
それを聞いたリセは目を剥き、口をへの字に曲げた。
「~~ッ! 我ら
「何を大袈裟な……。〝骨姫〟もおる、どうとでもなるから休め。ほれ、噂をすれば――」
リセが振り向いた瞬間、戦場の一区画に轟音と土煙が巻き起こった。
クリスタの天馬から落下してきたロザリーが、翻した
〝野郎共〟はその数多の数による質量をもって足元の蛮族共を圧し潰した。
続いて外側にいる〝野郎共〟は周囲に得物を突きつけながら円陣を形成する。
中心部の〝野郎共〟は積み重なって丘を作り、その頂上では無数の骸骨の手が空へ掲げられ、それら手の上にロザリーが着地した。
そうしてロザリーが骨の頂から戦場を睥睨すると、蛮族共は死神でも見たかのように震え上がった。
その様を見たリセが呻くように言う。
「まさに骨姫……」
首吊り公が笑う。
「貴様まで圧されてどうするか」
「は……」
「〝骨姫〟はくさびを打ってくれたのだ。見てみろ、ヴァイルが片面だけの対応でよくなった」
「あっ。たしかに」
「貴様もゆけ。ヴァイルの後方から入り、前方へ一気に突き抜けろ!」
「ハッ!」
威勢よく返事して駆けていくリセの背中を見て、首吊り公は呟いた。
「若者を導くは先達の務め。とはいえ、自分で戦ったほうがやはり楽よなァ……」
外へ打って出たハンギングツリー軍は、日暮れ前には城壁の中へと戻ってきた。
首吊り公にラズレンが報告する。
「討った敵はおよそ三万! 対して我が軍の被害はゼロ! 完勝です!」
「巨人が一体も出なかったからな。奥に隠して見せぬつもりか、それとも見せるほどの数がもういないのか……」
「お喜びにはならないのですか?」
「喜んではいるぞ? これで次の段階へ進める。……おっ、ちょうどいいところへ」
ラズレンが見ると、ロザリーがこちらへ歩いてくるのが見えた。
隣のクリスタと何やら話している。
「お疲れ様っす、〝骨姫〟様!」
「お疲れ様、クリスタ。……あのね、あなた天馬から私を落とすときに変な台詞言うじゃない? あれ、やめてほしいんだけど」
「う、それは……できかねるっす」
「よろしくね。……って、できかねるって何よ?」
「では失礼するっす!」
「あ、ちょっとクリスタ――もうっ!」
すたこら逃げていくクリスタの背中を見て憤慨するロザリー。
そんな彼女に首吊り公が声をかけた。
「機嫌がいいな、〝骨姫〟?」
ロザリーがぷうっと頬を膨らませる。
「ど・こ・が・ですか、ヴラド様!」
「
「数は十分で位置もいい。上々かと思います」
「明日が楽しみだな。あとは果報を寝て待つか」
それを聞いたロザリーは、げんなり顔で言った。
「……ご冗談を。私はこれから徹夜仕事なのに」
「フ、悪かった。少し仮眠しておけ」
「言われなくともそうします!」
ロザリーは不機嫌そうに城の中へ入っていった。
「ん~む、怒らせてしまったか。若い娘は難しいな……」
首を捻る首吊り公に、ラズレンが言う。
「よくわかりませんが、一人で徹夜なんて誰でも嫌でしょう。それを揶揄うのはよくありません。ご冗談も時と場と相手を選ばなければ」
「確かにそうだ。ではラズレン、〝骨姫〟の徹夜に付き合ってやれ」
「ハッ。……ハッ!?」
すでに首吊り公はラズレンを置いて歩き出していて、振り向きつつラズレンを指差して言った。
「命令だ。違えるなよ?」
「そんなぁ……」
「ハハハ……!」
そして夜が明け――次の日の早朝。
昨日の戦場となった平原には白い
王国人から悪鬼のごとく忌み嫌われる蛮族ガーガリアンだが、彼らにも文化があり、言葉がある。
今日も蛮族陣営では、彼らの言葉が飛び交っている。
「おーう」
「おう。久しぶりだな」
顔に傷のある蛮族の戦士がやってきて、そこにいた髭の戦士と挨拶を交わす。
この二人は里が近く、戦の前から顔見知りであった。
「昨日は散々だったなァ」
「ああ、散々だった。
「うちの村の戦士団は半壊だ。これだけやられたんだから今日から後詰めに回れると思ったんだがよう」
「今日も前だな。まァ、一列目じゃないだけマシだ」
「でもよ、山向こうの連中はずっと本陣と後詰めにいやがるぜ? 戦う気がねえんだよ」
「構うもんか。臆病者は
「確かにな。臆病者は戦士じゃねえ」
「ん……始まるぞ、もうすぐ靄が晴れる」
「おう。……うちの連中はどこだ?」
傷の戦士がピィーッと指笛を吹くと、彼の仲間たちが集まってきた。
「いたいた。靄で迷ってたか。ところで、お前の里の戦士はどこだ?」
すると髭の戦士は遠い目で言った。
「みんな昨日逝ったよ」
「おう、そりゃあ……すまん」
「何も。先に
「だな。ようし、俺らも行くかァ、
「「おーう!」」
傷の戦士の仲間から勇ましい声が上がり、それを見た髭の戦士は嬉しくなった。
全身が戦意で満たされ、勝ち負けの先にある戦士の極意に届いた心地がしていた。
しかし、それもつかの間。
「――あん? 何だ?」
まだ靄で見えない、軍勢の最前列辺りで騒ぎが起きている。
どよめき。悲鳴。強張った怒鳴り声。
騒ぎは靄の中で波のように広がっていく。
そのうちに前から戦士たちが何人もやってきて、傷の戦士たちを通り過ぎて後方へ下がっていく。
引き上げてくる戦士たちの波が途切れない。
「おい! 何があった!」
混乱して逃げ惑う他所の氏族を捕まえ、話を聞く。
しかしそいつは、怯えて前方を指差すだけで、震えて言葉にならない。
しびれを切らした傷の戦士は、仲間を連れて前線へと向かうことにした。
前線はまだ靄が濃く視界が悪い。
前線の戦士たちはほとんどが後退したのか、姿がまるで見えない。
その辺りは昨日激戦地となった場所であり、蛮族の死体がゴロゴロしている。
「……動いた?」
仲間の蛮族が死体を指差して言った。
「カラスだろう」
「いや、でも何か」
「何を怖がってる」
すると髭の戦士がついてきていて、その彼が言った。
「いや。何か様子がおかしい」
戦士たちは靄の中で、そこに潜む得体の知れぬ何かを見落とさぬよう、目を皿のようにして前方を見つめる。
「……あ、え?」
仲間の蛮族が指差した。
蛮族の死体の中に、立ち竦んでいる戦士がいる。
よく見ると、まだいる。
白い靄の中に浮かんだシルエットは一人や二人ではない。
今も一人、身体を無理やり起こすように立ち上がった。
「生き残りがいたのか……?」
と、そのとき。
冷たい風が野に降りてきて、軽く渦を巻いてから吹き抜けていった。
靄が風にたなびくようにして、薄まって消えていく。
見通しが利くようになったその場所で、傷の戦士たちは信じられないものを見た。
「ッッッ!?!?」
「うああああアアァァッ!!」
それは生き残りではなかった。
彼らは確かに死んでいた。
肩から腹まで斬られて臓物がこぼれた戦士が、
頭蓋を割られて目と目が離れてしまった戦士が、
圧し潰されて半身が平べったくなった戦士が、
土気色の肌と白濁した瞳で、こちらを見ている。
「なんだよ、これ……」
「なんでこいつら、戦で死んだのに
「……行けないんだ」
蛮族の死体が次々に立ち上がる。
彼らは痛々しい身体を無理やりに起し、足を引きずり、得物を杖にして、こちらへ向かってくる。
一人の戦士が叫んだ。
「死んだら俺たちもああなるぞッ!!」
そして次の瞬間、怯えとも嘆きともいえぬ叫びを上げて、脱兎のごとく逃げ出した。
得物すら捨てての全力の逃げである。
「おい、待てお前らッ!」
傷の戦士が仲間を捕まえようとするが、彼らも必死。
「~~ッ、無理か! おい、俺たちも逃げるぞ!」
傷の戦士はそう言って、その場に残っていた髭の戦士の腕を掴んだ。
しかし髭の戦士は腰を抜かしたのか、その場に膝から崩れて立てなくなった。
「おい! おい、立てって! くそっ!」
傷の戦士が羽交い絞めにして引きずって逃げようとする。
だが生き残りの戦士は完全に脱力していて、とてもそのまま逃げられそうにない。
おぞましい死体の群れは、すぐ目の前まで迫っている。
「~~クソがっ!」
傷の戦士は髭の戦士を諦め、背中を向けて駆けだした。
一人取り残された髭の戦士が、ぼそぼそと呟く。
「何でだよ……お前ら……
視線の先には、彼が昨日失った仲間の不死者たちがいた。
「こんなの……死に損じゃねえか……かわいそうになあ……」
涙を浮かべた生き残りの戦士は、死体の群れに飲み込まれて消えた。
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