第227話 ランガルダン防衛戦―4
「〝野郎共〟!」
ロザリーの声に応えて、スケルトンの群れが足場を作る。
一つ、二つ、三つとうず高く足場は作られ、真珠の巨人クルシュガの胸元の高さへ向けて、飛び石のように続いている。
ロザリーはそれを飛び跳ねて渡りながら、クルシュガの首へと迫る。
「オオォ、グフウルゥ!」
クルシュガの得物は巨大な棍棒だった。
それを大きく振り回し、ロザリーが接近する前に自分に近い足場を破壊した。
ロザリーは仕方なく、遠い足場から跳躍してクルシュガに迫る。
が――。
「ッ! クッ!」
クルシュガは棍棒を振りかぶり、ロザリーの間合いの遥か外から彼女を打ちすえた。
ロザリーは宙で身を翻し〝白霊〟で何とか受けたが、凄まじい勢いでふっ飛ばされた。
「ェツグォシ!」
ロザリーが名を呼ぶ前にェツグォシは動いていて、吹き飛ばされるロザリーを巨大な骨の手で受け止めた。
「いい子ね、ェツグォシ。助かったわ」
ロザリーは巨大な骨の手のひらの上で、うっとおしそうにクルシュガを眺めた。
「大きすぎるのってズルい! こっちは剣が届く位置に行くのにひと苦労なのに、あっちはずっと遠くから届くんだもん。遠くから飛ぶと軌道を読まれちゃうし……ねぇ?」
そういってロザリーはェツグォシの顔を見上げたのだが、そこで目を瞬かせた。
「あ、これでいけるかも」
ロザリーは骨の巨人の腕を伝って肩に乗った。
「行け! ェツグォシ!」
命令を受け、骨の巨人が突貫する。
「奴と組み合えば、奴の首が届く範囲にくるはず! ……乗り心地は最悪だけどっ!」
ズシン、ズシンと揺れる視界の中でクルシュガを捉える。
クルシュガは動かない。
だが、奴の両脇からクルシュガより小さな巨人が何体もこちらへ向かってきた。
ロザリーが気づかぬうちに大河を渡って来ていたのだ。
「あ。ヤバ――」
小型の巨人が何体もェツグォシにタックルしてきた。
それしきではェツグォシは倒れないが、行き足は鈍る。
さらに二体、三体と組みつかれ、ついに骨の巨人の足が止まった。
そこでようやく、クルシュガは大棍棒を振りかぶる。
「味方ごとやる気ね……!」
ロザリーは棍棒が振られた瞬間に奴の間合いの中に飛び込むため、膝をたたんでふくらはぎと太ももに魔導を溜めた。
と、そのときだった。
大棍棒を振りかぶった姿勢のクルシュガの首に、赤いロープが巻き付いた。
それは奴の太首からすれば細すぎるロープだったが、強く括られ肉に食い込む。
「ギッ!?」
クルシュガが真上を見上げる。
赤いロープの端は奴の頭上に続いていて、何もない空から垂れ下がっている。
次の瞬間、垂れた赤いロープがピィンと張った。
クルシュガが苦しそうに首元を掻きむしる。
赤いロープはギリギリと引き上げられ、吊られたクルシュガの足が浮く。
クルシュガは大棍棒を取り落とし、両手で必死に赤いロープに爪を立てた。
しかし、それでも赤いロープは千切れるどころか解れもしない。
「あdん※いッッィィ!」
クルシュガが声にならぬ悲鳴を上げた瞬間、奴の巨躯が天空に高々と吊り上げられた。
遠巻きに見ていた蛮族も、ェツグォシに組みついていた巨人たちも、そしてロザリーも、その光景を呆気に取られて見上げた。
すると今度はェツグォシに組みついていた巨人たち全員に、同じように赤いロープが巻きつき、あっという間に同じ高さまで吊り上げられた。
頭上の異常な光景に、ロザリーは呻くように言った。
「いったい、何が……」
すると、後ろから声がした。
「
振り返って、ロザリーが紫眸を大きく見開く。
「首吊り公――ヴラド様!」
「
「はい! あのときは遠くからお姿を拝見するだけでしたが……」
首吊り公はフ、と笑って言葉を返した。
「あの挑発的な紫色の魔導。忘れておらぬぞ?」
「いや、あれは……そんなつもりはなかったのです」
「冗談だ。根に持っていたら助けに来ぬわ」
「……っ、ありがとうございます! まさか公ご本人に助けていただけるなんて!」
「私も来るつもりはなかったが、成り行きでな。……来てみねばわからぬこともある。蛮族も、巨人も――〝骨姫〟も。想像していたものとは少しずつ違っていたわ」
ロザリーが自分の顔を指差す。
「私も、ですか?」
「ああ。思っていたより残虐で容赦がないな」
「それは! 状況がそうさせたのであって……」
「私は褒めているのだよ、〝骨姫〟。大きな力を持っていても、それを使うことを躊躇うようでは話にならんからな?」
「は……ありがとう、ございます?」
「フ、疑問形で礼を言う奴があるか」
「すいませんっ! ……公。話の続きは要塞周辺の蛮族を駆逐しつつ、要塞に戻ってからでいかがでしょう?」
ロザリーがそう言うと、首吊り公は眉を顰めた。
「お前は何もわかっていないな、〝骨姫〟」
今まで上機嫌で話していたのに突然そう言われ、ロザリーは彼を上目で見ながら様子を窺った。
「……仰るとおり、私は未熟です。ご教授願えますか?」
首吊り公は淡々と言った。
「ここに金獅子が二人いる」
ロザリーは自分と首吊り公の着ける、金色に光る騎士章を交互に見た。
「はい。公と私……」
「一人で戦場を支配する
「はい。同じ陣営、味方同士です」
「ならばその戦場で起きることは……一方的な蹂躙だ」
「!」
「〝骨姫〟。何を躊躇う? 残虐で容赦がないのは上っ面だけか?」
「ッ! 躊躇ってなどおりません!」
「まことか? ならば――」
首吊り公の瞳が血と殺意の色に煌々と輝く。
「――
「~~ッ、はいっ!」
首吊り公ヴラド=アンテュラは
その能力を一言で表すなら、悪名ともいえる二つ名が示す通り〝絞首刑〟である。
幼き日に見た凄惨な光景から受けたトラウマによって方向づけられ、少年期に自ら下した絞首刑によって、その能力は花開いた。
彼固有の術〝絞縄術〟。
赤いロープが唐突にそこに現れ、対象の首を括り、宙へ吊るす。
この赤いロープはヴラドが悪行を働く人間を憎み、それを罰したいという欲望が具現化したもので、いわばヴラドの呪詛によって編まれた絞縄である。
呪詛のロープであるがゆえに実体がなく、物理的破壊は不可能。
ヴラドの魔導が注がれる限り、切れることはない。
一度に吊るせる重量・ロープの本数には一応の制限はあるが、ヴラドの処罰感情の高まりによって、その制限を軽々と越え、実質青天井である。
ヴラドの処罰感情が極限まで高まると、すべての者にとって確殺の呪殺と化す。
首吊り公は悠然とオラヴの岸へと歩き、対岸の大軍勢を見やる。
ロザリーも彼の横に並ぶ。
モスグリーンの
「さァ、巨人狩りだ、〝骨姫〟!」
「お供します、〝首吊り公〟!」
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