第226話 ランガルダン防衛戦―3

 ロザリーとクリスタを乗せた天馬が大きく翼を広げ、前線へ向かって飛翔する。


「巨人がオラヴを渡ってるっす! いかだも使わず徒歩で……大きい!」

「ええ、見えてる!」

「あ、でも……あわわっ!」

「ッ!」


 ロザリーとクリスタの二人は、目の前の光景に言葉を失った。

 蛮族の軍勢は巨人の存在によって統率される。

 だからこそ巨人は自軍が攻めあぐねると前線に出てきてその雄姿を敵味方に見せつけ、戦局を優位に運ぼうとする。

 蛮族をよく知るハンスの戦略では、まず要塞にて蛮族の軍勢を跳ね除け、つられて出てきたその軍勢の統率者である巨人をロザリーが単騎で討ち取る。

 そして再びロザリーは要塞に戻り、次に来る蛮族軍を要塞で跳ね除ける。

 この繰り返しで蛮族軍を削り続ける作戦であった。


 しかし――。

 クリスタが怯えた声で言う。


「巨人が五体、六体……それも大きいのばっかり! なんで一度にこんなに!?」


 対岸の蛮族軍の中から巨人が何体も前に出てきて、オラヴ河を渡り始めている。

 彼らは筏を使わない。

 大河を歩いて渡るほどの巨体ばかりだ。


「目論見が外れた……。私たちは部隊ごと、軍団ごとに統率者がいると思ってた。自分たち人間の軍がそうだから。でも蛮族は違うのね。どんなに巨大な軍勢でも統率者は一人なんだわ……!」

「じゃあじゃあ、あの巨人たちは統率者ではなく、兵隊!?」

「私たちが騎士だけを外に出したのを見て、学習したのかも」

「ど、ど、どうしましょう、〝骨姫〟様!?」

「まだゲオルグたちが要塞の外にいる! 巨人たちを野放しにはできない、大河を渡った直後を討つわ!」

「っ! はいっす!」


 天馬は猛スピードで空を駆け、瞬く間にオラヴ河上空まで辿り着いた。

 渡り切った巨人は二体、今、新たに三体目。

 さらに大河を続々と渡ってくる巨人の姿がある。


「降りるよ、クリスタ!」

「うぅ、ほんとに大丈夫っすか?」

「やるわ! 三体の真上にお願い!」

「了解っす!」


 上空を旋回し、天馬が大河を渡り切った三体の巨人の頭上に至る。


「到着っす! 〝骨姫〟様、ご武運を!」

「ありがとっ!」

「では……喰らえッ、巨人共! ロザリー爆弾、投下ぁ!!」

(……この子、何を言っているの?)


 納得いかず首を捻りながらも、ロザリーは天馬から飛び降りた。

 落下の強風に晒されながら、直下の巨人を観察する。


「三体ともダレンの巨人ェツグォシと同じくらい……出し惜しみはナシね!」


 ロザリーの魔導が一気に膨張する。

 紫眸が妖しく光り輝き、強風に靡く黒髪から紫の魔導が滲み出る。

 巨人たちは頭上から迫る不吉な気配に、すぐさま反応した。

 一斉に上空を見上げ、敵意を剥き出しにする。


 ロザリーは魔導を高めるタイミングが早かったかと、少し後悔した。

 しかし、すぐにそれを忘れた。

 それは自分の思うがままに力が漲っていて、〝白霊〟を一振りするだけで下の巨人共の首を刎ね飛ばせる確信を覚えたからだ。


 巨人との距離が縮まり、奴らの凶悪な顔がはっきり見える位置まで落ちても、その確信は揺らがない。

 突如、どこからともなく鴉の大群が現れ、巨人たちの周囲を真っ黒に染めた。

 巨人たちは滅多矢鱈に得物を振り回し、鴉を追いやろうとする。

 すると鴉は一斉に方々に散り、その散り散りになった隙間から、死神ロザリーが姿を現す。


「さよなら」


〝白霊〟がロザリーの魔導に反応し、白く発光する。

 古代魔導リュロンド語で書かれた〝不壊〟〝不敗〟〝不死〟の文言が紫色に光って浮かび上がる。

 標的となった巨人は、魔導うねるロザリーを前に、巨躯を竦ませて彼女が剣を振るのをじっと凝視するしかできなかった。

 致死の一刀が振られた。

 一体目の首に赤い線が走り、大きな頭がズルリとずれ落ちる。

 剣を振った後に落下していくロザリーを、二体目が巨大な手で掴もうとした。


「黒犬」

「ウルガァァッ!!」


 呼び出された黒犬は、ロザリーの魔導が逆巻いているせいか、人の形をしていなかった。

 かつて生きていた頃のボルドークが使役していた黒い犬の化け物によく似た姿形で、しかしあれよりずっと大きく、五つ首の凶悪ななり・・をしていた。

 黒犬が禍々しい牙で二体目の手、腕、腕を伝って肩、それから喉元と顔に噛みつく。

 二体目は堪らず後ずさり、周囲にいた蛮族を踏みつぶしながら横倒しに倒れた。

 黒犬の五つ首は倒れた獲物にむしゃぶりつき、肉を食む音とともに巨人の手足がビクン、ビクンと揺れる。

 三体目は、小さな手斧を――といっても巨人サイズの手斧を、振り上げて襲いかかってきた。

 ロザリーには十分にそれを討つ余裕があったが、試してみたいことがあった。


「来い! ェツグォシ!」


 ロザリーの影が大きく歪み、拡大する。

 まず巨大な骨の手が影からはみ出てきて、大地をしっかと掴む。

 それを支えに現れ出たのは、飛竜の骨面と鱗鎧を着た、巨大なスケルトンの女戦士だった。

 三体目はその姿に見覚えがあったのか、戸惑ったように立ち止まる。

 対してェツグォシはその骨の拳を固く握りしめ、三体目の右目の辺りに一撃を見舞った。

 ただ殴るというよりは自身の拳ごと相手を破壊するための拳で、それは自損を恐れぬ不死者だから可能な一撃だった。

 三体目は大きくのけ反り、右目を押さえて膝をついた。

 眼球が潰れたのか、押さえた指の隙間からどろりとした血の混じった液体が流れ出ている。


「次の巨人は?」


 ロザリーは、すぐに四体目、五体目が来る覚悟で戦っていた。

 だからこそ無闇に打ち合わず、一手で倒せるような手段を使った。

 なのに、次が来ない。

 ロザリーは背中に違和感を覚え、要塞のほうを振り返った。

 そこには要塞攻めの蛮族たちが、まだ多く残っていた。

 蛮族の群れがこちらを見ている。

 その目がどうも奇妙で、ロザリーは不気味に感じた。


「何……? 怯えているけど……高揚してる? なぜ?」


 そして次の瞬間、強烈な圧を感じてオラヴ河のほうを向き直った。


「怯えているのは私に対してじゃない!」


 オラヴを一体の巨人が渡ってくる。

 その様からして明らかに大きい。

 巨人が起こす引き波で、蛮族の筏が木の葉のように揺れている。

 水から上がったその巨人は、縦にも横にも大きい、砦のような巨人だった。

 頭の三か所で髷を結い、それ以外は剃り上げている。

 特に目立つのは何重にもかけた首飾りで、それが動くたびにジャラジャラと嫌な音を立てる。

 目を潰された巨人が、腰を屈めて首飾りの巨人に道を開けた。

 すると首飾りの巨人は屈んだ巨人の頭をガッ! と握り、そのままギリギリと圧をかけた。

 屈んだ巨人が、巨人のものとは思えぬ、甲高い悲鳴を上げる。

 悲鳴は段々と小さくなっていき、最後に頭蓋の砕ける音がして、声は途絶えた。


「……クリスタが言ってた、特に大きい三体のうちの一人、ね」


 巨人の身体の大きさは、その身に宿る魔導の大きさに比例する。

 ロザリーは、これまでのようにはいくまい、と覚悟した。




 その巨躯はランガルダン要塞からでも一目瞭然であった。

 西門櫓のハンスが呻くように言う。


「あれは最大級の巨人だ……クリスタの言っていた〝真珠のネックレスじゃらじゃら男〟か? たしかに真珠のような首飾りをしている……」


 老いて悪くなった目を必死に凝らしながら、先祖伝来の手帳をしきりにめくる。


「わかったぞ! 真珠のように見えるのは頭蓋骨! あれは首集めのクルシュガだ! 王国創成期から名を知られる巨人をこの目で見ることになるとは……!」


 近くにいた兵卒が、恐る恐る尋ねる。


「巨人って、そんなに長生きなんですか?」

「大きい個体ほど長命らしい」

「じゃあその首吊りなんとかに間違いない、と……」

「首集めだ。……フン、たしかに紛らわしいな」


 ハンスが鼻を鳴らしてそう言うと、背後から聞き覚えのある声がした。


「紛らわしいとは私のことか?」

「ああ? 何を言っているん――あうぇっ!? あ、あなた様は!?」


 背後にいたのはロマンスグレーの髪をして、モスグリーンの魔導騎士外套ソーサリアンコートを着た中年の男だった。


「く、く、く、首吊り公ヴラド様!? なぜ!? いったいどうしてここに!?!?」


 首吊り公はハンスの肩をポンと叩き、矢防ぎの壁の間際まで歩み出た。


「首集め、か」


 ハンスが直立姿勢で答える。


「ハッ!」

「たしかに、私の二つ名と被っているな」


 真珠の巨人を見る首吊り公の瞳が、不穏な赤色に輝く。


「生意気だな。縛り首だ」

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