第232話 バファル卿と司祭長

 ボーゴンらが捕縛され、会議室から連れ出されていく。

 ラズレンは孫娘をしっかと抱く城主ダグラスに話しかけた。


「ギリギリでしたな、ダグラス卿」


 城主ダグラスが頷く。


「助かったよ、ラズレン卿。……情けない限りだ。儂はボーゴンあれのことを甘く見ていたようだ」


 すると横からリセが嫌味っぽく口を挟んだ。


「ラズレ~ン。ほんとにギリギリだったよねぇ?」


 ラズレンが眉を寄せると、さらにリセが言う。


「だから私、言ったじゃん。王命が届くのなんか待たないで突入しようって。あんた慎重過ぎるよ」

「仕方ないだろう。こんな状況だとは誰も思わん」

「わかってないなぁ。何が起こるかわからないから先手を打つんだよ?」

「もう言うな、リセ。今更だ」

「はいはい」


 ラズレンらが会議室を出て、連行されるボーゴンらを追う。

 蜂の巣城の大広間には連合騎士千名がひしめいていて、その様子を静かに見つめている。

 ラズレンが声を潜めてリセに問う。


(本当に説得できているな?)

(しつこ! できてるって)

(この場でこの人数の騎士に襲いかかられたらひとたまりもないからな)

(わかってるって。騎士団長の中に下っ端思いの人がいて、その人に説得してもらったの)

(ほう。どの御仁だ?)


 リセは黙って人だかりの中に指を差した。

 腕組みしてボーゴンの連行を見つめる中年騎士がいる。

 一般の騎士のように人だかりにいるので一見するとわからないが、注目してみるとたしかに威風と落ち着きが感じられる。


「会議室にいなかった時点で信用できるかもな……彼に任せるか?」

「いいんじゃない? 私らがやると、その指が欠けるし」

「行ってくる」

「行てら~」


 ラズレンは一行と別れ、人だかりの中へ入った。

 騎士らをかき分け、目的の騎士団長の元へ向かう。


「失礼、騎士殿。ご尊名を伺いたい」


 ラズレンが問うと、件の騎士団長。


「私か? バファルという。連合騎士団長の末席にいる者だ」

「バファル卿。私は吊るし人ハングドマン親指一番隊筆頭、ラズレンです。お見知りおきを」

吊るし人ハングドマン……」


 バファルがそう呟いた瞬間、周囲の騎士がラズレンに立ち塞がるように間に入ってきた。


「……よせ、余計なことをするな」


 バファルはそう言い、騎士たちをどけてラズレンに近づいた。


「王命のことは聞いている。私も騎士団長の一人、この罪からは逃れるつもりはない」 


「そんな、バファル卿!」

「あなたは悪くない!」


 周囲の騎士たちが、悲愴な面持ちで異論を唱えるが、バファルはそれを笑顔で制した。

 バファルは胸を張り、堂々と両手をラズレンの前に差し出す。


「手間をかける、ラズレン卿」


 しかしラズレンはバファルの両手首を前にして、困ったように頭を掻いた。


「弱りましたな。捕縛のために声をおかけしたわけではないのですよ」

「何? どういうことだ?」

「総帥代理。ここに残った千名の連合騎士の統率をお願いしたく」


 バファルは目を丸くした。

 周囲の騎士が一斉に歓声を上げる。


「おお!」

「ようございましたな、バファル卿!」

「実に相応しい!」


 しかしバファルは暗い表情でポツリと言った。


「できぬ」


 周囲の騎士たちが一斉に押し黙り、ラズレンが尋ねる。


「なぜ?」

「私には確かに罪があるからだ」

「罪と言いますと?」

「撤退戦で反転応戦したのは私の騎士団だ。小勢だが、少しでも民を守れればと思い」

「ほう」

「だが後方にいた他の所属の騎士たちまでもが、我々に呼応してしまった。それぞれが、個人個人でな」

殿しんがり近くにいる騎士たちには迫る敵が見えておりますからな。まあ、そうなりましょう」

「私の騎士団に被害はなかった。しかし、指揮もなく個人で応戦した騎士たちは次々に倒れていった。……私は自分の周囲を優先し、彼らを見捨てた」

「ふぅむ。お聞きする限り、罪と言えるかどうか……現実的な判断なのでは? 人は手の届く距離に限界がある。いっぱいに腕を伸ばしても、助けられぬことがあるのが現実です」

「かもしれん。だが、総帥代理に相応しいとも思えない」

「なるほど。お気持ちはわかりました。……では、周りの騎士諸兄はどう思う?」


 話を振られ、周囲の騎士たちがざわついた。

 話は瞬く間に伝播して、大広間の端にいる連合騎士まで伝わる。

 間を取って、ラズレンが再度問う。


「私はバファル卿を捕縛すべきであろうか? 彼の罪。そして今、この現状を踏まえた上でどうすべきか? 皆の忌憚なきご意見を伺いたい!」


 すると口々に騎士たちが意見を唱えた。


「バファル卿に罪はない!」

「あの状況を作ったボーゴンの罪だ!」

「私はバファル卿の下でこそ、命を懸けたい!」


 バファルは目を細め、ラズレンを見つめた。


「このやり方は卑怯だ、ラズレン卿」

「バファル卿。私にも都合というものがあります」

「ほう。どんな?」


「我ら吊るし人ハングドマンは、もう一つめいを受けております。それは蜂の巣城を包囲する蛮族五十万の殲滅でございます。連合騎士の助力なくともやり遂げる覚悟でおりますが、助力があれば容易い。しかしそれは〝統率の執れた千名の魔導騎士〟の助力です。ボーゴン指揮下にあったような役立たずの千名ではない」


「……」


「我ら吊るし人ハングドマンの筆頭の誰かが指揮をするという手段も一応はあります。しかしその場合、その筆頭は連合騎士の取りまとめに全精力を傾けることになる。つまり、吊るし人ハングドマンの指が欠けることになる」


「……だから、私にやれと?」


「命令はできません。侵略者の軍勢と、あなたにしか指揮できない千名の騎士。これらを前にして、なおご自分の罪悪感を優先していじけて・・・・おられたいのであれば、お好きになさればよろしい」

「フン、辛辣だな。実に首吊り公のご配下らしい!」


 バファルが苛ついてこちらを睨んだ瞬間、ラズレンは「勝った」と確信した。

 怒りは行動の源泉。

 誇り高い騎士の誇りを刺激できたのだから、あとは流れに任せればいい。

 思惑通り、バファルは連合騎士らに向き直り、よく響く声で宣言した。


「私が卿らの指揮を執る! だが……後悔するなよ? 私はボーゴンのようにぬるくないぞ?」


 連合騎士たちは熱を帯びた目で、口元を緩ませて頷いている。


「蜂の巣城下の蛮族共を叩く! 剣の錆を落とし、鈍った魔導に鞭を入れろ!」


 オウッ!! と一斉に声が上がり、連合騎士たちはそれぞれに喜び合い、士気を高め合った。

 それを見届けたバファルが、ラズレンを振り返る。


「だが。城からただ、打って出るではボーゴンと変わらんぞ?」


 ラズレンが首を傾げる。


「今の意気軒高な状態での突撃ならば、それでも十分に勝機はありますがね。もちろん、策は講じてあります」

「どのような?」

「我ら吊るし人ハングドマン五百はブラン砦より出撃します」

「……迂回して、蜂の巣城を囲む蛮族の後背を討つのだな?」

吊るし人ハングドマン五部隊にブラン砦の騎士団を加えた六部隊が別々の方面から同時に突入します。連合騎士には蛮族軍が十分に乱れた頃を見計らって打って出てもらえれば――」

「――余力を持って勝てるであろうな」

「必ず。バファル卿のおかげですな」

「何を。ラズレン卿が連合騎士を指揮しても、さして変わらなかったろう」

「いいえ。私にはこのように連合騎士たちの士気を上げることはできますまい」


 二人が連合騎士たちの様子に目を向ける。

 互いに声を掛け合い、笑みを溢す者が多く見られる。

 それは命を懸けた戦いに赴くからには納得して行きたいからであり、現状に希望を見出したからであった。


「では、私は急ぎブラン砦に戻ります」

「そうか。忙しない男だな?」


 バファルが意地悪くそう言うと、ラズレンは申し訳なさそうに笑った。


「ランガルダン要塞より三千人の民が避難してくるのです。その前に片を付けよと首吊り公より厳命が……」

「なるほど、ダレンの民か。なれば仕方ないな――」


 そうして二人が別れようとした矢先、大広間をつんざく大声が響き渡った。


「離せェェえ! 私は悪くないぃぃッ!!」


 大広間にいる騎士たちの目が声の主に集まる。

 それは司祭長の大声で、小柄で若い騎士に首根っこを捕まえられていた。

 ラズレンはバファルの元を離れてそちらへ歩いていき、小柄な騎士に話しかけた。


「どうした、フィン?」


 するとフィンと呼ばれた小柄な騎士は、こちらに人懐っこい笑顔を向けた。


「やあ、ラズレン。こいつの扱いに困っちゃってさ」


 フィンは小指五番隊筆頭の騎士で、諜報・工作を得意とする騎士だ。

 首吊り公にその能力と人たらしな性格を買われ、まだ十七ながら吊るし人ハングドマン筆頭に抜擢された逸材であった。

 司祭長はフィンに首を押さえられたまま、手を擦り擦りラズレンに言った。


「おお、ラズレン卿! あなたは吊るし人ハングドマンきっての知性の持ち主とお聞きしますぞ! この野蛮な子供フィンに言ってやってくださいませ! 私の処罰は王命には記されていないと!」


 ラズレンが首を傾げる。


「ん、まあ王命には確かにないが。……しかし、な」


 ラズレンも好意的でないと見るや、司祭長は目を血走らせて叫んだ。


「私は悪くないッッ! すべてはあの男・・・のためにやったことだぁッ!!」


 指の先には騎士に連行されるボーゴンがいた。

 ブラン砦へのトンネルの前に立ち止まり、司祭長の叫びに目を剥いて驚いている。

 ラズレンがぼやく。


「なんでまだ移送していないんだ。……リセっ!」


 ラズレンが呼ぶとトンネルからリセが出てきて、ボーゴンを連行する騎士たちをトンネルへ押しやってからラズレンの元へやってきた。


「や~、ごめんごめん。騎士団長たちが往生際悪くてさ。ボーゴンは大人しいから後回しにしちゃった」

「にしてもボーゴンが先だろう?」


 言い合いになりそうなラズレンとリセの間に小柄なフィンが入り込む。


「まあまあ。筆頭三人いるし、司祭長の処遇を決めようよ?」

「ん、そうだな」「おっけー」


 そして吊るし人ハングドマンの筆頭三人が、冷たい目を司祭長に向ける。


「……っ、ちょっと待て。お前たちのような若造が決める? 私の処遇を? ここでか?」


 リセが鼻で笑う。


「そう言ったろ、おっさん」

「ふっ、ふざけるな! なんで貴様らごときが西方教会司祭長である私の処遇を決められる!?」

「権限はありますぞ」


 とはラズレン。


「王命に『その他の者の処遇は首吊り公に一任する』とあります。そして我々は公より王命の遂行を任せられている」

「いや! いやいやいや! それは騎士団長たちのことだろう!?」


 リセが笑う。


「バッカだねぇ、おっさん。その場合は『騎士団長ら』と書くよ。わざわざ『その他の者』と含みを持たせている意味を考えようよ?」

「それでは連合騎士の誰でも『その他の者』としてお前らが処罰できてしまうだろうがッ!」


 フィンが首を横に振る。


「ないない。『一任する』ってことは『お前の責任でやれよ?』ってことさ。公が陛下よりお叱りを受けるようなことを僕らはしない。でも、あなたは大丈夫。むしろ処罰しないほうがお叱りを受ける。自分の胸に手を当てて考えてみて?」

「……ぬぐぅ」


 司祭長が黙ったところで、ラズレンが言う。


「では決を採る。司祭長殿を放免し、あとは王宮と教会に任せるべきだと思う者」


 三人のうち、誰も手を挙げない。

 司祭長はがっくりと肩を落とした。

 ラズレンが続ける。


「では、司祭長殿をボーゴン総帥及び騎士団長らと同列の罪に問うべきだと思う者」


 すると、またしても誰も手を挙げなかった。

 司祭長の顔がパアッと明るくなる。


「おお! おお! やはり吊るし人ハングドマンは私の価値をよくわかっておいでだ――」

「――では、司祭長殿をこの場で処刑。首を晒すべきだと思う者」


 三人が揃って手を挙げた。

 司祭長はあんぐりと口を開けて固まった。

 ラズレンが言う。


「決まりだな。さっさと済ませてしまおう」


 すらりと剣を抜くと、司祭長は全身全霊で懇願した。


「ちょ待っっっッッ!! ……お願いだ、待って?」

「何だ、司祭長殿」

「あんまりではないか? 私はそれほどのことをしたか?」

「なさったよ。城主ダグラス卿の孫娘を人質に取った」

「殺してはいない……傷つけてすら……」


 フィンが呆れたように言う。


「わかってないなぁ? あなたは『戦時中に』『友軍指揮官』の親族を人質にしたんだよ?」


 リセも同調する。


「完っ全に利敵行為ってやつ? それにあんたさ、修道女に手を出しまくってるらしいじゃん? それも、まだ何もわからない幼い修道女にさあ?」


 身に覚えがあるのか、司祭長はもう反論しなかった。

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