第223話 もう一人の王、その王妃
――王都ミストラル、玉座の間。
コクトー宮中伯が紙の束を抱えて参上した。
コクトーは王前で膝をつき、首を垂れて挨拶しようとしたのだが、その前に玉座に座るエイリス王から厳しい声が飛んだ。
「やめよ、コクトー!」
思いもよらぬことにコクトーは目を瞬かせて、それから王に問うた。
「……陛下。愚かな私が何をしでかしたか、ご教授くださいませぬか?」
エイリス王は太い眉を顰め、コクトーの持つ紙の束を指差した。
「それだ! 余が些事に翻弄されるのを嫌うと知っておって、なぜそのような書類の束を持って参るのか! なんのためにそちがいる? 王への嫌がらせか? それとも余を過労死させる腹積もりか?」
「ああ、これは」
コクトーは抱えた紙の束を頭上に差し出し、首を垂れた。
「すべて西方からの戦報でございます」
するとエイリス王は、途端に目を輝かせた。
「それを早く言わぬか! 早う、持って参れ!」
「は、只今!」
手招きされるままにコクトーは王へ近づき、戦報の束を届けた。
エイリス王はいくつかの手紙を見やり、さっそくそのうちの一通を開けた。
「やはり〝骨姫〟からのものが先であろうな!」
「陛下がそれほど戦報が心待ちにしておられるとは、このコクトー、存じ上げませんでした」
手紙に目を通しながらエイリス王が答える。
「ここ十年、戦がまったくないからな。皇国は攻めてこぬし、乱も起きぬし」
「お戯れを。そう頻繁に戦があっては困ります」
「そうか? ユーネリオンは戦い続けてこそ、血統を保てると思うておるが」
「なるほど……それで、ロザリー卿はなんと?」
「何だ。読んでおらぬのか?」
「軍事のことゆえ。先に読んでもどうせ陛下にご相談することになりますれば」
「そちは妙なとこで義理堅いな。軍事でも独断専行してよいのだぞ?」
「おやめください、滅相もないことです」
「そうか? ふむ……〝骨姫〟は救援を求めておる。ハンス卿、レーン卿も同様か」
「ロザリー卿が救援?」
眉を顰めるコクトーに、エイリス王が手紙を渡した。
コクトーがそれに目を通す。
「金獅子が助けを求めるなど、どれほどの敵かと思いましたが……なるほど、ダレンの民を避難させるための救援ですか」
「うむ。わからぬではないが……これはできんな」
「はい。王都圏から救援を送っても間に合わぬは明白。かといって西方近くの貴族に救援を送るよう要請しても無駄でしょう」
「自領を守ることが最優先であろうし、それは間違っておらぬからな。……フ、ハンス卿からの報告は面白いぞ? 途中から蛮族に対する推察になっておる」
コクトーが次にエイリス王に手渡された手紙に目を落とす。
「……蛮族に王が生まれたとき、氏族間の争いが止み、交流が生まれる。結果、人口が激増し、食料不足に陥る。王国を攻めるのは餓死させぬため、あるいは増えすぎた人口を減らす口減らしのため、ですか。なるほどなるほど……」
「ランガルダン要塞からの第一報で蛮族が五十万と聞き、ボーゴンめが数を盛ったと思っておったが……あれは事実だったやもしれぬな」
「そのボーゴン総帥からも来ております。名義は西方の王家代理人になっておりますが……」
エイリス王は鼻で笑った。
「フン、読みたくないな。そちが読め」
「は、では……」
コクトーが王家代理人からの手紙を開く。
「……ご想像通りです。ランガルダン要塞を捨てたことへの泣き言、言いわけ。その次に今後の構想が語られております」
「構想? どのような?」
「現在、対西域騎士団連合が駐留する蜂の巣城を中心に近辺の城塞を接収し、新たな対西域防衛圏を構築するのだとか。その許可を求めております」
エイリス王が珍しく目を剥いた。
「冗談であろう? 一戦も交えなかった敗軍の将が、逃げ落ちた先で何ができると言うのだ?」
「私に言われましても。しかし、きちんと断らねば勝手にやりかねない御仁でしょう。そんな御仁だからこそ、陛下は西方送りにしたのだと理解しておりますが」
「血筋だけはたしかだからな。西方で相応しい椅子が連合総帥だったわけだが……」
「裏目に出ましたな」
「よせ。わかっておるわ」
そのとき、玉座の間の門を守る
コクトーが声を飛ばす。
「見えられたのはどなたか?」
すると
「第一王妃、グラディス殿下でございます!」
エイリス王とコクトーは顔を見合わせた。
コクトーが王の脇に移り、エイリス王が
「通せ」
「ハッ!」
門が開き、グラディス王妃がしずしずと入ってきた。
王の前で膝を曲げ、首を垂れる。
「陛下。ご機嫌麗しゅう」
「楽にせよ、グラディス。今日はどのような用件だ?」
「西方で起きている、戦についてでございます」
エイリス王とコクトーは再び顔を見合わせた。
「グラディス。そちが約束もなく玉座の間に参ることは極めて珍しい。しかもそれが戦についての話だという。いったいどういうことだ?」
王妃は顔を上げ、エイリス王に言った。
「私は先日、サーバリー耕地から戻ったばかりでございます」
「聞いておる」
「そのサーバリー耕地で王命を読み上げ、〝骨姫〟に西方へ向かうよう命令したのは私でございます」
「うむ。そうであったな」
「その〝骨姫〟から救援を請う手紙が参りました。ここに」
王妃が差し出した手紙をコクトーが進み出て受け取り、エイリス王の元へ届けた。
エイリス王は手紙を読まなかった。
先ほどの手紙と同じ内容だとわかっているからである。
「陛下。是非とも求めに応じ、救援を……」
エイリス王は悩ましげに玉座に肘をついた。
「……グラディス。お前を軍事に口出しさせるほど、〝骨姫〟を気に入ったか」
すると王妃はにこやかに言った。
「もちろんですわ、陛下。可愛いウィニィの想い人ですもの」
「ッ!? ゲホッ、ゴホッ! ……ウィニィの想い人、だと?」
「ええ。そちらの勘は相変わらず鈍いようですわね、陛下?」
エイリス王は宙を見上げ、首を振った。
そしてグラディスにもう一度、向き直る。
「そちは救援を送れというがな? その〝骨姫〟こそが西方への救援なのだぞ?」
「もちろん、わかっております」
「西方には、王国の誇る金獅子を二人も当てておる」
「骨姫と首吊り公ですね。四人しかいない金獅子の中から二人も当てて蛮族ごときに勝てぬようでは、次は皇国が攻めてくるやもしれません。皇国はこの戦の推移を注意深く見ているでしょうから」
「わかっておるではないか。それでなぜ、救援を送れなどと言う?」
「私にも手紙が来たからです。本来、親しい宮中伯に宛てれば済むところを、手当たり次第に【手紙鳥】を送っている。これは本当に窮している証ではありませぬか?」
「ん……」
「金獅子は負けません。しかし、助けを求めているのは正確にはダレンの民草でありましょう。彼らを助けることが、〝骨姫〟の金獅子としての力を解き放つことではないかと思うのです」
「言わんとすることはわかる。わかるが……」
エイリス王は依然渋い顔をしている。
王妃は伝えるべきか迷っていたカードを切ることにした。
「それに。ウィニィが言うのです」
「あやつが何を?」
「西の空に鷹が舞っている、と」
「!!」
エイリス王は目を剥いて固まった。
隣に侍るコクトーの顔も険しくなる。
王妃は静かに言った。
「……あの子の力は日に日に増しております。怖いほどに」
エイリス王はしばし考え、王妃に言った。
「ヴラドにダレンの民を救うよう、王命を出す。間に合わぬだろうが、王都から救援部隊も差し向ける。それでよいな?」
グラディス王妃は膝をつき、深く首を垂れた。
「ありがとうございます、陛下……」
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