第184話 打ち上げinエイブズダイナー
ソーサリエのカリキュラムの最後を締めくくる
その翌日から卒業までの一週間ほど、三年生は自由に過ごすことを許される。
教官への感謝や友人との別れ、最後の思い出作りなど、各々がやりたいことに勤しむのだが、まずやることはお決まりだった。
「かんぱ~~い!!」
ロザリー派改め、ラナ派のベルム打ち上げ&祝勝会が始まった。
場所は〝金の小枝通り〟に面した大衆食堂で、店の名は〝エイブズ・ダイナー〟。
かつてロザリーが荷運びをしていた店だ。
「ロザリー。言ってくれたら、もうちょいマシな店を用意したのに」
アイシャが赤毛を掻き上げながらそう言うと、テーブルの対面に座るロザリーは目をぱちくりさせた。
「でもここ、美味しいよ?」
そこへ、樽のような身体つきの店の主人が料理を運んできた。
皿を並べながら、ぼそりと言う。
「こんな店で悪かったな?」
じろりと睨まれたアイシャが、ペロッと舌を出す。
「ロザリーもロザリーだ。お前さん、うちで食ったことないだろう? 美味いか不味いかわからねえじゃねえか」
しかし、ロザリーは首を横に振る。
「ううん、運ぶ荷を見ればわかる。エイブさんの注文する品はいつも良いものばかりだから。そんな店が美味しくないわけがない! そうでしょう、エイブさん?」
するとアイシャはフォークを手に取り、川エビとキノコの香味焼きをぱくりと食べた。
「ほんとだ、美味しい! 親父さん、いい腕してるね!」
店の主人――エイブはまんざらでもない顔でそっぽを向いて、「わかりゃいいんだよ」と呟いて厨房に帰っていった。
「おーい! ギムン来たぜー!」
入り口のほうにいたオズが大声でそう言うと、店にいる皆が杯を掲げる。
「おお、ギムン!」
「遅いぞ!」
「我らが建設大臣!」
ギムンはまだ雰囲気に乗り切れない様子で、大きな身体を小さく曲げて店の奥へ入っていく。
「なんか悪いな。俺、緑クラスなのに」
オズがギムンの背中をバチーンと叩く。
「気にすんな! 団長なんて無色だぜ? ほれ、ポポーもあそこに」
オズが指差した先に、ルーク相手に管を巻くポポーが見える。
「あいつ……酔ってんのか?」
「いいじゃないか、解禁日だし。固いこと言うなって」
獅子王国では多くの人が働きに出る十五~六歳から成人年齢とされている。
ソーサリエ生ならば卒業をもって成人とされるが、
初めての酒が勝利の美酒とあっては、深酔いするのも無理からぬこと。
「あれ歌って、乾杯の歌!」
「よしきた! ちゃっちゃー、ちゃっちゃっちゃっ、ちゃっちゃっちゃららっらっらー!」
「ウケる! 聞いたことねえ!」
多くの仲間が飲めや歌えの大騒ぎ。
踊り出す者や、早くも潰れている者までいる。
「ふーん。ギムンって無派閥だったんだー?」
ルークが聞くと、ギムンが杯を傾けながら頷く。
「みんな自分で狙うもんだと思ってたんだよ。
「気づかないって、それはまた……」
すると酔い潰れていたポポーがむくっと身体を起こした。
「ヒック。ギムン君はぼっちですからね……ぼっちぼっちぼっち! うひひひひ!」
「飲み過ぎだ、ポポー」
「びっちびっちびっち!」
「誰がビッチだずんぐりむっくり!」
「何だとぉー、でかぶつー!」
「俺を挟んでケンカしないでよー!」
ラナの座るテーブルには、仲間たちが代わる代わる乾杯に訪れていた。
それは派閥の長への挨拶というよりは、逆転での卒業を祝ってのこと。
ロザリーは打ち上げの直前に、ラナは本当に卒表できるのか校長室へ確認に行った。
シモンヴラン校長はロザリーが釘を刺すまでもなく、卒業できると太鼓判を押してくれた。
校長が強調したのは「貴族は保身に長けている」ということ。
ウルスの息子誘拐の一件はラナ排斥勢力の中で知れ渡っているらしく、特にコクトー宮中伯お気に入りのロザリーと、
無色が騎士になるのは許せないが、それは感情の問題。
自分の足元が脅かされるような事態は絶対に避けねばならない。
そう考えるのが貴族というものらしい。
「私たちも行こっか」
「おっけ!」
ロザリーとアイシャが席を立ち、ラナの元へ向かう。
ラナの横のテーブルは、飲みきれない杯でいっぱいになっていた。
ラナはちょうどウィリアスと乾杯していたところで、険しい顔で杯を傾けている。
どうやら飲み過ぎて、もう喉を通らなくなっているようだ。
「どうした? 俺の酒は飲んでくれないのか?」
嫌味っぽく言うウィリアスに、ラナの顔がいっそう険しくなる。
しかし彼の後ろに並ぶアイシャを見つけ、ラナは顔を輝かせた。
「アイシャ、こっち!」
「え、なに?」
アイシャは戸惑いながらラナの横に並ぶ。
「ロザリー、聞いてくれる? 私たち、ウィリアスに触られたの!」
ロザリーが首を捻る。
「触られた? 何を?」
「お・っ・ぱ・い!」
「ブホッ!」「えええっ!?」
ウィリアスは酒を吹き出し、むせながら右手を振る。
「何を言って、ゴホッ」
「見損なったよ、ウィリアス……」
「違う! 違うんだ、ロザリー!」
「えー、触られたよ」「ねー」
「お前らッ、自分から押しつけといて……!」
「何? 何の話?」
「どこから出てきた、ルーク!」
「あのね、ウィリアスがね……」
「説明するな、ロザリー!」
その頃、オズは一人で杯を傾けるロロに気がついた。
彼女の座るテーブルに近づくと、ロロは赤らんだ顔でジロッとオズを見上げた。
「……オズ君。ほんとは裏切ってたんじゃないですかぁ?」
「ふ、酔ってんなあ、ロロ」
「ちゃんと答えなしゃい!」
「へえへえ」
オズは椅子に座り、ロロを見つめた。
「ロロは、俺が裏切ったって思ったのか?」
「……少し。オズ君のこと信じていたけど、ロザリーさんほど何の疑いもなく、ではなかったです。レントン君と一緒なのを見たときは、ああ、裏切ったんだって思いました」
「それは傷つくなぁ」
「私だって! ……私だって、そのときは傷ついたんですよ? ロザリーさんが気にしてないから思い直しましたが」
「俺はさ、ジュノー派を引っ掻き回せれば自分はどうなったってよかったんだよ。仮に
「自己犠牲ですか。らしくありませんね」
「そんなたいそうなもんじゃねぇよ。潜入すれば後ろから刺せるかもなあ、ってだけ。
「そうですか……」
ロロがしゅんと俯いたのを見て、オズが切り出した。
「納得した? じゃあ俺からも質問」
「なんですか?」
「ロロ、暗すぎじゃね? 何かあった?」
「私は元々こんなもんです。皆さんより年上だから落ち着いてるし、炭焼き生活長かったから独りが楽ですし……」
「嘘をつけ、嘘を。三年間見てきたロロは全っ然、落ち着いてねーし、今は明らかにヘコんでる。言ってみ? 楽になるかもよ?」
「……誰かに言うにしてもオズ君は選びませんよ」
「はは、違いない」
「……」
「でも、言いたいんだろ?」
ロロは手に持った杯をじっと見つめ、語り始めた。
「……もう終わる。終わっちゃうんです」
「そうだな。輝かしい学生生活も終わりだ」
「なのに……ロザリーさんはあんなに楽しそう」
「!」
オズは遠くの席のロザリーに目を向けた。
彼女はラナやアイシャ、ウィリアスと楽しそうに笑っている。
「私は卑屈だから。笑えない、悲しさが勝っちゃう。終わりたくない。離れたくない!」
「いや、今生の別れじゃねーんだから」
「でも! 今までみたいにはいられないでしょう? 朝起きてロザリーさんの寝顔を堪能してから起こしたり! 二人で教官の悪口を言い合ったり! もうそんな関係じゃなくなっちゃうぅぅ、うぎっ、ぐしゅっ……」
ついに泣き出したロロを見て、オズが唖然として言う。
「ロロ、お前……そんなにロザリーが好きか」
「悪いですかっ。……うぐっ、ぐひぃ」
「悪かねぇよ。俺だってロザリーを選んだのは、あいつが好きだからだし。でも……」
「ぐすん。……でも?」
「いくら寂しくても寮を出る日は変わらないだろう? ちゃんと向き合ってなきゃ、後で後悔すると思うぜ?」
「……なことを」
「あん? 聞こえねぇよ、何だって?」
「オズ君のくせに知ったようなことを! こいつ! こいつめっ!」
「痛え! 瓶で殴るな! 痛え!」
その様子に気づいたラナとロザリー。
「ぷっ。ロザリー、あれ見て。あいつらやっば!」
「ロロ、酔ってるなぁ」
「そろそろお開き?」
「だね。エイブさんの目も怖くなってきたし」
「あはは。じゃあ酔っぱらってる奴から運び出そうか」
「ん、じゃあその前に」
ロザリーは背筋を伸ばし、ラナに正対して質問した。
「首席卒業のラナさん。あなたはどんな騎士になるのですか?」
「は? 改まって何よ」
「ちゃんと答えてよ」
「嫌よ、恥ずかしい」
「私はラナの卒業に貢献したと思うの。結構役に立ったよね?」
「そりゃあ……
「じゃあ聞く権利あると思うなあ」
「……そうね。う~ん」
ラナは腕組みして宙を見上げ、かと思うと頭を抱えて机を見つめ、うんうん唸りながら考えていた。
そうしてるうちにアイシャも戻ってきた。
(これ、何してるの?)
(しーっ。今、真面目に考えてるんだから)
そうしてしばらく待って、やっとラナがロザリーのほうを見た。
「どんな騎士になるか決めた?」
「決めてない」
「ええ? すごい待ったのに!」
「決まらなかったの! 卒業できるのは嬉しいけど、でも私の場合って騎士の資格を得ただけで、どこかの騎士団に入ったりはできないと思う。だからどこどこの騎士団に入るとか、偉くなるとかは言えないの」
「それは、まあね」
「でも、何者になるかは決めたわ」
するとアイシャが手を叩いた。
「おおっ! なんかカッコいいこと言いそう。みんな! 今からラナがカッコいいこと言うぞ~!」
「アイシャ、茶化さないで」
と、ロザリーが窘めるも、
「早く! 早く!」
とアイシャは興奮した様子で待っている。
仲間たちも何事かとラナのほうへ注目する。
ラナもその気になって立ち上がり、咳払いしてから宣言した。
「え~、ゴホン。……私がなるのはズバリ! 誇りは高く! 下は向かない! 強きを挫き弱きを助ける勇者よ!」
「……」「……」
ロザリーとアイシャが押し黙る。
仲間たちもリアクションがない。
「ちょっ! 何か言ってよ、ロザリー! アイシャも!」
「ズバリとか言う割になんか……ぼやーっとしてる?」
「曖昧ね。何よ、勇者って。盛り上がって損しちゃった」
「酷っ! 親友でしょ、アイシャ!」
「まあまあ。曖昧なのはほんとだし」
「いや! 元はと言えばあんたのせいだからね、ロザリー!」
「お開きにしよっか、ロザリー」
「そうだね、アイシャ。……は~い、お開きで~す! 寝てる人起こして~」
「無視すんな、ロザリー! アイシャも!」
「起きない人は誰か負ぶって帰ってね~」
「あ、念写師呼んだから店の前で一枚撮るから。先に帰らないでね~?」
夕刻。ソーサリエ寮への帰り道。
賑やかな一行が〝金の小枝通り〟を歩いていく。
「楽しかったね。めちゃくちゃだったけど」
ロザリーは酔ったロロはおんぶして歩いている。
ロザリーは上機嫌で、対してロロは暗く沈んでいた。
「……ええ。最高でした」
「ぷっ。だったらそんな暗い声で言わないでよ」
「……すいません」
ロロが涙目で宙を見上げる。
通りの名の由来である魔導ランプの連なりが、涙で滲んでまるで夢の世界にいるようだ。
「……ぐすん」
「ロロ。泣いてるの?」
「っ、いえっ。風邪をひいたのか鼻水が……ぐしゅっ」
「……下で寝る?」
「えっ?」
「ロロとルームメイトでいるのもあと少しだから。卒業まで下のベッドで一緒に寝よっか?」
「! ロザリーさん……」
「寂しいのは私だって一緒なんだからね?」
「っ、ロザリーさぁぁぁん!!」
「ぐえっ。絞まってる、絞まってるよ、ロロ!」
「うぎっ、ぐひぃぃぃ……」
楽しみにしていた夜はあっけなく、穏やかに終わっていった。
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ロロ「ぐごおおぉぉ……ぐおおおおお!!」
ロザリー「言うんじゃなかった……!」
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