第218話 帰還
ダレン撤退より、五日後。
ロザリーとダレンの騎士たちは、ダレンにいた民衆三千人を引き連れて大河オラヴ近くまでやってきていた。
とりあえずは蛮族軍が大勢いた野営陣より手前の小さな涸れ谷に身を隠している。
しかし、この大所帯である。
いつ蛮族軍の斥候に見つかるかわからないし、見つかればすぐさま戦となる。
こんな開けた場所で大軍に襲われたら篭城戦のようにはいかない。
ダレンの騎士は元より、ロザリーとて民衆すべてを守り切る自信はない。
ハンス卿が声を潜ませ、ロザリーに言う。
「ここまでは順調に来ましたが……」
「ええ、予想外に。一度も蛮族に出くわさなかった」
「問題はここからです。手筈は決めた通りに?」
「はい。ランガルダンから牽制してもらいつつ、私とダレンの騎士で中央を突破する。できた空間を私の使い魔で押し広げ、道とします」
「道を確保できたら、私が民を連れてオラヴ川を目指す……」
「ええ。ハンス卿が川岸まで辿り着いたら、新たな使い魔を川に沈めて橋を作ります」
「その橋を渡って大河を渡り、ランガルダン要塞西門まで走る。……うまくいくといいですが」
ハンスが不安げに言うと、ロザリーが少し申し訳なさそうに答えた。
「そうですね、もっと良い策があれば良かったのですが……今の最善だとは思いますが」
「いや、責めているわけでは! 今のは気弱な発言でした、お許しくだされ。〝骨姫〟様とやるんだ、うまくいきます、必ず!」
「ありがとうございます、ハンス卿」
と、そこへ、物見に出ていたクリスタが戻ってきた。
クリスタの天馬は地面スレスレを飛行し、翼に風を孕んで涸れ谷に入ってくる。
そしてクリスタは天馬から飛び降り、ロザリーとハンスの元へ走ってきた。
「どうだった、クリスタ! 蛮族共の様子は? ランガルダンの中はどうだった?」
ハンスが問うと、クリスタは首をプルプルと横に振った。
「いないっす!」
ロザリーとハンスが顔を見合わせる。
「いないって何が? わかるように言って、クリスタ」
「蛮族も! ランガルダン要塞の兵も! なぜだかほとんどいないっす!」
ロザリーとハンスは、再び顔を見合わせた。
ハンスが問う。
「いないって……いったい、どこに行ったというのだ?」
そう聞かれてもわからないクリスタは、首を傾げるだけだった。
それからロザリーとハンスは涸れ谷に民を残し、オラヴ川が肉眼で見えるところまでやってきた。
この辺りは蛮族の野営陣があった場所。
それを示す焚き火の跡や、大勢の蛮族が行き交って踏み固められた地面が広がっているのだが、クリスタの報告通り肝心の蛮族が見当たらない。
身を隠しながらハンスが言う。
「〝骨姫〟様。いかがですか?」
ロザリーは、ハンスの横で両目を手でを覆って俯いていた。
ロザリーはゆっくりと手を下ろし、目を開けた。
「オラヴ川の川岸の一部が傾斜になってて、こちらから見えない場所があります。そこに船着き場が作られていて、蛮族の姿が確認できました」
「やはりいましたか……!」
「いや、それでも数百人程度です。クリスタの言う通り、ほとんどは姿を消しています」
「むう。いったいどこへいったのでしょう」
「要塞周辺も索敵しましたが、そちらにも蛮族はいないようです」
「ほう。本当に軍を移動したのであれば――」
ハンスの瞳がキョロッ、キョロッと動く。
「――我らにとって千載一遇の好機ですな?」
「ええ。今ならダレンの民を、危険を承知で急いで川を渡らせたりしないで済みます!」
ハンスは大きく頷いた。
ロザリーとダレンの騎士百名弱が、腰を低くしてオラヴ河岸の船着き場へと近づいていく。
落ち窪んだ地形の先にいるので奴らの姿はまだ見えないが、何やら知らない言葉が聞こえてくる。
言葉はわからなくともわかることはある。
「……連中、気づいていませんな?」
隣を進む長子ゲオルグに囁かれ、ロザリーが頷く。
「ええ。油断しきってる」
蛮族たちは酒でも飲んでいるのか、歌ったり笑ったり、踊っているような足音までする。
ゲオルグは後続の騎士たちにハンドサインで命令を下した。
騎士たちはよく訓練された動きで左右に展開し、船着き場を包囲した。
次に次子ケヴィンが先頭に出てきて、少し腰を浮かして船着き場を見やり、弓に矢をつがえた。
ケヴィンが振り返り、ロザリーに視線を送る。
ロザリーがすぐさまそれに頷く。
ケヴィンは船着き場へ向き直り、矢を放った。
一瞬の後、「ウゲッ」と短い悲鳴が上がり、蛮族のざわめきが聞こえた。
それを合図にロザリーが動き出す。
ロザリーの初動は早かった。
隣にいたゲオルグも、追い抜かれたケヴィンもすぐには気づかなかったほどだ。
船着き場の傾斜の上から跳躍し、上から蛮族共の状況を刹那のうちに捉える。
(……あいつね!)
蛮族の中でひときわ身体の大きい個体を二体、見つけた。
一体はケヴィンの矢に頭部を射抜かれ、地面に倒れている。
もう一体は離れた所で地面に胡座をかいて酒を飲んでいるが、立ち上がれば射抜かれた個体より大きいだろう。
その大きさは三メートル弱ほどで、この集団では最も大きい。
(――でも、巨人と呼ぶには小さい!)
ロザリーは着地点にいた蛮族の頭を踏みつけにした。
「ウがッ!?」
蛮族の首がおかしな方向に曲がるが、ロザリーは気にせず脚を溜め、再びの跳躍。
一人、二人と蛮族の頭を飛んで渡り、一番大きな蛮族へ向けて飛び上がった。
さすがと言うべきか、大きな蛮族はロザリーに気づき、立ち上がって棍棒を振りかぶった。
しかしロザリーは恐ろしい勢いで振られた棍棒をスルリと抜けて、蛮族の首に絡みついた。
素早く〝黒曜〟を抜いて、奴の鎖骨の内側に刺し込む。
呪毒は瞬時に蛮族の体内を駆け回り、その生命を侵した。
「ガッ……ゲェッ……」
言葉少なく、最も大きい蛮族が膝から崩れる。
その倒れる最中、ゲオルグの声が聞こえた。
「かかれ! 〝骨姫〟様に続けー!」
「「オオウッ!!」」
展開していたダレンの騎士たちも、一斉に船着き場へ突入してきた。
蛮族たちはそれぞれに敵を迎え討つが、まるで統率が取れていない。
ロザリーはやたらに蛮族が集まっている場所へ再び跳躍した。
集団の真上で剣を〝白霊〟に切り替え、落ちざまに地面と平行に大きく薙ぐ。
酔い潰れて地面に寝ている者を除き、その集団のほとんどの蛮族が、胸から上を斬り飛ばされた。
ロザリーは次の集団に突っ込もうとしたが、その必要はなさそうだと足を止めた。
ダレンの騎士が圧倒していたからだ。
蛮族たちは目を剥いて驚くばかりで、川と敵に挟まれて逃げることすらかなわない。
修練を積んだダレンの騎士の前には、酔った蛮族共は訓練用の藁人形と変わりなかった。
蛮族共は瞬く間に蹂躙され、制圧されていく。
ロザリーは足元に酔い潰れる蛮族に〝白霊〟をそっと刺し込み、それから鞘に納めた。
こうして船着き場の戦闘は、圧勝のうちに幕を閉じた。
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