第225話 ランガルダン防衛戦―2

 ブオォォォ……。


 荒野に不気味な角笛の音色が響き渡る。

 それを合図に、オラヴ河対岸に土煙が巻き起こった。

 大軍勢が見えなくなるほどの大規模な土煙は、蛮族軍が一斉に動き出したことを意味する。

 大軍の中から丸太を繋いだだけの大きないかだがいくつも運び出されてきて、対岸の河岸を埋め尽くすように並べていく。

 ランガルダン要塞の城壁に立つ弓兵たちが土煙に気づき、一斉にどよめいた。


「来たッ!」

「すげぇ数だ……」

「来るなら来やがれ! 全部ぶち抜いてやらぁ!」


 彼らはダレンの民からの志願兵である。

 元々のダレンの兵卒は要塞を守るにはあまりに少なく、また、先日のダレン籠城戦で大きく数を減らしている。

 そのことは民も当然知っていて、ゆえに成年男性を中心に兵に志願する者が多く現れた。

 中には年端のいかない少年や、女性の姿もあった。

 ハンスとしては受け入れたくはなかったが、彼らの志願は戦いを求めたからではない。

 自衛のため、家族を守るための志願である。

 ハンスもそれがわかっているから志願を受け入れ、比較的安全な弓兵として配置することにした。

 民に弓を指南したケヴィンが、彼らの後ろを歩きながら言う。


「慌てるなー、まだ遠いぞー。そこッ、矢をつがえるな! 届くわけないだろう!」


 志願兵のほとんどは戦は未経験。

 浮足立つのは当然のことで、特に戦の始まりには気遣ってやれ、とケヴィンは父ハンスから口を酸っぱくして言われていた。


 蛮族の筏が一斉に大河を渡る。

 筏が何艘もこちら側に着岸し、蛮族がワラワラと要塞に近づいてくる。


 ガァン、ガァン、ガァン!


 城門の上に設けられたやぐらの上から、蛮族接近を報せる早鐘が鳴った。

 そのけたたましい音は城内のすべての人々の心の余裕をなくさせる。

 だからこそケヴィンは、わざとのんびりとした調子で言った。


「いいかー。大事なのは弓をしっかり引くこと。そして周りと揃えて射つことだ。狙いは大体でいいぞー」


 若い志願兵が言った。


「これだけいるんだ、いやでも当たりますもんね!」


 すると周囲の志願兵に笑いが起こった。


「だな!」

「外すほうが難しい!」

「目を瞑ってても当たるぜ!」


 ケヴィンもニヤリと笑い、頷いた。


「その調子だ! お前たちは笑いながら蛮族共を射抜いてやればいい。気負いすることはない、俺たちが勝つ。なにせ、こっちには金獅子がついてるからな!」


 志願兵たちの目が、自分たちが守る西側城壁から、他の東南北の城壁へ向かう。

 それらの城壁には弓を装備した大量のスケルトンが整然と並んでいた。

 志願兵を入れてもまったく弓兵の数が足りない、というケヴィンの要望でロザリーが呼び出した〝野郎共〟である。

 装備する弓と矢は、ダレンの民が夜なべして要塞周辺の木々から削り出して作ったものだ。


「〝骨姫〟様曰く、スケルトンはお前らのマネをして射つそうだ。つまりお前たちがお手本だ。しっかりやれよ?」

「「はい!」」

「ようし。……みんな配置についたようだな」


 蛮族を正面から迎える西側城壁には次子ケヴィンと志願の弓兵。

 その他の城壁はスケルトン弓兵をレーンが一号を通して指揮する。

 要塞内部の地上階にはゲオルグをはじめとするダレンの騎士と兵卒、レーン騎士団とバファルの残した騎士たちがいて、城壁を越えられたり、城門を破られたりした場合位に備える。


 西側城門の上にある高櫓には、少数の兵と共にハンスが陣取り、全体の指揮を執っていた。

 そのハンスは、重そうな兜を目深に被り、蛮族の軍勢を腕組みして睨んでいる。

 オラヴ河を筏が二往復もすると、岸辺から要塞の間の平原が蛮族で溢れかえった。

 蛮族の軍勢の接近速度が速まり、何万の行進で地面が揺れる。


「……弓兵ッ!」

「おうッ!」


 櫓のハンスが叫び、ケヴィンが答える。


「弓、引け~ぃ……」


 ケヴィンの命令に合わせて、志願兵たちが矢をつがえて弓を引く。


「まだ引きつけろ……ドタマをぶち抜いてやるんだ……」


 志願兵たちがギリギリと弓を引き絞る。


「……てぇッ!!」


 ケヴィンの号令と共に数多の矢が宙に放たれ、蛮族の先鋒に矢の雨が降り注ぐ。


「当たった!」

「俺もだ!」

「特訓した甲斐があったぜ!」


 志願兵から歓声が上がるが、ケヴィンが強い口調で命令した。


「休むな! 次の矢! ……構えェい!」


 すぐさま弓引かれ、第二の矢の雨。

 蛮族の先鋒がバタバタと倒れていくが、それを踏み越えて次が来る。

 ケヴィンが呟く。


「蛮族にも射手はいるが、城壁の高さもあって力ある矢は届かない。だが……こちらの矢に怯む気配もない、か……」


 櫓のハンスが叫ぶ。


「城内! 来るぞ!」

「おうッ! ダレン兵、続け!」


 ゲオルグは勇ましく応じ、兵を率いて西門内側へ向かった。

 城門を挟んだ向こうに蛮族の気配がして、鋼鉄の門が激しく揺れる。

 ゲオルグが叫ぶ。


かんぬきに頼るな! 門へ詰めろ! 押せー!」


 門を挟んで両方の兵が殺到する。

 押し合いをしている真上にある櫓で、ハンスがそこにいる兵に命じる。


「石を落とせ! ケチるなよ!」


 兵たちがやっと抱えられる重さの石を、狭間からガラン、ガランと落としていく。

 頭上からの攻撃に混乱する蛮族共。


「ハンス様! 盾を持った蛮族が!」

「ようし、よし。構わず石を落とし続けろ」


 頭上に大盾を構えた蛮族が列を作り、城門攻撃をする蛮族を守ろうとする。


「……今だ! 油を!」


 命令を受けた兵たちが、石に代わって油を注ぐ。

 ハンスがケヴィンを見やると、彼はもう、火矢をつがえて構えていた。


「……シッ!」


 ケヴィンの火矢が大盾の列の中心に命中し、一気に燃え上がる。

 これには堪らず、城門攻撃の部隊は一斉に退いていった。


「これで終わり……なわけもないな」


 ハンスの言う通り、退いた部隊は全体のごく一部。

 撤退した蛮族をを飲み込んで、新たな先鋒が前進してくる。

 この間にもオラヴ河の筏は忙しく往復していて、要塞側の蛮族は増え続けている。

 このままではいくら堅固に守ろうとも、数に圧し潰される。

 そう思われた矢先。


「ッ! 始まった!」


 ハンスが眺めている前で、オラヴ河の筏が一艘、沈んだ。

 また一艘、続けて二艘、三艘と筏が壊れ、蛮族と共に沈んでいく。


「ハンス様、いったい何が?」


 兵卒の一人がそう尋ねると、ハンスは興奮気味に言った。


「〝骨姫〟様の伏兵だ! 大河の底に鉄鎧の重しを着せたスケルトンをあらかじめ沈めておいたのよ! 水中戦闘はやったことがないと仰せだったが、いや見事! 不死者の兵卒だからこそできる芸当だ!」


 筏は瞬く間にすべて沈み、要塞攻めの蛮族軍は対岸の本隊と分断された。


「こちら側に巨人はいない。……ゲオルグ!」


 ハンスが直下に向けて叫ぶと、ゲオルグは用意された馬に飛び乗り、右手を上げた。

 それを合図に、馬に乗ったダレンの騎士、レーン騎士団、バファルの残した騎士が彼の元に集う。


「出るぞ! こちら側の蛮族を殲滅する!」

「「おうッ!!」」


 城門が開き、騎士のみで編成された部隊が要塞の外へ流れ出る。

 一方、それと時を同じくして、逆側東門の櫓にいたレーンが一号に声をかけた。


「一号殿。こちらも打って出ましょう!」

「ヘ? イイノ?」

「こちら側に展開している蛮族は少ないし、スケルトン弓兵も慣れてきて私の指揮で射てています。一号殿は他のナンバーズと共に蛮族を蹴散らしてきてください!」

「殺ル殺ル~♪ オイ! 行クゾ、テメェラ!」


 一号が櫓から飛び降りると、着地点にスケルトンホースが現れ出て、一号を背に乗せた。

 城壁の落とす影から、一号と同じようにスケルトンホースに乗ったナンバーズが四体、飛び出してきた。

 城壁の影からさらに〝野郎共〟がワラワラと現れて、南門を押し開ける。

 その隙間から、ナンバーズ騎馬団が恐ろしい速さで駆け出ていった。


 そして、その上空。

 ロザリーはクリスタの天馬の後ろに乗って、戦の経緯を眺めていた。

 ここならば城壁の影に自分の影を落とすことで随時下僕を呼び出しつつ、巨人の出現にも対応できるからだ。

 上空からはゲオルグ率いる騎士の一団と、ナンバーズ五騎の活躍をつぶさに見て取れた。

 平野を埋め尽くす蛮族軍を切り裂いて貫き、馬首を返してまた貫く。

 まさに破竹の勢いである。


「いけるっす、〝骨姫〟様! 我が軍は圧倒的っす!」

「調子に乗らないの、クリスタ。戦はまだ始まったばかりよ?」

「でもでも! これを繰り返せば勝てるっすよね? 前に出てきた巨人は〝骨姫〟様がサクッとやっちゃえば!」

「簡単に言うわね……食料の問題がある。私たちには時間制限タイムリミットがあるの」

「わかってるっす! いざとなったら私がハンギングツリーへ何往復してでも食料を運び込むっす!」

「それは危険よ。あなたの代わりはいないのよ?」

「〝骨姫〟様……そんなに私を大事に思って……感激至極っす!」

「いや、そこまでは……」

「大丈夫っす! 蛮族の矢なんて私には届かない! やり遂げて見せるっす!」

「私が心配してるのは居眠り墜落のほうだけど……そうね、そのときはクリスタにお願いするわ」

「任せてくださいっす! ……んっ? 〝骨姫〟様、対岸に動きが! あれは巨人っす!」

「来たわね……!」

「行きます!」

「お願い、クリスタ!」


 ロザリーを乗せた天馬は大きく翼を広げ、前線へと飛翔していった。

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