第217話 オズと老伯
ロザリーがダレンを救い、ダレンの民を引き連れてランガルダンへと向かっていた頃。
オズたち一行はダレンよりほど近い、ある村に到着していた。
ここも例に漏れず鉱山町の一つであったが、町とはとても呼べない、家屋が十ほどしかない小さな村だった。
「誰もいないようです。村を捨てて逃げたのかと」
まず先に探りに行ったフードの男が、老伯にそう報告する。
「ご苦労。苦労ついでに、もう一つ頼まれてくれ」
「ハッ」
「他の者は野営の準備を。今夜はこの村で夜を明かす」
「「ハッ」」
老伯は探りに行った男を連れて、村を離れた。
残った配下たちが野営の準備を始め、オズとセーロも自分たちの野営の準備を始めた。
「いつもそばにいたのに~♪」
オズはいつの間にか、作業をしながら歌を歌い始めた。
意外に美声で、セーロなどは聞き惚れてしまっている。
残った老伯の配下たちは、訝しむような顔でオズを見ている。
「どこかへ行ってしまった~♪ 僕の大事な青い小鳥~♪」
「おい。不吉な歌はやめろ」
刺々しい口調でそう言われ、オズはキョトンとその男を見た。
「不吉? この歌が?」
「娘を攫われたような気分になる」
「……あ~、もしかして〝鳥〟だから?」
するとセーロが横からコソッと言った。
(親分。鳥は皇国人の象徴ですぜ)
(わかってるけどよ。同じ皇国人のお前は別に苛ついたりしないじゃねーか)
(あっしは所詮、皇国連邦のはずれの小さな国の田舎者ですから)
(こいつらは根っからの皇国人ってことか)
(でしょう)
オズはヘラッと笑い、その男に謝った。
「悪かったよ、ビンス。他意はないんだ、許してくれ」
ビンスはなおも睨んでいたが、アルフレドに肩を叩かれ、また作業に戻った。
オズが彼らオリーブのフードの集団と行動を共にしてから五日になる。
オズはそれからずっと、こっそりと彼らの観察を続けてきた。
フードの集団は老伯と五人の配下で構成される。
名前も大半が判明している。
一人はアルフレド。
金髪碧眼の若い美形の男で、財布持ち兼、交渉役。
今、オズに突っかかってきたのはビンス。
直情的な男で、初めて彼らと会ったときに怒声を上げたのも彼だった。
彼らはみな、軽鎧の上からフード付きのオリーブのマントを着ている。
だがさすがに得物は揃いではなく、アルフレドは剣、ビンスは槍を持っている。
老伯は腰の両脇に剣を差していた。
(おっさんがいないうちに、もう少し探っておくか)
そう考えたオズは、狙いを定め、声をかけた。
「なあ、ビンス」
オズが名を呼ぶと、彼はギロッと睨んできた。
「なんだ!」
「そんなに噛みつくなよ。そろそろ教えてくんね? 俺ら、どこに向かってんだ?」
するとビンスはフイッとよそを向いた。
「何で教えてくれねぇんだよ~。オルトンは教えてくれるよな?」
オルトンは猛牛のような体躯に、人のよさそうな真四角の顔が乗っかった重騎士だ。
オルトンは重い水瓶を肩に担いで運びながら、ただニコッと笑った。
「相変わらず無口。じゃあアルフレド?」
「僕に聞かないでよ~」
アルフレドには軽い調子でいなされた。
オズはわざとらしく地団駄を踏んでみせた。
「なあ。頼むよ! 俺の役目は道案内だろ? なのに西の外れを行ったり来たり堂々巡りじゃねーか。なのに目的地は教えないときた! これじゃ仕事を果たせねえよ! 俺に代金ぶんの仕事をさせてくれよ!」
一理あると思ったのか、ビンスもオルトンもアルフレドも、手を止めてオズを見つめた。
そのとき。
「――堂々巡りはしてないわ? 蛇行したりはしているけど」
(そうら、きた)
空き家で食料の残りを探していた女騎士が、ひょっこり姿を現した。
この集団の紅一点で、おそらく彼女が老伯の次だとオズとセーロは睨んでいる。
その根拠は、他の配下たちが女だからと舐めた態度を取らず、色目を使ったりもしないこと。
加えて集団を分けて別行動をするときに、必ず老伯と女騎士は別になること。
そして――。
(おっさんと一緒にどこかへ行った、斥候役の名前はジャズ)
(名前がわからねぇのはおっさんと彼女だけ)
(この二人は、名前が知れると素性までバレるような有名人ってことじゃねぇの?)
女騎士はいつも余裕ある態度で、オズがビンスらを突っついていると必ずタイミングよく割って入ってくる。
今も大きめの胸の下で腕を組み、見下ろすようにオズを見ている。
オズが吐き捨てるように言う。
「蛇行? そりゃいいね」
「納得したかしら?」
「するわけあるか! 目的地を教えろつってんの!」
きつい口調でそう言われても、女騎士は顔色一つ変えない。
それどころか、後輩に道理を解くような口調で言った。
「焦るな、オズ。君が必要となる時が必ず来る。それまでは黙ってついてきてくれれば、それでいい」
「……それは、王都に着いたとき、か?」
女騎士はフ、と笑った。
「かもしれない」
野営の準備が終わっても老伯は戻らなかった。
それぞれ一息つくことになり、オズとセーロは彼らとは別の空き家に入った。
オズが板が剥き出しのベッドに身を投げ出す。
「……ふう」
「渋い顔ですね、親分」
「探り入れたのに何もわからねぇ」
「仕方ないですぜ。あの姉さんは一筋縄じゃいきやせん」
「そうだけどよ……」
オズが壁のほうに寝返りを打つ。
しかしすぐにまた寝返りを打ち、セーロのほうを向いた。
「なあ。なんで行き先を言わないんだと思う?」
「そりゃあ機密事項だからじゃないですか?」
「そんな重大な機密とかあるならさ、そもそも俺なんか雇わねぇと思うんだけど」
セーロは腕組みして考えた。
「う~ん。……本当に狙いが王都って線はありませんかね? 王都生まれの親分の手は借りたいが、早くに明かすと裏切ってチクられる可能性があるから、とか」
「狙いは王都じゃねぇよ」
「ほう。なぜです?」
「王都で仕事するのに西の外れに呼び出すか?」
「親分が西にいたからじゃ?」
「だったら俺らがいたセブンスで合流でよくね?」
「まあ、そりゃそうですが……姉さん、嘘をついてるようにも見えませんでしたぜ?」
「そうかあ?」
「おかしな点はなかった気がしやすが……」
オズは頭を掻きむしって、ベッドの上をゴロゴロ転がった。
「なんつーかさ。なんかこう、モヤモヤするんだよ。目的があるなら目的地にまっすぐ向かえばいいじゃねぇか。なのにあいつらは危険な異国の地でモタモタモタモタしてやがる。おっさんが何をしたいのか、さっぱりわからねぇ!」
「戦友の形見、でしたか」
「……そう言ってたな。もしかして、おっさんすら形見がある場所を知らないのか?」
「目的地を言わないんじゃなく、言えないってわけですか」
「でも俺、別に物探しとか得意じゃねぇけどな」
「……いや、当たりかもしれやせんぜ?」
「なんでだ?」
「忘れ形見、とか」
「……!」
セーロが短くそう言うと、オズはしばし言葉の意味を考えてから、目を見開いて飛び起きた。
「形見は人か!」
「老伯は戦友が子を残し、その子が王国にいると最近知ったんじゃないですかね?」
「人探しだが、その人物に会ったことがないんだな。住所も知らず、名前しか知らないとか?」
「もしかしたら名前すら知らないかもしれやせんが……それでも何らかの手掛かりはあるはず。人違いがあっちゃいけねぇ、親分の仕事はその手掛かりから本人を導き出す、ってとこじゃないですかね?」
「いや俺、別に人探しも得意じゃねぇけど」
「……」
「……」
二人はしばらくの間、真顔で見つめ合って、それから同時に目を逸らしてため息をついた。
「もうやめましょうぜ!」
「やめよう、やめよう! 時間の無駄だ」
「でも……」
セーロはそこまで言って、口を噤んだ。
「何だよ。そこでやめるのは卑怯だぜ。気になるに決まってる」
セーロは俯いて数回頷き、顔を上げてオズを見つめた。
「でも。ほんとにいいんですかい?」
「何がだよ」
「この仕事を引き受けたことですよ! あっしはいいんだ、皇国人ですから。でも親分は王国人じゃねえですか。もし、王国の人と――それも親しい人と剣を交えるなんてことになったらどうするんですかい?」
オズは言葉なく、宙を見上げた。
どうすると言われたって、そんなことはオズにもわからない。
こういう時、オズの台詞は決まっていた。
「……まあ、うまくやるさ」
老伯は日が暮れて少し経ってから帰ってきた。
配下たちが何かバタバタと騒がしい。
オズとセーロが様子を見に行くと、老伯はニッと笑って言った。
「オズ。宿を変えるぞ」
「えーっ。今夜は屋根付きで寝られると思ってたのになぁ」
「案ずるな。あちらも屋根付きだ」
「へぇ。どこに行くんだ?」
「ダレンだ」
「!」
「名高い物見城見学と洒落込もうではないか」
オズには、老伯がどこか心躍る様子に見えた。
「ひぃっ! ああ、おっかねぇぇ!」
「喚くんじゃねぇよ、セーロ!」
「だってぇ、親分!」
夜半、一行はダレン物見城に辿り着いた。
ダレンは山にあり、蛮族の死体がどこそこに転がっている。
荒事も高いところも苦手なセーロは、ひたすらに怯え切っていた。
「さすがに誰もいないか」
ダレンはもぬけの殻だった。
城壁の一部や高い塔が壊れているなど争いがあった形跡はあるが、生きた人間は一人もいない。
オズのつぶやきを聞き、老伯が振り返る。
「何だ、城攻めだと思っていたのか?」
「冗談はよせよ、おっさん。俺が潜入させられるのかと思ったんだよ」
「潜入が得意なのか?」
「下手ではないぜ。ランガルダン要塞に潜入したこともある」
「ほう。なぜ潜入したのだ?」
「人に頼まれてな。悪い騎士に娘をかどわかされたから助けてほしいって」
「ふむ。それでどうなった?」
「ちゃんと娘を連れだして親元に帰したぜ? 楽勝だったよ」
「ほほう。オズにそんな特技があるとは知らなんだ。今度、腕を振るってもらうとするか」
「へえへえ。……で、何なんだ?」
「何がだ?」
「ダレンに来た目的だよ。何しにこんなとこ来たんだって聞いてんだよ」
「気に喰わないのか?」
「ああ、気に喰わないね。明らかに一戦あった、それもここ数日の間だ。誰もいねえが、どう考えても危ねぇ場所だ」
すると老伯は、壊れた高い塔を指差した。
「ダレンと蛮族の間に争いがあったのは確かだ。あそこに巨人がいた痕跡があった」
「巨人!?」
「知らないのか? 蛮族の魔導者だ」
「……知ってはいるが」
「見たことはない、か。儂はある。戦ったこともな。大きさにもよるが手強い敵だ」
「その巨人はどこへ行った?」
「王国の騎士によって討ち取られたようだ。死体はないが、大きな大きな血だまりがあった。巨人を失い、蛮族は散り散りに逃げたと見える」
「へえ。ダレンにそんな騎士がいたんだな」
「ダレンの騎士かはわからぬ。だが、とても勇敢で強い騎士だ」
「その騎士はどこへ?」
「東へ退いたのだろう。籠城戦だったようだが、相当数の民草もここにいた痕跡があった。ダレンに引きこもっていては飢餓に襲われるのは明白だからな」
オズは片眉を上げて腕を組み、態度悪く老伯に尋ねた。
「ふ~ん。……で?」
「何だ、オズ。何を苛ついている?」
「目的を聞いてんのに答えねぇからだ! ここにいたら、一度は逃げた蛮族がまた来るかもしれないだろう!? いや、十中八九、ここへ来る! 大きな目的でもなけりゃ、いてはいけない場所だ!」
「それが目的だ」
「……なに?」
「蛮族が来るのをここで待つ」
オズは背負っていた荷物を、乱暴に地面に投げつけた。
「ふざけんな! たった七人ぽっちで何ができる!? 戦にならないぞ!」
「戦はせんよ」
「奴らの方から仕掛けてくる!」
老伯はゆっくり首を横に振った。
「蛮族は拠点に価値を見出せない。通り過ぎていくだろう」
「ダレンは攻められたじゃないか!」
「人が大勢いたからだ。蛮族の目標は常に人。人がいるから襲う。それがたまたま城だっただけだ」
「……経験則か」
「そうだ。信じてくれていいぞ?」
オズは返答に迷った。
オズは老伯という男を、心の奥底では信用できる人物であると感じている。
敵国の騎士であり、会ったばかりなのだが、直感がそう告げている。
しかし、老伯の言動はオズを惑わせるものばかりなのも事実だ。
「……おっさん。俺が聞いてるのは目的だよ」
「もう言ったはずだ」
「通り過ぎていく蛮族をここで見ることが、か?」
「そうだ。なぜそうするか、賢いお前ならわかるはずだ」
「……挟まれるから、か? これから来る蛮族と、先に攻めてる蛮族、あるいは王国の軍勢に」
老伯は小さく頷いた。
「形上、包囲されることになる。それは避けたい。戦見物は後方からと相場が決まっている」
「本当に見物だけで終わるのか?」
老伯はそれに答えず、白髪交じりの口髭の奥でニィッと笑った。
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