第215話 ロザリー‪✕‬巨人

 天馬から飛び降りたロザリーは、空気を切り裂き、地表に対し頭から落ちていった。

 風の音がうるさいほどで、みるみる間にガーガリアンの軍勢が大きくなってくる。


「〝野郎共〟! 私を守れ!」


 ロザリーが空から叫ぶと、地表に落ちた彼女の影が蠢いた。

 影は広がり、冥府の底からワラワラとスケルトンが湧いてきた。

 スケルトンは湧き続け、積み重なって塔を作り、その塔を形成するスケルトンたちが一斉にロザリーへ手を伸ばす。

 ロザリーは、その塔の真上に落下した。

 バキッ! ゴキィ! と骨が折れる音が多重にこだまし、塔が崩れ、骨の山となる。

 しばらくして、その山の頂上部に扉が開くように穴が空き、そこからロザリーが這い出てきた。


「ごめんね、みんな。落ちてる途中で怖くなっちゃった。守ってくれてありがとう、骨折した子は影に入ってね?」


 ロザリーが骨の山の頂上に立ち、周囲を眺める。

 敵陣の最中である。

 ガーガリアンたちは突然沸いた骨の山と、上空からの落下の衝撃に唖然としていたが、山の頂上にいるロザリーに気づくと騒ぎ始めた。

 ロザリーを指差し、何かを叫ぶ蛮族共。

 だがロザリーは気にしない。

 こうして高みに立ち、長い黒髪が西方の風に吹かれると、ここが戦場であることを忘れてしまうような、何とも言えない心地よさを覚えていた。


「それは戦場ノ風だからかもしれないヨ?」


 ロザリーが振り向くと、いつの間にかヒューゴが現れて、彼女の背後に立っていた。


「ヒューゴ。心を読まないで」

「フ。そんな能力はないヨ」

「巨人を探してくれる? この辺にいると思うんだけど見当たらないの」

「ン~、そうだねェ」


 ヒューゴは顎に手を当て周りを見回し、ダレン物見城を指差した。


「アレじゃないかな?」

「……あ゛っ゛」


 ロザリーもやっと、〝古塔〟の上の女の巨人を見つけた。


「ほんとにおっきい! 遠近感おかしくなっちゃいそう!」

「だねェ。あれ以外には見当たらないから、あれが指揮官だと見ていいだろう。……巨人に指揮官の概念があるのかはわからないがネ」

「指揮官って後ろにいるものだとばかり」

「前に出たがる指揮官もいるサ。大魔導アーチ・ソーサリアなんかみんなそうだしネ」

「そうなの?」

「キミだって今、前にいるじゃないか」

「私は兵を率いていないもん」

「同じことサ。大魔導アーチ・ソーサリアの最大の駒は自分自身。それは兵を率いていても変わらない。最大の駒を活かすなら、前に出したほうがいい」

「巨人も同じ、か」

「似たようなものだろう。……で、どうする? 下の蛮族共も焦れてきたみたいだヨ?」


 見れば、骨の山のすそ野からガーガリアンたちが登って来ていた。

 もう中腹辺りまで到達している蛮族もいる。

 ロザリーがどうしようか考えつつ〝古塔〟の女の巨人を見上げたとき。

 左右の腰に着けた二振りの剣のうち、短いほうの〝黒曜〟がブゥゥン、と震えた。

 ロザリーは宥めるように〝黒曜〟を撫でながら、言った。


「私は巨人を討つわ。ヒューゴはこの軍勢を頼める?」


 ヒューゴは恭しくお辞儀して答えた。


「お安い御用です、御主人様。でも数が数なで時間を取るかも。もう一人つけてもらえるとありがたい」

「黒犬」

「ウゥゥ……」


 黒犬は片膝を着いた姿勢で、低く唸りながら影から迫り上がってきた。

 早くも戦場の熱に当てられているようだ。


「これで大丈夫そう?」


 ヒューゴはまたも恭しく首を垂れた。


「問題ありません。蛮族共を残らず〝野郎共〟へと変えて差し上げましょう」


 ロザリーは宙を見上げ、首を捻った。


「蛮族のしもべって言う事きかなそう」

「それは大丈夫。死ねばムクロムクロはキミに逆らわない」

「そう? じゃあここは任せる」


 ロザリーはそう言い残し、骨の山から飛んだ。

 落下し、地面が近づいた瞬間、愛馬の名を呼ぶ。


「おいで、グリム!」


 グリムは青白い炎を撒き散らしながら現れ、周囲の蛮族を吹き飛ばした。

 そしてその背にロザリーを迎える。

 グリムに騎乗したロザリーは、幅広の長剣〝白霊〟を抜き、ダレン物見城を指し示した。


「ダレンへ!」


 グリムが嘶き、前脚を高く上げて反動をつけ、勢いよく駆け出した。

 蛮族を藁の山ように蹴散らしながら、ダレン物見城がある山の麓へ近づいていく。


「山登りは面倒ね。……〝野郎共〟! 巨人の元まで橋を架けろ!」


 すると何もない地面から、またしてもスケルトンがワラワラと湧きだした。

 同じように積み上がって塔を作るが、今度は先ほどの塔より細く、高い。

 そして高く高く積み上がった塔は、ある時点でグラッと傾き、横倒しに倒れていった。

 湧き始め地点のスケルトンたちは地面に食らいつくように踏ん張り、頂上部が倒れた先は〝古塔〟の最上部を掴む。

 塔は見事なアーチを描き、地表から〝古塔〟まで骨の橋が架かった。


「上出来! さあ、グリム!」


 手綱を返すまでもなく、グリムは即座に橋へと向きを変えた。

 橋に飛び乗ると、骨片を巻き上げながら巨人の元へと駆けていく。

 みるみるうちに〝古塔〟が近づいてくる。


 橋の半ばまで来た辺りで、女の巨人がこちらに気づいた。

 残った屋根を突き崩して立ち上がり、恐ろしい声で吠え叫び、何らかの巨大生物の骨でできた手斧をガチン、ガチンと鳴らした。

 その様を見てロザリーが呟く。


「怒っているの? それとも私が恐い?」


 ロザリーの戦意を感じ取り、グリムが加速する。

 そして〝古塔〟まであと少し、というところで骨の橋がぐわんとたわんだ。

 それに合わせてグリムが足を溜める。

 直後、そのしなりの反動とグリムの跳躍が合わさって、ロザリーは空高く打ち上がった。

 女の巨人が遥か上空を見上げる。

 ロザリーは彼女の真上から落下しながら、魔導騎士外套ソーサリアンコートの前ボタンをすべて外した。

 魔導騎士外套ソーサリアンコートがはたはたと揺れ、その裏地に多数の死霊アンデッドの気配が宿る。


墓鴉ハカガラス!」


 ロザリーが叫ぶと同時に、黒い群れが急降下して女の巨人へ集る。

 墓鴉ハカガラスは特に巨人の頭部付近に集まり、彼女の視界を奪った。

 女の巨人必死に手を振り、追い払おうとするが、蜂のようにたかって離れてくれない。

 続いてロザリーが叫ぶ。


「〝野郎共〟――」


 上空にいるロザリー自身の影は、女の巨人の足元に落ちている。

 それは巨人自身の影とも繋がり、巨大な召喚スペースとなっていた。


「――足を貫け!」


 瞬間、巨人の影全体を埋め尽くすほどの数の〝野郎共〟が揃って長槍を持ち、一斉に長槍を突き上げるようにして現れた。

 足元からの槍衾である。

 巨人からすれば針の山に乗り上げたようなもので、彼女は痛みに耐えかねて膝を折り、手をついた。

 そこへ、後ろから不穏な気配が迫る。


「……後ロカラ失礼シマァァス!」


 いつの間に現れたのか、東方の装束に身を包んだスケルトン――四号が、背後から曲刀を抜き打つ。

 巨人は咄嗟に首の後ろを右手で守った。

 直後、右手の甲から鮮血が吹き上がる。


「太イ枝……切ッテオカナキャ……」


 前からはメイド服のスケルトン――二号が、大鋏で巨人の喉笛を狙う。

 巨人は即座に顎を引いて大口を開け、二号の鋏の刃をガチリと噛み止めた。

 なおも集る墓鴉ハカガラスを追い払い、左手に手斧を持って上空を見上げた。

 ロザリーが迫っていたからである。

 睨み上げる巨人を見下ろし、ロザリーは思わず呟いた。


「素晴らしいわ。虚を突かれて手傷まで負ったのに、本命を見誤らない。こんなに強い敵は黒犬以来かも」


 ロザリーが経験した強敵といえば黒犬ボルドークである。

 彼は歴戦の騎士で確かに強敵と言えたし、現にロザリーも苦戦した。

 しかし今のように初めから本気で命を奪いにいっていたら、あれほど苦戦しただろうか?

 ロザリーはそれを確かめることにした。

 ロザリーはグリムごと空中で姿勢を百八十度変え、グリムの背を蹴って加速して、女の巨人へ突っ込んだ。

 長剣〝白霊〟と、巨人の手斧がぶつかる。

 耳をつんざく衝撃音がダレンじゅうに響き渡る。

〝白霊〟は手斧の中ほどまで食い込んで、そこで止まった。


かったい! いったい何の骨でできてるの!?」


 不満を漏らすロザリーを見て、女の巨人はグンと腰を落とした。

 そしてロザリーごと、自分の手斧を背後へ放り投げた。

 手斧は回転しながら恐ろしい距離を飛んでいく。

 女の巨人は眼光鋭く、その方向を見つめている。

 しかし、彼女の被る骨の兜のすぐそばから、少女の声が響いてきた。


「どこを見ているの?」


 ロザリーが黒く輝く剣を抜き、巨人の首筋に刺し込む。

〝黒曜〟の短い刃渡りでは巨人の体躯からすれば致命傷にはならない。

 しかし――。


「恨みを吐け、〝黒曜〟」


〝黒曜〟には、前の持ち主による死後も続く怨念が、その剣身に宿っていた。

 首筋に刺し込まれた〝黒曜〟から呪詛が染み出て、毒のように巨人を侵していく。


「うグあああアアァァァ!!」


 女の巨人が暴れ出し、ロザリーはわずかに残った屋根の残骸へと飛び退く。

 巨人は苦しみ、悶え、めったやたらに腕を振り回すが、その度に呪詛が身体中に広がっていく。

 やがて女の巨人の穴という穴から、黒くドロッとした血液が流れ出てきた。


「戻れ、〝白霊〟!」


 命じるや否や、〝白霊〟は遠くから風を追い越す速さで飛来し、ロザリーの手に帰ってきた。

 巨人は膝をつき、両手をついて苦しんでいる。

 ロザリーはしばらくそれを眺めていたが、やがて屋根から跳躍した。

〝白霊〟を振り上げ、冷たいギロチンのような一刀が巨人の襟足に落ちる。

 骨の兜を被った大きな女の頭は、あっけなく地面へ転がり落ちたのだった。

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