第224話 ランガルダン防衛戦―1

 女騎士がランガルダン要塞の通路を走る。

 この女騎士、レーンの騎士団で副長を務めていた人物である。

 彼女をはじめとするレーンの元配下、加えてレーンに親身になってくれたバファル卿の配下十名ほどがランガルダンに残っていた。

 女騎士が駆けてきた勢いのままに、騎士団連合総帥の部屋に飛び込む。


「レーン団長!」


 総帥の部屋にいたのはレーンだった。

 ボーゴン総帥宛に届く書状をつぶさに見ることは、彼が自分自身に課した役目だ。

 今もレーンは書類に目を落としながら、女騎士に言った。


「私はもう君の団長ではないよ、ネス」

「! ……まだ怒ってらっしゃるのですか?」

「怒ってなどいない。事実を言ったまでだ」


 女騎士――ネスは、目を合わせようとしないレーンの元までつかつかと歩いていき、書類が山積みとなったデスクをバンッ! と叩いた。


「怒っていないのなら、いい加減その態度をおやめください!」


 レーンは椅子に腰かけたまま、ちらりとネスを見上げた。


「怒っているのは君のほうじゃないか」

「怒りもします! 所属していた騎士団の団長が勝手に辞めて、残された部下たちをまとめるのに私がどれだけ苦労したか……! 団長の後に続いて辞めようとした者もいたのですよ!?」


 レーンは慌てて立ち上がった。


「待て、ネス。私は勝手に辞めたわけではない。だが、引けなかったのだ。ダレンのハンス卿は私にとって大恩人。彼とダレンを見捨てることなど――」

「――知っています! 団長が騎士団を立ち上げたいと願い出たとき、周囲の貴族は誰一人助けてくれなかったのに、唯一援助してくださったのがハンス卿なのでしょう?」

「知っていたのか……そうだ。まだ何者でもなかった私に立ち上げ資金を都合して、さらに騎士団員を集めていることを周りに周知してくださった。だから、ここで恩返ししないのは私の信念に反するんだ」

「またそれですか! いつもそう! 信念、信念ばっかり!」

「ネス……わかってくれ」


 感情を露にするネスに対し、レーンは困り顔でそう言うばかり。

 ネスはそんな彼をキッと見上げて言った。


「私たち配下があなたに失望した理由、おわかりですか!?」


〝失望〟という言葉に内心グラつきながら、レーンが答える。


「何って、私が己の信念を優先したことだろう?」

「違います! ご一緒させてくださらなかったからです!」

「!!」


 ネスの両目から、堪えきれずに大粒の涙が零れ出す。


「あなたの決断を私たちは否定したりしない! ただ、付いてこいと! 俺に続けと! そう言ってほしかったのです! ……ううぅっ」

「ネス……」


 顔を覆って泣き崩れるネス。

 レーンはさらに困って、抱きしめて背中を擦るべきか、いやそれはやり過ぎか、としばらくの間悩み、意を決して彼女の両肩に手をを置いた。


「悪かった。すまなかった、ネス――」

「――団長!」


 肩を持って謝罪するだけのつもりだったのに、ネスのほうが胸に飛び込んできて、レーンは固まった。

 迷いながら、彼女の背中を擦る。

 そうして少し経って。


「……落ち着いたか?」

「……はい」

「ネスがこんなに感情豊かな騎士だとは知らなかった」

「……副長失格ですね」

「そんなことはない、そんなことは」

「約束してください。またレーン騎士団を立ち上げると」

「もちろんだ。今すぐにでもそうしよう。ネスは入団してくれるか?」

「ん、副長待遇なら……」

「案外、がめついな? まあ、今はポストが空いているからいいが……」

「へへ……」

「ところで。慌てた様子で部屋に入ってきたが、何の用だったんだ?」


 するとネスは切れ長の目を大きく開け、あんぐりと口を開けた。


「そうでしたっ!」


 すぐさまレーンから離れ、姿勢を正してネスが叫ぶ。


「報告! 西方より蛮族軍がオラヴ河対岸に到着し、布陣・展開中! 前回の蛮族軍をはるかに上回る、恐ろしい数です! 大型の巨人も複数確認されております!」


 報告を聞いたレーンは、しばし凍りついたように固まった。


「……それを早く言わんか、馬鹿者!」

「申し訳ありませんっ!」


 レーンは顔色を変え、総帥の部屋を出ていった。




 ランガルダン要塞、西側城壁の上。

 ロザリーとハンスがオラヴ河対岸を見つめている。


「あっきれた。前回より数が多いじゃない」


 こうしてランガルダンにいて、オラヴ対岸にいる蛮族の軍勢を眺めるのは、一週間ほど前と同じ光景。

 しかしひとつ違うのは、敵の数が以前の大軍よりさらに多いことだ。

 野営陣を敷いていた場所まで蛮族が埋め尽くしているし、オラヴ河の左右へ展開している数も前とは比べ物にならない。


「巨人もいますな」

「ええ」


 ハンスが呻くように言い、ロザリーも頷く。

 巨人の存在は蛮族の軍勢から頭一つどころではなく飛び出ているので一目瞭然だ。


「クリスタ!」


 ハンスが城壁上空を舞う愛娘に向けて、大声で叫ぶ。


「はいっす!」

「巨人は何体いる!」

「ええっと……ウヨウヨいるっす!」

「それでわかるか、愚か者! いつも言っているだろう、報告は具体的にせよと!」

「うぅ、はいっす! ……小型の巨人を含めると何体いるかわかりませんが、ダレンの巨人ェツグォシと同程度か、それ以上となると二、三十体ほどかと!」

「……ダレンの巨人ェツグォシ以上の大きさのがいるのか?」

「いるっす! はっきり大きいのは三体! 〝髭むくじゃらハンマー〟と〝全身紫男〟と〝真珠のネックレスじゃらじゃら男〟っす!」

「……よくわからんが確かにいるのだな? ここからは見えないが」

「かなり後ろにいるっす!」

「わかった! 物見を続けろ!」

「はいっす!」


 ロザリーが背伸びをしてみるが、ハンスと同じく大型三体は見えない。

 その様子を見て、ハンスが言う。


「例のカラスを飛ばしますか?」


 ロザリーが首を横に振る。


「いいえ、戦いの前に体調を悪くしたくないので。クリスタが言うのなら、確かにいるのでしょう」

「娘を信じてくださり、ありがとうございます。……親としては、あまり信じていただいてもヤキモキするのですが」

「これでいなかったら、ハンス卿が責任を取ってくださいね?」

「えええ……」


 と、そのとき。

 二人がいる城壁の上にレーンが駆けてきた。


「遅くなり、申し訳ございません!」


 レーンは息を切らせてやってきて、すぐに城壁から身を乗り出した。


「何て数だ……攻めてくる気配は!?」


 ロザリーが答える。


「今はまだありませんが……統率する巨人がいるので、おそらく組織だって攻めてくるでしょう。高梯子を作っているのも見えますし」


 ハンスがレーンのほうを振り向いて言う。


「レーン卿。あなたの案が正しかったかもしれない」

「私の案……ああ、一日休んで、すぐに撤退する案ですか? あれはダレンの民から脱落者が出ることを覚悟した案です。私自身、こういった手段もある、という程度の提案でしたし……」


 ハンスが首を横に振る。


「民を思い、強硬に反対したが……むしろあの案のほうが多くの民を守れたかもしれない」

「ハンス卿……」

「方々に出した救援要請にも色よい返事は来なかったしな。なかなか厳しい状況だ。さて、どこまで守れるか……」


 ランガルダンに滞在する民は、すなわちハンスが守るべき領民である。

 彼の肩に圧し掛かる重責はロザリーやレーンの比ではなく、強い不安に苛まれるハンスを見て、レーンはかける言葉を失った。


「〝骨姫〟様……」


 助けを求めるように、レーンはロザリーに話を振った。

 するとロザリーは片眉を上げ、事もなげに言った。


「事前に決めた通りにやりましょう。今から不安がっても何にもなりません」


 レーンが頷く。


「兵と騎士とスケルトンで城壁から蛮族を迎撃し、焦れて出てきた巨人をロザリー卿が討つ作戦ですな」

「ええ。できる限りの準備はしたのです。やってやりましょう!」


 レーンは大きく頷くが、ハンスはまだ不安げな様子。

 その不安さを隠さずに、ロザリーに言った。


「これほどの大軍……ダレンの巨人ェツグォシを超える巨人もいる……本当に守り切れるでしょうか……?」


 その言葉には、ロザリー単独ですべての巨人を討てるのか、という疑念も含まれていた。

 ロザリーはフッ、と笑って胸を張った。


「守れます。私は金獅子ですよ?」


 ハンスは大きく目を見開き、それから勢いよく頭を下げた。


「は! 失礼をば!」

「では、ここはお任せしますね? 私は三方の城壁に召喚したスケルトンの様子を見てきます」

「ハッ!」


 ハンスの敬礼にニコリと笑い、ロザリーは魔導騎士外套ソーサリアンコートを翻して二人の元を後にした。

 歩きながら自問する。


(「金獅子ですよ?」だって。こんなこと言うキャラじゃないのにな)

(自分からは言いたくないよ、偉そうだし)

(だって、ハンス卿があんまり不安そうだったから)

(……そう。金獅子って称号は、きっとこう使うためにあるの)


 ロザリーは魔導騎士外套ソーサリアンコートの下の金色の騎士章を見下ろし、それが誰からも見えるように襟元を開いた。


(これを見せれば誰もが私を頼り、誰もが戦場を譲る)

(食料の問題は解決していない。援軍も期待できない)

(それでも! 私が勝てばいいだけのこと!)


 要塞内を蛮族襲来の報が駆け巡り、ダレンの民は建物内へと避難していく。

 その中に、いつかの鉱山夫の父子がいた。


「おっとう」

「なんだ、息子よ」

「またろうじょう・・・・・なの?」

「そうだ。……恐いか?」

「こわくはない! でも、ろうじょうはいやだ。お腹空くし、音がたくさん鳴るし」

「大丈夫だ。ハンス様が、騎士様たちが守ってくださる」

「うん……」

「それにな?」

「なに?」

「あそこだ! あの方がいる!」


 父親が指差した方向には、城壁の上を早足で歩くロザリーがいた。


「胸の騎士章は見えたか? 金色のやつだ!」

「みえた! きんいろだった!」

「あれは金獅子の証だ」

「きんじし?」

「金獅子ってのはな? この国で一番強い騎士様だ」

「ほんと!?」

「ああ、本当だ!」

「じゃあぜったい勝つね!」

「ああ、絶対だ!」

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