第231話 暴言の末路

 城主ダグラスは床に膝つき、襟元を緩めて首周りを剥き出しにした。


「さあ、殺れ」

「言われずとも」


 ボーゴンは冷たい目で親指を下へ向けた。

 近くの騎士団長が剣を振り上げる。

 と、そのとき。


「何事だ!」


 ボーゴンが忌々しそうに背後を見やった。

 激しい物音が部屋の外から響いてきたからだ。

 騒音は連続して聞こえてきて収まる気配なく、むしろ次第に近づいてきた。


「……ッ! 早く殺せ!」


 ボーゴンがそう叫んだ矢先。

 会議室の扉前に立たせていた警備の連合騎士が、扉ごと部屋の中に吹き飛んできた。

 倒れた騎士は呻きながら身体をよじり、その扉があった場所から見慣れぬ騎士が顔を見せる。


「貴様、どこの所属だ!」


 ボーゴンは連合のどこかの騎士団の所属だろう、そういう意味で尋ねたのだが、男の答えは違った。


吊るし人ハングドマン親指一番隊筆頭、ラズレンにございます」


 騎士団長たちがざわめく。


吊るし人ハングドマン……」

「首吊り公の……!」


 ラズレンの後ろから、彼の配下である吊るし人ハングドマンの精鋭騎士たちが次々に会議室へ入ってくる。

 ボーゴンは落ち着き払って言った。


「首吊り公のご配下か。いったいどうやってここへ?」

「後方のブラン砦からでございます」

「ああ、秘密のトンネルか。なるほど、なるほど」

「――して。これはどういった状況ですかな? なぜダグラス卿がそのような格好をしておられるのか?」


 ラズレンはその場の全員に問いかけたのだが、騎士団長たちは揃って答えられない。

 当の城主ダグラスは孫娘が人質になっているので黙したまま。


(チ、こういうときに限って司祭長がいない。まったく使えぬ奴よ)


 仕方なく、ボーゴンがまた口を開いた。


「……ダグラス卿には謀反の疑いがかかっておる。蛮族と通じ、蜂の巣城を明け渡そうとしたのだ」

「なんと! 誠ですか、ダグラス卿!?」


 しかし城主ダグラスは伏して口を開かない。

 それをすれば孫娘に危害が及ぶに違いないからだ。

 ボーゴンが糾弾する。


「弁解せぬのが何よりの証拠! 弁解できぬのだ! 己の利のために城を売るとは、獅子王陛下に顔向けできぬぞ、ダグラス卿!」

「ん~、しかし」

「何だ、ラズレン卿?」

「城を売ると仰いますが、蛮族が金を持っていますかな?」

「~~ッ、あれだ、現物交換だ! 蛮族は山岳民族だから、鉱物資源を大量に保有しているのだッ!」

「ほう、それは初耳です。勉強になりました」

「ご納得いただけたかな、ラズレン卿?」

「まあ、一応は」

「では、私にも尋ねたき事がある。聞いても?」

「どうぞ」

「卿はブラン砦と繋がるトンネルから来たと言った。間違いないな?」

「ええ、嘘偽りございません」


 途端、ボーゴンは目を剥いた。


「トンネルからこの会議室まで警備に当たっていたのは連合の騎士だ! 卿らは我が配下に何をした!」

「いや、それは」


 ボーゴンが部屋の床で未だ倒れたままの連合騎士を指差す。


「卿らがやったことは味方討ち! 許されぬことぞ!」


 これにはラズレンも弱った様子で、頭を掻きつつ弁解した。


「いやいや、討ってなど……怪我をした者はいるでしょうが……」

「卿らの蛮行についてはミストラルへ届けさせてもらう! 追って裁きが下されよう!」

「そんな……お待ちを、ボーゴン総帥……」

「言い訳無用! 即刻、蜂の巣城から退去なされよ、ラズレン卿!」


 ラズレンは困り果てた様子で言った。


「いやはや、参りましたな。では……参りましょうか、ダグラス卿?」


 ラズレンの言葉に、ボーゴンも騎士団長たちも、城主ダグラスすらも目を丸くした。


「待てぇい! なぜダグラス卿を連れていく!?」

「なぜって。置いていったら、あなたはダグラス卿を殺すでしょう?」


 そう言って、ラズレンが片眉を上げる。

 ボーゴンはラズレンのことがわからなくなった。


(何なのだ、この男……こいつの目的はなんだ?)

(ダグラス卿の救出ではない。卿の抹殺を決めたのはつい先ほどだ、事前に知りようがない)

(人質の孫娘のことも知るまい。司祭長の独断で、私すら知らなかったのだから)

(今考えると私に咎められて困っていたのも芝居臭い……)

(首吊り公は何の目的でこやつらを送ってきた?)


「――嫌がらせか」


 ボーゴンが静かに言った。


「首吊り公の命が何であれ、私とこうして喋ることが命ではないだろう。ではなぜ私と無駄話をしようとする? なぜダグラス卿を連れ出そうとする? 卿は名高き吊るし人ハングドマン、確固たる命があるならそれを粛々と遂行すればよい! 違うか?」


 ラズレンは反論せず、腕組みして薄く笑っている。


「そうしないのは、私の足を引っ張ること自体が目的だからだ! 我が騎士団連合が周辺騎士団を傘下に入れて再編すれば、吊るし人ハングドマンの戦力を大きく上回る! 首吊り公はそれを恐れたのだッ!」


 ラズレンはこれにも反論せず、ただ腕組みを解いて拍手した。

 ボーゴンはしてやったりの顔で騎士団長らを見回した。


「首吊り公の目論見は露見した! 我らを潰すつもりだ! こんなやり方、許せるか!?」


 騎士団長たちも呼応する。


「許せるものか!」

「ただでは済まさぬぞ!」

吊るし人ハングドマンを吊るせ!」


 ボーゴンはその一言一言にいちいち頷き、それからラズレンに言った。


「――これより王家代理人に報告する。じきに王宮から沙汰があろう。首吊りの大樹ハンギングツリーで首を洗って待っておれ」


 ラズレンは薄く笑ったまま、「ご随意に」と手で促した。


「フン。強がりもいつまで続くかな?」


 と、そこへ。

 ラズレンの後ろにいる彼の配下の騎士たちを割って、一人の女騎士がやってきた。


「ラズレン。終わったよ」

「リセ。もうか? 早いな」


 この女騎士は人差し指二番隊筆頭である。

 リセはボーゴンを見下すように上から見て、それから言った。


「連中もこいつらに相当怒ってたからな?」

「なるほどな」

「あと、この娘」


 リセが自分の後ろにいた娘をラズレンに見せた。

 その瞬間、城主ダグラスが叫び、立ち上がって孫娘に駆け寄る。


「マギー!」

「おじいさん……!」


 マーガレットの言う「おじいさん」には祖父の意味合いは含まれていなかったが、それでもそう呼ばれた城主ダグラスの目からは涙がこぼれた。

 突然のことにボーゴンと騎士団長たちはどうしてよいかわからず、視点も定まらない。


「ボーゴン総帥」

「えっ、あ?」


 ラズレンに名を呼ばれ、ボーゴンはたどたどしく返事した。


「もうおわかりですかな?」

「な、何のことだ」

「私があなたと無駄話をしていた理由です」


 質問を受けて、ボーゴンの口がへの字に曲がっていく。


「……時間稼ぎだ。ダグラス卿の孫娘を確保するための」


 ラズレンは笑って首を横に振った。


「惜しい。時間稼ぎは合っていますが、目的は違います。我々は突入するまでダグラス卿の状況は知らなかったのですから」

「……では何のための時間稼ぎだ」

「千名に及ぶ対西域騎士団連合の騎士たちに、あなたたち首脳部の指揮下から離れるよう、説得するためです」

「!!?」

「確かにあなたの言う通りで、味方討ちはよくない。あなた方に近しい、警護の騎士は説得も無理かとあきらめましたが、ほとんどの騎士はわかってくれたようですよ?」

「バカな! こんな短時間で千人の騎士を説得しただと!? ……いや、我が騎士たちが主人たる私を裏切るなど、そもそもあり得んッ! 貴様ら、私を謀るつもりだな!?」


 するとリセが吐き捨てるように言った。


「どっから出てくるの、その自信? 配下の騎士を二百人も無意味に死なせておいてさ。あんたの騎士はみんなあんたを見放してるよ?」

「何を……! 騎士は主人のために死ぬものだ、それが騎士の道であろうが!」

「それは騎士が自ら差し出すから貴いんだよ、マヌケ!」

「何をおッ! 小娘が、斬り捨ててくれるわ!」

「キャハッ! やってみろ、自惚れジジイ!」

「よせ。煽るな、リセ」


 ラズレンはリセがこうなるのには慣れっこなのか、うんざりした様子で言った。


「あ~、ボーゴン総帥もお待ちを」

「何だッ!」

「時間稼ぎはしましたが、めい自体は受けておりまして」

「……あ?」

「当然、我が主人ヴラド公からの命令ですが、その主人も王宮からの命で、命令を出しておりますことはご承知願いたく」

「何を言ってるかわからん! はっきり申せ!」

「我々は王命の実行者ということです。では、王家代理人ではございませんが、憚りながら受けた王命をお伝えいたします」


 ラズレンは懐から巻物スクロールを取り出し、ボーゴンらに見えるようにして、書面を広げた。

 そこにある吠え猛る獅子の王印を見て、ボーゴンと騎士団長らが顔を青ざめさせて跪く。

 ラズレンが告げる。


「告。首吊り公ヴラド=アンテュラは対西域騎士団連合総帥ボーゴン、及び名を連ねる騎士団長らを捕縛せしめること。ボーゴンについては極刑に処すべし。その他の者らの処遇については首吊り公に一任する。 獅子王エイリス=ユーネリオン」


 あまりのことにボーゴンらが静まり返る。

 リセが鼻で笑った。


「あ~あ。血筋だけがウリなのに王宮に見捨てられちゃあ、お終い! 残念だったねぇ?」


 ボーゴン腰を抜かしたように膝を折り、最後には床にゴツンと額をぶつけた。

 騎士団長の一人が言う。


「我らも……吊るされるのか……?」

「公のご裁可によります。が……あまり期待はなされないほうが良いかと」


 その騎士団長ががくりと肩を落とした、そのとき。

 その隣にいた騎士団長が怒りを滾らせて剣を抜いた。


「ふざけやがって! どうせ死ぬならお前も道連れにしてくれるわ!」


 剣を抜いた騎士団長がラズレンに斬りかかる。

 それを見つめるラズレンの額に、ある特殊なルーンが輝いた。

【蠅のルーン】。

 彼の一族にのみ伝わる固有のルーンである。


「死ねぇぇ! っ、うあ!? なんだっ!?」


 斬られたラズレンの身体が無数の蠅の群れと化した。

 恐ろしい数の羽音を立てながら、騎士団長にたかる。

 その黒い群れは騎士団長の姿が見えぬほどで、騎士団長は恐怖で剣を取り落とした。


「やめろっ、ひいいいぃッ!?」


 跪いてそれを見つめるボーゴンが、口を歪めて呟く。


「細胞レベルの自己改変……肉体変異系のルーンか……」


 蠅の群れの中で頭を抱える騎士団長の背後に、蠅が作り出したラズレンの顔が浮かび上がる。


「王命執行の妨害は一族郎党皆殺し。わかっているのか?」

「ヒィッ!」


 ゾグッ。

 蠅の群れが消えていき、そこにラズレンと、胸を貫かれた騎士団長が現れた。

 剣を引き抜くと、騎士団長がその場に崩れ落ちる。

 ラズレンが言った。


「吊るされる前に戦って死ぬ。それもよいでしょう」


 剣を納め、ボーゴンらに向き直り、続ける。


「縄につくか、ここで死ぬか。さ、ご決断を」


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ご覧の蜂の巣城パート、1話で終わる予定が無駄に膨らんでおります。

あと1話続きます……

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