第183話 ベルム閉幕

近況ノートに書影を上げました。

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 やがて一行は、〝魔女ミシュレの温室〟に辿り着いた。

 迷宮であった部分は焼けたあとに海に曝され、酷い有り様となっている。


 ベルが地図を開き、確認した。

 地図にある本拠地は〝魔女ミシュレの温室〟と〝リザン山地の物見塔〟の二つだけ。

 残る騎士団がベル一行とロザリー派だけであることを示している。


「私はこれからロザリー派に降ろうと考えてる。異論はない?」


 そう言って、ベルが三人の様子を伺う。


「全面的に賛成! レントンもそうだよな?」

「ま、仕方ないな。本拠地を放っておいて、よくここまで残ったもんだ」

「俺は元々こっち派だし~」


 三人の同意を得て、ベルは頷いた。

〝魔女ミシュレの温室〟の中心部は絶壁の高地と化している。

 さて、どうやって登ろうか、と思案しながら近づいていくと、地表部分に人影が見えた。


「お~い! こっちで~すよ~!」


 ずんぐりむっくりなシルエット。

 ポポーだ。

 ポポーは満面の笑みで、ぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振っている。

 彼女の元まで歩いていくと、ポポーはレントンの姿に気づいた。


「おや、レントン君も一緒でしたか」

「悪いか。卑怯者の俺を殺さなくていいのか?」


 ポポーは因縁あるレントンの存在に少しだけ悩み、しかしすぐに首を横に振った。


「私たちはやられる寸前でした。私自身もお腹を刺されて……あのままだったら助からなかったでしょう。すぐに治療できたのは、レントン君たちのおかげです」

「ふん。そうかい」


 ポポーは四人を見回し、真面目な顔になった。


「念のため確認です。ベル騎士団の皆さんは、私たちと戦いますか? それとも降参しますか?」


 ベルは即答した。


「降参するわ」

「わかりました! では私の近くに集まってください!」


 オズたち赤のクラス生は素直に従うが、レントンだけは動かなかった。


「おいおい、まさか……」

「レントン君? 早く来てください」

「ポポー。お前、まさか【地殻隆起アップヒーバル】で俺たちを上まで運ぶ気か?」

「はいっ!」

「冗談はよせ! あれは細かい調整とか無理なヤツだろ! ここまできて転落死とか絶対いやだぞ!」

「臆病者だなー、レントン君はー」


 そう言ってポポーはレントンに近づき、ガシッ! と胴回りに抱きついて彼を拘束した。


「オイッ! 離せポポー!」


 レントンがジタバタ暴れるが、がっちりホールドされていて動けない。

 

「はい、皆さん。もう一度、私の周りに……そうそう。くっついちゃっていいですよ?」

「無視するな、ポポー!」

「ではいきます。む~ん……」


 ポポーはレントンをホールドしたままがに股・・・になり、大地に魔導を落とし込んだ。

 ポポーを中心に半径三メートルほどの地面が、グラグラと動き出す。

 オズがブルッと身体を震わせた。


「……なんか俺、怖くなってきた」

「気が合うわね、私もよ」

「なあなあ。何が起きるんだ?」


 瞬間、ポポーは天を睨み、叫んだ。


「【地殻隆起アップヒーバル】!!」


 ぐわん、と大きく揺れて、一瞬の無重力。

 それから一気に、五人を載せた地面が勢いよく隆起した。


「うああああ!」

「きゃああああ!」

「ヒギィィィィ!」

「いやだああああ!」


 四者四様の絶叫を振り撒きながら、半径三メートルほどの地面が天を昇る。

 地面は雲がかかるほどの高度に到達すると斜めに傾き、五人は隆起の勢いそのままに〝魔女ミシュレの温室〟がある高地の上に放り出された。


「ぎゃっ!」

「あう」

「ギィィ!」

「ぐえっ」


 ポポーだけは両手を開いて見事に着地したが、ベル一行は揃って地面に転がった。


「ようこそ。ベル騎士団のみなさん」


 そう言って出迎えたのはロザリーだった。

 彼女の後ろには、彼女の仲間たちが立っている。


「よっ、と」


 オズは跳ね起き、ロザリーに手を差し出した。


「ちょっと遅くなったか?」

「ううん、最高のタイミングだった」


 オズはロザリーの手をギュッと握り、後ろの仲間たちの元へ向かった。

 次に立ち上がったのはレントン。


「歓迎するわ、レントン」

「歓迎してる顔じゃないな。まあ、身に覚えはあるが」


 レントンは目も合わせずに握手し、ギムンを見つけて彼の元へ。

 次に立ち上がったギリアムは、なぜだかモジモジしている。


「……ロザリー。俺、お前のために頑張ったんだぜ? アランやったのも俺なんだ」

「なに? ギリアム? 下向いて呟かれても聞こえないのだけど」

「~~ッ! 何でもねぇよ、ネクロ!」


 ギリアムはプリプリ怒りながら、レントンのほうへ向かった。

 そんな彼をジト目で見ながら、最後にベルが立ち上がった。


「ギリアムってほんと……逆に尊敬するわ」

「フフ。ベル、大変だったみたいね?」

「大変なんてもんじゃないわ。問題児しかいない」

「たしかに」

「でも、やっと肩の荷が下りるわ」


 ロザリーはベルに顔を寄せ、囁いた。


「……降参する相手、私じゃないの」

「何となく察してる。団長は彼女よね?」


 ベルの目線を見て、ロザリーが頷く。


「さっさと終わらせましょう」


 そう言ってベルが歩き出す。

 彼女の背にロザリーが言う。


「あ! あと、うちにはアイシャもいるけど」


 ベルがちらりとアイシャを見ると、アイシャはべーっと舌を出した。

 ベルがロザリーを振り返る。


「私は彼女ほど子供ではないわ」


 ベルが再び歩き出し、その場の皆の視線がベルへ向かう。

 そこでやっと、レントンが気づいた。


「は? ……おい、なんでラナ=アローズがここにいる!?」

「あれ、ほんとだ」


 ギリアムも不思議がる。

 その二人に後ろから肩を回して、オズが言った。


「何でってそりゃあ、ここはロザリー騎士団の本拠地じゃなくて、ラナ騎士団の本拠地だからだよ」

「!!」

「え、そうなの?」


 レントンの頭の中で、なぜラナがいるのか。

なぜ彼女が団長なのか。

その辻褄が合っていく。


「……ダメだ」


 レントンが首を横に振る。

 ベルはアイシャの隣に立つ、ラナに向かって跪いた。


「ベルッッ!! ラナに降るなんて絶っっ対に、認めんぞ!!」


 怒るレントンを押さえつつ、オズが囁く。


「そう言うなよ、レントン。親父さんも言ってんだろ? 現実を見ろってさ」

「う~~ッ! 離せ、オズ!」

「ごめんなぁ。悔しいよなぁ。でもダメ~」


 ベルはレントンとオズの様子をちらりと見、それからラナを見上げた。


「ラナ。降参します」


 ラナは喜びを噛み殺し、平静を保って頷いた。


「降参を認めます」


 ベルの胸のリボンの柄が変わる。

 その瞬間、天に轟音が響き渡った。

 ベルムの空に優勝決定を告げる花火が上がったのだ。

 絶壁の高地の上で生き残った彼らは、色とりどりの光の粒を、晴れ晴れとした表情で眺めた。



 ――実況席。ヘラルドの声に熱がこもる。


『ベルが降伏した! 優勝が決まった! 優勝チームは……ロザリー騎士団!!』


 すると首吊り公がすぐさま訂正した。


『ラナ騎士団ね』

『そうでした、ラナ騎士団。優勝者は……えっ? これってやっぱり』

『ヘラルド君の危惧した通りになったねぇ』

『なんと……ああ……。ゴホンッ! では改めまして』


 ヘラルドは気を取り直して、大きく息を吸った。


『優勝はラナ騎士団!! リル=リディル英雄剣の栄誉に輝いたのは――ラナ!! アロオォォォズ!!』


 観客席が静まり返る。

 しかし、それも一瞬のこと。

 ベルム初の無色の優勝者に、悲鳴と怒号が巻き起こる。


『ああっ、物を投げないでください! これは仕方ないのです! 私のせいでは――アウッ!?』

『ハッハ。大丈夫かね、ヘラルド君。しかし――』


 首吊り公の瞳が赤く、濃く、輝く。


『――私にまで物を投げつけるとは恐れ入る。卿らの大魔導アーチ・ソーサリアを恐れぬ気概、嬉しく思うぞ?』


 途端、物を投げるのがピタリと止み、観客席は再び静まり返った。

 ヘラルドがおでこを擦りながら実況を再開する。


いたた……ありがとうございます、公。では、最終試練ベルムの総括をお願いできますでしょうか』

『そうだねぇ。……記念大会に相応しい、驚きに満ちた最終試練ベルムだったよ。若獅子たちの発想は、大人たちの凝り固まった常識を軽々と越えていくね』

『ウィニィ殿下の、裏ルールを利用した騎士団乗り換えとか――』

『そうだね。伝説級の魔導騎士剣を見事に操ったジュノーもそうだし、ロザリーを封じ込めた〝粗悪品〟だったか? あれは知らなかったな。発展の余地がありそうだ』

『私が実況していて個人的に目に留まったのは、例の〝顎兄さん〟でした。あのような強力な呪詛は、ベテランの魔女騎士ウィッチにしか使えないものとばかり……』

『ソーサリエでは教えないしね。まったく、どこで身に付けたんだか』

『……一番の驚きはやはり、無色の首席卒業者の誕生、ということになりますか』

『ベルム初の出来事だからね。だが君が心配することではないよ、黄金城パレスの上階で働く人々が考えることだ』

『お気遣いありがとうございます。……では、最後に。名前が上がりませんでしたが、前評判の高かったロザリー=スノウオウルはいかがでしたか?』


 すると首吊り公は薄く笑い、目を細めた。


『言及するまでもない。本物だ』

『本物。今後、活躍が期待される騎士、という意味でよろしいですか?』

『うん。まあ、そんな感じだ』

『ありがとうございます。……それでは、これにてベルム第三百回記念大会を終了いたします! 観客の皆様、ご観覧ありがとうございました!』


 ヘラルドの閉幕宣言に、まばらな拍手が起こる。

 だがすぐに首吊り公が睨みを利かすと、万雷の拍手になって会場を包み込んだ。

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